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「家に何かを取りに行かせたかと思えば、随分と立派な鎧ですわね、どうしたのですか、それ?」
マギルカがマジマジと私の鎧姿を眺めてくる。その表情には先ほどの戸惑いはない。
(よし、魅了効果はないみたいね)
「一昨年、お父様が誕生日プレゼントでくれたものなの。私が剣を作ってもらってはしゃいでいるのを見て、じゃあ、鎧もってな感じだったんだと思うわ」
「誕生日プレゼントに全身鎧ですか」
サフィナが複雑な表情でこちらを見てくる。
(その気持ちはごもっともだわ、乙女に鎧を渡す親ってどうなのよ。私ももらったときは引いたわよ)
「お父様がデオドラ様に私の剣にふさわしい鎧を同じ材質で作ってくれって依頼して、デオドラ様が何を思ったかこんな豪華な全身鎧にしてきたみたいなのよね」
「まるで、物語に出てくる白銀の騎士様みたいですわ、随分と凝っていますわね」
「デオドラ様も渾身の出来だっと、満足げに語っていたそうよ」
マギルカの率直な感想に、私はため息混じりに答える。事実、私の着ている鎧は豪華だった。材質の正体を知らなかった父が剣と同じようにと言ったため、デオドラは王国内の白色鉱をかき集めて、鎧の9割方を白色鉱で作り、細かい部分を他の材質(それでもミスリル以上の硬い材質)で作った物だから、真っ白に輝くいかにも高価で豪奢な全身鎧になってしまっていた。現在は私の魔力を吸って、そこいらの鎧よりも硬度が増し、立派な鎧と化している。加工が容易で軽い白色鉱の所為で、パーツパーツはそれはもう芸術の域に達そうかという造形の深さで作られており、さながら伝説の鎧みたいになっているのは否定できない。
貰ってから今まで物置に封印していたが、まさかこんな形で封印が解かれるなど、当時の私には想像もできなかっただろう。
「さて、これで大丈夫だと思うから、テュッテ、レイフォース様達を呼んできてもらえるかしら」
「はい」
ドア付近に控えていたテュッテは一礼して、隣につながるドアをノックし、向かいにいる男性陣を迎え入れた。
「「・・・・・・」」
中に恐る恐るといった感じで入ってきた王子とザッハが私を見て、数瞬、固まったのに気が付くと、ダメか?と思ったが、その表情がいつもの柔和な表情に戻って、私はホッとした。
「メアリィ嬢なのかい?」
私に向かって王子が問うてきたので、私はカチャカチャと音をたて淑女の礼をしながら答える。
「はい、メアリィでございます」
「うん、これなら誰か分からない所為もあって、ドキドキしないね」
「ぶフッ!何だよメアリィ様、その鎧は!伝説の剣だけじゃ飽きたらず、伝説の鎧まで手に入れたのかよ。もう、全身、伝説の勇者だな!」
ホッと胸をなで下ろす王子の後ろで大爆笑するザッハを見るなり、私はカチャカチャとその伝説の鎧(笑)の音をたてて彼に詰め寄っていく。周りには見えないが、氷の微笑を浮かべながら、そっと兜に手を持っていく。
「申し訳ございませんが、少しの間レイフォース様は外を見ていてもらえますか」
「ん?ああ、分かったよ」
「ねぇ、皆さん、ザッハさんが本気で女の子を口説く姿、見たくありません?」
私の思惑を知り、女性陣がう~んと考え始めた。
「そういえば、ザッハさんがそう言った色恋沙汰を見せた事なんてありませんでしたね。というか、想像ができません」
「ウフフッ、良い案ですわ♪ザッハがどうやって女の子を口説くのか、ちょっと見てみたいですわね♪」
サフィナは何かを思い起こすように顎に指を添えて首を傾げながら、上の方を見、マギルカがムフフッと口に手を添え、小悪魔的な笑みを見せると、対照的にザッハの顔が青くなっていき、私が兜を取ろうとしたらものすごい勢いで兜を押さえられた。
「すみません!もう言いませんから、許してください。そんな恥ずかしいことになったら俺は悶え死ぬッ」
ガバッと頭を下げてマジ謝りをしてきた男をフンっと腰に手を当て、勝ち誇ったように見下ろす私。
「さて、大丈夫そうなので今日はこのまま帰ります。それでは皆様、ごきげんよう」
気分を良くし、私は優雅に礼をすると、悠々と部屋の外へと出て行った。それを複雑な表情で見送る皆がいる。
「本来なら恥ずかしくって死にたくなるけど、周りからは私だって分からないと思うと、何だか気が大きくなってくるわね。もしかして、私ってば変身願望でもあるのかしら?」
「・・・」
悠々と学園内を歩く真っ白の全身鎧と、それにシズシズと続くメイドが一人。それを見た生徒達のギョッとした顔の後のどん引きっぷりを私は気にすることなく、馬車へと向かうのであった。
(だって、私だと分からないから!)
