謁見でございます
いよいよこの日が来た。
学園長が同伴し、私達四人は並び跪いている。
ここは王の間。
今日は国王陛下との謁見の日であった。
私は頭を下げ、地面を見つめてその時を待つ。その緊張感は半端なかった。
(おぇぇ、緊張しすぎて吐きそう。早く終わって~)
カラカラに乾いた口の中で私はゴクリと唾を飲み込み、ひたすら地面を眺め続ける。私は何でも良いからこの緊張を紛らわせる何かを地面に求めていた。綺麗すぎるその床に私を救う何かは全く見あたらなかったが……。
「皆の者、面をあげよ」
跪き、頭を下げていた私達に向かって男性が声をかけてくる。私の心臓が飛び出しそうなくらい、ドキリと大きく鼓動した。
ゆっくりと失礼のないように私は頭を上げる。
(いえ、すみません、緊張しすぎて単純にゆっくりになっただけです。ごめんなさい、見栄を張りました)
前方、床があがった所にある王座に腰掛けるは『ジルボルト・イエソ・ダルフォード』国王陛下。私にとってはいわゆるチャラ王がそこにいた。
(まぁ、想像以上のイケおじさんな所は認めるけどさ。いくら見た目が良くてもいろいろと聞かされているから全く評価が上がらないわね。ついでに緊張していてそれどころじゃないわ)
国王陛下を前にして、そんな失礼なことを考えている私。
「ホホォ……これはこれは、将来が楽しみな婦女子揃いだな。レイフォースの奴め、澄ました顔してやりおる」
私達、特に女性陣を見渡した陛下のポロッと零した言葉に私の顔がひきつった。
「……陛下……」
そして、その隣に鎮座する王妃様からの笑顔とは裏腹の圧がさらに私達の表情を強ばらせていく。
「ウォッホン! こ、此度の働き、大義であった。その働きに見合う褒賞を与えようと思ってはいたが、いやはや、さて、どうしたものかな、アハハ」
しゃべり始めて数秒で素が出てしまったダメな国王陛下に、私の緊張が霧散していく思いだった。とはいえ、完全にリラックスできるような場の雰囲気ではないので、あくまでそんな気がする程度である。
(あぁ、何でもいいから早く終わってよ。褒美なんていらないからさぁ……)
私は早くこの謁見が終わって欲しいと願いつつ、ひたすら事の成り行きを見守っている。まぁ、今の自分にはそれしかできないので、変なことになりませんようにと気ばかり焦るのだ。
(お願いだから、変なこと言わないでよ、国王陛下ぁぁぁ)
私は愛想笑いを王妃様に振りまく国王陛下を見ながら懇願する。
というのも、この謁見の前の日に王子からこの度の褒美に関して話を聞いていたからだ。
その内容に一同絶句したものだ。
なにせ、国王陛下は私達女性陣全てを王子の婚約者にするという褒美(?)にしようとさも当たり前のように言ったらしいのだ。
「それで、ザッハには?」と聞くと、「あぁ、何かそこはかとなく良い感じなものを渡しとけばいいんじゃない?」と、適当に言うものだから、王妃様の鉄拳制裁が炸裂してしまったらしい……。
その所為か、国王陛下はへそを曲げ、じゃあ、もう分かんないと駄々をこね、保留になったという経緯を聞いている。
(ほんと、この国、大丈夫なのかしら? 王妃様が国を治めた方がいいんじゃないの?)
私はダメ国王陛下を眺めつつ、ため息を吐きそうな所を堪えて、控えている学園長を横目で見た。皆も同じようにこの中で唯一の大人に期待の目を向けている。
(頼むわよ、ヘタレ学園長。あなたが頼りなんだからね)
「恐れながら国王陛下。発言の許可をいただけますか?」
貫禄ある言葉が王の間に響く。学園長室でグランドマスター達に怒られているダメダメ老人とは思えないはっきりした物言いに私はちょっぴり学園長の評価を上げた。
「え、あ、うむ、発言を許可しよう」
後のことは学園長に任せて発言のない私達は再び頭を垂れる。
「陛下、この者達はまだ子供であり、学生であります故、褒賞など」
そして、事前に学園長と相談しておいた「私達は褒賞などいりません」を発動してもらった。
「ふむ、学生とはいえ、王妃を賊と化け物から守った勲功に何もなしとはいかんだろう。やはりここは婚やっ」
「へ・い・かぁ」
かっる~い感じで国王陛下が不吉なことを言おうとし、それに被さるように隣に鎮座した王妃様が言葉をかけながらとてつもない殺気が迸る。ちらりと上目で見てみると持っていた扇子がへし折れていた。
ついでに事の成り行きを見守るように端に控えていた元帥である父、フェルディッドからも同様の殺気が放たれていた。
(怖い怖い怖い。陛下は死ぬ気なの? バカなの? というか、お父様は陛下の前でそんな殺気醸し出して大丈夫なのかしら)
「ウォッホン! まぁ、冗談はさておき。何か望む物があるなら言うが良い。可能な限り聞き入れてやろう」
二方向からの殺気にあてられ、汗だらだらの陛下は一度咳払いをして、何事もなかったかのように話を進めていく。
(あ、何か大丈夫そうみたい。 もしかしてこれ、日常茶飯事?)
