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弁当を分けてやると、サクヤは深々と頭を下げてからパクパクと食べ始めた
「なぁ、お前どこから来たんだ?」
まさかガイア国じゃないだろうな。とは流石に言えず、サクヤをギロリと見る。
しかしサクヤは怯む様子もなく、モグモグと口を動かし続けた
「んむむ…ゴクン。ここからずーっと西の、小さな島からです」
「島? 海を渡ってきたのか?」
「ええ。最近戦が激しいから、どんなもんか見てこいと言われて」
「そりゃ激しいっちゃ激しいけど、流石に島まで攻めてねぇと思うぞ?」
「はい、穏やかです。でもいつ火の粉が飛んでくるかわからないでしょう?」
つまり、国の様子を見て静観するか参加するかを視察に来たのか。まぁわからなくもない。
上がどういう考えか知らないが、正直、戦争がここまで長引くとは思っていなかった。こっちが勝てば向こうがやり返し、またその逆も然り。実力は五分と五分。後は周辺諸国がどちらの味方につくかで、決着がつくだろう
「で、お前の島がこっちに視察って事は、こっちにつくのか?」
「いえ、それは私ではなんとも。ていうか、視察に来たのはこの国が初めてですし」
「そうなのか?」
「本当に戦に無関心だったんですよ。なのにいきなり、小舟で海を渡って様子を見てこいですもん。食料なんて三日分しかないし、方角もわからなくなるし、嵐は来て転覆するし」
「……………………」
「船が大破して、仕方なく泳ぎながら魚を探す日々……」
「お前…よく生きてここまで来れたな……」
「飲み水が無くなった時は、もう終わりだと思いました」
見た目華奢だけど、タフな奴。でもそうでないと、視察になんて来れないか
「さてと」
弁当を食べ終わったサクヤは立ち上がり、改めて頭を下げてくる
「セティさん、本当に助かりました。この御恩は絶対に忘れません」
「別に大した事してねぇからいいよ。もう行くのか?」
「はい」
聞けば金も流されて無くなった為、働き口を探しながらこの国を見て回るらしい。それが目的なんだから止めはしないが……
「お前さ、身分証明書持ってんの?」
この国に居ようと敵国に行こうと、証明書が無ければ関所を通れない。無くても通れるのは、王族、一部の貴族、軍の上層部くらいだ。それでも無いと手続きが面倒だからと、持っている人間が多い。
しかしこいつは、本来なら陸に上がって関所を通る筈の過程を、10キロの潜水という驚愕の方法で不法侵入してしまっている。こんな状況で、証明書を発行してくれるだろうか
「ラシール国内に居るのに、証明書なんて必要なんですか?」
キョトンとしているのは、今まで生活に必要では無かった証。最初から嘘をついているようには見えなかったけど、これで少し信用出来た
「ああ。それが無いと、この村から出れねぇし」
「……なんて面倒くさい……」
「いや、普通だから」
不審者を下手に村になんか入れて、それこそ事件がおこったらどうするんだ
「お前、いきなりこの村に来たしなぁ…発行、出来んのかな」
「飛んで行くとか」
「一定以上の高さ飛んだら、警報機が鳴っちまう。そうなったら即牢屋行きだな」
「うわ…泳いできて良かった……」
「何でだよ。普通に陸に上がった所で旅行者だって言えば、普通に発行してもらえただろうが」
「じゃあもう一回泳いで戻れば!」
「船もねぇのに? 島から泳いできたとか言うのか?」
「……………………」
本当に全くの無計画で来たのか。度胸があると褒めるべきか、バカだろとハッキリ言ってやるべきか。恐らく後者だろう。こいつの為にも言ってやるのが一番いい。
でも、ここで見捨てたらそれはそれで後味が悪い。ああ、でも関わりたくない。嫌な予感がヒシヒシと……
「……………………」
……ヒシヒシと、感じる……
***
レイア村は貧しくもなく、だからといって裕福でもなく。ごく普通の村だな、というのが第一印象だった。
私はセティの上着を無理矢理着せられ、広大な畑をキョロキョロと見回す
