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どうやら私の身体は完全無敵のようですね  作者: ちゃつふさ
第2章 学園編 三年目
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「マンドレイク」<「甲冑令嬢」


 全身が陽光に照らされてヌラヌラと怪しく黒光りし、ブヨブヨと気色悪い蠢きで半透明の全身を震わせ、こちらに近づいてくるゼリー状の物体。それがスライム。某ゲームでは最弱とされているが、実際は意外と手強い相手だとされている曲者である。それがなぜ、学園内を闊歩しているのだろうかと疑問に思っていると、そいつはなおもウニョウニョと全身を蠢かしてこちらに近づいて来ていた。


(はっきり言って、気持ち悪い、ぞわぞわするわ。これが所謂生理的に受け付けないって言うのかしらね)


 ゾゾゾっと怖気を感じ、鎧の中でブルッと身震いする私は、さっさとマンドレイクを回収してこの場から離れたかった。だが、いかんせん、そのマンドレイクは現在、絶賛遊泳中で、空中に浮いて捕まえようとしているマギルカから優雅に泳ぎ逃げまくっていた。


「それはそれとして、何でスライムがこんな所にいるのよ!」


 状況を理解した私は至極当たり前の疑問を誰に問いかけるつもりもなくぼやくと、スライムから離れた場所、同じ方角から王子と数人の男子生徒がこちらに走り寄ってきた。スライムの動きはとても遅く、後から来た王子達が悠々と追い抜いていくのに、スライムはそれに何の反応も示さなかった。


「兜、届いたんだね、良かった。脱ぎ捨てた時はどうなるかと思ったよ」


「レイフォース様、ご心配をかけて申し訳ございません」


 王子が私の所に来て、ホッと胸をなで下ろすと、私は全身鎧のまま恭しくお辞儀する。


「ところで、あのスライムは一体?」


 事情がよく分からない私は、スライムと同じ方角から来た王子なら何か知っているのではないかと問いかけてみた。


「それについては我々が説明いたしましょう!」


 王子に問いかけた私の前に、ズイッと胸を張って現れたどこぞの男子生徒達を私は兜越しに冷ややかな視線をおくってやる。


「あの、この方達は?」


「我々はスライム研究会の者です。活動内容は主に、スライムの生態研究と品種改良です!」


 私は隣で困った顔をして微笑む王子に問いかけ、それに答える研究会とやらの人たちに視線を戻した。彼らの言葉にいやでも気づかされる。


「まさか、あのスライムってあなた達の?」


「いかにも!我々の研究成果、最高傑作、今年の品評会に出展する予定だった自信の一品です!」


 現状の空気を読めていないのか、この騒ぎにも関わらず、誇らしげに言う生徒達に呆れ、兜越しだが額に手を当ててうなだれる。


「あんな巨大なスライム、よくもまぁ、保管できましたね」


「いえ、元々は樽の中に詰め込める程度の大きさだったのですが」


「ん?樽?」


 研究会の一人が言う最近見たことある単語に、私は何となく反応して、そちらを見てしまう。


「ええ、樽に詰めて移動中!なんと、我々の目の前に颯爽と白き天使が横切っていき、物の見事に樽を粉砕していった後、なんと、なぁんと!驚いたことにスライムが見る見るうちにあんなに膨れ上がったのです!これこそ、神の導き!すばらしい!みてください、あの大きさ!あのヌラヌラ感!最高の出来ですよ!これで今年の品評会は我々の独壇場も同然です!」


 興奮し、両手を広げて大いに喜ぶ生徒の発言に、ハハハッと乾いた笑いでこちらを見てくる王子と、後ろに控えているサフィナ、テュッテ、空中に浮遊するマギルカの半眼な視線が痛すぎる。皆「白き天使」というワードで私を見てきていた。


