え?白銀の騎士?
ヌメヌメと気色の悪い蠢きで進む巨大スライムの前を走る私こと、甲冑令嬢は迷っていた。このまま校舎側へ行くと被害が大きくなるかもしれない、そして、その中心に立たされるのは私なのだ。ものすごく目立ってしまう。だからこそ、事が大きくなる前に、この騒ぎを終息させなくてはならない。まぁ、もう手遅れかもしれないけど。
(よしッ!甲冑令嬢の力、見せて上げるわ!)
私は走るのを止め、後ろを振り返り、迫り来るスライムと対峙する。ウニョウニョと触手を振り乱し、接近してくる黒光りなスライム。
(やっぱ、無理ィィィッ!)
その異様な動きを見た瞬間、背筋にゾワゾワした怖気が走り、腕に鳥肌がたってしまった私は、対峙を止めて再び走り始めてしまった。
「メアリィ様ッ!こちらへッ!」
すると、用水路から少し離れた、開けた場所にマギルカが立ち、私を呼ぶので私は何も考えずにそちらへ走り寄る。彼女が魔法を唱えようとしているのが分かると、私は彼女に対峙するように走り、それを追うスライムもマギルカと同軸線上に並ぶことになった。
程なくして私はマギルカの元に辿りつくとそのまま彼女を横切っていき、少し離れてから足を止める。それを見送ったマギルカが力ある言葉を発した。
「フリーズアローッ!」
片手をスライムに向け差しだし、叫ぶマギルカの言葉に呼応するように空中に氷の矢が出現すると、スライムに向かって飛翔する。スライムはそれを避けようともせず、そのまま突進してくると、氷の矢をその身に受け、当たった箇所が凍ってそれが広がっていった。これで動きが止まる、誰もがそう思ったその時、スライムはその期待を裏切るようにその進行を止めることはなかった。確かに、ダメージは受けたようだ、当たった箇所が凍り付き、崩れていく。だが、それだけだ、スライムの一部が欠けただけで進行を妨げるものではなかったようだ。
当然、立ちはだかる形に立っていたマギルカに向かってスライムが突進してくる。
「きゃぁぁあ!大きすぎて、倒せませんわッ!」
「すばらしい!魔法攻撃に耐えることができるなんてッ!これは是非、実験データが欲しいところです!」
「そこォッ!変な情熱燃やさないで何とかしなさいッ!」
「クラスマスターの魔法も凌ぐスライムに我々がどうこうできるわけないですよ。あっ、こっちに来ないでください!殿下もいるのですから」
(こ、こいつら~ぁ)
慌ててマギルカも踵を返すと私同様に逃げに入り、その光景を感嘆混じりに興味津々と見ている研究会の男たちに抗議する彼女であった。そして、私とは若干異なった方向に走り、離れようとするマギルカを見て私はめざとくもそれを追いかけるように走り出してしまう。
「マギルカ、私から何で離れようとするのよ!」
「ちょ、メアリィ様、こちらに来ないでください!スライムはメアリィ様を狙っているのですからねッ!」
「私じゃなくて、鎧よ、鎧!誤解を招くようなこと言わないでッ!」
マギルカについて行こうとする私に気がついて、彼女は非難してくるが、道連れ欲しさに私は彼女に近づき、併走する。
「そんな些細なこと気にしているばあィッ!」
併走しているはずのマギルカが突然、私の視界から消えた。正確に言うと何かに引き寄せられたように見えた。足を止め、私は反射的にスライムの方を見てしまう。想像通り、マギルカが伸ばされた触手に捕まって空中に持ち上げられて、引き寄せられている所だった。
「マギルカァァァッ!」
「いやあァァァッ!」
触手に巻き付かれたマギルカがスライムの元に引き寄せられ、そして、その中に呑み込まれ…
る事はなく、なぜかスライムの動きが止まる。
「「・・・・・・」」
