現実を逃避したいのです
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穏やかな昼下がり。私は久しぶりに自宅の庭園でお茶を楽しんでいた。今日は学園祭が終了した後に用意された臨時のお休みなのである。
「メアリィ様、新しい茶葉が手に入ったのですよ」
「あら、良い香りですわね。いただくわ」
優雅に微笑むサフィナに勧められ、私も優雅にカップを取り、目を閉じて香りを楽しんだ後、一口頂く。
「とても美味しいですわ、サフィナさん」
ゆっくりと閉じていた目を開け、向かいに座るサフィナに感想を述べる私。すると、静かな空間を彩るように、可愛らしい小鳥達のさえずりが聞こえてきた。
「あら、サフィナさん、お聞きになって? 私達のお茶会に可愛らしい小鳥達も歌ってくれているわ」
「まぁ、素敵ですね、メアリィ様」
二人で優雅に微笑みながら庭園を見渡す。
「はいはい、二人とも、現実逃避はもうよろしいでしょ。見ているこちらが痛々しいですわ」
あえて、視界に入らないようにしていた人の容赦ない言葉に私とサフィナの表情がひきつる。
「ウフフッ、何をおっしゃられているの、マギルカさんったら。現実逃避だなんて、ねぇ、サフィナさん」
「そうですね、メアリィ様」
私達の横に座り、半眼で見つめてくるマギルカ。私は彼女を見ながら柔和に微笑み返す。サフィナも習って微笑みながらお茶を頂いていた。
「王家からの書状によれば、次の休日にこの度の功績による陛下との謁見が決まりましたわ。これが現実ですわよ、お二人とも」
「「…………」」
マギルカの言葉に私達は凍りつく。ついでに、力を込めすぎて、凍り付く効果音のようにカップからピキッという音が響いた。それを静かに回収するテュッテ。
それから数分後、ジワジワと現実が私を襲ってくる。
「くあぁぁぁぁぁぁっ!現実が、現実が襲ってくるゥゥゥッ!」
私は頭を抱えて天を仰ぎ見、身悶え始めてしまった。
「ちょっと、メアリィ様。お、落ち着いてください」
私の身悶えっぷりにマギルカが慌てて私を宥めてくるが、そんな言葉一つで私の心が落ち着くわけがあろうか、いや、ない。
「サフィナさんも見てないで、メアリィ様、を……サフィナさん?」
フォローしてもらおうとマギルカがサフィナを見て、そして、固まった。身悶える私の視界の端には、口を半開きにして、まるでそこから魂が抜けていくかのように脱力状態で身動き一つしないサフィナの姿が見えていた。
「プクククッ、見ているだけで本当に面白いのぉ、そなたらは」
マギルカの反対側に座っていたお姫様がクツクツと笑い声をかみ殺している。今日はちゃんとした格好で訪れたエミリアだが、もちろん、姫として正式にではなくお忍びでここに来ている。
「こ、これは、姫殿下。お見苦しいところをお見せしてしまい……」
マギルカは席を立ち、身悶える私と魂が抜けたサフィナに代わって謝罪しようとすると、エミリアはそれを手で制止する。
「よいよい、気にするな。そなたらは妾の友人じゃ。堅いことを申すな、むしろ、見苦しいところをもっと見せてくれてもよいのじゃぞ、その方が面白いからのぉ、ムフフッ♪」
エミリアの小悪魔のような笑いに私はゾクッとして正気を取り戻す。サフィナもビクッと体を震わせた後、魂が戻ったようだった。
「そなたらはあんな化け物に臆せず戦い勝利したものじゃというのに、たかがあのダメ男に会うというだけで、その狼狽っぷりは滑稽じゃのぉ」
(うちの国王陛下をダメ男って。お外では言って欲しくないわね)
「そうそう、勝利したと言えば、なんじゃあの技は? 魔法を同時に五つも飛ばすわ、剣を同時に四方向から斬りつけるわ、おまけにそれを合わせてくるとか、そんな飛び抜けた発想をし、実現させた者らなど、妾は見たことがないぞ」
