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麦わら帽子の温もりを

作者: 岡井樹木


結婚を間近に迎えて自室の整理をしていると、古ぼけた財布が出てきた。幼い頃に使っていた財布を見て、私はすっかり通り過ぎてしまった過去を思い出す。

私がまだ小学三年生だった頃。平均よりも成長が遅く小柄だった私は、決して背が高くないおじいちゃんの腰程までしか身長が無かった。

お母さんに買ってもらった麦わら帽子をかぶり、おじいちゃんに手を引かれながら歩く。暑い暑い夏の日の事だった。

「どこまで行くの?」

私がそう尋ねると、きまって、おじいちゃんはニヤリと笑ってこう言うのだ。

「お馬さんが居るところだよ」

おじいちゃんの応援している馬が勝つと私はアイスを買ってもらえて、負けると私は自分の財布からお金を出して、やっぱりアイスを買っていた。おじいちゃんの応援しているナントカっていう名前の馬は、興味がなくて結局覚えられらずじまいだった。それでも、クラスに馴染めず家にこもりがちの私にとって、その一時はちょっとした楽しみだった。

ある日の帰り道。電車を降りながら、ポケットから切符を取り出そうとしていると、誤ってポケットに入れていた財布を電車とホームの間に落としてしまった。

「おじいちゃん、どうしよう……」

「心配しなくていいんだよ」

おじいちゃんはそう言うと、毅然とした態度で人を押しのけて、電車へと立ち向かっていった、

「ハアっ!!!!!」

おじいちゃんの掛け声がホーム中に鳴り響く。幼い私にはその時のおじいちゃんが、まるで超能力でも使ったかのように、電車を後退させているように見えた。

それからおじいちゃんは颯爽と線路に降りると、落ちていた私の財布を拾って、そっと私の手のひらにその財布を載せた。おじいちゃんの暖かい手が、麦わら帽子越しに頭を撫でる。

「しぐるーん、もう落としてはいけないよ」

「ありがとう!おじいちゃん!」

いつも私の事を「しぐ」と呼ぶおじいちゃんは、その時だけ「しぐるーん」と言った。

そして駅から家までの短い帰り道、おじいちゃんは私に優しく言ったのだ。

「しぐは、わしが電車を動かした時、どう思った?」

「すごいと思った!」

「しぐ。人間っていうのはね、大事なのはその人の中身なんだよ。一番重要なのは、その人がどんな事をするかなんだ。わかるかい?」

当時の私は、そんなおじいちゃんの言葉を漠然としか受け取れなかった。なんて返事をしたのかはよく覚えていない。でも今思えば、周りのクラスメイトが由美や麻里子という名前の中、ひとりだけ、しぐるーんなんて名前で浮いている私に、大事なのは名前じゃなくどういう風に振る舞うかだ、という事を伝えたかったのかもしれない。

ぱわわという、おおよそ昭和に似つかわしくない名前の私のおじいちゃんは、とても不器用な優しさを持った人だった。

「あの時は、ありがとうね。おじいちゃん」

私は明日、梅本しぐるーんになります。

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