学園祭二日目です。
学園祭二日目。
初日に比べて訪問客の人数も増え、活動している生徒の数もグンと増えた。辺りから活気溢れる声が聞こえてくる。
「人、増えたわね」
「そうですね」
私は今お茶を楽しみながら、警備本部に待機している。向かいの席にはサフィナが座っていた。今のところこれといって大きな問題は出てきていないため、私達はくつろいでいた。
「サフィナ、明日は王妃様のエスコートやら何やらで学園祭を回ることができないと思うから、今日、皆で回らない?」
私の夢の一つ、お友達と学園祭を回るを実現するべく、サフィナに声をかけてみる。
「いいですね。あ、でも、私達二人とも席を外して大丈夫でしょうか?」
「だ~いじょうぶよ。私達に何かあるといけないからもう一人指揮官代理を作ってあるわ。それに、思ってたより平和そうだし」
私は定期報告をしている伝達係の人達を見る。しっかりと仕事をこなしてはいるが、そこに緊張感はなかった。
(平和っていいわね。これから先、何事もなってぇぇぇ、だめでしょ、そんなこと考えちゃあぁぁぁ)
私は自分の迂闊さに一人悶絶する。
「メ、メアリィ様? どうしたのですか?」
「ううん、何でもないわ」
私は瞬時に姿勢を正し、柔和な表情を作ってサフィナを見る。
「休憩時間ね。それじゃあ私達、休憩に入るから、後はよろしくね」
「「「は~い」」」
「い、いってらっしゃいませ」
私が席を立ち、伝達係の皆に声をかけると、和んだ声がそろって返ってきた。一人だけ緊張と不安な面もちで礼をするソルオスの生徒がいる。彼は私が言った指揮官代理だ。私は彼の前に行くと、肩に手を添えにっこり笑う。
「肩の力を抜いて。訓練通りにしていれば、貴方なら大丈夫よ。しばらくここを任せるわ」
「は、はいッ! 白の姫君」
「ちょ、ちょっと、そんなに畏まらないで。後、姫じゃないから」
いきなり跪き、騎士の礼をする代理に私は慌てて立つように言った。立ち上がった彼は先程とは打って変わってやる気マックスで仕事を開始する。
(はぁ……疲れる。そういえばソルオスの皆、私のこと最初の頃は上官みたいに接していたのに、私が褒めて伸ばす方針にしたら、いつのまにやらお姫様みたいな扱いになってない? まぁ、姫と騎士っていうのはある種、皆の夢でもあるのかもしれないけど、得てして現実の姫は男の子達の考えているモノとは違っていると思うんだよね~)
私はサフィナの方へ戻りつつ、どこぞのワンパクお姫様を思い浮かべて乾いた笑いを零してしまった。
「マ~ギルカちゃ~ん、今、ひまぁ?」
「止めてくださる、そのお間抜けな言い方」
私はサフィナとテュッテを引き連れて、旧校舎の執行本部へと顔を出す。本部にいるメイドにドアを開けてもらい、部屋に入るなり私が明るく声をかけると、額に手を当て項垂れるマギルカがため息交じりに返してきた。
「やだなぁ、私とマギルカの仲じゃない、固いこと言わないでよ。それで、今、暇?」
「暇というわけではありませんが、これから少し校内を見回りに行こうと思っておりましたところですわ」
「ちょうどいいわ。皆でまわりましょ♪」
両手を合わせウキウキ顔で私が言うと、マギルカは席から立ち上がり半眼になってこちらを見てきた。
「言っておきますけど、遊びに行くのではありませんわよ。私はクラスマスターとして、皆がちゃんとしているか見回りに」
「はいはい、分かってるから。ささっ、行こう、行こう♪」
「いや、ちょ、まっ、ほんとに分かってますの」
もったいぶって何か言おうとしているマギルカの腕を取り、私は有無も言わさずズルズルと彼女を引きずりながら部屋を後にするのであった。
(マギルカにだって息抜きは必要よ。せっかくの学園祭なんだから楽しまなきゃ)
