準備は万全です。
あれから、数日が経った。
学園祭はもうすぐとなり、学園全体の雰囲気がいよいよお祭りムードへと姿を変えていく。そんな中、私はというと、相も変わらず訓練場にいた。
「いくわよ、サフィナ!」
「はいっ!」
私の掛け声とともに用意した標的に向かって私は手をかざす。
「ソ・ニック・ブ・レー・ド!」
「加速」
魔法の言葉を区切りながら言う私の指先一本一本から魔力の固まりが形成され、サフィナの腕輪が光り、彼女の前に魔法陣が形成される。私は何とか五連同時の魔法に成功していた。といっても、ぶっちゃけ集中力がなさすぎて三回に一回は失敗する。連続使用なんて以ての外だ。もっと言うと焦っていたら100%失敗する自信があるので、完成したとは言えないレベルである。
「ナイン・ブレードッ!」
私の言葉で指先から一本が身を屈めたサフィナの上を通過して一直線に残りの四本が四方に広がるように真空刃が飛ぶ。それと同時に、サフィナが魔法陣を通過するともの凄いスピードで前方へ低く跳躍していった。さらに彼女は加速魔法を上乗せする。
私の放った魔法にサフィナが一気に追いつき、四方へ飛んだ真空刃もそれに合わせるように弧を描いて標的に向かっていく。
「クロスッ!」
サフィナが言葉と共に抜刀する。
もの凄い衝撃波と、空を裂く金切り音が部屋に響きわたり、後に残ったのは、無惨に四散した標的の残骸だけだった。
「で、できました。メアリィ様!」
「うん、そうね」
喜び駆け戻ってくる可愛い栗色の子犬のようなサフィナを微笑ましく思いつつ、私はその凄さに正直驚いている。
(すごいわね、サフィナは。私の放った魔法がいつインパクトするのかわかったものじゃないのに、この短期間でしっかり合わせてくるなんて。ほんと、末恐ろしい子だわ)
この天才少女に私は感服しつつ、無惨な姿を晒す標的を冷や汗交じりに眺めてしまう。
(今更だけど、どうしよう、これ。洒落になってないんじゃないかしら)
二階級魔法の初級、殺傷能力がとても低いソニックブレードと女の子であるサフィナの剣では、いくら合わさってもそれほど威力は出ないだろうとたかをくくっていたのだが、数を合わせればそれだけ威力が増し、しかも同時となるとその倍増量は計り知れないことに、完成してから気がつく、今更な私。
(た、たぶん大丈夫よ。ザッハは頑丈なんだから。それに武装してくるって言ってるし)
私は心の中で言い訳しながら、友人の頑丈さに全幅の信頼を寄せることにした。
「メアリィ様?」
私が心の中で問答しているのを不思議そうに見つめるサフィナに私の意識は現実に戻される。
「ん、あぁ、何でもないわ。でも、サフィナ、これはザッハさんだけに使いましょうね。マギルカに使ったら洒落にならないわ」
「そ、そうですね。でも、ソルオスでは二年生以降、真剣を使うようになり模擬戦をする際に『戦天使の加護』という魔道具を使いますが、たぶん私達の試合にも設置されるんじゃないでしょうか?」
「戦天使の加護?」
「はい。その魔道具の効果エリアの中で試合をしますと、その者達は魔道具に体だけは守られますので多少の怪我はしますが、それ以上はその人の魔力を吸収し、ダメージを代替するので、最悪気絶する程度になる、はず……です。あれを受けた人のダメージを変換するのにどれほどの魔力を要するのか分かりませんが……最悪、変換しきれず致命傷も……」
サフィナも標的を眺めながら心配そうに言う。たぶん彼女もこの威力にザッハが持ちこたえるか心配になったのだろう。加えて、その便利アイテムが本当に最後まで加護してくれるのか自信がなかったのもあると思われる。
「そ、そんな便利アイテムだったら大丈夫よ。いざとなったらそこに回復魔法もついてくるんだし……きっと大丈夫……よ、ね?」
「…………」
お互い心配になってきて、微妙な空気を醸し出す。
「お嬢様、そろそろお時間です」
そんな空気を打ち消すように、テュッテが声をかけてくれた。
「あ、そうね。クラウス様達がお見えになる時間だわ。行きましょう、サフィナ」
「はい、メアリィ様」
気持ちを切り替え、というか、先程の心配を先送りにして私はサフィナとテュッテをつれて執行本部へと向かうのであった。
それから一時間後。
私は当日警備本部となる旧校舎の一室にいる。
椅子に座り、テーブルに両肘をつけて、交差して組んだ両手を口元に寄せている。司令官なら一度はやってみたい例のポーズをして、私は感動に浸っていた。ついでに、サフィナには指揮官として私の前で並ぶ、連絡係の生徒達の近くに立ってもらって指示してもらい、私の斜め後ろにはテュッテに立ってもらっていた。