私とマギルカが固まっているとスライムは捕まえた獲物を確認するように一回引き寄せ、そして、ポトッと落とした。まるで、「あっ、これじゃない」と言わんがごとく。
そして、再び私に向かって動き出すスライム。
「どうやら求める魔力がないモノには興味がなかったようで、良かったですね!」
「魔術師として、何だか屈辱ですわッ!」
補足するように言ってきた研究会の人の言葉に、地面に座り込んだマギルカはなぜか悔しそうに地面に手をついて唸る。
「助かったんだから良いじゃないのよッ!」
私は思わずそんなマギルカにツッコミをいれてしまった為、逃げ遅れてしまい、伸ばされた触手が私の右腕に絡みついてきた。
「うわぁ、気色悪ッ!腕部装甲キャストオフ!」
私は反射的に絡まった右腕の装甲を外してしまうと、右手装甲はスポ~ンと私の腕からすっぽ抜けて、スライムの方へと引き寄せられていった。ジュポッと私の右腕装甲がスライムの中に呑み込まれる。
「あぁぁっ!メアリィ様の腕がもげましたァァァッ!」
「鎧よ、鎧!私の腕じゃないからァッ!私=鎧みたいなこと言わないで!」
サフィナの間違った絶叫に私は訂正をいれる。むき出しになった腕を皆に見せて、ブンブンと振ると、なぜか男たちの頬が紅潮しているのが見えた。
(マジか…腕ですら、若干魅了してしまうほどになっているの?)
「「「おおおおおおッ!」」」
私が慌てて見せていた腕を体で隠すように引っ込めた時、周りから驚きの声が沸き上がる。何事かと私はスライムの方を見直して、絶句した。
(でかッ!)
そう、ものすごく巨大だった。
私の鎧に含まれた大量の魔力を吸って、ぶくぶくと肥え太ったスライムは今までの大きさだって大きかったのに、さらに膨れ上がって、もう、超巨大スライムと化していた。さすがにこれだけ大きくなると、遠くからでも見えて、何事かと生徒たちが集まってきてしまっている。
「すばらしい!すばらしいですよ、メアリィ様!これほどまでに肥大させられるなんて、できれば腕だけでなく、その鎧全部スライムに食わせてやってくれませんかァッ!どこまでいけるか、ぜひ、実験したいッ!」
歓喜の声をあげて、研究会の生徒たちは末恐ろしいことを言ってきた。
(そんなことしたら、今以上にカオスと化すわよ。ついでに私も姿を現して、さらなる混沌になるから、できるわけないでしょッ!)
私が魅了特化になっていることなど知らない男達の探求心に呆れかえり、私は気持ち悪いとかいってられないと、意を決して伝説の剣(笑)を抜き、構える。
「マギルカッ!あなた、範囲氷結魔法使えるッ!」
「え、ええ、できますけど、一回が限界ですわ。でも一回であんなに大きなモノを凍らせるのは無理です!」
剣を構え、スライムを見据えながら私はおそらく近くにいるだろうマギルカに声をかけると、思った通り、さほど離れていないところから声が聞こえてきた。
「うおっ、なんだあのでかいスライムは?」
「見て!白銀の騎士が巨大スライムと対峙していますわよ」
「まるで、おとぎ話のよう…」
集まってきた生徒達が私たちの姿をとらえて、口々に言っている。中でも女生徒達のうっとり具合が何か不安だ。
(私はサフィナのように相手の隙を見て、攻撃をかわしながら接近するという芸当なんてできないわ。下手すると、突撃してそのままあの触手にぐるぐる巻きにされてしまうかも…)
私は複数の触手に自分の四肢を絡め取られ、全身を触手が這い回る光景を想像して、その考えを吹き飛ばすように思いっきり首を横に振る。何か、令嬢としてあってはならない光景のような気がしたからだ。
「おぉい!マンドレイク、捕ったぞォォォッ!」
