学園祭終了です。
目が覚めると、知らない天井が見えた。辺りは薄暗く、一瞬自分がどうなったのか理解ができずにボ~と天井を眺めてしまう。
「お目覚めですか、お嬢様」
近くからテュッテの声が聞こえて、私は安心感と共に、声のする方へ頭を向けた。
「ここは?」
「学園の医務室です。お嬢様は、あの後、眠ってしまったのでこちらまで運んでいただきました。皆様、またお嬢様が無理をして倒れられたのかと大慌てでしたよ」
テュッテは私の上半身を起こすと、コップに水を注いで渡してくれる。
「ありがとう。あ、それで皆は?」
私はお水をチビチビと飲みながら、辺りを見渡すとベッドに寝ているのが自分だけだという事実を知った。
「ザッハ様とサフィナ様は治療を受けた後、殿下がお止めになりましたが学園祭へと戻られました。マギルカ様も先程目を覚まされて、同様に戻られました。皆様、また後でお嬢様の様子を見に来るとおっしゃっていましたよ」
「そ、そうなの……」
「皆様、しっかりしておられますね。それに引き替え、完全無傷のお嬢様は今の今まで爆睡と……」
テュッテが半眼になって言ってきた言葉に私は耳が痛くなって、視線を逸らしながら水を飲む。
「そ、それよりも、まだ学園祭は続いてるの? あんな大騒ぎになったのに」
「はい。王妃様がこんな状態で終わってはせっかく盛り上がっていた学園祭も台無しだろう、後のことは大人に任せて楽しんでくださいと、後夜祭のダンスパーティにいろいろ援助なさったそうです。今、殿下を中心に開催されていますよ。貸衣装とかお料理とかすごいので皆様大はしゃぎです」
「あんな騒ぎがあったのに、皆、元気ね」
「幸い、お嬢様達を除けば、回復魔法で治せる程度の軽い怪我をした人が数人だけで済みましたし。皆様もこんな形でせっかくの学園祭を終わらせたくなかったのでしょう。最後は楽しく終わりたいじゃないですか」
「そうかもしれないわね……」
私はしんみりとしながら水をいただく。
「失礼ながら正直ホッとしています。あの必殺技がダメだったらその時は最悪、お嬢様の秘密を皆様に見せなくてはいけない状況になるところでしたから。白銀の英雄伝説が今ここに始まるっみたいな感じで」
「ぶフッ!」
テュッテの言葉に私は飲んでいた水を吹き出しそうになった。正直な話、あの時、場の勢いに流された私はその可能性を全く、これっぽっちも頭の中になかったのだ。それを言ったら、私が単身で突っ込んだ方が皆に無理をさせることはなかっただろう。うっかりさんな自分に落胆し、皆に申し訳なくなってくる反面、テュッテのいう最悪のパターンにならなくてホッとしている薄情な私がここにいた。
「あ、後ですね。今回の功績で、お嬢様、マギルカ様、ザッハ様、サフィナ様、四人に褒美をという話になりました。詳しくは後日だそうです」
「え、マジでッ! 一人で褒美を貰いに行かなくてよくなったの、やったァッ!」
沈んだ気持ちもなんのその、その朗報に私ははしゃいでしまう。
(やった、今回の功労者のうちの一人という扱いになれたわ。ほんと、一人の時は終わったぁぁぁっと思ってたのよね。神様はまだ、私を見捨てていないわ! ありがとう、神様ッ! まだ、ギリセーフですよね?)
私が心の中で神様に感謝の言葉を捧げていると、医務室の扉が静かに開いて、外から皆が入ってきた。
「あっ、気がついたようだね、メアリィ嬢」
王子を先頭に、マギルカ達もホッとした顔でこちらにやってきた。
「こ、これはこれは、レイフォース様」
私は慌ててテュッテにコップを渡し、ベッドから出ようとしたが、彼は手を上げそれを制止させてくる。
「無理をしなくて良いよ。皆にも言っているんだが聞かなくてね」
ヤレヤレと言った顔で王子が後ろの皆を見渡す。私もそれにつられて皆を見て、二つ違和感を覚えた。
「元気そうで、良かったよ」
「はい、ご心配をおかけしました。ところで、なぜザッハさんはそっぽむいてふくれっ面をしていらっしゃるんですか?」
そう、まず一つ目はザッハが何だかご機嫌斜めみたいなのだ。
「ああ、気にすることありませんわ。彼ったら、メアリィ様達の必殺技を見て、あれを自分に対しても使用したことに不機嫌なんですの」
私の質問にマギルカが呆れた顔で答えてくれた。
「あぁ、あんな化け物を倒してしまうような技をザッハさんに向けたのは危険でしたね」
私は申し訳ない気持ちで頭を下げようとする。
「アハハハッ! 違うのじゃ、白銀。こやつは、そんな凄い技を自分の時は失敗したと言って、手を抜いたんじゃないかとふてくされておるだけなのじゃよ。完全な技に真っ向から挑みたかったみたいなのじゃ、なんという豪胆な奴よのぉ」
ふてくされているザッハの背中をバシバシ叩くメイドが一人。
そう、もう一つの違和感は見知った方が皆に混じっていたことだ。
「あれは本当に失敗したのか? サフィナも言っていたが手を抜いたんじゃないだろうな、メアリィ様」
背中を叩かれ押し出されたザッハが未だふてくされた顔で私を見てくる。
(ほんと、この戦闘民族め。私の心配を返せ)
「あの時は本当に失敗してしまったわよ、手なんて抜く気は毛頭なかったわ」
私が言うと「なら、いい」とザッハが笑顔に戻る。
「切り替えの早い奴じゃのう。じゃが、気に入った。男はうだうだ考えるものではないぞ」
普通にザッハと会話しているメイドに私は益々違和感を覚える。というか、なぜいる?
