会うのです。
王妃様が学園祭にご訪問するという話は瞬く間に学園全体に広がった。ついでに私とマギルカがエスコート役をすることも広まっている。
(危なかったわ。一人でやっていたら完全に目立ってたわよ)
「お嬢様、今日のご予定ですけど」
「あ、はいはい」
学園に向かう馬車の中、テュッテに言われて私は姿勢を正す。
「お昼休みは、アレイオスの出し物でご相談が二件。授業が終わりましたらソルオスの方達の警備訓練の視察、と同時にイエンチョ様とのご相談がございます。その後、アレイオスの方達が伝達魔法の連絡手段での話し合いをしたいとのことで。それが終わりましたら、次はサフィナ様と警備予算の調整をしていただき、その後、訓練所に向かわれてタッグの練習、さらに、王妃様の件でマギルカ様と……」
「ちょちょちょ、ちょっとまって、予定が日に日に多くなってない? 一日で私、どれだけ走り回ることになるのよ」
「これでも、調整して減らしているのですよ。なにぶん、皆様初めてのことばかりでしっかりとしたイメージをお持ちのお嬢様に意見を求めてくるのです」
私はテュッテの話にはうぅっと目を瞑り眉間を押さえる。
(しっかりとしたイメージなんて私にもないんだけど。でもまぁ、何も知らない人とちょっとでも知識がある人ではやっぱり後者の人の方がしっかりとしたイメージを持っているように見えるのかな。それに、人に頼られるって前世ではなかったからつい嬉しくてね~。でも、これ以上仕事増やしたら私、目立つ、の、かな?)
些か不安になりながらも、私の過密スケジュールが今日もスタートするのであった。
「ところで、メアリィ様は次の休日、何かご予定はございまして?」
「次の休日?」
授業を終え、移動している最中にマギルカが聞いてきたので、私は頭の中にあった自分のスケジュール表を確かめてみる。
「これといって予定はなかったと思うんだけど」
確認のためテュッテの方を見ると、彼女は私の意見を肯定するように頷いた。
「うん、予定はないわよ」
「それはよかったですわ。では次の休日、メアリィ様に参加して欲しい催しがございますの」
「へ~、いいわよ。どういった催しなの?」
私達は歩きながら会話を続けていく。
「王妃様主催のお茶会ですわ」
何気なくを装ったマギルカの発言に私は笑顔のままピタッと足を止めてしまう。
「え? 今、何て?」
「王妃様主催のお茶会ですわ」
私がひきつった笑顔のまま聞き返すので、マギルカも足を止め笑顔で答えてきた。
「やだ、もう。マギルカったら冗談やめてよ。クスクス♪」
「ウフフ♪ いやですわ、メアリィ様。こんな冗談言うような私ではないことくらい、分かっていますでしょ?」
端から見ると二人して優雅に微笑みながら語り合っているように見えるのだろうが、私の内心はそんな余裕など一切ない。
笑顔を張り付かせ、しばらく静寂が二人を支配する。
「私、用事が」
「先程ないと確認しました」
私が言い訳しようとした瞬間、問答無用にその意見をバッサリ切り捨ててくるマギルカ。そして、再び訪れる静寂。
「なぁんでそんな大それた催しに私が参加しなくちゃいけないのよぉぉぉ」
笑顔から一転して私は泣き顔と共に泣き言を言い、マギルカの肩を掴む。
「メアリィ様がエスコート役を務めることになったと聞いて、王妃様が一回顔合わせしたいらしいのです。それで、次の休日に急遽お茶会を開くことになったそうですわ」
「で、でもでも、招待状が届いてないから無効よ、ね?」
「たぶん、今日か明日にも届くのではありませんか? 念のため私の方でも確認するように言われておりましたの」
(ぐおぉぉぉ、この忙しい時に休日まで胃がキリキリしそうなイベントがぁぁぁ)
「も、ももも、もちろん、マギルカも一緒に参加するのよね。同じエスコート役なんだから」
「私は王妃様と全く会ったことがないわけではございませんから、顔合わせをする必要はないのです、がッ」
「お願いよぉ、マギルカ! 一緒に参加してェェェッ!」
掴んでいた肩をグワングワンと振り、マギルカの頭がそれに合わせてグワングワンと揺れていく。
