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朧月のその先に  作者: 風華
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 クルクルと器用にジャガイモの皮剥きをしながら、私は鍋の温度が上がりすぎないよう調節する。

 ここは軍駐屯地の台所。あれから私はセティの推薦のおかげで、料理人として働かせてもらうことが出来た。最初は反対だった。勿論周りが。人の体内に入れる物を、どこの誰とも知れない人間に作らせるのか、と。

 しかしセティは「大丈夫だって」の一言で、周りを黙らせてしまって。セティはかなりの身分だと確証した


 まぁそれはともかく、私は料理が得意じゃない。切って焼いて煮るくらいしか出来ないのだ。味付けは壊滅的だと自分でもわかってる。

 だから、私は食材を切るだけの役割を料理長から頂いた


「ほっ、ほっ…やっ、と!」


 これでいくつのジャガイモの皮を剥いただろうか。綺麗に剥けたジャガイモと皮の山に、料理長はいつの間にかそれらをジッと見ていた


「お嬢ちゃん、味覚は壊滅的なのに包丁さばきは神技だなぁ」

「何なら、ジャガイモで鶴でも作りましょうか」

「やめろ、勿体ない。見た目より量だ」


 ボチャボチャと材料を鍋に入れて、ゆっくりかき混ぜる。今日はシチューだ


「今日も美味しそうですねぇ……」

「だろう?」


 ドヤ顔をしながら鍋をかき混ぜる料理長は、少し機嫌が良いようだ。

 ……思えば、料理長との出会いは最悪だった。こんな怪しい私がいきなり台所に立つんだから当然だろうが、それ以前に、女なのに料理の一つも作れないとは何事だ、と散々言われたのだ。

 花嫁修行はしなかったのか、とか言われても、結婚する気も無かったし仕方ない。大体、何でも焼けば食べられるから、特に困った事も無いし…勉強しなかった


(まぁこれくらいなら、人を斬るより簡単だしね)