「それで、どこを見に行くの?」
「……とりあえず、アレイオスの方々が催している所全部ですわ」
私の拘束から逃れるようにマギルカは離れると、姿勢を正して皆と歩き始める。
「それはいい。皆どんなことしてるんだろ。あっ、そういえば、マギルカ達はフィーネルさんの所へ行ったことある?」
「いいえ、そういえば何か会の皆で出店しているとおっしゃっていましたわね」
「私もまだ行ってません」
マギルカとサフィナがそう言うと、私はとびっきりの笑顔で彼女たちに助言した。
「彼女たち一押しのジュースがあるのよ。一度飲んでみることをお勧めするわ、ムフ♪」
「「へ~」」
「お……お嬢様……」
興味深げに相づちを打つ二人から顔を逸らした私の顔を見たテュッテが驚愕の顔で後退していく。きっと私はにんまりとしたいたずらっ子の笑みを浮かべていたのだろう。
「え? なんですって」
急にマギルカが険しい顔つきでそんなことを言ってきた。
「あ、ごめん。悪気はなかったの、ちょっとした出来心で」
私は自分の悪事がばれたと錯覚して、条件反射で謝ってしまう。だが、よく見るとマギルカは私を見ずに空を見上げていた。そして何も言わずにそのまま固まっている。
「え? あれ? お~い、マギルカ~」
怖ず怖ずと私はマギルカに近づくと彼女は気がついたようにこちらを向く。
「すみません、ザッハから伝達魔法がありまして。メアリィ様、ちょっと力を貸していただけますか?」
「はい? 私?」
自分を指さしながら私はいぶかしげな顔をするのであった。
マギルカに連れられ、私達は学園にある森の前へとやってくる。そこには数十人の生徒や訪問客が列を作っていた。そして、その奥に懐かしいモノを見て、私はなぜ自分が呼ばれたのか理解する。
そこにいたのはあの意識高い系のグリフォンだった。
(そういえば、ザッハの提案でソルオスからグリフォンの騎乗体験をやっているんだったっけ)
あのグリフォンはソルオスの生徒の騎乗訓練を任されているだけあって人を乗せるのが上手いらしい。それを利用して他の生徒、または訪問客にも騎乗体験をさせてあげたらうけるんじゃないかとあのバカなりに考えた案件だったが、一つ問題があったのはそのグリフォンが気位が高く、ポンポンと素人を乗せるのに難色を示したことだった。
(まぁ、自分が出し物の一つにされたら面白くもないわね)
そして、ザッハは困ったあげく事もあろうに私に説得してくれと相談してきたのだ。当時、何をバカなこと言ってるんだ、私が言ったところでどうにかなるものではないだろうと失笑しながらグリフォンの所に行き、お願いねと言えば、地面にへばりつくぐらい平伏して言うことを聞いてくれたのはほろ苦い思い出だ。
ザッハが私達に気がつき、こちらに駆けてくる。
「メアリィ様、来てくれて助かったぜ。グリフォンが乗せる客の多さにやる気なくして、動こうとしないんだ。ちょっと話し合ってくれよ」
「話し合うって、私は魔獣使いじゃないのよ。言葉なんて分からないわ」
ザッハに先導され、私達はグリフォンに近づいていく。それに気がついたのか、座り込んでいたグリフォンが、慌てて立ち上がる。何だか、サボっていた部下が上司に見つかって、やっべぇ、上司だっみたいなソワソワ感がなんか可愛らしい。
「ささっ、メアリィ様。よろしく頼むぜ」
「ちょ、ちょちょ、ザッハさん。押さないで」
感慨に浸っていると、ザッハが私だけグリフォンの方へと背中を押していく。以前起きた、あの必死に逃げるグリフォンの姿が思い出されて、私は不安になったが、どうやら私に慣れたのかそこから逃げようとはせず、私と視線を合わせないようにキョロキョロしている。それが何だか可愛くもあり面白かったので、私はクスッと笑みを零した。
