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どうやら私の身体は完全無敵のようですね  作者: ちゃつふさ
第2章 学園編 三年目
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皆を信じて

 それは、私には理解が追いつかない光景だった。

目の前でマギルカが魔法陣の中に立たされ、空中に浮いているクリスタルから発せられるスパークにまとわりつかれて苦痛の叫びを上げている。

身につけていた装身具達から光が失われ、ピキッとひびが入っていった。それに伴って、クリスタルが光を増していく。


「マ……マギルカ……」


 声が震えていることが自分でも分かった。でも、目の前の光景のことで私の頭の中はいっぱいで整理がつかない。

そして、マギルカが声を出すのをやめ、ガクッと項垂れた時、私はやっと状況を判断できた。


「マギルカァァァッ!」


 私は魔法陣などお構いなしに駆けだし、マギルカを抱きしめ、かっさらうように魔法陣の外へと出ていった。すると、さっきまで激しく起こっていたスパークがやみ、魔法陣の光が安定する。


「バッ、バカなッ! 儀式中に連れ出しただと」


 そんな声が会場内から聞こえてきたが今の私にはそんなことに気を回す余裕などなかった。


「マギルカッ! しっかりしてッ、お願い、目を開けてッ!」


 私は座り込み抱きしめたマギルカを少し離して、強めに彼女の体を揺すってしまう。


「うッ」


 揺すりに反応して、マギルカが苦悶に顔をゆがめた。閉じていた目蓋がうっすらと開かれる。


「……メ、アリィ……さま……」


「よ……よかったぁ……」


 私は嬉しくて涙が零れ落ちてしまう。

マギルカの顔は青く、明らかに疲弊していた。あのクリスタルから魔力を吸い取られていたのだろうか。魔力を含んだ彼女の装身具が全部砕けていることからそんな想像をしてしまう。

魔力が急激に減り枯渇状態になってもなお減り続けると死に至る可能性があると、以前、先生から教わったことを思い出し、私はゾッとした。


(マギルカをあの状態のままにしていたら……)


 私はその恐ろしい考えを振り払うようにマギルカをギュッと抱きしめ、その体温を確かめる。


「まだだッ! 気をつけろ、メアリィ様ッ!」


 ザッハの声に私は反応し、後ろにあった魔法陣を見る。

そこにはいまだ光を放つ魔法陣と投げ込まれたあのクリスタルが浮いていた。

と、次の瞬間、クリスタルがパァァァンと粉々に割れ、魔法陣に降り注ぐと魔法陣は光を強め、そして、その中心の地面から何かがせり上がってくる。


「……なに……あれ」


 魔法陣から出てきた物体が理解できず、私は呟いてしまった。

いや、私は見たことがある。実物を見たことはないが、映像を見たことはある。それが今、魔法陣の中で浮いていた。


 あれは、人の脳だ。


 透明な薄膜に覆われたそれは、私の知る人の脳に酷似していた。

だが、大きさがおかしい。大人の頭の大きさを遥かに越えて大きいのだ。さらに、その下には二つの眼球、脊髄なのか臓器なのか分からないような多くの管が触手のようにウネウネと蠢いていた。

そして、その頭上に輝く光の輪、翼のような形をした二枚の光を背負っている光景は違和感を通り越して、悍ましさすら感じてしまう。


「チッ! 捧げる魔力が足りず、不完全に召喚してしまった」

「まぁいい、召喚できたのだ。そのまま暴れさせろ、我々はその隙に」


 そんな声が耳に届き、私は現実に戻される。そして、その化け物の眼球と目があった。

っと、同時に垂れ下がっていた触手のような物が一斉に私達に向かって押し寄せてくる。

 私は咄嗟に寝ているマギルカを抱き寄せ、庇った。次の瞬間、金属にぶつかる重い音がいくつも鳴って、私は顔を上げると、そこにはザッハが立っていた。彼があの化け物の攻撃を盾で受け止めてくれたのだ。