私たちの緊張感を打ち砕くような間抜けな声を上げ、いつの間に復活してきたのかずぶぬれのザッハが得意げに右手をかざして、私の方へと向けてくる。その手には言った通り、水をたっぷり含んで、瑞々しくなった根野菜がプラ~ンとぶら下がっていた。
皆の視線が彼に向かい、スライムもまた、動きを止め、ザッハの方へと行こうか私の方へ行こうかどうしようかと、迷うように触手をゆらゆらと揺らめかせた。その迷いを私は見逃さず、スライムに向かって駆け出す。
「良いことを教えてあげるわ、スライム!二兎追う者は一兎をも得ず…よっ!」
一気に間合いを詰め、私は伝説の剣(笑)をスライムめがけて突き入れる。ブニュッとゼリーのような感触が剣から伝わってきて、私の剣はスライムに深々と突き刺さった。
迷っていたスライムが私に標的を変え、触手を伸ばそうとするがもう遅い。私は無意識に、ほんと無意識に思わず白銀の騎士の恥ずかしい台詞を口にしてしまう。いやぁ、慣れって怖いね。
「汝、原初の光と共に爆ぜ果てろッ!ノヴァフレアァァァッ!」
私の言葉に呼応して、スライムに深く刺さっていた剣の切っ先に眩い光が膨れ上がると、ブクブクブクとスライムもさらに肥大していく。
「終わりよ」
私が静かにそう宣告すると、内部に膨れ上がった光が弾け、まるで風船が破裂するようにパァァァンとスライムが盛大に爆発し飛び散った。私はその爆発に巻き込まれないように後ろに飛び退き、それに合わせてマギルカがスライムに近づく。
「ダイヤモンドダストォッ!」
マギルカの叫びに呼応して、破裂して小さくなったスライムに氷を含んだ吹雪が襲った。皆が注目し固唾を飲む中、マギルカの魔法が終わると、そこには陽光に照らされる氷づけのスライムが佇んでいた。
私がそれを一度確認し、もう動かないと分かるとクルッと踵を返す、するとそれに合わせるように氷づけのスライムがビキッとひび割れ、崩れ落ちていき、周りからウオォォォッと歓声があがった。その大音声に私はビクッと体を震わせあたりをキョロキョロと見渡すと、いつの間に集まったのか、かなりの数の生徒達が私たちを離れたところで取り囲んでいた。中には恍惚な笑みを見せる令嬢達の姿も。
(あれ?魅了はしてないわよね…)
私は自分の姿が露出していないか、鎧を触って確認する。腕だけ露出しているがそれ以上の露出は見られない、これで魅了されているとは到底思えなかった。
「おおお、すげぇぇッ!あの巨大スライムを一撃で吹き飛ばしたよォッ!」
「すばらしい!その姿はまさに白銀の騎士!」
「白銀の騎士様の再来よォォッ」
(いやいやいや、マギルカもいるでしょ?とどめは彼女がしたのよ?皆見てたでしょ?何で、私だけ?)
歓声の声とともに聞こえるそんな賛辞に、私は鎧の中で嫌な汗がダクダクと流れ落ち始める。マギルカもいるはずなのに、やはり全身鎧のインパクトには勝てないらしく、皆は私に大注目だ。
私の疑問など吹き飛ばすような私への歓声の中、私は格好良く皆に手を振りながら優雅に立ち去る…ということはせず、そそくさと身を屈めて逃げるように駆けだしてしまう。
(いやァァァッ!盛り上がらないでッ!拍手しないでッ!うっとりしないでェェェッ!)
兜に両手を添え、顔を隠すようにして駆けていく私の邪魔にならないよう生徒達が道をあけてくれ、私は心の中で叫びながら、歓声を浴び、走り去っていくのであった。
余談ではあるが、その後、私は捕まえたマンドレイクを無事に煎じて飲むことができ、何とか魅了増幅効果を相殺することに成功した。が、全てが無事解決したと素直に喜べない私がいたのは言うまでもない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