「どうしたのです、グリフォンさん。お祭りは始まったばかりですよ」
知らず知らず私はグリフォンの大きなクチバシを優しく撫でていた。
「貴方も学園の一員としてお祭りを盛り上げる為に力を貸してください。貴方が優雅に人を乗せ飛ぶ姿を私に見せて、ね」
つい、警備の人達を褒めて伸ばす方針がここにも出てしまい、優しく言う私にグリフォンは撫でられておっかなびっくりな状態ながらも、首を垂らし跪いて、私が撫でやすい体勢を取るとそのまま瞳を閉じていった。
「「「おおおおお」」」
後ろから歓声が上がって、私は我に返り振り返る。並んでいた生徒や訪問客の皆が何だかキラキラした目でこちらを見ているではないか。
「美しい。あのグリフォンと心を通じさせる様は、正に純白の姫君」
「あれが白の姫君か。確かにそう呼ばれるのも頷ける」
「メアリィ様、素敵です」
口々に私を称賛する声をあげる皆様。
(え、あれ? 何か変な誤解が生じてない? 皆さんが考えているほど美しいものじゃないからね。これ私を恐れて足が震え過ぎて跪いてるだけだから。後、項垂れてるのも諦めているからなのよ。乙女の私の方がショックで項垂れたいわよッ)
ひきつった笑顔で私はそのままグリフォンから手を離すと、近くにいたザッハにじゃあ、後はよろしくねっと言いながらスススッと競歩のごとく歩くスピードを上げてマギルカ達の所へ戻っていった。
どうやらやけくそでやる気を出してくれたグリフォンが騎乗に慣れたソルオスの生徒とお客さんを乗せて、優雅に空へと上がり一度旋回すると、戻るを繰り返し始める。
「助かったぜ、さすがメアリィ様だ」
ホッとした顔でザッハがこちらに来る。
「そうだ、ちょうど良いからメアリィ様達も乗っていくか? 結構楽しいぞ」
「え、良いの。やった、私、結局グリフォンには乗れなかったのよね。ねぇ、皆も乗ろ、う?」
私はソルオスに一年だけ所属していたので、二年目以降からの騎乗訓練には参加できなかった。魔獣に跨がり空を飛ぶ、それは魔法で空を飛ぶのとはまた違った感動を得られるとウキウキして皆を見ると、マギルカとサフィナの顔が蒼白になって首を横に降り続けていた。
(あ~、マギルカって高所恐怖症だったわね。後、サフィナはまだグリフォンが怖いのかしら)
二人の蒼白っぷりを私は瞬時に察する。
「サフィナはまだグリフォンが苦手なの?」
「い、いいえ。騎乗訓練がありましたので、その、何とか慣れました。でも、えっと、その、あの……」
慣れたという割には明らかに戸惑い、騎乗を嫌がっている。
「どうしたの?」
「えっと、あの……お恥ずかしながら……その、た、高いところは、どうも苦手で……」
ここにもいた高所恐怖症に私は脱力してしまう。そして、サフィナの言葉を聞いて瞳を輝かせたマギルカが恥ずかしがるサフィナの手を握った。
「恥ずかしがることはありませんわ、サフィナさん。誰だって苦手なモノはありますもの。私はサフィナさんの気持ち、と~ぉぉぉってもわかりますわ」
「マギルカさん」
同志を得たりとマギルカがサフィナを慰める。気持ちが通じたのか、サフィナも瞳を潤ませ、マギルカの手を握り返していた。なんだか二人の周りだけキラキラ効果に包まれているようで、私は空笑いしか出てこなくなった。
「っで、メアリィ様はどうする?」
「じゃあ、私だけお願いするわ」
二人はそっとしておこうと、後はテュッテに任せて私はザッハに連れられ、騎乗体験の場へと行くのであった。
私は列に並ぼうと最後尾へ行くと、なぜか皆、どうぞどうぞと私を優先しようとし、私は丁重にお断りする。公爵令嬢だからといって特別扱い、ダメ絶対!
