閑話 カモメは見た
カモメ視点です
皆様初めまして。私は渡り鳥をやっております。名前はありません。何故かって? 名前は人間が勝手につけているのであって、私達鳥同士、生まれてこの方名前をつけて呼び合うなんて事はした事が無いからです。
人間は不思議ですねぇ。どうして名前をつけたがるのでしょうか? 呼ぶ時なんて、鳴けばいいんですよ鳴けば
「人間はね、名前で『個』を縛ってるんだよ」
そう言って遠い目をするこのお嬢さんは、サクヤというらしい。聞けば、育ての親に旅をするよう言われ、三日分の食料だけを持ちこの大海原へ送り出したとか。
私達渡り鳥でも、この旅はキツいものです。天候はすぐに変わるし、天敵も居ます。魚だって、必ず捕れるとは限らないのですから。
なのにこのお嬢さんは、ブツブツと文句を言いながらも船を漕いでいます。なんて逞しい
「私の召喚術もそうなんだけど、名前をつける事で従わせるっていうのがこの術の基本なんだって。名前は束縛なんだよ。そう思うと、召喚術って怖いよねぇ」
なら使わなければ良いのでは?
「そういうわけにもいかないの。それにね、召喚術は主と下僕みたいに言う人も居るけど、私は友達だと思ってるし…友達に会えないのは、寂しいでしょ?」
私に人間の感情などわかりません。でも、もし私の周りに居るこの渡り鳥達が居なかったら、私は孤独なまま島を巡る事になります。それは嫌だと思うのです
「その感情が、寂しいって事じゃないかな」
お嬢さんはギーコギーコと船を漕ぎながら、優しい表情で私を見てきました
「私ね、本当の両親を知らないの。でも私は、私を拾って育ててくれた長達が大好きよ? 本当の家族だって思ってる。でも…やっぱりね、時々寂しいなって思っちゃって。そんな時に出会ったのが、召喚術で呼び出した人達なの。
私の声が聞こえたって言ってくれて、見えなくても傍に居るって言ってくれたの。嬉しかったな……」
友達とか、家族とか、そう言われてもイマイチピンと来ない私ですが、お嬢さんはお構い無しに話し続けます。
まぁ、私も嫌じゃ無いですよ。何より、人間とお喋りするなんて事自体、私は初体験なのですから
しかしそんな穏やかな時間は、あっという間に終わりを告げてしまいました。嵐です。
私達渡り鳥は、空気の違いですぐに避難する事が出来ました。けれどお嬢さんは、そうはいきません
「早く逃げて」
どうしようと迷っている私に、お嬢さんは笑顔で言います。一気に降ってくる痛いほどの雨は、いかに旅慣れた私でも飛ぶことを許されません。
お嬢さんの小さな船は、ほんの一波で転覆してしまいました。私はヒヤヒヤしながらも、それでもお嬢さんが海面から顔を出した時はホッとしたものです
私がここに居る場所は、雨の一滴も降っていません。それだけ局地的に降る激しい雨風に、私はどうしたら良いのでしょう……
困り果てていると、仲間の渡り鳥が鳴き始めました。……ああ、そうですね。こんな所で黙って見ているだけだなんて、到底出来ません
「ど、どうして戻ってきたの!?」
壊れた船の木片に掴みながら必至に泳ぐお嬢さんの周りに、私達はギュッと身を寄せ合います。
お嬢さんが沈まないよう、嘴で服を掴む仲間。その仲間を守るように囲む私達は、今まででは考える事もしなかったでしょう
やがて暴風雨は止み、穏やかな天気に変わりました。お嬢さんは「ありがとう」と微笑み、それを見て、私達も次々と鳴きだします
良かった。死ななかった。笑ってる。嬉しい。
そう、嬉しいという感情があったんです。こうもハッキリと嬉しいと思ったのは、初めてでした
「……皆は優しいね。本当にありがとう」
それから私達は、お友達になりました。お友達というのが最初はわからなかったけど、ようやくわかったような気がします
大陸まで道案内をしつつ、時に魚を捕まえてはお嬢さんにあげました。しかし丁重にお断りされました。何故でしょう。
やがて大陸が見えてきた頃には、お嬢さんはゼイゼイ言っていました。魚、美味しいですよ? 生ですけど
「うぅ…兵士がいっぱい……」
どうやら、上陸したいのにしたくないみたいです。なので、私達は秘密の洞窟へ案内しました
「ありがとう、ここから上陸してみるね」
お嬢さんの笑顔は、何故でしょうね…こう、ホワッとするんです。不思議ですね。
そして、寂しいですがここでお別れのようです。お嬢さんは手を振ると、海の奥深くまで潜って行ってしまいました
人間なのに、私達の声がわかるお嬢さん。また必ず、どこかでお会いしましょうね