いろいろと始まりました。
私は今、サフィナとテュッテを連れて、学園をトボトボと歩いていた。帰るために馬車の乗り合い所に向かう私の足は重い。
(はぁ……何であんな啖呵を切っちゃったかな。あれじゃあ、負けられなくなっちゃうじゃないの)
私はほんの数十分前の出来事を思い起こして、深く溜め息をつく。
「それにしても、冷静に考えるとさすがメアリィ様ですね」
隣を歩くサフィナが感心した顔でこちらを見て、よく分からない事を言ってきた。私は足を止め、彼女の方を見る。
「え? 何の事?」
とぼけるとかそんな気は一切ないので素直に私は首を傾げて聞いてしまう。すると、サフィナはキラキラした瞳でこちらを見てきた。
「だって、組み合わせを考える際、咄嗟に当たり障りのない組み合わせを自然に持っていったじゃないですか。もし、私とマギルカさん、ザッハさんとメアリィ様という組み合わせになった場合、互いのクラスマスターが争い、勝敗がつくことで下手をするとソルオスとアレイオスの関係がギスギスしてしまう可能性だってあるじゃないですか」
サフィナの言葉を聞いて、何も考えていなかった私は、確かにと納得してしまう。
「それを回避するため、お嬢様は二人を一緒にしたのですね。さすがです、お嬢様。私はてっきり売り言葉に買い言葉でサフィナ様をお選びになったとばかり」
テュッテの言うことがものすごく正解なんだけど、何か感無量な表情でこちらを見てくるので、何とも言えなくなり、私は視線をそらせてしまう。
「それに私達が勝ってしまうとクラスマスターとしてのお二人の今後の立場が危ぶまれてしまいますし、それに私達が負けても別に問題ないですよね。皆さんもクラスマスターがタッグを組んでいるからと納得して貰えますし。さすがです、メアリィ様」
サフィナがさらに私を上げてくる。
「そうですね。各々のクラスマスターがタッグを組むことでクラス間の盛り上がりに隔たりを無くしますし、それに対戦相手は学園で最速の剣士と謳われているサフィナ様と白の姫君とか白銀の騎士と呼ばれるお嬢様ですから、申し分なしと納得して貰えますね。さすがです、お嬢様」
テュッテもさらに私を上げてくる。
「それにあの啖呵、あれで二人は自分たちクラスマスターがタッグを組んでしまった負い目を受けず、思いっ切り戦えますね。あの短時間でそこまで考えて誘導するなんて、ほんと、さすがすぎます、メアリィ様ァッ!私、どこまでもついていきますゥゥゥッ!」
そんな事、全然これっぽっちも考えていなかった私は二人の賛辞に心が痛い。そして、私はひきつった笑顔のまま二人の熱視線を避けるように地面を見て、小声で言ってしまった。
「やだ……分かっちゃったかしら。二人には内緒よ」
(あぁ、乗っかっちゃったァァァッ! でも、今更何も考えてませんでしたって言える訳ないじゃん! 私だって見栄を張りたいのよッ、悪いッ!)
心の中で逆ギレし、私は二人の推理を肯定するという暴挙にでてしまう。
「とはいえ今回は勝ち負けよりも、いかに剣と魔法の混合戦が魅力あるかを皆さんに感じてもらう事が主な目的ですし、私、メアリィ様の為に頑張りますねッ!」
「そ、そうね、そこら辺は明日話し合いましょう」
乗っかった私の自業自得なのだが、何だか株がさらに上がってしまったような気がして私の足取りはさらに重くなるのであった。
▼▽▼▽▼
翌日。
学園祭への活動が各々で開始し始めた。運営の方も各クラスから派遣された係りの者達が集まり、王子を中心に話し合いが始まっている。
「へ?今なんとおっしゃいましたか、レイフォース様?」
「ああ、大変申し訳ないがメアリィ嬢には学園祭の治安維持の責任者を務めてもらいたいと思っているんだ。これは係りの者達全員の希望でもあるんだよ」
「え、それはザッハさんが……」
「俺にそんなことできると思うか?」
王子と私の会話の中に堂々と割り込んで、そして、無駄に主張するおバカに心底呆れた顔をする。さらに、私はこめかみに指をあててうなだれながらも、盛大に溜め息をつくのであった。
「将来は騎士団長を目指すんでしょ、今からでも頑張りなさいよ」
「それはそれ、これはこれだ。それに俺は寛容だから、自分より適任者がいたのなら素直に任せられる度量があるのだよ」
「威張る事じゃないわよッ! 度量でも寛容でも何でもないからね、それッ」
