1 白と黒
街の中央を流れる川沿い、暖色のタイルが敷き詰められた美しい道の片隅に、何かを守るように蹲る金髪の少年がいた。その周りには、歪な笑みを浮かべた三人の少年。
「おいシロ!早くその手をどけろよ!」
笑みを浮かべている三人の中で、一際体格のいい少年が金髪の少年を怒鳴りつける。
“シロ”と呼ばれた金髪の少年はビクリと肩を震わせながらも、何かを守る手をどかさない。
目元まで伸びた長い前髪で表情は伺えないが、きっと涙を溜めているであろうことが予想できる。
「弱っちい癖にしぶとい奴だな!」
「ほら!どけ!」
他の二人の少年も罵倒に加わり、三人はなんと、殴る蹴るの暴行を始めた。
ここは裏路地であり、人通りも少ない。
善良な大人がこの光景を見ようものなら、間違いなく仲裁に入ったであろうが、残念ながらそれは期待できそうになかった。
頭を殴られたり、わき腹を蹴られても、金髪の少年は決して手をどけない。
「ははは!なんかやり返してみろよシロ!亀かお前は!」
透き通るようにきれいな金髪を足でグリグリと踏みにじりながら笑う体格のいい少年。
その少年の肩に不意に手が置かれた。
「おい、楽しそうだな。俺も混ぜてくれよ」
「はぁ?いったいだれ・・・・ブベラ!!」
体格のいい少年が吹き飛ぶ。
そこには、拳を振りぬいた黒髪の少年が立っていた。
短く切りそろえた髪に、子供ながらに鍛えられているとわかる筋肉。
「で、出やがったなクロ!!」
少年の一人が黒髪の少年を見て叫ぶ。
その声の震えから、多少の恐怖が読み取れる。
「よお坊ちゃんがた。寄ってたかって弱い者いじめか、随分いい趣味だなオイ。」
“クロ”と呼ばれた少年が拳の骨をゴキゴキと鳴らす。
最初に殴られた体格のいい少年は地面に倒れたまま動かない。どうやら一撃で気絶してしまったようだ。
「に・・・にげろ!!」
「うわああ!」
自分達より体格のいい少年が一撃でのされてしまったのだ。まともな思考であれば勝ち目がないと思うだろう。
二人の少年は、気絶した体格のいい少年を置き去りに駆け足で逃げてしまった。
「ふん、腰抜けどもが。」
黒髪の少年はため息一つつくと、未だ蹲る金髪の少年に声をかける。
「またひどくやられたなホワイト。大丈夫か?」
そこでようやく金髪の少年が腕を解き、立ち上がる。
「ありがとうブラック・・・また助けられちゃったね。」
解いた腕のあった場所には、小さな白い花が咲いていた。
「こんな石のタイルに花が咲いてるなんて珍しいな。というか今度は花を守ってたのか?相変わらず命に優しい奴だな。」
黒髪の少年は苦笑いしながら金髪の少年に肩を貸す。
「うん、きっと頑張って石を突き破って花を咲かせたんだよ。それをあの子達が踏みつぶそうとしてたからつい・・・。」
「そっか、そりゃ・・・・良いことをしたな!」
黒髪の少年はニカッと歯を見せて笑う。
金髪の少年もそれにつられて薄く笑った。
虐められていた金髪長髪の少年の名はホワイト。
助けた黒髪短髪の少年の名はブラック。
二人は親友であり、その名前にちなんで、巷では“シロ”“クロ”と呼ばれていた。
二人はよろよろと裏路地を抜けていった。
―――ここはエルムの街。
ドレディア大陸で一番の国土を持つ、アルドバイン王国領の東に位置する大きな街だ。
豊かな大地ではたくさんの農作物が取れ、近くの海でも毎年豊漁。
気候も穏やかであり、自然災害なども滅多に起こらない平和な街だ。
大陸で一番の大国ということで、国民は裕福な暮らしができており、この街も例外の漏れず、ほとんどの者が豊かな暮らしを営んでいる。
ホワイトの両親は大衆料理店を経営しており、安く、おいしいと評判の店はいつも繁盛している。
「あらあらどうしたの!そんなにボロボロになって!」
ブラックに肩を借りながら店の裏口から帰ってきたホワイトを見て、母親が心配そうに声を上げる。
ホワイトと同じく、きれいな金髪の女性だ。
「いやあ・・・はは。」
「レイダおばさん、こいつまたいじめられてたんだよ。」
「ほんと!?どこの誰にやられたの!!」
息子をボロボロにされて怒らない母はいない。
偶々手に持ったフライパンでスイングする姿は中々の迫力だ。
