おじさんと料理教室
「で、どうなの、その二人目の彼氏とは」
「いや別に彼氏じゃないってば」
いつもの帰り道。もしかしたら彼氏が聞いてるかもしれないと思ってひやっとする。裕子はこういう時声が大きくて少し困る。ただ、典型的な、いや別に彼氏じゃないってば、という台詞が言える状況にしてくれたことに少し感謝したい。
「でも家行ってるんでしょ?男一人暮らしの家に、女子高生一人で」
だが、45歳、バツイチサラリーマンである。兄の知り合いのおじさんで、兄と二人暮らしにもかかわらず料理の苦手な私に、家庭料理を教えてくれている。
「でもそれだけだって……」
「それがだめなの!なんかやばそうになったらすぐ電話しなよ?」
「いい人だしそんなことおもってないって」
「今はそうかもしれないけどね……男はいずれ狼になるんだよ……誰しもね……」
「それ言いたかっただけでしょ」
「ばれた?」
そして今日もおじさん、隆さんのお家にお邪魔することになっている。彼が住んでいるのは割とお高めのマンション。インターホンを押すと、おじさんが出迎えてくれた。
「いらっしゃい嬢ちゃん」
「お邪魔しますー」
スリッパを履いて上がる。おじさんはすでにエプロン姿で出迎えてくれた。
「今日は何を作ろうか?」
「中華が上手くなりたいなぁと」
単に私が中華が好きなだけだが。
「なるほど、色々種類があるけどね……あ、三分で出来るラーメンとかどうかな?」
「わあすごい!まるでカップラーメンみたい!」
「棒読みだね」
「そう思うとカップラーメンってすごいですよねー」
「まあ俺は嬢ちゃんにもっと美味しいものを作って欲しいと思ってるよ」
「ご期待に沿えるよう頑張ります」
隆さんのお陰で確かに自分でも上達してると思う。いつか隆さんにドヤ顔で中華を振る舞いたいものだ。
隆さんは少し考えて言った。
「そうだなぁ、定番のチャーハンとかはどう?」
「いいですね、作り手のセンスが光る料理ですね」
「はは、俺流のでよければ教えるよ」
「ぜひ!」
そして今日も隆さんとお料理教室。
もはや習慣と化したこの教室に変化が訪れることは、きっと彼が許さないだろう。
だから、私はいつも飲み込む。作った料理と一緒に、ほろ苦いこの想いを。