「ところで、なぜあなたがこちらにいるのですか?」
我慢ができなくなって私はメイドに扮するお姫様に質問した。
「あ、そうそう、メアリィ様のメイドは変わってるよな。なんというか、親しみがある?」
私の言葉にザッハがなんだか勝手に納得した顔で言ってきた。
「「「え?」」」
私とマギルカ、王子がザッハを見てしまう。サフィナは分からずキョトンとしていた。皆、彼女の正体を知っていてなおかつ、あのような接し方を許されていたのだとばかり思っていた。
もちろん、王子もマギルカも同様の考えでいたのだろう。
二人ともザッハ達と合流した時点でエミリアがもうあの状態で接していたに違いない。
「……ちょっとザッハさん。こちらの方をまさか、私のメイドだと思って接してたの?」
「うん、やたらメアリィ様のことを嬉しそうに話すからさ。あぁ、メアリィ様んとこの新しいメイドなのかなっと」
本当に何も知らずに接していたことに戦慄する私。フルフルと震える手を差し出して、私は彼女の紹介をするのであった。
「こちらは、レリレックス王国が姫君、エミリア・レリレックス様です。私のメイドじゃないわよ」
「「へ?」」
「おお、名乗っておらんかったな、すまん、すまん。あんな手に汗握る戦闘を見せられてはな、思わずはしゃいで声をかけてしまったわ」
私の言葉に固まるザッハ、そしてサフィナ。そんなザッハの背中をまたもやバンバン叩いて笑顔を見せるエミリアだった。
(あ、サフィナも私のメイドかと思ってたのかしら)
は~ぁとため息をつき、テュッテからお水をもらおうと彼女を見れば、テュッテは壁に額をつけて俯き立っていた。
「メアリィ様のメイド=変わっている……私も変わっている……変なメイド……」
(あぁ、地味にザッハの台詞にダメージを受けているわ。今はそっとしておこう)
「も、申し訳ありません、姫君とは知らず、無礼な発言を」
フリーズから回復したザッハが慌てて深々と頭を下げる。続いてサフィナも頭を下げた。彼女の場合は何も言っていないが、そう思っていたということへの謝罪だろう。
「ハハ、よいよい、気にするでない。今の妾は非常に気分が良いのじゃ。そなたらという新しいおもちゃ、オホンッ! 面白そうなやから、ゲフンッ! と、とにかく、気にするでないぞ、妾はそなたらの戦いっぷりを見て気に入ったのじゃ」
些か言葉の中に不穏な物が含まれていたような気がするが、どうやら私達はこのお転婆姫に気に入られてしまったようだ。何か、波乱な予感しかしないんですけど。
「あんなに私のこと怯えて、逃げ回っていたのに……」
「ん? あぁ、あれか。あれは妾の誤解じゃった、許せ。白銀の騎士に中身があるなんておかしいじゃろう。そなたはあの白い悪魔ではない。じゃから、妾が怯える必要はないのじゃ」
(あ、さいですか……もう、何でも良いから、王妃様、この人早く回収してくださいよ)
私がポロッと零した言葉をくみ取って、エミリアがドヤ顔で言ってくる。私は深く考えるのを止めて、空笑いをするだけにとどまるのであった。
「さ、さて、メアリィ嬢。起きあがれるのなら、学園祭の最後に、キミも皆に顔を見せてくれるとありがたいのだけど」
話を強引に切り替えようと王子が私に手を差し出してきた。
「はい、最後くらい、お供させていただきます」
私はドッと疲れた感じで王子の差し出した手に自分の手を添え、ベッドから出ていく。
そして、私達の波乱に満ちた学園祭に終わりを告げるべく、会場へと向かうのであった。
【宣伝】8月30日(水)GCノベルズ様より「どうやら私の身体は完全無敵のようですね」書籍版、発売します。加筆修正はもちろん、閑話としてテュッテ視点の「お嬢様観察日記」が収録されています。ご購入、皆様、よろしくお願いいたします。