「本当に戦争なんてやってるのかしら…とても平和そうなのに」
「ここら辺は田舎だし、前線から遠いしな。敵もあんま攻めて来ねぇんだ」
ただの独り言のつもりだったのに、律儀にも返事をしてくれるセティは優しい
(けどまさか、軍人だったなんてね)
船が大破し、泳いで来たというのは本当だ。だが、魚を追ってここまで来たわけではない。見張りの兵士の目を掻い潜り、何とか島に上陸出来ないかと探っていたら、小さな洞窟を見つけた。そこを泳いでいくと、あの湖にたどり着いたというわけだ。
釣り針に気付かず、無理矢理引っ張ったら人間が付いてきたなんて。しかも、剣に刻まれた紋章は軍人の…それも貴族の証である紋章が入っていた。何て運の悪い。
万が一、魔法ではなく召喚術を使うとバレたら、即王国に連れて行かれるかも知れない。それは困る
「セティは、この村の人なんですか?」
「さぁなぁ」
「え?」
「あ、別に隠そうとかそういうんじゃねぇんだ。俺、どこで生まれたか知らなくてさ」
「そうなんですか?」
「母親が娼婦でさ。つーか、元奴隷らしい。だから母親も出身地知らねぇんだよ」
「お父様は?」
「父親なぁ…本当に俺の父親かわからねぇけど、一応貴族やってるよ。首都に住んでるし、そこが出身地じゃね?」
どうも家族間の仲は、良好とは言えないようだ
(教えてくれるのは嬉しいけど、こんな怪しい私に喋って大丈夫なの?)
嘘か本当かわからないから、何とも言えないけれど。
そんな話をしながら、セティは軍の駐屯地に入っていく。見張りの兵士は私を見て明らかに怪しんでるけど、セティは気にせず私を中に案内する
「ただいまー」
そんなアットホームな感じで良いのか? と思わずびっくりしてしまう
「お、セティス。何だよ、女連れなんて珍しいな」
「珍しいっつーか初めてだしな」
顔を出したのは、セティよりも背が高く、かなりのイケメンな男。髪は金髪で、瞳は青と、鳥から聞いたラシール国人の特徴そのものだ。
そんな金髪男に比べると、セティはラシール人らしくない。身長は個人差だろうが、茶色い髪に黒っぽい瞳。どちらかと言えば、ガイア国人っぽい雰囲気なのである。
もしかしたら、母親がガイア国人か、それともハーフか。それなら奴隷だったというのも分かる気がする
因みに、この情報をくれた鳥は海を渡っていた渡り鳥。渡り鳥が居てくれたからこそ、この国にたどり着けた
「サクヤ、こいつは俺と同期で腐れ縁のヴィトルフ」
「初めまして、サクヤと言います」
「よろしくね、サクヤちゃん」
頭をポンポンとするこのヴィトルフは、私を子供だと思っているんだろうか。これでも立派な成人女性なのに
「で? 何で連れてきたんだ?」
「あー…そいつ旅してたらしいんだけどさ、証明書失くしちまったらしいんだ。で、金も無くなったから働き口を探してるらしくてさ」
「旅って、このご時世に? 一人でか?」
「傷心旅行…だったっけ?」
セティは「上手く誤魔化せ」と目で言ってきた。ていうか、傷心旅行って。いくら成人してても、結婚もした事無ければ彼氏も居たことありません
「……そうです……」
けれど、何を言えば良いのかわからず、傷心旅行を否定出来なかった
「ふーん……」
ああ、めちゃくちゃ疑ってる。普通は疑うよね、私だってこんな嘘が通じるとは思っていない。
でもセティはそんな事を思っている雰囲気は無かった
「けど、証明書なんて簡単に再発行出来ないぜ。身元がわかるもん持ってるとか言うならともかく」
「……………………」
「わかってるよ。そうじゃなくて、こいつをここで働かせようと思ってさ」
「はぁ?」
「え?」
確かに働き先を、とは言ったが…まさか軍内部で働かせようとか、本気? もし本気だったら、もうちょっと危機感を持った方がいい
「お前なぁ…こいつがスパイだったらどうするんだ」
ヴィトルフの言う通りだ。スパイじゃないけどね
「大丈夫だって」
「何でそう言いきれるんだ?」
「んー…」
セティはジーッと私を見つめ、そして一言
「勘」
流石に絶句したのは、言うまでもない