学園祭最終日です。
学園祭三日目。
いよいよ大詰めである。
本日の客入りは過去最高、学園祭は成功と言っても過言ではない。
あまりの人数に私達の警備も大変になるかと思いきや、クラウス卿からの近衛騎士、カーリス先輩から卒業生の方々が派遣され、安全なお祭りを確保している。
なんせ今日は王妃様がご訪問なさるのだ、何かあっては大変であろう。
聞くところによると、王族が学園を訪問なさるのはとても稀なのだそうな。政治的関連で王族として訪問なさることはあっても、親御さんとしてご訪問なさるのは今回が初めてらしい。
そして、王妃様がこんな人がいっぱいで、誰でも入れる今の無防備な学園を訪れるのはとても危険だ。
(どこの世界も国と国がある以上、争いの種は尽きないのね。アルディア王国が日本みたいに島国だったらこんな心配も薄かったのかな。とはいえ、今は王妃様より頭の痛いのがいるのよね)
お察しの通り、エミリアである。
あのお転婆姫が王妃様の訪問中に騒ぎなど起こしたものなら、いろいろ大問題である。
(くっ、昨日のうちに取り押さえてさえいれば……)
私は警備本部、指揮官の席で項垂れていた。
とりあえず、今日は門を潜る訪問客に顔を隠している者がいれば呼び止めるように言ってある。今のところヒットはしていない。だとするとおそらく、空から人知れず下りてくるのだろうか。
皆には空も警戒せよと言ってはいるが無理を言っているのは承知の上だ。向こうだってバカじゃない、そんなに堂々と現れはしないだろう。
王妃様の訪問時間は刻一刻と迫ってきている。問題は早々に解決したい。エミリアが何かミスをしない限りは……。
「エリアCー2、魔女姫です。空から自分たちの前に堂々と下りてきたそうです」
(うそでしょォォォッ)
伝達係からの思いがけない報告に私は項垂れていた頭をグワッと持ち上げてしまう。
「警備の者は彼女に手を出さず、そのまま動向を見張っていて。王妃様が来る前にアレは私が処理します!」
私は決断すると、椅子から立ち上がった。
「はい」
私の言葉に伝達係が返事をして現地の伝達係に指示を飛ばす。私は踵を返し、テュッテの方を見た。
「出るわよ、テュッテ。武装準備を」
「かしこまりました」
テュッテは一礼すると、私より先に旧校舎の一室へと駆けていく。私はそれを追うように、だけど優雅に歩いていった。相手がエミリア姫であろうともう容赦はしない。王妃様が訪問なさる前に取り押さえてお尻ペンペンしてやるんだから。相手は腐っても魔族だ、私達人より魔法に長けており、抵抗した際やらかしてしまったときの為の言い訳に全身鎧を身につけることにする。
『エリアEー4に目標移動中です』
サフィナから伝達魔法が届けられると、私は鎧の装着を完了させた。
『了解』
私は伝達魔法でサフィナに返し、ガシャガシャと全身鎧の動く音を奏でて表に出る。私は頭を上げて空を見上げた。走っていくより飛んでいった方が速いだろうと思ったからだ。
(皆学園祭に夢中だから、私が空を飛んでいても気づかないよね)
「お気をつけて、お嬢様」
「行ってくるわ、テュッテ」
テュッテにそう言うと、私は目標のエリアへと体を向ける。
「甲冑令嬢、出撃ッ!」
カタパルトがないのがとても残念だが、私はせ~ので思いっきりジャンプする。すると、想像通り軽々と空中高く自分の体が飛び上がっていた。
(鎧着ていて良かったぁ。調子に乗って予想以上に飛んじゃったわ、普段のままだったら何て言われるか)
「レビテーション」
私は浮遊魔法を発動させ、空中にとどまり、周囲を見渡す。まぁ、当たり前だが私以外に空中にいる人間はいなかった。私は目標地点に目をやり、そこでスキップしながら人だかりを悠々とかき分けていくマントの人間がいることを確認した。
その余裕さに私のあの屈辱の昨日が思い起こされ、体が熱くなる。
「みぃぃぃつけたわよぉぉぉっ! このお転婆姫がぁぁぁッ!」
私は叫びながら、目標に向かって急速に落下していった。両腕を胸の前で組み、足を閉じて落ちていく様は、まるで目標に向かってドロップキックをぶちかまそうとも見て取れた。
「へ? なんじゃっ? 上かッ!」
姫という単語に反応して、マントの人が足を止めキョロキョロと辺りを見渡した後、こちらを見上げてきた。見上げたおかげで顔が見える。正しくエミリアその人だ。
「な、バカなッ!」
何かに驚いたような声を上げ、頭上を見上げたエミリアには全身鎧が腕組んで偉そうな態度で自分へ落下してくるのが見えただろう。そして、そのまま私の靴裏が顔面間近に見えることとなった。いや、正確には顔面にヒットしていた。
「へぷっ!」
可愛らしい声と共に、明らかに地面とは違う柔らかいモノの感触へと着地してしまった私は、堂々とした格好のまま、汗だくになってしまう。
(う、嘘でしょ。避けると思ったのに、何で硬直してるのよ)
