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彩輝  作者: ろくろくどぶろく
1/1

プロローグー入学式ー


あの日、いつものように僕は自分の2倍はある大太鼓の前で締めの1打を打つために深く腰をおろした。

まるでそれは、自分の前に立ちふさがる大きな壁のようで自分の限界と存在をちっぽけなものだと否定しているように思えた。


心の中で唱えるこの言葉。

(お前は太鼓を叩くんじゃない、ぶち破る気持ちで打て)



--これが僕の、最後の一打。


--深い沈黙。


その一瞬の沈黙は、何百人というお客さんがいるステージに上に僕と目の前にある大太鼓以外の全てが止まってしまったかのように感じられた。


ドクッ、ドクッ、ドクッ。。


「ぜありぃやぁああああああっつ!!!!」

僕は両手の撥を振り上げる。。。


切り開け、ぶち破れ、-----------------。。。



―二年前―高校入学式―


4月、まだまだ外は寒くコートが手放せない朝。

わざわざ家から電車で1時間半ほど離れた場所にある、スポーツの名門である青城高校に入学した。


早朝、真新しい下ろしたてのワイシャツに袖を通し、コムサのブレザーを羽織ると慣れない手つきで父から教わったシングルノットでネクタイを締める。身長が小柄ということもあり、ワンサイズ短めのネクタイを注文したのだがそれでも少し余裕が出来てしまったのでその場にあったホッチキスでごまかした。


中学時代の友人の多くは地元の高校に進学するため、入学式の日は同じでも駅に向かう時間は彼かよりもずっと早く、外はまだ薄暗かった。早起きは得意な方ではなかったが、地元の知り合いに会わずに済むことの方が彼にとっては都合が良かった。


電車を乗り換え、高校の最寄駅からさらに15分ほど離れたところに青城高校はある。

校舎には「〇〇部、全国大会出場!」といった垂れ幕で埋めつくされ、その垂れ幕のためか高校見学会の時に見た桜の木は伐り倒されていた。


そんなまさに体育会系が集うような高校の入学式、僕は憂鬱な気持ちを抱えながら式の朝を迎えた。


 「そ…では、た……より、入学式……めます。」


式の壇上で肌が真っ黒に焦げた体格の良い教師がにこやかに話をしているが、いつものように音がとぎれとぎれになる。


 (それでは、ただいまより、入学式を始めます……ふぅ。)


自分の頭の中で、話し手の口の動きを意識しながら言葉をつなぎ合わせていく。

この地味な作業(口話)を続けることに僕はすっかり疲れてしまっていた。


今の僕にはもう左耳の聴力はなく、右耳からの音も時折聞こえないことがある。

近くの音は頑張れば聞くこともできるが、少し距離のあいた場所から話をされると度々音が途切れてしまう。


式が進むと、各部活動の部長が全国大会への宣誓と部活勧誘を始めた。

色とりどりのユニフォームを着た選手たちが一斉に胸をはり、誇らしげに宣誓を始める。そんな彼らを教師陣も生徒も興奮気味に、まさに学校の英雄を見るかのように拍手を送った。


その中に、中学時代何度も戦ったことのある選手の宣誓が始まる。

…中学時代の経験がよみがえる。僕は耳をさすりあいつさえいなければ、という思いを噛みしめた。


「えーソフトテニス部男子は今年も全国大会への……」


もういい、これ以上は聞きたくない。。僕は壇上から目を逸らし、体育館の端にある時計の針をじっと見つめ続けながら式の終わりを待った。


時計の針が一周する回数を数え、ちょうど500回を数えようとしていた時、


ーーーーーーーーダァァアンーーーダンッーーダンッーダンーダンダンーダダンッ!!ーーー


選手たちが退場するのに合わせて、大太鼓の音色が響いた。


 「えっ!?!?」


これほどまでに大きな音を聞いたのは随分とひさしぶりだったため思わず声を漏らしてしまった。

胸に響くその深く、鈍く、それでいて躍動感のある爆音が体育館全体に広がり、また僕の身体に響き鼓膜の内側まで鋭く帰って来た。自分の心臓が揺さぶられるような感覚。


 (なんだよ、、これ、すっげぇ。。。)


それは「音」というより「大きな波にのまれる」感覚だった。


音の元を辿ると、そこには先程の真っ黒で体格のよい教師と同じくらいの背格好をした女生徒が自分の腕と同じぐらい太い棒を自分の身長よりさらに高い、太鼓に向けて振り上げていた。


彼女は色白で、ゆれる漆黒の髪と漆黒の法被が良く似合っていた。

顔立ちは、女性に対する表現としては正しくはないかもしれないが、どちらかと言えば端正な顔立ちで決して美人というわけではないが時折見せるいたずらっこのような無邪気な笑顔が不思議と人を引き付けた。


選手一同が退場し、ひととおり部活動の紹介が終わったその時。

彼女はいきなり壇上へと走り出し、先程までの太い棒を握っていた大きな手でマイクをつかんだ。


 「おい!!新入生の諸君!!てめぇらの中で魂を震わしてぇやつはいねぇが!!」


 (なんて馬鹿でかい声だよ)


口話なんて必要ないくらい彼女の声はしっかり聞こえた。


 「やめろっ!!退場の演奏だけなら演奏させてやるという約束だろうがっ!!」


先程の教師を含む教師陣が彼女を抑え込む。


 「…はなせこの、くそビッチどもが!!てめぇらそれでも、大人ち……ついてのかこらぁ!!」


目の前で、しかも入学式という初日に起きた出来事に新入生達はただただ混乱していた。


 「興味の…あるやつぁ!!…くそっ離せよ!!旧校舎1階奥の資料倉庫へこいっ!!!」


大の大人3人がかりで彼女を押さえつけ、体育館の選手が退場した入口とは反対の出口へ連行されていった。


 「なんつー入学式だよ、折角の部活動紹介が台無しじゃねーか」


そんな声を新入生達は漏らす中、そんな中でも。


ーーーダァァアンーー 

僕は彼女の奏でた音色にただ浸り続けていた。。


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