「ちょ、やめッ! ウプッ、気分が悪くッ!」
「お願いったら、お願いよォォォッ!」
最近の私はどうにも手段を選ばなくなってきたなぁと思いつつ、それでも手を止めるつもりはなかった。ぼっちで王妃様の前になど行けるわけがない、何かしでかす自信が大いにあったからだ。
(実際、初めて王子と会った時もやらかしていたしね)
「分かりました。分かりましたから揺するのはやめてください!」
顔面蒼白になりかかっているマギルカが今日もまた屈してくれたので私は胸をなで下ろして揺するのをやめた。マギルカはまだ頭が揺れているのか顔色も悪く足取りもおぼつかない。
「ご、ごめんね、マギルカ。無理言っちゃって」
「ウプッ……良いですわ……もともと、メアリィ様が一緒にって言ってきましたら参加するつもりでしたし」
「……ありがとう、マギルカ」
自分にはもったいないくらいの素敵な友人に感謝しつつ、満面の笑みでマギルカを見ると、彼女は恥ずかしそうに視線を逸らしてモゴモゴと何かを呟いているが、小さすぎて全く聞こえなかった。
そして、胃がキリキリしそうなお茶会の時があっという間にやってきた。馬車に揺られて私は今、王宮を目指している。
(そういえば、一度だけ王宮に行ってマギルカの妨害を理由に帰ったことがあったわね。あの時は控え室止まりだったから、実質これが初めての王宮訪問なのかしら?今回もあの時みたいに回れ右できないかなぁ……無理だよねぇ)
王宮に近づくにつれ、現実から逃避したくて勝手にダメな期待をしつつ、勝手に落胆するを繰り返す豆腐メンタルな私。
(はぁ~、最近はだいぶ落ち着いてきたと思っていたけど、あれは単に慣れてしまったからだったのね。こうやって新しいことになると、もういっぱいいっぱいよ。あぁ、王妃様に粗相をしたらどうしよう)
起こってもいない出来事を勝手に妄想し、自分で不安を煽っていく。
「ど、どうしよう、テュッテ。緊張しすぎて手が震えてきたわ」
私は不安になって目の前に座るテュッテを見ると、いつもの澄ました態度はどこへやら、私同様にガチガチに固まっていた。
「ど、どどど、どうしましょう、お嬢様。私も震えてます」
(テュッテのような庶民が王妃様に会うなんて、それこそ天上人に会うようなものだよね。私以上に緊張するのも無理ないか)
二人で緊張した手を握りあうと、さっきよりかは幾分か緊張が軽減されたような気分になってきたので、しばらくの間そのままでいた。
すると、馬車がゴトッと停まった。その振動と一緒に私の鼓動も一瞬上がる。
「着きましたね、お嬢様」
そう言ってテュッテは手を放すと外に出て準備をする。程なくして私も馬車の外にでると、迎えのメイド達が控えており、私は再び控え室へと案内されるのであった。
部屋に入るとすでにマギルカがいて、彼女はソファーに腰掛けており、私を見ると立ち上がって挨拶をしてくる。
「ごきげんよう、メアリィ様」
「ご、ごき、ごきげんよう、マギルカ」
「フフッ、そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ。今日のお茶会は王妃様の個人的な催しで、王妃様以外誰もいません。それに、王妃様は温厚な方です。余程のことをしでかさない限り大丈夫ですわ」
(その余程のことをしでかしそうで怖いのよ)
マギルカのフォローの言葉に私は内心ツッコミを入れてしまう。マギルカに会ってちょっとだけ緊張が緩和されたみたいだ。
しばらくして、王宮のメイドさんが準備ができたと、私達を案内する。緊張で同じ方の手足が同時に出てきそうなほどぎこちない動きのまま私は王宮にある開けた庭へとやってきた。
とても静かなその空間に置かれた豪奢なテーブルを囲うように置かれた椅子に二人の女性が揃って座っている。
一人は私の母親と同じくらいの大人な女性、もう一人は私と同じ年っぽく見える女性がいた。
(え、あれ? 個人的な催しで王妃様以外誰もいないんじゃなかったの?あ、もしかして、王妃様って二人いるのかしら?)
