10 エピローグ
その後、宇宙ステーションを経由して、データをまとめた探査船は、二人の科学者、エドワードとヘンリーと共に全員無事に地球へ帰還した。メディカルチェックや報告書の作成に追われ、マスコミ攻勢も絶えたころ、フロル達はやっと大学へ戻ることができた。
火星へのプロジェクトが動き始めた冬から一年半が過ぎ、季節は一巡して夏の終わりに差し掛かっていた。
「いい天気だなあ…」
研究室のテーブルでお茶を飲みながら、エリオットは大きく伸びをする。
「ホント。研究室でお茶なんかしてるの、もったいないわね。」
フロルはビスケットをほお張る。
「じゃあ、ピクニック行きましょ!お弁当持って。」
ラスが大まじめでそう提案する。帰還した後も、彼はしょっちゅうフロル達の研究室に入り浸っていた。
「…ピクニックねえ。この面子でか?それにお前、自分のとこの研究室、ほっぽっといていいのか?」
「ああっ?エリオットはまた僕だけ仲間はずれにするつもりですねっ?」
力一杯抗議してくるラスに、がっくりとうなだれるエリオット。
「そう言う君は、相変わらず野暮なことを…」
助け舟を出したのは、研究室へ顔を出したメイヤー教授だった。
「ああっ教授まで!なんでですか?僕も一緒に行きたいのに、何でだめなんですかっ?」
捨て犬のような目で懇願するラス。
「そんなに行きたいなら、私が連れてってやろう。ん?どこに行きたい?おお!そういえば最近、アフリカでは砂漠化がなぜだか急に緩和されてきてるらしいぞ。調査に付き合わんか?ラス。」
「え?え?いや、あの、僕の専門は惑星大気物理学なんですけど…」
必死で訴えるが、教授はどうやら聞こえないフリをしているらしい。
「さあ行こう!ラス!アフリカは良いぞ~!」
そして、ラスは教授に連行されて行ってしまった。
フロルはくすくす笑いながら彼らを見送る。
研究室に残された、フロルとエリオット。
砂漠化の緩和と聞いて、不意に水色の少女が目に浮かんだフロル。
“青泪…あなたも帰ってきてるんだよね…また会えるといいな…”
ふと気づくと、エリオットはじっとフロルを見つめている。
「?なあに?」
フロルはなぜだかつい、どぎまぎしてしまう。相手は腐れ縁のエリオットなはずなのに…
“一体どうしちゃったんだろう…”
火星から帰還してからというもの、フロルは妙にエリオットを意識してしまっていた。
時々見せる表情が白蘭とダブるたびに、彼女は動揺を隠せない。
「最近さ…お前とお前とは違う、もう少し小さい女の子がダブるときがあるんだけど。」
フロルの心の動揺に気づいているのかいないのか、じっと彼女を見つめてつぶやくように言うエリオット。
「え?」
フロルは持っていたカップを取り落としそうになった。
「フィルって呼んでるんだ…俺…」
エリオットはそんなフロルに気づかずにカップの中の紅茶を覗きこんでいる。
「…そう…」
フロルは手持ちぶさたで、カップをもてあそんでいる。
「あいつと…関係あるんだろ?フィルってお前なんだろ?」
「…フィルはもういないわ。白蘭がいないのと同じことなのよ。遠い昔にいたの…彼も彼女も。だから…今はもういないの…」
フロルはカップをテーブルに置くと立ちあがり、まだ日差しが少しきつい窓際へと向かう。
「そっか…」
フロルの言うことを信じたのかそうでないのか、掴みきれない表情でエリオットは頷いた。
“私を一人にしないで”
そう言ったフロルとの約束を違えず、彼は今もここにいる。精霊たちの計らいではあったが、自分でも気づかないうちに分かたれた魂はフロルを見つけ出して、ずっとそばで護りつづけていた。
何かが足りないと、ずっと抱きつづけた想いは、今やっとあるべきところへ収まり始めている。
“けど足りなかったのは、私の中の気持ちだったのかもしれないね…”
フロルはフィルの記憶を思い返すたびそう思う。死を選ぶより他に、方法が無かったのだとしても…
『世の中に無駄なことなんてひとつもないのよ。』
そう言って掴みかかってきた青い精霊の少女。エリオットの中の白蘭の記憶は、エリオットの中にストンと入りこんで、たくさんのことを教えてくれる。
遠い記憶も今の記憶も、全ては必然で繋がるのだと……
窓際に立ち、複雑な想いでエリオットを見つめるフロル。
だがその彼の面差しは、白蘭そのもので…
「青泪…だっけ?あの子が言ってた。『この世に無駄なことなんてひとつもないんだ』って…俺達のしてきたことは、無駄じゃなかったはずだよな…」
エリオットは自らに言い聞かせるかのように、自分の手のひらをじっと見つめ、そうつぶやく。
テーブルのお茶は冷めきってしまっていた。フロルは彼の言葉に答える代わりに、新しいお茶を淹れなおすため、再びテーブルに戻りカップを手に取った。
「お茶、淹れなおすね。」
「ああ。」
ふわりと微笑むエリオット。
その微笑がまた、あの懐かしい面差しと重なる。
フロルはふと、研究室の棚に置かれた、きれいな小ビンに目を留めた。水色がかった透明ガラスにコルクの蓋がついているビンである。
中には砂が少しと、布の切れ端が入っていた。
それはあのとき火星から持ち帰った砂、白蘭だった砂であった。
フロルは彼が手当てしてくれた包帯の切れ端と一緒に、二度と離ればなれにならないように、願いを込めて大切に保管していたのである。
「墓でも作るか?」
エリオットはフロルのそんな様子に気づくと、そう言って笑った。
「うん。…そうだね。」
フロルもふわりと微笑む。
今、エリオットの中に彼がいる。これだけは変わらない真実…
彼は今も、彼女のそばにいる…
もう、離ればなれになったりはしない…
これから先の未来も、ずっと。
おわり
ようやく完結です。
最後までお読みくださりありがとうございます。
初めての投稿で上手くアップ出来てるか、不安でしたが、お付き合いありがとうございました。