なんとかしなきゃ
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目を覚ますと私は自分の寝室で寝ていた。
どうやら、私は神託の儀の最中に倒れてしまったようだ。ボ~ッとそのまま天井を眺めていると、ドアがノックされテュッテが入ってくる。
「あっ、お嬢様、気がつかれましたか」
「テュッテ…私、どうしてここに?」
身体を起こして、近づく彼女を見る。
「儀式が終わった直後にお嬢様が倒れられて、慌てて控え室へ運んでもらいました。それで、屋敷の方へ連絡したら、1時間後に旦那様率いる小部隊がすごい血相でやってきて…旦那様、凄かったですよ、鬼の形相とはあの事を言うのですね、神殿に攻め込んできたのかと焦っちゃいましたよ」
うんうんっと思い出しながら頷くテュッテに私はそれ以上深く聞くのをやめた。その後の展開が何となく想像ついたからだ。は~っと深くため息をつく。
「どうぞ」
気落ちしている私に、テュッテは香りの良い紅茶を差し出してくれた。
「ありがとう…」
私は受け取ると、それを一口含む。何となく気持ちが落ちついてきて、私は儀式の事を振り返ってみた。
(まさか、こんな事になろうとは。私、全然自覚ないのに世界最強っていうこと?まぁ、身体能力だけだけど。こんな事なら精神の強さも最強にしてもらえば良かったわ。私、こんなに本番に弱いタイプだったなんて…)
私はもう一口、紅茶をいただく。
「儀式と言えば、凄かったですね、お嬢様。一瞬で神殿内を真っ白な光に包み込んだかと思ったら、水晶球がパァ~ンっと弾け砕けたのですから」
「ブホォッ」
衝撃的な告白に、私は飲んでいた紅茶を吹き出しそうになったが令嬢としてのプライドが、それをかろうじて許さなかった。
「こここ、壊したの?私が?宝具を?」
「どうなんでしょうか?神殿の人たちは王子の神託の時点でもう水晶がパンク寸前だったところにお嬢様が使用した事でパンクしたのではないかと言っていました、お嬢様の光はほんの一瞬だったので」
「宝具って弁償できるの…かしら?」
冷や汗をダラダラと滴り落としながら、持っていた紅茶カップをカチャカチャと震わせる度に、カップにヒビが入っていく。
「ああ、そこはさすが宝具ですよね。すぐに元に戻りましたよ」
ひび割れたカップをそっと私の手から回収するテュッテの言葉に私は心から安堵した。
「そ…そう、よかったわ…」
「神殿の方がおっしゃってましたが、もし、神託を受けていなかったのなら、日を改めて儀式を行うそうです、どうしますか?」
「いえ、ちゃんと神様に会ったから問題ないわ」
(いや、そっちの方が問題だったのだが…さて、本当にどうしたものか)
私が考え込んで押し黙っていると、カップを片づけたテュッテが近づいてくる。
「どうかしましたか?神託で何か問題でも?」
さすが私の従者。私の様子を見ただけで察してくれる。
私は意を決して、神様から与えられた能力について彼女に話すことにした。
「私…どうやら、チート能力を持っているらしいの」
「チート能力?なんですかその言葉は、聞いた事ありませんが?」
「そうね、私的にいえば常識から外れた反則的な力って感じかしら」
「へ~、凄いですね。あっ、もしかして前世の記憶というのがチート能力ということですか?」
「それだけだったらどれだけ良かったか…」
私はため息混じりに神様に付与された力の事をそのままテュッテに教えてあげる。
最初はふんふんっと興味津々に聞いていた彼女だが、どんどん顔が青ざめていくのが見て分かった。
「お嬢様は伝説の勇者にでもなるおつもりですか?私はさすがに、勇者のお供なんてできませんよ、足手まといもいいところですから」
最後まで聞いた彼女の感想はこれだった。
「ならないわよ、私は平々凡々な人生をあなたと一緒に満喫するの。いきなりそんな危険と隣り合わせな激動の生涯なんてごめんだわ」
「お嬢様…」
ホッとした表情で私を見るテュッテ。ちょっと頬が赤いのは何でだろう?
