青い星にて
「いってらっしゃい。パパ。」
10代後半くらいの、ブロンドの少女が父親を送り出す。
ごく普通の、いつもの朝の風景であった。
仕立てのいい、キャメルの背広に身を包んだ少女の父親は、使い込まれた皮製のビジネスバッグを持ち、慣れた手つきで靴べらを手に、革靴を履く。
「お土産は、赤い珊瑚のピアスがいいな」
無邪気に背の高い父親の腕にすがりつく。
「パパのスーツがしわになっちゃうわ。フロル。」
笑いながらも、娘によく似た面差しの母親が咎める。
「ごめんなさーい。」
ペロリと舌を出して腕を放す娘を、柔らかな笑みで見つめる父親。
「そうだな。学会が終わったら、ピアスを探すとしよう。でも、赤いのがあるかは保証できないよ。このところの珊瑚の減少は深刻だからね。」
「そんなの私だって学校で習ったわ。だから今のうちに手元に欲しいのよ。」
フロルと呼ばれた少女は口を尖らせて、つぶやく。そんな娘を見やって、父は笑ってその額を優しく指で突っついた。
「ほら、それ。そういうのが地球上の絶滅危惧種を増やしてるんだよ。フロルも学者を目指すなら、そういうのは気をつけないと」
フロルは父親に諭されると、大きく目を見開き、しゅんとうなだれる。
「!…ごめんなさい。」
素直に謝る少女を笑って抱きしめる。
「行って来るよ。」
手を振って玄関を後にした父。
そして…少女が自分の父親の姿を見たのは、この日、このときが最後だった。