「っと、いうわけなんだよ」


「申し訳ありませんッ!レイフォース様ァァァッ!」


 王子達の状況説明に、私は皆に向かって土下座したかったが状況と格好がアレだったので、ここはぐっと堪えて、深々と頭を下げるだけにとどめておく。


「それにしても、なぜあんなに膨れ上がったのです」


 浮遊をやめて、私たちの元に降りてきたマギルカが問うと、生徒が一人誇らしげに胸を張る。


「あれは、そんじょそこらのスライムとは訳が違います!長年の研究と品種改良によって偶然生み出された、魔力を吸って肥大する特性を持つ、そう、言うなればドレインスライムなのです!」


「肥大して、それからどうなるの?」


「それだけです。魔力を吸収し、ただひたすら肥大する、それだけのスライムなのです、凄いでしょ!」


 フンスッと鼻息を荒くして、男が断言すると私たちはもう一度、こちらに近づいてくるブヨブヨした物体を眺めなおした。


(なんてはた迷惑なスライム…)


「えっと、つまり、メアリィ様が樽を破壊した時、鎧に付着していたスライムが鎧から発する魔力を吸収し、鎧から離れて、そのまま肥大しああなったと言うことでしょうか?」


「なにそれ、気色悪ッ!いつのまにくっついてたの?」


 マギルカの発言に私は鎧越しに自分の体をギュッと抱きしめて後ずさる。


「テュッテ、もうくっついてないわよね?」


 私は後ろに控えていたメイドに自分では見えない部分を見て貰うため両手を広げて彼女に近づくと、テュッテは私の鎧に顔を近づけ、マジマジと眺めた後、大丈夫ですと言ってくれたので、ホッと胸をなで下ろした。


「あのぉ…そうこうしているうちにスライムがかなり近くまで来ているのですが、逃げた方がいいのでは?」


 おどおどし始めたサフィナの言葉につられて、私は脇目も振らずにかなり接近しているスライムに驚く。


「何であいつはまっすぐこっちにくるわけ?」


「まさか、メアリィ嬢に魅了された、とかかな?」


 私の素朴な疑問に王子がポロッとこぼした返答が場を凍り付かせてしまった。


「メアリィ様は節操なしですわ!」


「さすがメアリィ様!種族すら超越するなんて!」


「いやいや、違うでしょ!私、今兜つけてるからァァァッ!節操なしとか種族越えるとか、言わないでちょうだい!濡れ衣よッ!」


 非難と賞賛の声をマギルカとサフィナから頂戴し、私は騒ぐ二人に負けないくらい大きな声で弁明してしまう。


「じゃあ、何でだろう?」


「おそらく、美味しそうな魔力に引き寄せられているのだと思います。先にも言いましたが、あれは魔力を吸収することしか頭にないスライムですから」


 私たちのやりとりを眺めていた王子の言葉に、答える男子生徒。


「魔力…あっ、メアリィ様のま…っじゃなくて、マンドレイクですわね」


 生徒の言葉にマギルカが合点が言ったように何かを言おうとして私はそれ以上言わせないと兜越しに彼女をキッと睨むと、それを察知したマギルカが言い直す。マンドレイクは魔力が豊富であるとフィーネルが言っていた。差し詰め、スライムからしたらマンドレイクは霜降り肉みたいなごちそうに見えるのだろう。だから、追いかけてきたのだ、たぶん…


「それよりもッ!あのスライムはあなた達のでしょ、大人しくさせなさいよ」


 私は話題を変えるため、勢いついたまま男子生徒達にかみつき、彼らはフッと余裕の笑みを見せた。


(お、この余裕。これは、期待していいのかしら?)