王子がそんな私とザッハのやりとりを見ながら苦笑し、補足してきた。
「まぁまぁ、メアリィ嬢はザッハよりソルオスとアレイオスに顔が利く。警備や監視などにはこの二つのクラスから生徒が派遣されているから、キミが非常に適任なんだ。今回はどれもこれも初めてな事ばかりだから、なるべく無用なトラブルは避けたいんだよ」
(治安維持かぁ……目立つかどうか分からないポジションね。何事もなければ完全に裏方だし、何か表だった騒ぎが起こったら目立ちそうだし。う~ん、困ったわ)
とはいえ、王子の言うことも一理あるし、それに今までの武術大会では大きな騒ぎや問題が起こったような話を聞いた事がないから、今回も裏方に回れるかもしれない。私は、それに賭けることにした。
「分かりました、お引き受けいたします」
私の言葉に王子がホッとした顔で応えてくる。そうして、話はどんどん進められていくのであった。
さて、役員選抜も済み、私は一年の時に使わせてもらったあの個別訓練所に来ていた。
「まさか、再びここを利用する時がくるなんて」
私は石壁に囲まれた部屋を見渡す。今ここには私とサフィナ、テュッテしかいない。ザッハとマギルカは別の場所を用意されているみたいだ。
先生方は王子が考えたタッグ戦にとても食いつきが良く、全生徒達にはサプライズイベントというわけで、当日まで秘匿されることになったのだ。 皆には私達が何かする催しがあるとだけ伝えられた程度である。
(とはいえ、何も私達同士でも秘匿にする必要があるのかしら? これじゃあ、どうやって負けようか思案できないわ)
「メアリィ様、どうしましょう? 私、魔術師の人と共に戦った事なんてないから、どうしていいのか分かりません」
「そうね。とりあえず仮想敵をたてて、自分たちの戦力を分析しましょうか」
不安そうに聞いてきたサフィナに笑顔で答え、私は意識を切り替えた。
(こうなったら、出たとこ勝負よ。自分の大会の時、下手に計画して失敗したしね)
「まず、サフィナは抜刀術を基本にした守りのスタイルなのよね」
「はい、メアリィ様は何が何でもお守りしますッ!」
「となると、普通に考えてサフィナが抜刀術で守っている間に私が魔法を放つというスタンスが基本かしら」
「そうなります……ね。とりあえず、配置についてみます」
そう言って、サフィナは私の前に立ち、軽く抜刀の体勢をとる。そして、私は伝説の剣(笑)を抜いて、魔法を放つポーズを取ってみる。
「「…………」」
二人して端から見ると何とも間抜けな絵面になってしまっていた。
「いささかピンときませんね。やはり相手がいないと……」
苦笑混じりにサフィナがこちらを振り返る。
「相手ねぇ……ちょっとテュッテ、私達の相手として対峙してみてくれないかしら」
「かしこまりました」
サフィナの提案に私は相手役をテュッテに任命してみる。彼女は言われてトコトコと私達から距離をとって立つと、私達は再び体勢を取ってみた。
「ぶフッ!」
それを見ていたテュッテが失礼にも吹き出す。
「そこっ、真面目にやりなさいッ! 攻撃魔法ぶち込むわよ」
「で、でも……対峙すると、何か笑いがこみ上げて……」
肩をワナワナ震わせて、テュッテが笑いを堪えている。すると、テュッテは笑いが堪えられるような位置を見つけようと、トコトコと場所を変え始めた。それにつられて、サフィナが彼女と対峙できるように移動し、私は慌ててサフィナの後ろに行こうとヒョコヒョコと横歩きする。それを見て、テュッテが再び位置を変え、サフィナが位置を変え、私が慌ててそれに続く。
ウロ、チョロ、ウロ、チョロ、ウロ、チョロ……。
「ウロチョロするなァァァァァァッ!」
あまりにも間抜けすぎる絵面に我慢できなくなって、私はうがぁぁぁと一番後ろで絶叫し、二人がビクッと震えて硬直した。
「はぁ、はぁ……だめだわ。まずは仮想敵役を誰かにして貰わないと話が進みそうにないわね」
さしあたっての問題が発覚した私達は、とりあえず練習相手を探すことになった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。この度、当作品が書籍化される事になりました。詳しい内容は活動報告にてご報告いたしますのでそちらもどうぞよろしくお願いいたします。