エンカウントです。
私は今、断罪の時を迎えている。
罪人はザッハ。そして、ここはフィーネルさん達が営んでいる露店だ。
「ザッハ・エレクシル伯爵子息。貴方はメアリィ・レガリア公爵令嬢の乙女心を深く傷つける発言をしました。その罪、万死に値します。よって、濃度倍増の一押しジュース一気飲みの刑に処しますッ!」
私はザッハの前で高らかと宣言した。
「え~、たかが重いって言っただけじゃないか」
「最低ですわ」
「最低ですね」
嫌そうな顔をしてコップを受け取ったザッハを冷え切った目で見るマギルカとサフィナが凍える台詞を言い放つ。さすがのザッハもその空気にたまらずそちらを見てたじろいでしまう。
「ザッハ、罪を認めて粛々と罰を受けた方がキミの為だよ」
ヤレヤレといった感じでここに来る途中に合流した王子が、事情説明を聞き、ため息をついた。
「あ~も~、分かったよ! 飲めばいいんだろ、飲めばッ!」
「それ、いっきィ♪ いっきィ♪」
私の音頭に合わせて、ザッハはやけくそ気味にそのオドロオドロしい飲み物を一気に飲み干す。
そして、顔面を青、いや、紫にしたザッハが口を押さえて、人気のない茂みへと全速力で駆けていった。
「これにて一件落着!」
私はその姿を眺めて言い放つ。と、ザッハが消えた茂みの先、その視界の隅にマントの人間をとらえたような気がする。んっ?と瞬きし、もう一度見直すがそこには何もなくて、気のせいかと私は視線を皆の方へ戻した。
「はぁ~、すっきりした。さてと、次はどこに」
ドゴォォォォンッ!
私が気分良く皆に告げようとしたその瞬間、大きな音と地響きが辺りに響き渡る。
「な、何事?」
私は音がした方へと視線を走らせると、そう遠くない場所から何かがムクリと起きあがってくるのが見えた。
「メアリィ様!」
サフィナも異常を察して、私を見る。
「サフィナ、あなたは本部に戻って指揮を! 私は現場に向かうわ。マギルカ、ザッハさん、力を貸しッ」
「ザッハはまだリタイヤしているよ。僕が看ているから、キミ達だけで頼めるかな」
私が皆を見渡し、一人足りないことに気がついて言葉を濁すと、王子が肩をすくめて言ってきた。あのザッハがまだ復活しないなんて、どれほどの威力を誇っているのかなと恐ろしくなり、まぁ、私がしたことなので文句も言えず、私は王子に彼を任せて現場へと向かうことにする。
「マギルカ、アレ、何だと思う?」
私は遠くから見える大きな物体に視線を向けながら、ついてくるマギルカに問う。
「出し物ではないのは確かですわ。あれは、見た感じゴーレムのような気もします。でも、あんな巨大なゴーレムなんて私達生徒では作れませんわ」
「とにかく、現場へ行こう!」
現場は騒然だった。
逃げていく人を避け、逆方向へと向かう私達。途中、警備の腕章をつけた一班が私と合流する。
「メアリィ様!」
「何があったの?」
「分かりません。ただ、ゴーレム展示会の場所で、アレが出現したと」
班のリーダーから話を聞き、マギルカの読み通り巨大物体がゴーレムだということが判明した。
「どういうこと? アレを出現させたのは展示会の人達なのですか」
「ち、違います。いくら我々でも、あのような巨大なゴーレムを生成するなんてできません。せいぜい人形サイズの小型なものが関の山です」
私の言葉に慌てて異を唱える生徒が班の中にいた。
「あ、私は展示会の責任者です」
私がいぶかしげにそちらを見たので、生徒は自分の説明をしてくる。
「では、アレは何なのです」
「それが……魔法陣を利用してゴーレムを生成する所を皆に見せていた所、そんな玩具みたいなモノはつまらない、ゴーレムを作るならこのくらいしろと、マント姿の人が急に呪文を唱えだして、それが魔法陣に反応して……」