「いや、誰かは分からないんだけどさ。ブラックが助けてくれてすぐに逃げちゃったし。」
これは嘘だ。ホワイトをいじめていた体格のいい少年は、近所の商人の息子だし、その取り巻きの二人も良く見知った顔だった。
その商人から店で使う食材を仕入れていることも多く、自分が原因で取引が無くなり、店の経営者である両親に迷惑がかかるのが嫌だったのだ。
無論、ブラックもそれは知っていたが、ホワイトの意思を汲んで黙っていることにした。
「でもねおばさん、ホワイトは道に咲いた花を守り切ったんだよ。すごい奴だぜ。」
ブラックはニッと笑ってフォローする。
「そうか!よくやったなシロ!!それでこそ男だ!」
大声で笑いながら厨房からやってきたのは、店のオーナーであり、ホワイトの父親、ロンメスだ。
身長が2mほどもあり、熊の様な体格をしている。
「うん、頑張ったよ父さん。」
「ロンメスおじさん・・・自分の息子くらいちゃんと名前で呼びなよ・・・。」
「おお?別いいだろクロ!このほうが呼びやすいし、別に悪口ってわけじゃねえんだ。」
ロンメスはがっはっはと笑いながらブラックとホワイトのの背中をバシバシと叩く。
丸太の様なその腕の力はすさまじく、ブラックは少しむせ、ホワイトは前のめりに吹っ飛ぶ。
慌ててレイダが支えなければケガがもう一つ増えていたところだ。
「レイダ、店のほうは良いからシロの手当てをしてっやってくれ。その間に二人の飯作っとくからよ。」
「はいはいわかりました。じゃあブラックは先に二階に行っててくれる?後から料理持ってくから、お腹すいたでしょう。」
「よっしゃ!先に行ってるね!」
ホワイト達の住居部分になっている店の二階に、ブラックは駆けあがっていく。
―――ブラックは孤児であった。
幼いころに両親を亡くしたのだが、ブラック自身が物心つく前の話であり、思い出などはない。
ゴミを漁ったり、売り物を盗んだりしてその日その日を生きてきた。
この街で孤児は珍しく、侮蔑の対象となりやすい。
何人かによってたかっていじめられていた、ガリガリに痩せていたブラックを最初に助けたのがホワイトだった。
二人してボロボロになりながらも、ホワイトはブラックを店に連れ帰り、両親に料理をだしてもらった。
その時の料理の味をブラックは一生忘れられないだろう。
孤児である自分にも分け隔てなく接してくれるレイダとロンメスの優しさの詰まった、温かい料理だった。
涙を流しながら料理を食べるブラックを不憫に思った二人は、ブラックを引き取ることにした。
養子という制度がないので、悪く言えばただの居候なのだが、レイダとロンメスはブラックをホワイトの兄弟のように大切に扱った。
今では逞しく育ったブラックがホワイトを守る毎日だが、自分を救ってくれたホワイト、そしてレイダとロンメスに多大な恩を感じている。
もしも三人のうちの誰かが困ったときには、自分の命を差し出しても助ける、というほどの思いをブラックは抱えていた。
少しして、あちこちに包帯を巻いたホワイトと、料理を持ってきたレイダが二階に上がり、二人で料理を食べた。
レイダはまた店のほうが忙しくなってきたので戻っていった。
夜になり、ようやく店じまいできたロンメスとレイダが二階で食事をとる。
「そういやシロとクロ、明日でお前らも12歳か。早いもんだな!」
口いっぱいに料理を詰め込みながらロンメスがそんな話をする。
ブラックの正確な誕生日は本人も知らなかったので、ホワイトと同じ日ということにしたのだ。
「早いものねえ、二人ともあんな小さかったのに・・・二人は何か将来の夢とかあるのかしら?」
「父さんと母さんさえよければ、僕はこの店を継ぐつもりだよ。」
最初に答えたのはホワイトだ。
「別に他にやりたいことがあれば無理に継ぐ必要はないのよ?」
「いいや、僕はこの店が大好きなんだ。父さんの料理もすごい美味しいし。実は内緒で料理の研究だってしてるんだよ?」
ホワイトは少し照れ臭そうに顔をポリポリと掻く。
具体的に将来の夢を話す機会がなかったので、なんとなくこそばゆいのだ。
「そうか!そいつはうれしいな。どれ、今度味を見せてもらうかね!」