「それよりも問題は、これからの事よ。どうやってこの力を抑え、隠すか。もし、明るみに出ちゃったら…」
私は自分の体を抱きしめるようにしてブルッと身震いする。
私がここまで普通にいることに固執し、隠そうとするのにはあの事件が大きく関わっていた。
そう、初めて力を発揮してしまった時に見たテュッテの恐怖の表情。
あれが私の中にトラウマレベルで植え付けられていたのだ。あの時は誤解で終わったが、これから先もそうだという保証はない。それに私は本や映画を見て、知っている。人にはその常識からかけ離れた未知の存在に恐怖し、排除しようとする傾向があるという事に…
そう、テュッテに告げると自分で自分を抱きしめていた私を包むように抱きしめてくる。
「大丈夫ですよ…お嬢様には私達がついていますから。使用人の皆も旦那様も奥様も皆、お嬢様が大好きですからね」
その言葉に私の心が癒されると共にギュウッと押しつぶされる思いがする。
私はもう一つ知っていた。こうやって未知の者に味方する者もまた、排除の対象になってしまうことに…
「ありがとう…何とかするために力を貸してね」
私は自分を抱きしめていた手を緩め、テュッテを離す。
「テュッテ、お父様とお母様に会うわよ」
とにかく、まずは早急に自分の力を制御できるようにならなければならない。そのためにも、私はいろいろ学ばなくてはいけなかった、今の私は信管がむき出しの核爆弾みたいなものなのだから。
――――――――――
それから数日後、私は作法や教養の勉強のために呼んだ家庭教師の他に、武術を教えてくれる先生を屋敷に呼んでもらえるようになっていた。
魔法の勉強もしたかったのだが、どうやら魔法は適年齢に達しないと学ぶことが許されない法律らしい。
幸いな事に、魔力は魔法を行使して初めてその力を発揮するので、魔法の使い方を知らないのならその巨大な魔力も宝の持ち腐れに過ぎなかった。だが、ちょっとした魔法をきっかけに暴走させた人間の例もあるらしいので、楽観的にはなれない…
(まぁ、でも、魔法はせっかくだし、早めに使ってみたかったんだけどなぁ。だって魔法だよ、魔法ッ!ワクワクするじゃないッ!)
ちょっと、がっかりしながらも私は仕立屋に用意してもらった着やすく動きやすい上着とズボンを着て、髪をポニーテールにし、屋敷の庭に待機していた。今日は、その武術に関わる先生が来る予定なのだ。
(う~ん、ジャージが欲しかったんだけど、さすがにこの世界にはなかったわね。今度、専属の仕立屋にお願いして本気で作ってもらおうかしら)
などと、待ってる間に服装の思案を練る。
(そういえば、今日来る人は確か、お父様の友人で若い頃は共に戦場で戦っていた戦友との事だったけど)
武術を習いたいとお願いした時の父といったら、ひどかった。
あいかわらず、お前に必要ない、擦り傷でもできたらどうするんだっと過保護っぷりを発揮してくれるものだから、ついつい私は
「お願いを聞いてくれないお父様なんて、大っ嫌いっ!」
っと口を滑らせてしまうと、数分でそれを訂正しなくてはならない事態に陥ってしまった。
その時の父の絶望っぷりは半端なかったからだ。しかし、その甲斐あってか、渋々父は私の要望を承諾してくれるようになった。
「お嬢様、エレクシル伯爵様がお見えになりました」
テュッテの後ろに付いてきた騎士の鎧に身を包んだ筋骨隆々の茶髪オジサンがやってくる。
その片目には刀傷、そしてなにより顔が怖かった。
私は反射的に姿勢を正してしまう。
「いやいや、遅れて申し訳ない、メアリィ様。こいつが愚図ってついてこなかったので、はっ倒して簀巻きにしておりました」
「はい?」
ボスッと私の前に簀巻きになった何かが落とされる。
かろうじて頭の先と足先だけが出ていたので人間だと分かった。
(え?何この展開?どう対処すればいいの?教えて神様?)
あまりの急展開に私は頭真っ白で硬直していると、モソモソ動いていた簀巻きの縄が地面に落とされた反動で緩み、中身が出てくる。
赤茶色の短髪に日に焼けた健康的な肌、私と同い年くらいの少年が膨れっ面をして立ち上がってくる。
その紫色の瞳がこちらを見てきて、私はドキッとした。
その顔立ちは以前会った王子に比べると若干見劣りするが、しっかり整っている。こちらも文句なしの美少年だ。
「紹介しましょう、息子のザッハです」
(また美少年か…いやな予感しかしないわね)
私は心の中でため息をついた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。