9 帰還
彼らの乗ってきた探査船は、施設の格納庫に手付かずで放置してあった。故障もしておらず、帰還するだけなら燃料も充分残されていた。
「メイヤー教授!」
フロルは、一足先に格納庫にいたメンバー全員と再会を果たし、教授の腕の中に飛び込む。
「無事だったんだな。フロルもエリオットも!良かった。部屋から抜け出してみても、誰もいないようだから、コッソリ探査船の整備をしとったんだが…どうなってるんだ?」
フロルの後から、ゆっくりと近づいてくるエリオットに教授は尋ねる。
「ここの住民は全員が砂になっちまったよ。あるべき姿に還るんだって言ってた。」
「…なんだかよく分からんが、今のうちに脱出したほうがよさそうだな。ここの調査は次回にもう一度、装備を整えてからにしよう。」
「教授、嬉しそうですよ。すごく。」
ラスが混ぜ返す。
「当たり前だ!これだけのテクノロジーをこのまま埋もれさせるなんてもったいない!火星基地計画には必要な探査になるだろう。それだけでも、今回の火星入りは意義があった。よおおし!次回はもっと予算を取る為に、証拠の画像をたくさん撮って帰らねばな。」
教授がそう言った矢先、施設内で轟音が鳴り響いた。
「きゃっ!何?今の?」
地響きが間断なく伝わってくる。
「精霊達がいないんだ。ここはもう元の機能を保てない。崩れるぞ!早く脱出を!」
間髪いれずにエリオットが叫ぶ。
「…エリオット?」
「赤光石が機能を失えば、この船は地表の重さに耐えきれずにぺしゃんこになってしまう。この格納庫は我々が彫った横穴に続いている。さあ、今すぐここを出るんだ!」
エリオットの灰緑の瞳が、今は翠色に輝いている。
「白蘭?白蘭なのね?」
フロルは他のメンバーを混乱させない為に小さな声でエリオットに問う。
「フロル…私はもうすぐ消えてしまう。完全に彼と同化するんだ。だから、このあとの指示は君がするんだ…逃げろ…」
最後のほうは、ほとんど聞き取れないほどの小さな声だった。立ったまま、すうっと眠るように目を閉じたエリオットは、ガクリと膝を付いてしまった。その肩をラスが救い上げる。
「とにかくここはヤバそうだ。脱出しましょう教授。」
小刻みだった振動は、その揺れ幅を少しづつ増してきている。
教授もようやく諦めがついたのか、それとも身の危険を感じたのか、カメラをポケットにしまいこんで全員の顔を見まわす。
「よし、脱出しよう。」
格納庫のハッチは、周囲に制御の為のスイッチが見当たらない。おそらくすでに制御不能となっていると思われるので、取り返した装備の中から、岩石採掘用の小型の爆弾を取り出し、セットする。
「ちゃんと全員いますね?」
探査船に乗りこみ、メンバー全員が揃ったのを確かめると、ラスは爆破スイッチを押す。
閃光と共に、轟音が響き渡る。続いて衝撃が探査船を襲う。
ハッチの爆破の成功を物語るように、外部の薄い空気と施設の中の空気とが入り混じり始めた。
「今だ。出してくれ。」
教授の指示で探査船は外へ向かって走り出す。横穴は200mほど掘られていて、探査船はその中を加速しながら進む。
そして。目の前に赤い空が現れた。足元には赤い土が広がる。背後からすさまじい爆風が襲い、探査船は大揺れにゆれた。
「う、うわわわっ…」
ラスは必死で探査船を立てなおす。爆風の力に押される形で、何とか大気圏外まで脱出することに成功した。
「ほんとに火星にいたんだなあ…」
ラスがぼんやりとつぶやく。
「?あれ?ここどこだ?」
気がついたのか、エリオットが素っ頓狂な声を上げる。
「…お目覚めね。エリオット。気分はどう?」
全員座席についてシートベルトで固定されているため、フロルは首だけを横に向けてエリオットに話しかける。
「…最悪だ。俺の身体で勝手にしゃべりやがって、あいつ。」
口をへの字に曲げて、悪態をつくエリオット。
「勝手にって、あのとき教えてもらわなかったら今ごろは、ああよ?」
フロルは笑いながら、火星の地表を目線で指し示す。
はるか下方に広がる赤い大地に、黒煙が上がっているのが小さく見える。
「……ああ…そうだな。」
そう言って微笑むエリオット。その横顔を見つめるフロルの胸中は複雑だった。