ロンメスはうれしそうにがっはっはと笑う。
レイダに至っては少し涙ぐんでいる。
「ブラックはどうなの?」
「俺は・・・・俺はホワイトの店を手伝うよ!俺もおじさんとおばさんが作ったこの店と料理が大好きだし、みんなに恩返ししたい!」
それを聞いたレイダはついに泣き出してしまった。
「うう・・・二人ともこんないい子に育って・・・」
「おばさん、泣かないでよ!俺は三人に救ってもらわなきゃ今だって孤児だ。いや下手したら野垂れ死んでたかもしれない。恩返しするのは当然だよ。」
ブラックは本心でそういうが、ロンメスの顔は少し険しくなった。
「クロ、それは違うぞ。恩を感じてもそれを返す必要はない。俺たちは何かしてほしくてお前を家に迎え入れた訳じゃないんだからな。」
「そうよ、あなたがここにいてくれて、ホワイトと仲良くしてるだけで充分。私たちもあなたに感謝してるんだから。」
レイダも続けて言う。
そして一瞬険しかったロンメスの顔は、悪戯をする子供の様な笑みを浮かべた。
「くっくっく、それによおクロ・・・お前にちゃんと店が手伝えるのかあ?いやあ、前に一度店を手伝ってもらったときはひどかったなあ・・・何枚皿を割ったっけか?ん?」
「う・・・3枚くらい・・?」
「24枚よ」
「ええ!そんなに!?」
慌てるブラックの様子に、他の三人が笑い声をあげる。
「ブラックに店を手伝ってもらったら楽しいだろうけど、赤字になりそうだね。」
「な!ホワイト!お前――!!」
そんな冗談を言うホワイトの頭をブラックが拳でぐりぐりする。
「痛いって!」と言いながらもホワイトは楽しそうに笑っている。
「ま、とにかくよクロ、お前の気持ちは嬉しいけど、やりたいことがありゃ別に気を使わなくていいんだぜ。」
ロンメスがホワイトとブラックの頭を大きな手でガシガシと撫でる。
口調は荒いが、その手つきは慈愛に満ちており、二人を心の底から大事に思っていることがわかる。
「そうねぇ・・・ブラックは腕っぷしが強いし、騎士も目指せるんじゃないかしら?」
「騎士か!そりゃいいな!」
“騎士”とは、街や国を守る名誉ある職業のことだ。
騎士になるには戦いの才能が必要であり。その門はかなり狭い。
王直属の近衛騎士ともあれば、下手な貴族より強い権力を持つこともある。
「騎士かぁ・・・イマイチぱっとこないんだよなあ。」
この街、エルムでも騎士が街のパトロールをしていることがある。
特に少年のあこがれになりやすい騎士はたくさん声をかけられるのだが、公務中ということもあり、無視したり、あまり良い態度とは言えない。
そんな騎士の姿にブラックが惹かれないのも当然であった。
「騎士と言えばあなた、二人にあの物語を聞かせてあげたら?」
レイダが唐突にそんな話を振る。
「ああ、“聖王と悪王”か。えーっとたしかこのへんに・・」
そういうとロンメスは本棚を漁ると、古げな本を取り出した。
「あったあった。これだ。」
本を広げると、得意げに語りだした。
―――500年に一度、人類と魔物は戦争をする。
血で血を洗うような凄惨な戦いだ。
なぜ500年に一度か。それは“聖王”と“悪王”という存在によるものだった。
聖王とは聖なる王、人間の頂点に立ち、騎士達を率いて魔物を滅ぼす者。
人間に愛され、魔物に忌み嫌われる者。
悪王とは悪しき王、魔物の頂点に立ち、魔物達を率いて人間を滅ぼす者。
魔物に愛され、人間に忌み嫌われる者。
神から信託が下り、聖王と悪王に選ばれた者は、互いに超越した力を手に入れる。
聖王に選ばれた者は体に竜の紋章が刻まれる。
悪王に選ばれた者は体に悪魔の紋章が刻まれる。
聖王、悪王、どちらかが滅亡するまで戦いは終わらず、勝者側には豊かで平和な暮らしが約束される。
「そんでな、おとぎ話レベルの話なんだけどよ、その500年の周期ってのがここ数年にくるかもしれないて噂だ。まあ大昔に誰かが作った物語だろうけどな。」
12歳の少年たちに聞かせるには少し幼稚なストーリーではあるが、ブラックとホワイトはなぜか聞き入っていた。
(お互いに平和を求めて戦っているのに、なぜ人間側が聖なる王で、魔物側が悪の王なんだ?)