「シールド・バニッシュッ!」


 ザッハの叫びと共にドォォンと衝撃音が鳴って、化け物の触手が飛び散り、押し戻される。


「メアリィ様はマギルカを連れて、逃げろッ! 会場の人達が避難するまで俺が囮になる」


 ザッハは化け物を睨み、盾を構えたままそんなことを言ってきた。

化け物が再び攻撃を仕掛けてくる。

今度は化け物の周りに複数の魔法陣が出現し、でたらめに攻撃魔法を炸裂させ始めた。

 私達に飛んでくる物はザッハが剣と盾で防いでくれるが、それ以外は会場に直撃し、辺りはパニックに陥る。


「ク、クラウス様はッ」


 私は頼もしい騎士達のことを思い出し、口にした。


「クラウス様達は王妃様達の避難を優先しています。あちらが本命だと思いますから、ここで対峙している私達が少しでもアレを足止めさせないといけません」


 フラフラと胸を押さえて、サフィナがテュッテに支えられながら私の近くにやってきた。


「サフィナッ! 怪我は」


「試合が終わった直後に回復魔法をかけてもらいました。この騒ぎに途中で止めてもらいましたが、大丈夫です、ほとんど治っていますから」


 ニッコリと笑うサフィナの額に脂汗が落ちる。回復魔法とはいっても、低級の魔法はすぐにピンピンと何事もなかったかのように動けるわけではない。無理押ししているのは明白だった。


「ここは私達に任せて、メアリィ様はマギルカさんを連れて逃げて下さい」


 その言葉にいつもの私なら、目立ちたくないからと従っていただろう。だが、今はそんなことできるわけがなかった。


「何言ってるのッ! 逃げるなら皆一緒よ。じゃなきゃ、私も戦うわ」


「じゃあ、マギルカはどうするんだ? そこら辺に転がしておくのか」


「そ、それは、あっ、テュッテに担いで運んでもらッ」


 私の叫びに間髪入れずにザッハが言ってきて、私はサフィナを支える私のメイドを見る。


「ちょっと……人を物みたいに言わないでくださる。私はフトゥルリカ家の令嬢ですのよ、足手まといになんか……なる気はありませんわ」


 私に抱き寄せられていたマギルカが重い頭を起こして、立ち上がろうとする。そのおぼつかない動作に私はハラハラしながら見守っていた。


「それで、どうするんだ? 俺達にできることなんて限られているぞ。後、盾が持ちそうにない」


 先ほどからの無茶苦茶な攻撃を防ぎ続けるザッハが限界を告げてきた。というか、いくら威力の小さい魔法だからといってあれだけの数をひっきりなしにばらまき続けるあの化け物はいったい何なのだ。

 私が習ったどのモンスターにも当てはまらない。


「ここは、メアリィ様とサフィナさんの必殺技に賭けましょう」


「「えっ」」


 サフィナから移動したテュッテに支えられ、立ったマギルカの言葉に私とサフィナが同時に反応する。

先程盛大に失敗した自分を思いだして、私の顔が青くなった。


「確かに。手加減なしでのナイン・ブレード・クロスなら、あの化け物を何とかできるかもしれません」


「ナイン・ブレード・クロスってさっきのあれだろ? 俺でも受け止められたぜ、大丈夫なのか?」


「あれは……その……失敗したので……」


 サフィナの言葉にザッハの容赦ない言葉が被さり、申し訳なさそうに返すサフィナの台詞に私はビクッと体を奮わせ、血の気が引いていく。


「加速アイテムは後一回使えます。その一回くらいなら私も何とか動けます。今度は失敗しません、そうでしょ、メアリィ様」


「なら」


 サフィナが私を見ながら言い、それにつられてザッハがチラッと私を見て視線を化け物に戻すと、残りの皆も私を見てきた。途端、心臓が握りつぶされたかのように苦しくなってくる。