どうせ避けられると思って着地寸前に浮遊魔法をかけ直した私は今マントの人の顔面に乗っかって浮遊している状態であった。今はそれほど重くはないだろうがヒットした瞬間は結構な衝撃になっていたはず。さらに、格好をつけて腕組んで人様の顔面に立っているのが絵的にやばい。
周りの皆も口を開けたまま、呆然と私達を見ていた。
(あ、これ、マジやばくない? 昨日の屈辱に我を忘れてしまったけど、仮にも一国の姫様に私ったら顔面キックをブチかましたことになるわよね。あっ、そうだわ、これは事故よ。降りようとしたらたまたま姫にぶつかっちゃったの、ごめ~んね、テヘペロッ♪ うん、これでいこう)
私はかけたままの浮遊魔法を利用して、水平にスススッとスライド移動していき、地面へと降り立つ。と同時に、エミリアがガバッと物凄い勢いで体勢を立て直した。その弾みで目深だったフードが捲れあがり、顔が見えるようになる。
オレンジ色からピンクに変わるグラデーションの髪、二つの角、真っ赤な瞳、そして口から見える牙のような八重歯。赤くなった鼻筋と……あっ、ちょっと鼻血が出てますよ、姫様。
(見ている人達があの角を見て、彼女が魔族だと気がつくと大変不味い。顔を隠してもらわないと)
私が心配して辺りを見ると、お客さんたちは最初驚いていたが、すぐに「あぁ、これはパフォーマンスか」「騎士と魔族を演じているのかな」と何だか私にとって都合の良い解釈をし始めてくれる。確かに、学園祭では生徒たちが客引きや自分が楽しむ為にいろんな格好をして歩いている。私達もそのうちの一人にされたみたいだ。
問題が解決されて私はホッとし、未だ硬直しているエミリアを見る。何だか顔が真っ青だ。
「あ……」
「あ?」
やっと動き出してフルフルと震える指先をこちらに向けるエミリア。彼女が零す言葉を私は復唱してしまう。
「アルディアの白い悪魔ぁぁぁァァァッ!」
それはもう、絶叫だった。
「え、あの……」
「ぎぃやあぁぁぁぁぁぁっ!食べられるのじゃあァァァッ!」
私が一歩近づくと、おおよそお姫様とは思えない叫び声をあげて、エミリアは逃げ出した。
「あ、こら、待ちなさい!」
捕獲にきたのにこのまま逃がしては元も子もない。幸い、私が足蹴にしたことに指摘がなかったので、うやむやにすることにした。
(そういえば、白銀の騎士を白い悪魔と呼んでいたわね。でも、食べられるってなによ)
心の中でツッコみつつ、私は逃げるエミリアを追いかける。
「悪戯する子は白い悪魔が来て食べちゃうというのは本当じゃったのかァァァッ! いやなのじゃあァァァッ!」
(ハハハ……白銀の騎士って、魔族の国では悪戯する子供達の躾用に怖い人として語られているのね)
走り逃げながら、そんなことを叫ぶエミリアに私は乾いた笑いを零しながら追いかけていた。
時折こちらを見るエミリアはそれはもう涙目で、あの威張り散らしていた感じはどこへやらである。何かちょっぴり悪戯心が芽生えてきて、そんな彼女に私は本気を出して一気に差を縮めると低い声で耳元に囁きかける。
「オレサマオマエマルカジリ」
「ぎゃぁぁぁァァァッ!アクセル・ブーストォォォッ」
半狂乱になったエミリアは加速魔法をかけて私から逃げる。
「こっちくるなァァァッ! フレイム・レインッ!」
エミリアの言葉と共に彼女の前に数個の小さな炎球が現れ、私に降り注いできた。私はそれを避けようとして、はたと気がつく。
(ここで避けたら周りの人達に当たったり、店に引火しかねない。ここは全部受け止める。白色鉱パァワァー、全開!)
私は着ている鎧に魔力を送る。すると、それに呼応して鎧が仄かに白く輝きだした。私はそのまま避けることもせず走っていくと、炎球が私にぶつかりそのまま消える。鎧の耐久力と私の無効化スキルのおかげだ。
「ウハハハハッ! ムダッ、ムダッ、ムダッ、ムダァァァッ!」
「うぎゃぁぁぁァァァッ!」
私が高笑いをしながら魔法をものともせずに突進してくるので、エミリアがもうお姫様としての何もかもかなぐり捨てて逃げ出す。
(そんなに怖いか、白い悪魔は……)
跳びはね、走り、魔法で牽制しながら学園内を逃げ回るエミリアに、私は全く動じず、追いかける。うん、怖いな、これは。
だが、時間が時間だ。いい加減彼女を捕獲しないと、王妃様が来てしまう。お迎えに行かなくてはいけないので、長々と追いかけっこしている場合ではない。
ついにエミリアは羽を出して、上昇した。
「ここここ、こうなったらァァァッ、全て、灰にしてくれるわァァァッ!」
上昇したエミリアは半狂乱で眼下を睨み、両手を高々と上げる。
「五階級魔法ォォォッ!」
エミリアの言葉と共に上げた両腕の先に大きな魔法陣が出現した。私は飛び上がって彼女と同じ高さになると浮遊魔法で留まる。
(ん? さっき階級言ってたけど、よく聞こえなかったわね?)