緊張のあまり、訳の分からない結論に至ってしまう私を後目に、案内したメイドが私達のことを王妃様に告げるとそそくさと離れていく。もちろんテュッテもそれに習って離れていった。
「本日はお招きいただき誠にありがとうございます。王妃様」
マギルカが恭しく礼をするので、私も慌ててそれに習って礼をする。
「あ、あの、お招きいただきありがとうございましゅ」
(どもって、しかも噛んだぁぁぁッ!)
頭を下げながら耳まで真っ赤になって私は羞恥に打ち震えてしまっていた。
「あらあら、まぁまぁ、可愛らしい。あなたがメアリィなのですね」
とても優しそうな声が耳に届いて、私は、はいっと返事をしながら頭を起こす。椅子に座っていた大人な女性がこちらをニコニコしながら眺めている。王子と同じ綺麗な金糸の髪を纏めて上に上げ、その青色の瞳が私の金色の目と合うと、心臓が飛び出しそうになる。
「フンッ、白銀か……ぶっ!」
ボソッとだが、そんな言葉が呟かれたと思ったらスパァァァンと綺麗な乾いた音が庭に鳴り響く。
よぉく見ると、女性の隣にいた私と同い年っぽい少女が頭を押さえている。女性は終始ニコニコ顔でこちらを見ているが、持っていた扇が閉じられているのでおそらくそれではたかれたのだろう。
だが、私はそんなことよりもはたかれた少女をよく見て、固まってしまった。
彼女の髪はオレンジ色に近かったが、癖の強いウェーブヘアーが腰まで流れており、毛先に向かってピンク色に変化していたのだ。とても変わった髪色もさることながら、それよりも驚いたのはその頭に生えている角。
そう角だ。
その少女には綺麗な二本の角が頭に生えていたのだ。
「い、痛いであろう。何をするのじゃッ!」
後頭部をさすりながら涙目になって隣の女性を睨む少女の目は血のように真っ赤な色をしていて、その口には犬歯に似た牙まで見え隠れしている。
私は、そんな容姿の人を知っていた。いや、教わっただけで実際会ったことはない。それは、この世界で『魔族』と呼ばれる方達だった。
(うきゃぁぁぁ! 魔族、魔族よォォォッ! マジモノよぉぉぉ、カメラ、誰かカメラ持ってきてッ!)
ドワーフのデオドラに会った時と同じテンションが私の緊張を凌駕して私の中に広がっていく。
「あら、驚かせてごめんなさいね。この子が急に遊びに来るものだから、同席させてしまったの」
私が興奮してジッと少女を見ているものだから、王妃様(片方が魔族なのでおそらく大人な女性の方が王妃だろう)が勘違いをして補足してくれた。
「い、いえ、滅相もございません」
私は慌てて頭を下げる。
「フフッ、こちらは……」
「妾の名は『エミリア・レリレックス』 かの暗黒の島、レリレックス王国が、ぶッ!」
王妃様の言葉を遮り、少女が椅子から立ち上がると腰に手を当て仁王立ちした。そして、威勢良く私達に自己紹介をする最中、スパァァァンと綺麗な音を立て、再びニコニコ顔の王妃様に扇ではたかれてしまう。
「はしたないですわよ、エミリア」
(王妃様のどこが温厚なの? 笑顔だけど正直怖いわ。そして、あのエミリアって子は学習しないのかしら?)
今までの緊張が嘘のように吹き飛んで、私は頭を押さえる残念美人さんを生温かい目で見守ってしまうのであった。
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