お姫様だそうです。
アルディア王国の南方、海岸を越えた遥か先にその島はあった。
遥か昔、神話の時代、光の神と闇の神の戦いがあり、敗れた闇の神が堕ちたその島を人は『暗黒の島』と呼び、その島に魔族が統治する国、レリレックスが誕生したのだ。(エミリア談)
「っというわけで、そのレリレックス王国の姫が、妾なのじゃ」
席に着き、エミリアがご丁寧に自分の国のことを話してくれた。
「なんじゃ、白銀。何か言いたそうじゃな」
得意げに説明したかと思うと、今度は胡乱げにこちらを見てくる。
「いえ、あの……」
何となく挑戦的な目でこちらを見てくるエミリアに私は何と言っていいのか分からず言い淀んでしまう。
(私はメアリィであって、白銀じゃありませんって言える訳ないじゃないの。だって、向こうは王国の姫様なのよ)
「エミリア、彼女はメアリィよ。後、睨まないの、彼女が怖がっているでしょ」
私の思考を読みとったのか王妃様が私の代わりに訂正してくれた。
「フンッ! 妾達にとって白銀に関する者は要注意なのじゃ。そのくらい分かっておろう」
こちらを警戒するのを緩和させたエミリアにホッとしつつも、なぜ初対面の私にそんなに強く当たってくるのかいまいち分からない。
「気にしないでいいのよ、メアリィ。その昔レリレックス王国の王、つまりは魔王と呼ばれたエミリアの父君がアルディア王国の英雄、白銀の騎士様にこっぴどくしばき倒された所為で、王族は白銀を持つ人間を『アルディアの白い悪魔』と称して警戒しているの。ついでにその時、弱った魔王にアルディア王国とレリレックス王国とで不可侵条約を結ばせて、平和になったというわけなの」
「そ、そうですか……」
(なんかうちの王国、ちゃっかりしてるなぁ)
我らが英雄様が某ロボアニメの二つ名に近い呼ばれ方をされてて思わず吹き出しそうになったところを堪えつつ、実は白銀の全身鎧を身につけてますとはエミリアの前で絶対言えないなぁと思うのであった。
「不躾なお話で申し訳ございませんが、王妃様とエミリア様は随分と仲がよろしいのですね」
私から話を逸らそうと、マギルカが私も疑問に思っていたことを聞いてくれた。
「彼女は私が学生の頃、留学してきた学友なのよ。王妃になってからもこうやって突然顔を出してきて、ほんと困っているわ」
ため息をつきつつ、ふてくされているエミリアを王妃様は見る。
「む~……妾の周りは退屈な奴ばかりで暇なのじゃ。その点、この国は何かと面白いモノが溢れておるでのう。良い暇つぶしができるのじゃ」
「ご学友ですか。それにしては……」
言い淀み二人を見比べるマギルカにつられて、私も改めて王妃様とエミリアを見比べてみる。明らかに母親と娘にしか見えない。
っと、私とエミリアの目が合ってしまう。
「フフン、なんじゃ? 見た目が合ってないとでもいいたげじゃな、白銀。おっと、メアリィじゃったな。妾達魔族は長寿であり、その成長もある程度魔力でコントロールできるのじゃよ」
「では、なぜお若い姿のままに? 王妃様と合わせないのですか?」
説明するエミリアに知的好奇心旺盛なマギルカが聞く。
「ん? そんなの決まっておろう! いつまでも若いままでいる姿をおばさんになったこ奴に見せびらかし、てぇ……」
自信たっぷりに暴露したエミリアは隣から送られるもの凄い無言の殺気に言葉を濁してしまった。それはとても王妃が発するような殺気ではない。強いて言うなら武将である父、フェルディッドが憤怒して放つ殺気に酷似していた。
「あはは……冗談じゃ、冗談。やじゃのう、神槍の舞姫と呼ばれたそなたの殺気にあてられたら妾、ガクブルじゃよ。ええっと、あぁ、そうそう、妾は他の魔族から見たらまだ若輩でのう。今の姿が周りにはしっくりくるのじゃよ、だから、ね、お願いじゃから、殺気は仕舞っておくれ」
ダラダラと汗を流しつつ、隣の王妃様と目を合わせようとしないエミリアが震えながらも謝っていた。
『神槍の舞姫』 その名は貴族界だけでなく庶民達の中でも有名な槍使いの二つ名であった。
曰く、その一閃は光のごとく、その一撃はいかなるモノも穿つ。その動きは正に舞踏のように美しく舞うがごとし。
その二つ名を持つ者の名は『イリーシャ』 今は王妃となっているので『イリーシャ・ネツア・ダルフォード』と呼ばれている。
(うん、国王陛下が逆らえない理由が何となく分かった気がする)
「さて、彼女の話はこのくらいにしておいて。どう? 学園祭の準備は順調なの?」