「……アレが出現したと……」
「……はい……」
申し訳なさそうに言葉尻が沈んでいく生徒を気の毒そうに私は眺めて後を引き継ぐと、生徒は頷き、そのまま項垂れる。
(あぁの~マントぉぉぉ。見逃していたけどこれはアウトでしょ。捕まえて、お尻ペンペンしてやるんだから)
私は拳を握りしめ、目標を睨みつける。
「あなた達は周辺の客と生徒の避難の誘導をお願いします。ここには誰も近づけさせないで。アレは私とマギルカで何とかします。後の指示はサフィナのいる本部に聞いてください」
「はい、お気をつけて」
リーダーは敬礼をすると、そのまま班を連れて誘導にあたる。
私はそれを見届けると目標のゴーレムが完全に見える場所まで近づいた。
「おやぁ? そなたは白銀ではないか?」
私が近づくとそんな声が空から聞こえてきて、私は見上げる。巨大な人型ゴーレムが逆光になり、その肩に誰かが立っているのだけは分かった。
「何者です!」
私は思わず、月並みな返しをしてしまう。
「クゥゥクックゥゥ! わざわざ正体を隠しているのじゃぞ、妾がエミリアじゃと誰がしゃべるものか、馬鹿者め」
(バカはあんただァァァァァァッ!)
ふんぞり返って言い放ったマントの人間に私は心の中で盛大にツッコミを入れてしまった。そして、何だかドッと疲れがこみ上げてくる。
先ほどまでの緊張感を返してほしい。
「じゃあ、何てお呼びすればよろしいのですか? 姫様」
「う~ん、そうじゃな~。妾のことは魔女姫とでも呼ぶがよい」
(姫様呼びしたのに気づいてないし。魔女姫ってそれ、エミリア姫の通り名じゃないのよ。あなたほんとに正体隠す気あるの? わざとよね、わざとと言ってぇぇぇ)
私はさらにがっくりと肩を落とす。
「メ、メアリィ様……」
正体を隠し切れていない呆れ半分、どうしていいのか分からない戸惑い半分でマギルカが私を見てくる。
「いいの、何も言わないで。本人の好きにさせとこ」
私は一度ため息をつき、気持ちを切り替えて、頭上を見上げた。
「それで、その魔女姫とやらは一体何の目的でこのバカ騒ぎを起こしているのですか!」
「クゥゥクックゥゥ! 知れたこと、あんなヌルいゴーレムを見せられてはつまらんのでな。妾がこれぞゴーレムというものを皆にみせてやろうと思ったまでよ。そなたも見るがよい、妾のゴーレムを!」
その時、とてもタイミング良く太陽が雲に遮られ、ゴーレムの全容が私にも見えるようになった。
そして、私は目のやり場に困ってしまう。
「どうじゃ、この造形美! まさに芸術であろう!」
高らかに笑う魔女姫、もとい、エミリアの言葉にも私は気持ち半分で聞き、焦ってしまった。
そのゴーレムはおよそ五メートルはあろう巨体で、頭は卵のような形に目が糸目、口は何となく半開きのような形をしていた。
正直、物凄くいい加減な造形である。
ゴーレムはその人の魔力とイメージの細かさで大きさと造形が成り立つ。いい加減なイメージでは生成に失敗するし、360度細かくイメージするのは至難の業だ。なので、大抵は物凄く単調なイメージで生成する。話が逸れたが、そんなイージーな顔の造形に対して私は目のやり場に困っているのではない。
問題はその下だ。
前世、美術の本で見たダビデ像真っ青のムキムキマッスルな男の裸体がそこにあったのだ。
もう一度言おう。
巨大なムキムキマッチョメンの裸体がそこに立っていたのだ。
「は……」
「は?」
顔を赤くし、下を向く私の言葉にエミリアが聞き返す。
「はれんちぃぃぃぃぃッ!」
「なっ! 破廉恥とは失礼じゃぞ、芸術と言え、芸術と! 見よ、この細部まで細かく再現された筋肉美!」