プレッシャーだった。



「……む……無理。さっきだって失敗したんだよ。こんな状況で託されても、私……」


 さっきまでの勢いはどこへやら、失敗したという現実が私を弱気にさせる。プレッシャーに負け、震える手を見ながら俯いてしまった。


「大丈夫ですわ」


 私の震える手を包むようにマギルカが握ってくる。


「でも、私が早く打たないと始まらないのに、焦ってしまって」


「落ち着いてゆっくりで良いのです」


「でもでも、そんな悠長なことしていたら相手に逃げ回られて狙いが定まらない、絶対外しちゃう」


「私とザッハがくい止めますわ。だから、メアリィ様は私達を信じて、魔法をお使い下さい」


「もし、私が失敗して……また、サフィナに怪我をさせたら……」


 マギルカとの問答の中、私は吹き飛ばされたサフィナの姿を思い出し、締め付けられる思いに顔を苦痛の形に歪めてしまう。


「大丈夫です、私達を信じて」


 私の泣き言にマギルカはいつもの冷静さで、それでいて優しい笑顔で答えてくれた。それに呼応するようにサフィナがギュッと私達の手を握ってくれる。


(……信じる)


 その言葉が私のひ弱な心に火をつけた。


(皆を信じて、自分のやるべきことに集中する)


 その言葉がさらに火を強くしていった。

 私は皆を見渡した後、力強く頷く。


「やってみるッ」


 私の言葉に皆が頷くのであった。


「お嬢様、頑張って」


 グッと背筋を伸ばし頭を起こした私に、マギルカから一旦離れたテュッテは拾ってきていた私の剣を横にして差し出してくる。


「ありがとう。私、頑張るわ」


 それを受け取ると、私はニッコリと笑顔で答えた。




 私達は改めて化け物と対峙する。

一番前にザッハ、次にサフィナ、そのすぐ後ろに私、一番後ろにはテュッテに支えられて何とか立っているマギルカだった。

化け物はそんな私達のことなど眼中にないのか、手当たり次第攻撃をかけていて、会場は混乱していく一方だ。

カーリス先輩率いる卒業生部隊の攻撃も決め手の破壊力に欠けているのかあの薄膜を傷つけるだけでほとんどダメージが通っていない。

魔法を使っても相殺されるか、避けられるかされて当たる気配がなかった。


「っで、どうする? 俺は指示に従うぜ」


「ザッハはあの化け物を空中からたたき落として下さい。そうしたら、私の魔法でアレを身動きとれなくします。そうしたら、メアリィ様とサフィナさんがとどめを」


 一番後ろのマギルカの指示に私達は一斉に頷く。


(やるぞォォォ、あぁ、緊張する。落ち着けェェェ、落ち着け、私)


 す~は~す~は~と何度も深呼吸を繰り返す私の肩にマギルカの手が優しく添えられた。


「大丈夫です。私達がいますから」


 優しい声が後ろからかけられ、私はその肩の手に自分の手を乗せると、皆を見渡す。すると、焦る気持ちが何だか穏やかになってきた気がしてきた。


「うん、そうだね。さぁ、いこうッ!」


「よっしゃァァァッ!」


 私の声に合わせて、ザッハが吠えた。

そして、彼は迷いなく化け物に突っ込んでいく。


(集中、集中。ソニックブレードを五つイメージして……冷静に……冷静に)


 試合の時と違って今の私は冷静で集中できた。


(時間は皆が作ってくれる。私は自分の役割に集中するだけッ!)


「カーリス先輩、下がってッ! 俺達が攻撃するッ!」


 戦闘中のカーリス先輩達をザッハは声をあげて下がらせた。

その気迫に反応したのか化け物がザッハの方を見て、攻撃を仕掛けてくる。それを剣と盾で防いで、ザッハはなおも距離を縮めていった。


「アース・ウォール」


 マギルカの力ある言葉とともに、ザッハの前方に土壁がせり上がる。それをザッハは分かっていたかのように踏み台にした。

おそらく伝達魔法でタイミングを計ったのだろう。

 空中に浮いていた化け物よりも高く、ザッハは飛び上がるとソレに向かって飛来していく。

もちろん、それを黙って見過ごす化け物ではない。

なおも攻撃を繰り出す化け物にザッハは盾で全てを受け止めた。

よく見ると、その盾が所々にひび割れを起こし始めている。


「今までの攻撃、全部返してやるぜェッ! シールド・バニッシュッ!」


 ザッハの叫びに盾が光って、物凄い衝撃波を化け物の頭上から浴びせかけた。地面が円を描いて窪み、化け物はその衝撃に地面へと叩きつけられる。っと、同時に盾がひび割れ、砕け始めた。