 よくよく考えればこの状況下に彼らはとても冷静だった。おそらく何かしら対策があるのだろうと私は推測し、安堵してしまう。


「フッ、作ったからといってスライムが制御できる訳ないでしょ。あれは予期せぬ偶然の産物、我々にはお手上げですよ。さすが、我々が作った最高傑作です」


「カッコつけて言うことかァァァッ!」


 私たちのボケツッコミが成立している中、スライムがついに用水路に到着し、私たちの数十メートル先に控えていた。


「きましたわ、メアリィ様!逃げましょう!」


「ダメよ、そんな事したらマンドレイクを見失っちゃう。ここを離れるわけにはいかないわ。最悪、あのスライムに食われてしまうわ」


 マギルカが撤退の空気を醸し出すと、私はそれを否定し、今もなお優雅に泳ぐあの根野菜を忌々しげに睨みつけてしまう。


「そ、そうですけど…それではあのスライムを退治するのですか?」


「それしかないわよね…あぁ、もう、こんな時にザッハさんはどこで油を売っているの!」


 モンスターを前に肝心の戦力である男が不在であることに今更ながら気がついた私は思わず愚痴ってしまうと、王子は視線をはずして、光の点らない瞳になり、ボソッと口にした。


「今、自己嫌悪と羞恥に悶えているところだから、そっとしておいてあげると、彼も助かると思うよ」


(あ~、うん、はい…失礼しました)


 半分、というか、すべて私のしでかしたことだったので、私は王子の言葉を聞き届け、それ以上、ザッハの事を考えないようにする。


「とにかく、あいつの狙いはマンドレイクよ。奪われないようにしないと」


 気持ちを切り替え、私はウニョウニョと蠢く気色悪い物体の前に立ちはだかった。


「私たちがスライムの相手をしますから、あなた達はマンドレイクを回収してください。殿下はお下がりください。物理攻撃はあまり効かないからサフィナさんは殿下の護衛を」


 立ちはだかる私の横に並ぶマギルカは、研究会の男達にマンドレイクの回収を言い渡し、王子とテュッテを下がらせ、その護衛にサフィナをつける。スライムは物理攻撃があまり効かない、なので、こういったモンスターは魔術師である私たちが相手をするのが通説なのだ。

 その時、スライムは獲物を見つけたかのようにピタッとその蠢きを止めた。


「来るわ!マンドレイクを捕られないぃぃぃいやぁぁぁッ!」


 私は身構えスライムがマンドレイクに向かうのを阻止しようとマギルカに忠告し、再びスライムを見た瞬間、それはウネウネと蠢きだしていた。さっきまでの動きを倍速再生した感じに…

さらに、その全身からヌメヌメした半透明の触手を数本一斉に伸ばすと水に浮かぶマンドレイクめがけて伸ばされるのかと思いきや、マンドレイクなど脇目も振らず、ものすごい勢いでまっすぐ私に向かって伸ばされてきて、私は思わず絶叫し踵を返してしまっていた。

 私の横に控えていたマギルカを華麗にスルーし、私の後ろを追いかけるさらに再生速度を上げた触手スライム。それはもう、さっきまでのウ~ゥネ、ウ~ゥネのスローペースからウネウネウネっとハイピッチになった感じでなんか怖い。


「「「・・・・・・」」」


 何が起こったのか、さっぱり分からない皆は、呆然となりながら、私とスライムを交互に見ていた。


「なぁぁぁんで私に向かってくるのよォォォッ!私はマンドレイクじゃないのにィィィッ!」


 大きなスライムに追いかけられる全身鎧。端から見たらさぞ、滑稽な絵面なのだろうが、当の本人である私にとっては笑い事ではない。戦えばいいじゃないかと思う人もいるだろうが、今の私にその考えはなかった。

 なぜなら、気色悪いから。

あの触手というジャンルが乙女として生理的に受け付けられない。しかも、不気味な動きがめちゃくちゃ速く、蠢きあってものすごい勢いで私を追いかけてくるのだ、私の本能が逃げることを優先させてしまっても仕方ないと言えるだろう。

 そうして、私は用水路を離れ、再び校舎の方へと戻っていき、スライムもそれを追ってくる、ご丁寧に触手を伸ばしながら。残された皆は心の中で思っていただろう、「ホラ、やっぱりスライムを魅了していた」と…


「違うからァァァッ!魅了してないからァァァッ!鎧の所為ッ、鎧の所為なのォォォッ!」


 そんな皆の視線を感じ、私はまたも意味不明な弁明を叫びながら、今度は追いかけるのではなく、追われる事となるのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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