ゴーレムが動いて何かポーズをとっているみたいだが、私は見ない。特に下の方は断固としてお断りだ。
「見る訳ないでしょ、この破廉恥がッ! うら若き乙女に何見せようとしてるのよォォォッ!」
恥ずかしさのあまり、私は相手が姫様だと忘れてタメ口になってしまう。
「安心せいッ! そこら辺も考慮して下半身は再現してないぞ」
「安心できるかァァァッ! というか、そこに考慮できるなら最初から作るなァァァッ!」
軽快にサムズアップするエミリアを見上げて私は叫ぶ。
「まったく初心じゃのう。たかが、男性体の筋肉美ではないか。妾など、子供の頃から父上に、どうだ、儂の筋肉は? 美しいだろう? とか言って毎日、その筋肉を全身隈無く見せびらかされておったぞ」
(あんたの父親の頭の方が心配よ。ていうか、姫の父親って魔王でしょ。娘に毎日自分の筋肉、見せびらかす国王って……大丈夫なの、魔族の国……)
まだ見ぬ自分の国のチャラい国王陛下を棚に上げ、私は魔族の国を心底心配するのであった。
「よし、分かった。そなたらにこの筋肉の美しさをとくと堪能してもらおうではないか。熱烈に抱きしめてやろうぞ」
「トラウマになるわァァァッ!」
私の叫びに合わせてゴーレムが私達に腕を伸ばしてきた。
「アース・ウォール!」
マギルカの叫びとともに、ゴーレムと私達の間に土の壁が屹立する。
土の壁にぶつかった拳が土壁と共に崩れ落ちた。血のようにドロドロとした泥のようなものを滴らせている腕がまたグロい。
「小賢しい真似をッ! まずはそなたから熱い抱擁をくれてやるわァァッ!」
邪悪な笑みをフードの下から零し、エミリアがマギルカの方へとゴーレムをけしかける。
「させるかァァァッ!」
私はゴーレムに向かって手をかざす。
「ノヴァ・フレアァァァッ!」
「いけません、メアリィ様!」
マギルカの止める声と私の力ある言葉が重なる。
ドォォォォォンッ!
爆裂魔法がゴーレムに炸裂し、上半身が綺麗に上空へと吹っ飛んでいく。
肩に乗っていた姫様のことをすっかり忘れていた私は、自分が何をしたのか今更になって理解し、顔を青くした。
「やば、どうしよう、マギルカ、姫様が」
「それよりも早く、ここから離れッ」
ドシャァァァァァァアッ!
マギルカの言わんとしていることが理解できない私に向かって、上空から何かが降り注いできた。
言わずもがな、ゴーレムの残骸である。
どうやらあのゴーレムは泥で出来ていたみたいで、私が吹っ飛ばした上半身分の泥が元の泥土に戻って私達に襲いかかってきたのだ。
何が起こったのか理解するまで、私はマギルカを見たままになり、彼女は逃げようとする体勢のまま固まってしまっていた。
そう、私達は今、全身泥まみれである。
ちょっとぐっちょりしているのがまた気持ち悪い。
「プハハハハッ! ひどい有様じゃのう♪」
私達が泥まみれで固まっていると、上空から笑い声が聞こえてきて、私は見上げる。そこには羽を出し、空中で笑い転げるエミリアがいた。
(ちょっとでも心配した私がバカだったわ)
拳を握りしめ、空中で笑い転げるソレを叩き落としてやろうかと思う羞恥に震える私。
「はぁ~ぁ、笑った、笑ったぁ♪ うむ、面白かったぞ、今日の所は帰るとしようか。じゃあ、またなのじゃあ~ぁッ♪」
涙目になっているのか、フードに手を入れ何かを拭いていると、エミリアは満足げに上昇していく。
「くぉら、待ちなさいィィィッ! 次会ったら、お尻ペンペンだからねェェェッ! 覚悟しなさいよォォォッ!」
後には私の絶叫が空に空しく木霊していくだけであった。
学園祭二日目も終了です。いよいよ大詰めです。