恐ろしいまでの殺気が嘘のように一瞬で霧散し、王妃様はにこやかに私達を見てくる。
「はい、メアリィ様の助言もあって、問題なく進んでおります。とても初めてとは思えない程にしっかりとしたイメージをお持ちで皆助かっております」
「ちょ、ちょっと、マギルカ。言い過ぎよ」
「そう、良かったわ。レイフォースが学園祭を自分主導で行うと言った時は正直驚いてしまったわ。だってあの子、そういった行事には興味が薄かったのに、ある日を境に積極的に行動しだして。ほんと何があったのかしらねぇ」
王妃様は目を細め、私を見てくる。私は蛇に睨まれた蛙よろしく、彼女の視線から目を逸らして固まることしかできなかった。
「ん? なんじゃ、そのガクエンサイとやらは。初めて聞く名じゃのう」
殺気が消えたかと思うと、さっきまでのことは忘れてしまったかのようにケロッとしているエミリアが興味津々に聞いてきた。マギルカが簡単に学園祭のことを説明すると、エミリアの瞳がキラッキラと輝き始める。
「なんじゃそれ、めっちゃ面白そうなのじゃ! 妾も行きたいッ、参加して何かやりたいッ!」
「いえ、参加できるのは学園の生徒だけですから」
テンションあげあげで言ってくるエミリアにマギルカが申し訳なさそうに断ってくれた。
(王妃様が訪問するというだけでも大事だというのに、他国のお姫様まで来るとなったら、もうねぇ、私は寝込むわよ)
「じゃあ、見学だけでもしたいのじゃ」
「エミリア。あなたはレリレックスの姫なのよ。そういったことは魔王様の許可をとり、しかる後に国王陛下の許可もとらないと」
「え~、父上に話したら、やれいろいろ準備だの形式だのと妾の周囲をガチガチに固めて身動きできないように監視するに決まっておろう。そんなつまらない見学になってはイヤなのじゃ。じゃから、黙って行く」
王妃様のナイスアシストにエミリアはとっても我が儘な理由で対抗してきた。
「ダメに決まってるでしょう。あなた、自分の立場を自覚なさい」
「うぅぅぅ、い~や~な~の~じゃぁぁぁ! 行~き~た~いぃぃぃ、学園祭に行きたいぃぃぃ」
頬を膨らませ、ついには駄々っ子のように両手足をばたばたと振り出すお姫様。おそらく、この中で一番年上だろうに、見事な子供っぷりだった。
「ダメといったら、ダ・メ・よ」
「う~ぅぅぅ」
王妃様の圧力に唸るエミリアは涙目であった。
「イリーシャの意地悪ゥゥゥッ! うんこたれェェェッ! うわぁぁぁん」
庶民レベルまで落ちた子供の捨て台詞をはいて、エミリアは席を立つとそのままうわぁぁんと泣きながら駆けていき、飛んでいった。
髪の毛で分からなかったが、どうやら着ているドレスの背中は開いていて、そこから蝙蝠のような羽がニュッと出てきて飛んでいったのだ。
(何とも騒がしいお姫様だったなぁ)
「王妃様!」
庭から飛翔体が飛んでいったので慌てて近衛騎士達が近寄ってくる。
「騒がしいお姫様が帰っただけです、追う必要はありません」
騎士達を笑顔で迎えると、彼らはまたかという顔で恭しく礼をし、元の配置へと戻っていった。
「騒がしいお茶会になってしまったわね。とにかく、メアリィ、マギルカ」
「はい」
「は、はい」
王妃様に呼ばれて私は慌てて姿勢を正す。
「学園祭、期待してますよ」
(王妃様、それは王子に言うことであって私に言うことじゃないと思うんだけど)
などど、口が裂けても言えない私は、笑顔を作り、はいと返事するしかなかった。
こうして、なんだか騒がしいお茶会が終了するのであった。
その帰り道、王宮内の廊下でマギルカが難しい顔をする。
「どうしたの? マギルカ」
「いえ、何となくですが、エミリア様があのまま大人しくしてくださるのかと疑問に思いまして」
「だ、大丈夫よ。いろいろ子供ぽかったけど、一応お姫様なんだから無茶なことはしない……はずよ」
自分で言ってて何だか自信が無くなってくる。今日初めて会ったのでエミリアのことはよく分からないというのもあるが、お茶会での言動を省みるとどうにも心配になってしまう。
「このまま平穏に何事もなければよろしいのですが」
私が固まっていると、マギルカが言ってはならない言葉をサラッとはいてしまった。
(ぐおぉぉぉ、だからフラグをたてるようなことは言わないでェェェッ)
私は心の中で悶絶しながら王宮を後にするのであった。
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