ホッと胸をなで下ろし、床を見る私は、皆の視線を感じて横目で見る。すると、案の定、皆が頭を下げた状態でこちらをチラチラ見ていた。
学園長の発言はやはり不発に終わったため、次なる作戦へと移ったのだ。一応私は公爵令嬢なので、皆の中での発言権は一番なのだろう。
だから、私が言えと皆が見てくるのは分かる……が。
(えぇ~、やっぱ、私が言わなきゃダメなのぉ。うぅ、学園長の発言で事が終わっていれば良かったのに、も~ぉ)
事前に打ち合わせていたとはいえ、まさか本当にこの流れになるとは思いもせず、私は一応練習してきた台本の台詞をもう一度頭の中で整理しようとする。
(落ち着けぇ、落ち着くのよ、メアリィ。 平常心、平常心)
深呼吸をし、私は心の中で暗示をかけるように平常心と唱えると、頭の中に用意していた次なる台詞が平常心という単語で埋め尽くされていってしまった。
『メアリィ様、どうかなさったのですか?』
「ひうッ!」
頭の中に響くマギルカの伝達魔法に私は小さくも変な声が出てしまう。こんなこともあろうかと王の間に入る前に私が拝み倒してマギルカと伝達魔法の契約をしておいたのだ。
『ごめ~ん、今、頭の中が平常心でいっぱいなの』
『は? 訳の分からないことを言っていないで、打ち合わせ通りお願いします』
急かされる私は、今一度深呼吸をし、出たとこ勝負のつもりで口をあけた。
「陛下、発言のお許しをいただけましゅかッ」
ちょっと、最後の方が上擦ってしまったが、一気に言い切った私はドッと疲れがやってくる。
「ん、許す」
陛下の言葉に部屋にいる者達全ての視線が私に集中した。そして、その緊張感がマックスを振りきり、私の頭の中にあった平常心という言葉が弾け跳び、ついには真っ白になる。
(あ、やば、何言うか完全に忘れた)
出たとこ勝負が早くも玉砕してしまった瞬間である。
『メアリィ様!』
固まる私にマギルカが伝達魔法で急かしてくる。
(えぇぇぇい! ままよぉぉぉッ!)
「へ、陛下ッ」
「うむ」
「お金をくださいッ!」
「「「…………」」」
頭を下げたまま私は頭の片隅にチラッと学園への資金がどうのこうのという言葉が浮かび上がり、それに反射的に飛びついてとんでもないことを口走ってしまった。
『メ、メアリィ様? 台詞が違……学園の設備資金の説明を……』
辺りが微妙な空気に包まれ、マギルカの伝達魔法によって言った本人である私もその発言の不味さにやっと気がつく。そして、マギルカの言葉で私が忘れそうになっていた台本の記憶が蘇ってきた。
「ハッ! こ、言葉が足りませんでした。えっと、学園の、そう、学園のこれからの運営資金を。あの、設備投資と言いますか、その、よりよい学園環境を作るための資金をいただけたらと。私達は学生です、学ぶことが本分であれば、その環境を少しでもよりよくしたいと思います」
もう、パニックになって私は自分の中に今頃復活してきた事前の台詞を断片ながら、そのまま口にしてしまう。
(あぁぁぁっ! 終わったぁぁぁっ、公爵令嬢、終わったぁぁぁっ!)
言い終わり、そしてやらかした私は絶望と羞恥に顔を上げることなく、プルプル震えるだけだった。
「ふはははっ!」
数瞬の静寂の後、陛下の笑い声が響きわたる。
「ハハハ、いやはや最初の言葉には度肝を抜かれたぞ。さすがフェルディッドの娘、肝が据わっておるな」
陛下が控えていた父を見て何かしゃべっているようだが、今の私にはそんなことを気にしている余裕は一ミリもない。
もう、はちきれそうな自分の心音しか聞こえなかった。
「ふむ、自分ではなく学園全ての者、延いては未来の生徒達を思ってのあの臆せずも、清々しいまでのきっぱりとした発言、見事だ。よかろう、その願い叶えてやる」
(へ? あれ?)
何だかよく分からないが、羞恥にプルプル震えている間に何か変な方向へ話が着地してくれたみたいだった。
周りの大人達は何か納得したみたいな顔で拍手する者までいる。
(また、変な解釈が入ったような気がするけど、これ以上墓穴を掘りたくないので黙っておこう。ま、まぁ、公爵令嬢として終わらなかっただけマシよね、うん)
王城内での私の評価がどうなったのか些か気になるところだが、地に落ちた感じはしないので安堵しておく。
こうして、よく分からないが何とか謁見を終わらせた私はホッとしながらも控え室へと一旦戻っていくのであった。
数十分後。
さぁ、帰ろうかと意気込んでいるところ、学園長と別れ、王妃様のメイドに連れられて、なぜか別の部屋へと向かう私達がそこにいた。
「ねぇ、どういうこと? 王妃様から何か聞いてる?」
「いいえ、聞いておりませんわ。何のご用でしょうか?」
歩きながら私は小声で隣を歩くマギルカにささやくと、マギルカも不思議そうな顔をして言ってきた。とりあえず、誰か知らないかと他の人にも聞いてみたが、返答は同じであった。
やがて、目的の部屋に到着したらしくメイドがノックをし中と確認を取り合うと、「どうぞ」と私達を部屋の中へと誘ってくる。
訳が分からない私達は言われるままに部屋へ入ると、そこには王子と王妃様、そして、見慣れない紳士が待ちかまえていた。
私達はとりあえず王妃様達に挨拶をするように礼をすると、王妃様の隣に控えていた紳士がこちらへ歩いてきて、帽子を取った。
そして、一同、その頭に生える二本の角を凝視してしまう。
「どうも、初めまして。わたくし、レリレックス王国の使者でございます」
(もしかして、一難去ってまた一難?)
紳士の言葉に私はイヤな予感しかしなかった。
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