その話題は、私にとってとても都合の悪いものだった。
「そんな姫殿下、大げさですよ。ねぇ、サフィナ」
「エヘヘ、そうですね、メアリィ様。アイテムの力を借りていましたし、でなければ私もできていませんでしたから」
「そ、そうなのか?」
エミリアからの称賛めいた言葉に恥ずかしながらも私はサフィナに同意を求めると彼女も照れながら頷いてくれる。皆にあの技のことをよいしょされないように考案した私の「アイテムがなければ私達もできませんでした」戦法発動である。こういうと、大抵の人達はそうなんだぁと身を引いてくれる。恥ずかしがり屋のサフィナもあまり皆の注目を浴びたくないのでこの戦法に乗っかってくれていた。
「まったく、これだから天才肌の方々は……アイテムがあったって誰でもできるわけではありませんのよ、あんな技」
何かブツブツと文句を零しているマギルカは、私の為にはならないので聞かなかったことにしておこう。
「お話を戻しますが、姫殿下は陛下のことをご存じなのですか?」
話題を変えようと私はエミリアに聞いてみる。
「うむ、あやつがこ~んなに小さい頃から知っておるぞ。国同士の付き合いもあったのでのぉ」
そう言ってエミリアは自分の人差し指と親指を私達に見せ、コの字のように作ってきた。
(いやいやいや、うちらの国王陛下、そんなミジンコみたいな小ささじゃないから)
エミリアのボケのおかげで私もだんだん冷静になってくる。
「まぁ、とにかくじゃ、そんなに身構えるほどの男ではないぞ。あやつなど、ちょっと目を離すとすぐおなごに声を掛けおって、それをイリーシャに見つかってはグーでぶん殴られておる屑っぷりじゃからのぉ」
(聞きたくなかった、そんなプライベートなお話)
私の中の陛下がどんどんランクダウンしていく。マギルカもサフィナもどう反応していいのか分からずに苦笑いしているだけであった。
「その点、あやつの息子は随分と立派になったのぉ。最初の頃は王と同じような言動でさすが親子と諦めとったが、しばらく見ないうちに見所がある男に成長しておった」
何かを思い出すようにうんうんと頷きながら、エミリアが言う。
「ええ、まぁ、メアリィ様がうっかりやらかしましたので」
「ホホォ、そなたの所為なのか?」
乾いた笑いでマギルカがそんなことをエミリアに暴露する。
「ちょっ、人聞き悪いこと言わないでよ。自分だって嬉々して乗っかったじゃないの」
「あら、そうでしたかしら?」
「一緒に土下座した仲だったのに、この裏切り者ぉぉぉッ! 罰としてそのたわわをちょっとは私に分けなさい」
「な、なんのことを言ってるんですか」
私はとぼけるマギルカに抗議し、彼女のとある部分を指さすと、マギルカは顔を赤くしてそこを腕で隠して身を引いた。
「クククッ、ほんとにそなたらは面白いのぉ。我が国に招待したいくらいじゃ。おっ! 我ながら名案♪」
ボソッと言ったエミリアの言葉に私達は絶句する。
(魔族の国になんて行けるわけないでしょッ! 国王陛下に会うのだって心臓に悪いのに、魔王なんかに会えるわけないでしょうがッ!)
「ふむ、ちょっと用事を思い出したのじゃ、それではな」
そういうとエミリアは席を立ち、こともあろうに羽を出して浮かび上がった。
「ちょっと、お待ちを! さっきの言葉は冗談ですよね」
私の言葉にエミリアはニマッといやらしい笑みを見せるだけで飛んでいってしまったとさ。
残された私達は呆然と空を眺めるだけであった。
(あぁ……嫌な予感しかしないんですけど)
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