(あぁ、完璧な図式。これで後は「勝ったな」「あぁ」って言えれば最高♪)
「エリアDー2、パターンイエロー、タイプA、数4」
私が一人酔いしれていると、前に座るアレイオスの生徒の一人が伝達を受けて声をあげる。
今、私達は他の生徒にお願いし騒ぎ役を作って警備の実戦訓練をしていた。
「イエローなら、言い争い程度でしょうか。生徒4人であれば仲裁に入れますね。メアリィ様」
伝達係りの生徒の言葉を聞き、サフィナがこちらを見てくる。
「よろしい、殲滅せっ、じゃなくて、仲裁に入って」
私の最初の言葉に首を傾げたサフィナを見て、私は慌てて訂正する。
「はい」
サフィナは先程の生徒に仲裁に入るように指示すると、その生徒は簡潔にそれを伝達した。
「エリアB-4、パターンレッド、タイプB、数7」
「生徒と訪問者との揉め事ですか。しかもレッドってもう騒ぎになっていると……数が多すぎます、即応班を向かわせますか?」
連絡を聞き、サフィナが私に聞いてくる。
「ええ、カーリス先輩の班に連絡を」
「分かりました。エリアB-4へ向かうよう即応班へ伝達」
サフィナの言葉に別の伝達係が返事をして、魔法を発動する。カーリス先輩率いる即応班とは私が作った虎の子部隊で、卒業生で編成されている。基本的には警備に参加することはなく、いろいろな手に負えない状況へ加勢しにいくのがお仕事だ。
「いやはや、素晴らしいですな。簡潔な報告で私にはなんのことだかさっぱりでしたよ。伝達魔法にこんな使い方があったとは。さすがお嬢様ですな。ふむ、王城でも取り入れましょうかな、もちろん、発案者はお嬢様ということで」
私の後ろ、テュッテの逆側に控えていた強面のおじさん、ザッハの父親で騎士のクラウス卿が感心した顔でこちらに近づいてきた。
「いえいえ、私だけの力ではありません。み・ん・なで形にしたものですから。どうしてもという場合は学園のみ・ん・なで発案したということにしておいてください」
私は笑顔でクラウス卿を見、みんなの部分をさりげなく強調する。そうしないと、また私だけで作ったみたいになって目立ってしまうからだ。
(私も学習しているのだよ、えっへん)
「それにしても、学生が考えたとは思えない程素晴らしいシステムで、我々の出る幕がなさそうですな」
「学園の警備は私達にお任せして、クラウス様は王妃様の警護に専念してください」
「ハハッ、そうさせてもらいます」
「エリアAー3、パターングリーン、タイプロスト、数1」
私がクラウス卿と会話をしているとそんな声が聞こえてきた。
(パターングリーンでタイプロスト。何も起こっていないが怪しい人物を一人見つけ、見失ったってこと? はて、そんな騒ぎ役お願いしたかしら?)
私は怪訝な顔で例のポーズに戻ると、チラリと横目でテュッテを見る。すると、彼女もこちらを見て私が何を考えているのかくみ取り、首を横に振った。
「そのエリアにそのような役を配置するようお願いした覚えはございません」
私に顔を寄せ、そっと耳打ちするテュッテ。今回の騒ぎ役の配置はテュッテに任せていた。私とサフィナがお願いすると、どこで何が起こるか分かってしまって訓練にならないからだ。ちなみに、テュッテがわざわざ私に耳打ちしてくるのは何も皆に会話を聞かれたくないからではない。単に私が例の指令と副指令という雰囲気に酔いしれたいからお願いしただけだ。
(まぁ、ロストしてしまったんだから考えてても仕方ないか)
私はフゥ~と息を吐き、私と伝達係の人達の間に置かれたテーブルの上にある地図を見る。これは浮遊魔法を使って皆で作った学園の全体図で、尺度はいい加減だがそこにエリア区分を書き込んで、皆の位置を何となく把握する代物だった。
(エリアA-3……そこって王妃様が訪問するルートの一つよね)
私はふと、そんなことを考えすぐに首を振り、思考を振り払った。
(だめだめ、変なこと考えるとろくなことないんだから。今は訓練に集中集中)
その後は問題なく事が進み、クラウス卿が見ている中、私達の警備訓練は終わった。
(よし、準備は万全ッ! どうか、何事も起こりまッ、ハッ!自分でフラグたててどうするのッ!)
期待と不安を織り交ぜて、いよいよ、学園史上初の学園祭が開催されるのであった。
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