なのに、皆の言い分は
「貴方がグリフォンに乗る姿を早く観たい」
「空を駆ける白の姫君。きっと美しいのだろうな、あぁ、早く観たい」
っと、私の予想の斜め上を突き抜けていた。
あれよあれよと私は促され、気がつけば見事なショートカットで私の番になってしまう。
「あれ? もうメアリィ様なのか? 皆に順番を譲らせたんじゃないだろうな」
「し、失敬な! 私はその気がないのに皆がグイグイ前へ押すから、こうなったのよ」
失敬なことを言うザッハに顔を赤くして抗議する私。そうなのかと何の疑いもなくザッハは私をエスコートしてグリフォンへと近づいていった。鞍のようなモノをつけたグリフォンがこちらを見て、一回ビクッと体を震わせる。あははっと苦笑いをこぼしているとザッハが綺麗に鞍へ跨がるとこちらに手を差し出してきた。
「前に乗るか、後ろに乗るか、どうする?」
ザッハの言っていることがいまいち分からずポカンとした顔で私は彼の手を眺めてしまっていた。
(考えてみれば、私、さっきまで他の客と譲り合いばかりしていて、皆がどうやって乗っていたのか全然見ていなかったわ)
私は馬に乗るイメージを浮かべる。
(前に乗る。つまりはザッハの前に座って彼が後ろから手綱を握る。必然的に私はザッハの腕の中に)
私はそんな自分を想像した。そして、顔から湯気が出るほど赤くなる。
(ないないないない。そんな恥ずかしいことできるわけないでしょうが。じゃあ、後ろに乗る。横乗りで彼の背中に掴まっていればいいのかな? うん、これなら何とかいけそうね)
「それじゃあ、後ろで」
私はザッハの手を取ると、そのまま後ろに横乗りで腰掛ける。
(あ、なんだか自転車で二人乗りしているみたいでドキドキする。乗り物は違うけど、まさかこんな形で甘酸っぱい夢の二人乗りを体験できるなんて)
私は恥ずかしくなって俯き、ちょこっとザッハのシャツを摘むだけにとどまった。
「よし、行くぞ」
ザッハの言葉でグリフォンが駆けだし、そして、あっという間に空へと舞い上がる。風を切るその勢いに私の恥ずかしさはどこへやら、おおッと声をあげて、私は周りの風景に見入ってしまった。
浮遊魔法とは違う風を切る感覚。躍動感溢れるグリフォンの体に揺すられ、私は今、空を飛んでいるのだと自覚して歓喜するが、その喜びもその瞬間だけだった。
「あ、あれ? おい、どうした?」
いぶかしげな顔でザッハがグリフォンに問いかける。
上空にあがったグリフォンはまるで壊れ物を扱うように、慎重に慎重に空を進んでいた。
その為、先程までの風を切る感覚は無くなり、空を駆ける揺れも最低限に絞られている。
とにかく、遅いのだ、もの凄く。
飛ぶというよりホバリングしているのではないのかと思えるくらいだ。
横乗りしている私は前を向くのを止めて、ハァ~とため息をつく。
原因は私だと言うことが手に取るように分かったからだ。私に粗相のないようにグリフォンが気を使っているのだろう。
(魔獣に気を使われる私って……)
「おっかしいな、さっきまではさっさと終わらせようと凄い勢いで飛んでいたのに。どうした? もっとスピードだしてもいいんだぞ。あっ、分かった」
ザッハは何かに思い至ったのか、頭だけこちらに向けてきた。
「これってメアリィ様だからかな」
「そうでしょうね」
がっかりしていた私は何も考えずに返事をする。
「あ、やっぱり。メアリィ様、意外と重いんだな」
ザッハが笑顔で言った最悪の言葉にその場が凍り付く。
「は? 何ですって?」
ギロリと横目でザッハを睨みつけてしまう私に反応して、腰掛けているグリフォンの体が小刻みに震えだした。甘酸っぱい二人乗り体験もどこへやら、殺伐とした空気が辺りを支配する。
「私が何ですって? ねぇ、ザッハさん」
ゆらりと首を前に向ける私の殺気にさすがのザッハも気がついたのか汗だくになりながら前を向き、手綱を握り直す。
「さささ、さぁ、なんだっけなぁ? ほら、しっかり飛べ、グリフォン」
こうして私の甘酸っぱい二人乗りの空の旅は一人と一頭がガクガクと震えながら、低速で飛翔する残念な結果に終わるのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。