「全てを焼き尽くせッ! ヴァーミリオン・ノヴァァァァッ!」
振り下ろした手に合わせて、真っ赤に染まった巨大な火球が私に向かって放たれる。私はエミリアが放った魔法がそんなに恐ろしいものだと露知らず、悪のりのまま応戦するのであった。
「ゴォォォド・ブロォォォッ!」
軽い気持ちで私は火球に向かって拳を奮う。
そして、その力もこもっていない拳に触れた火球は、パァァァンと綺麗に四散するのであった。私の無効化スキルの所為で……。
「なんでじゃあぁぁぁァァァッ!」
余りに理不尽だったのか、エミリアが私に抗議の声を上げてくる。
「フッフッフッ、ゴッド・ブローとは如何なるものも絶対粉砕する神の技なのだ」
そんなスキルも魔法もこの世に存在しないのだが、何だか子供の遊びレベルなことを言ってしまう私。そんなことで納得するわけが……。
「ゴッド・ブロー……なんて恐ろしい技……」
(あっ、鵜呑みにした)
「だがッ、今度こそ灰に」
「何を灰にするのです?」
エミリアがさらに何かをしようとしたその時、気配もなく彼女の後ろに立っている者がいた。ここは空中なのに。
「なっ、あぎゃぁぁぁ!」
慌てて振り返ったエミリアはそのまま顔面を掴まれ、変な声を上げる。
「まったく、この子は悪戯が過ぎますよ」
涼しい顔でエミリアをアイアンクローしているのはこの国の王妃、イリーシャ様その人であった。
「お、王妃様ッ!」
私は慌てて空中ながらも跪く。
「話はマギルカから聞いてます。ご苦労でした、メアリィ」
「い、いえ、お迎えできず、申し訳ございません。あの、電車が遅延して」
いきなりの王妃様登場に私はもうパニックになり、体験したこともないのにどこかで聞いたことのある遅刻の言い訳を思わず口にしてしまう。
「フフフッ、こんな所で長話もなんですから、降りましょう」
「は、離すのじゃ、イリーシャ。頭が、頭が」
「おとなしくしてなさい」
アイアンクローされたままのエミリアが王妃様から離れようとジタバタし出す。すると、王妃様は笑顔のままその手に力が籠もった。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁッ!脳がぁぁぁ、頭が、潰れるゥゥゥッ!」
そのまま王妃様は下へと降りていくので、私もついていった。
地上へ降りた頃にはエミリアはぐったりして、王妃様にアイアンクローされたままダラ~ンと浮いたままになっている。
「この子に帽子と侍女の服を着させなさい。この場では私の侍女として連れて行きます」
「かしこまりました」
ぐったりしているエミリアをまるでヌイグルミを渡すように片手で軽々と控えていたメイド達に渡す王妃様。
(うわぁぁぁ……絶対逆らっちゃいけない人だ、これ……)
私はエミリアにちょっと同情したまま呆然としていると、私の隣にマギルカが控えた。
「王妃様、アルトリア学園祭へようこそお越しくださいました。生徒を代表し私達がご案内いたします」
綺麗に最上位の礼をするマギルカに、私は慌てて鎧のまま、自分も淑女の礼をしてしまう。
「ウフフ、あらあら、随分と勇ましい姿の案内係ですわね」
私が鎧姿で淑女の礼をするものだから、王妃様がコロコロと笑って言ってきた。そこで、自分が鎧姿だと言うことを理解し、慌てて兜を外そうとしてもがいてしまう。
「す、すすす、すみません。このような物騒な姿で。すぐに着替えてきます」
ようやく兜が外せて、私は顔を真っ赤にし、視線を泳がせる。
「そのままでいいですよ。白銀の騎士……これほど頼もしい者が案内をしてくれるのですからね。そうでしょ、クラウス」
目を細め、王妃様は微笑みながら近くに控えていた強面おじ様の名を呼ぶ。
「王妃様のおっしゃるとおりです」
クラウス卿もニカッと笑いながら頭を下げてきた。
(あれ? なんちゃって白銀の騎士が何だか王家の公認になってない? か、考えすぎよね、うん、気のせい、気のせい)
あまりの展開の早さに私の思考がついて来れず、私は言われるがままに動くこととなってしまった。
【宣伝】8月30日(水)GCノベルズ様より「どうやら私の身体は完全無敵のようですね」書籍版、発売予定です。よろしくお願いいたします。