そして、馬車に乗り込み家路に向かう途中でテュッテが笑顔のまま、今更ながらに言ってくる。
「ちなみに、私がそばにいますから、鎧の中身がお嬢様って誰もが分かりますよ」
「そうだったぁぁぁッ!」
馬車内に私の絶叫が響き渡ったことは言うまでもなかった。
―――――――――
さて、家に戻って一番の問題は父である。父にこんな姿を見られたら、また学園に文句を言いに赴いてしまいそうで怖かった。だが、幸いなことに父は今日から出張でしばらく戻ってこないとのことなので、この問題は早急に解決されてホッと胸をなで下ろす。とりあえず、鎧を脱ぎ、テュッテ経由で私の近くに異性の使用人達が近づかないように徹底してもらった。願わくば、朝起きたら効果が切れていたということになってくれていると嬉しいのだが。
「お嬢様、夕食の準備が整いました」
部屋でうなだれていると、テュッテが私を呼びに部屋に来たので、返事をし、部屋を出る。父は多忙なはずなのに、必ず定時に帰宅して食事を一緒にとってくれていたから、いつも両親と一緒に夕食を食べていたけど、今日は母と二人っきりなのだと気が付き、何となく新鮮な感じがしてウキウキしてしまう。
食堂に着くとすでに母 アリエスが座っていたので、私はちょっと慌てて自分の席へと足を進めた。
「フフッ、そんなに慌てなくてもいいのですよ」
私の行動を見て、柔和な表情のまま、コロコロと笑う母は、私でも見惚れてしまうほど美しく、思わず足が止まってしまう。
(お母様が私みたいに魅了倍増状態になったら、軽く性別の壁を越えてあらゆる者を魅了しそうね)
うんうんと納得しながら、私が席につくと食事が始まった。そして、私はそんな母親の血をひいていることを忘れ、無自覚に笑顔を見せ、学園での事を楽しそうに語ってしまう。何人かの女性使用人が口を手で押さえて、部屋を出ていった事なんてまったく気がつかなかった。
そして、それに気がついたのは食事が終わり、座談中席を立ち、私のそばに寄って話を聞き始めた母の目がなにやら怪しい輝きを灯している事に気がついたときだった。
「フフッ、可愛い私のメアリィ。今日は一段と可愛らしいわ、宝石箱にしまっておきたいくらいよ」
「お、お母様?」
私の銀の髪をすくい、愛おしそうに眺める母。その姿はとても色っぽく、世の男性ならイチコロだっただろう。もっとも、私は事態が不味い雰囲気だという事に気がつき、見惚れているどころではなかった。
「メアリィ、学園は楽しい?」
「え、はい、お母様」
「そう、良かったわ。あなたの活躍は茶会に参加されたご婦人がたから聞いて、鼻が高かったのよ」
いまだに私の髪を弄る母にちょっと身の危険を感じつつ、母からの意外な言葉に驚きもあった。
(私の活躍って何?私の知らない所でまたもや良からぬ噂が)
「これからも殿下を助け、支えてあげてね」
「え、はい、お母様」
母が何を意味して言っているのか私にはわからず、というか、現状のピンチに頭がいっぱいで、何とかこの場を去りたい一心の私は空返事をするだけだった。
「お嬢様、お風呂の準備が整いました」
「あ、分かったわ」
私の心情と、母の状態を察したテュッテがナイスタイミングで助け船を寄越してくれたので、私はパァッと明るい笑顔でテュッテを見て返事すると、彼女の視線がその瞬間私からそらされた事に気がつく。
「そ、それでは、お母様、私は下がらせてもらいますね」
名残惜しそうに母は私の髪から手を離すと、私は逃げるように食堂から出て行く。
(お~の~れ~、この忌々しい効果、早くなくならないかしら)
はたから見たら何とも贅沢な悩みに私は悪態をつきつつ、無理と分かっていてもお風呂でしっかりと、いつもの倍以上、念入りに体を洗ってもらうのであった。
―――――――――
そして、次の日。
願い空しく、私の魅了倍増効果は切れていなかった。私は身支度という名の全身武装で身を包み、完了と共に悠然と馬車に乗り込み学園をめざす。
「効果切れを待つのはもうあきらめましょう。自分から早急にこの問題を解決しなきゃダメねッ!」
「そうですね、お嬢様。その意気です!」
鎧で包まれた拳を握りしめ、私は自然に効果が切れるという希望を捨て去り、自分で効果を打ち消す方法を探すしかないと意気込むと、それを応援するようにテュッテが言ってくる。
「頼むわよ、マギルカ!解決策を見つけておいてねッ!」
「お、お嬢様ぁ」
そして、すぐに全ての期待をマギルカに丸投げするダメな私に、テュッテが半眼になってこちらを見てきた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。