「マギルカァァァッ!」


 空中で放ったため自身もその衝撃波を支えることができず、着弾とともに後ろへ吹き飛ばされたザッハが、次へバトンを渡すように叫んだ。

マギルカはテュッテから離れると、地面に叩きつけられた化け物を睨みつける。


「リベクタルの篭手よ、この身に向上の光をッ! 我が血肉を吸い上げよッ!」


 天にかざしたマギルカの篭手が光り出す。


「サウザンド・クリスタル・エッジッ!」


 マギルカの叫びに呼応して、化け物のいる地面に魔法陣が現れる。そこから太く長い氷の棘が何本も何本も化け物に向かって屹立していった。

さらに、その氷棘は物体に刺さったり触れるとそのまま氷漬けになって化け物を地面に縫いつけていく。


「今です、メアリィ様、サフィナさんッ!」


 マギルカが私達にバトンを渡してくる。


「いくわよッ! サフィナッ!」


「はいッ! メアリィ様ッ!」


 私達はマギルカの声に答えるように大きな声を上げる。


「ナイン・ブレードォォォッ!」


 私は力ある言葉とともに、バァッと勢いよく剣を振り上げた。


「加速ッ!」


 私が振り上げた剣の軌跡から飛び出た刀波は五つに分かれて、弧を描き目標へと襲いかかる。それに追従するようにサフィナが飛び込んでいった。

 それに気がついた化け物の眼球がサフィナを見るが、もう遅い。

さらに加速したサフィナを捕らえることは今の化け物にはできないだろう。


「クロスッ!」


 サフィナの声に合わせて、キィィィンと耳を塞ぎたくなるような金切り音が会場を支配した。そして、遅れてくる衝撃波。

 私は思わず目を閉じてしまう。

数瞬の後、あれだけ騒がしかった辺りが静寂に包まれた。

 私はそっと目を開け、化け物がいた場所を見る。


 そこには粉微塵になった何かが、キラキラと光の粒子になって消えていこうとしていく様を抜刀した状態で眺めているサフィナがいた。


「やったのかし、おっとぉぉぉ、いかんいかん、変なフラグたてるところだったわ」


 私はポロッと零しかけた言葉を呑み込み、後ろのマギルカを見る。

マギルカは再びテュッテに支えられながら立っていた。

その顔はとても疲弊していて、無茶をしたことは分かる。それでも、笑顔で彼女は私にコクリと一度頷いてくれた。


「メェアリィィィ様ァァァッ! やりましたァァァッ!」


 後ろからそんな歓喜の声に合わせて、サフィナがタックルのごとく私に抱きついてくる。正直、終わった脱力感で無防備だった私はサフィナの勢いを受け止められず、そのまま前のめりに倒れ、ちょうど前にいたマギルカにぶつかってしまった。


「「「うきゃぁぁぁッ!」」」


 可愛らしい三人の声が重なり、私とサフィナと巻き込まれたマギルカが綺麗にドミノ倒しになってしまう。ちなみに、テュッテはマギルカの横にいたのでさっと離れて難を逃れていた。おのれ、テュッテ。


「もぉぉ、サフィナさん、はしゃぎすぎですわ」


「エヘヘ、ごめんなさい」


 一番下になったマギルカが抗議の声をあげると、一番上のサフィナがちょっぴり照れた感じで謝ってきた。

 ちなみに私は今、マギルカのお胸クッションを堪能中である。


「……柔らかい……」


 そのまま、ぐりぐり頭を動かし、堪能する私。


「ちょぉぉぉッ、ちょっと、メアリィ様、何をォォォッ!」


 さっきまで顔色が悪かったマギルカが一転して、耳まで赤くなって私を見てきた。


「元気だな……お前ら……」


 ボロボロの盾を引きずって、私達に近づいてきたザッハが呆れ顔でそんなことを言ってくる。


(あぁ、疲れた……とっても、疲れちゃった、主に精神が……良い枕もあるし、もう……だめ、お休みなさい……)


 緊張の糸が完全にプッツンした私はこともあろうにそのまま眠りについてしまうのであった。


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