とブラックは思ったが、なんとなく口には出さなかった。
「その本の表と裏に書いてあるマークが竜の紋章と悪魔の紋章かな?」
ホワイトの質問に、ロンメスは「たぶんな」と頷く。
表表紙には竜の顔を模したような模様が描いてある。三角形をいくつか組み合わせたような簡単な模様だが、その形と、左右に描かれている曲がった角によって竜だとわかる。
背表紙には蝙蝠の羽根の様な絵をクロスさせた模様だ。中心から上には悪魔象徴である三又の槍が伸びており、中心から下には逆十字が描かれている。
ブラックとホワイトは2つの紋章を目に焼き付けるように見つめる。
「実際、ここ最近は魔物の動きが活発になってるらしいわね。」
「まあ魔物が活発になる時期は時々あるらしいしな、たまたまだろう。さて、もう遅いしお前たちは寝なさい。」
いつの間にか夜は更け、ロンメスとレイダの食器の片付けを手伝ってから、ブラックとホワイトはベッドに入った。
◇
「なあホワイト、さっきの話、どう思った?」
隣り合ったベッドでふたり天井を見つめながら話す。
「単なるおとぎ話だろうけど・・なんか惹かれるものがあったよね。」
「だよな。人類・・・騎士たちを束ねる王と、魔物を束ねる王か。俺が聖王に選ばれたりしてな。」
「ふふ、ブラックはどっちかっていうと悪王なんじゃない?」
「くく、言うじゃねえか。」
ブラックの呟いた冗談にホワイトが悪戯っぽく返し、二人で笑いあう。
(もし仮に、人間と魔物の戦いが本当に始まったときは、俺が命を懸けてホワイトを守ろう。)
もちろんおとぎ話を信じた訳ではない。しかし、ブラックは子供ながらに、そう決意した。
「じゃあお休み。」
「うん、お休み。」
そして、二人は瞼を閉じた。
―――ブラックとホワイトが眠り、ロンメスとレイダも眠った真夜中。
四人が住む家の真上の空に異変が生じる。
月明かりに照らされた雲達がゆっくりと渦を巻き、空に穴をあける。
穴の奥から降ってきたのは二筋の細い光だ。
片方は白く眩い光。
もう片方は紫色に輝く美しく、不気味な光
二筋の光は、寸分たがわずブラックとホワイトの眠る部屋に音もなく突き刺さり、屋根を貫通する。
白い光がブラック。
紫の光がホワイト。
二人の丁度心臓がある位置を照らす。
1分ほど照らした後、やがて光は細くなっていき、最後には消えた。空の穴も元に戻り、
月の輝く綺麗な夜が再び訪れた。
二人の来ている服に焼けたような跡は全くない。
しかし、その服の下にはある紋章が刻まれていた。
ブラックの胸には、竜の顔を模したような紋章。
ホワイトの胸には、交差した蝙蝠の翼、上に伸びた三又の槍と下に伸びた逆十字の紋章。
500年の悠久が、今終わった。