 おっと、物騒な事を考えてしまった。

 今の私は、ただの旅人。間違っても人を殺したりしないし、傷つけたりなんてしないよ


「あらぁ、サクヤ。貴方、まだ居たんですの?」


 一際甲高い声で台所にやって来たのは、このレイア村の村長の孫娘であるソフィア。村長の用事で、一緒にここまで付いてきたんだろう


「まだも何も、この軍が移動すれば一緒に移動しますよ」

「そういう意味ではありませんわ! どうして得体の知れない小娘が、軍の台所に居るのか聞いてますの!」


 さっさとこの村から出ておいきなさい! と、指差しで言われても…私だって軍の内部に好きでいるわけじゃないのに


「ヴィトルフ様ってば、何でこんな芋娘を…っ!」

「いや、ヴィトルフ様じゃなくてセティの紹介でして」

「貴方みたいな芋娘が、軽々しくヴィトルフ様のお名前を口にしないで!」

「えぇ…では何と呼べば?」

「口にするな、という意味ですわ!」


 会話出来ないじゃないか。

 なんて面倒くさいから言わない。さて、洗い物でもしようか


 ヴィトルフ様の話を続けるソフィアを無視して、鍋や包丁を持ち井戸の近くまでやって来た。この辺りは人気も無いから、少し楽をするにはうってつけだったりする


「『我の声を聞き、願いを叶えたまえ』」


 人差し指を少し切り、血を滲ませる。その血で空中に契約者の名前を書くと、その名前がボンヤリと光を放つ


『う〜ん…あらやだぁ、ここはどこぉ?』

「久しぶり、セシル」

『久しぶりじゃなぁい、サクヤちゃん。それより、ここどこぉ? 見た事無い土地ねぇ』


 セシルは水の精霊。神の召喚にはその土地の加護が無いと呼び出せないが、精霊は何処にでも存在出来る為、こうして呼び出せる。

 とはいえ、血に霊力を込めすぎると相応の能力を持ち、周囲にまで影響してしまうから、今は極少量の霊力で呼び出した。そのせいか、セシルは手の平サイズしかない


「ちょっと今、旅をしているの」

『サクヤちゃんがぁ? なぁに、花嫁修行?』

「どうして旅行と言えば花嫁修行? そうじゃなくて」

『じゃ、旦那探し〜? 人間って大変ねぇ、伴侶探しの為に旅するなんてぇ』

「違うってば」


 まったく、人間どころか精霊にまでそんな事を言われるなんて


「理由は後で説明するから。だから手伝ってほしいの」

『何を〜?』

「水を出してほしいのよ」


 洗う食器類を指差すと、その上に小さな雲を作って、雨のように水が降り注ぐ


「ありがとうセシル!」

『それは構わないけど〜…目の前に井戸があるじゃない……』

「……水が無いのよ」

『あらまぁ』


 そう、この村は水不足に陥っていた。とはいえ、私がこの村にやって来た湖があるから、そこから水を汲んでくれば問題は無いが…私が自由に行動出来るかと言えば、否だ。

 セティが居れば別だろうが、この軍内で味方なんて居ない。監視されてもおかしくないのだから。

 人手不足で監視は居ないが、時々鋭い視線も感じるし


 因みに、私以外の人は魔法で水を出している。飲めるかどうかはその人の腕次第


『水が無いなんて、信じられないわねぇ…ここの土地神様は居ないのかしらぁ』

「さぁね…何かは居るみたいだけど、余所者が口を出すのもおかしいでしょ」

『同じ人間同士なのに、余所者なの〜?』

「そう。私はここじゃ、怪しい人間なのよ」


 ジャブジャブと洗っていると、サクサクと足音が聞こえてきた。セシルを懐に隠し、ゆっくり振り返る


「あれ、お前一人か?」

「セティ」


 どうやら話し声が聞こえたから来たらしい。セティは不思議そうに辺りを見回し、やがて私の手元を見た


「お前、やっぱ魔法使えるんだな」

「まぁ…嗜む程度ですが」

「そうなのか? この間、空を飛んで…とか言ってたから、結構魔力あるんだと思ってたけど」

「どうでしょう。飛べる時と飛べない時があるので、そんなに無いと思いますよ?」

「ふーん」


 信じたのか信じていないのかわからない返事を返し、セティはポッカリ浮かんだ小さな雲を指先でつつく


「お前の魔法、面白いな! わざわざ雲まで出さなくていいじゃん」

「………。好きなんですよ、雲」

「へぇ〜…じゃあ積乱雲とかにも出来んの? 俺さぁ、あのでっかい雲に乗ってみてぇんだよな」

「食べたい、じゃなくてですか?」

「雲まで食うのか、お前……」

「美味しそうじゃないですか。フワフワそうだし」

「しょっぱいかもだぜ? 雨降ってくるんだしさ」

「雨は塩水じゃないですよ」

「砂糖水でもねぇだろ」


 洗い終わった食器類を持つと、セティに取られて歩き出してしまった。慌てて後を追いかけると、兵士達からの視線がグサグサと刺さってくる。

 間者だ、娼婦だ、等々…わざと聞こええうように言ってるんだろうか


『もう少し、お胸が大きかったらねぇ……』

「放っといて」

「ん? 何か言ったか?」

「いいえ、何も」


 危ない危ない。セティは地獄耳なのか


「……陰口とか、さ。あんま気にすんなよ?」

「え?」

「お前が悪い奴じゃねぇってわかってるけどさ、皆が皆、そうは思ってくれねぇし」

「……逆に」

「ん?」

「どうしてセティは、私を悪いやつじゃないって言いきれるんですか?」

「……………………」

「普通は疑うし、牢屋に入れたり尋問したりするんじゃないんですか? セティは地位の高い方なんでしょう?」

「入れてほしいのか?」

「そうじゃなくて…質問を質問で返さないで下さい」

「じゃあ俺の答え言うな」


 セティの足が止まり、真っ直ぐ私を見る。

 ……この真っ直ぐな瞳は、少し怖い。何もかも見透かすような、それでいて逃げられない、そんな瞳だから


「確かに、お前はめちゃくちゃ怪しい。湖から突然出てくるし、言ってる事もめちゃくちゃで嘘か本当かわからねぇ。お前の言う通り、本当は尋問…っつか、拷問しなきゃならねぇだろうな」


 拷問、とまで言うか。まぁそうでなきゃ、軍人じゃない


「けど」


 そこで厳しい目が、ふと緩んだ


「お前の…サクヤの纏う魔力…とは違うみてぇだけど、それが優しいからさ。わかるんだ、何となくだけど」

「……よくわからないんですけど」

「俺も言っててわかんねぇ。けど、わかったから。お前がどんな奴か」

「……………………」

「それとも、俺と…軍と喧嘩売るか?」

「売りません」


 ハハッと軽く笑われ、再び歩き出すセティ。

 ……この男が侮れない事だけは、わかった気がする

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