何もしてませんけど
アンデッド事件から数日が経過した。現在、旧校舎は例の魔法陣の解体作業が終了し、幽霊騒ぎに終止符を打っている。事件の当事者であるアリス先輩は只今謹慎中で、クラスマスターの地位を剥奪されており、急な事だったので今現在マギルカがクラスマスター代理を務めていた。アレイオス内では誰もそれに文句を言う者もおらず、いつも通りの学園生活を送っている。
そして、私はというと…
「そこで前に出たのがメアリィ様で、その姿は凛々しくも可憐で、アンデッドに立ちはだかったのです」
「「きゃぁぁぁっ!」」
静かな旧校舎の2階、比較的広々とした談話室に設けられた白のテーブルと椅子に腰掛けるご令嬢の方々の黄色い声がサフィナのうっとりとした説明に合わせて響きわたっている。それを乾いた笑いで聞き流し、テュッテが淹れてくれた紅茶を頂く私。
(ハハハッ…もう勘弁して)
これで何回目なのか、サフィナのアンデッド事件を語る姿をみるのは。こうも彼女が饒舌になってしまったのには理由がある。私があの時、彼女が心酔する白銀の騎士と全く同じ行動をしてしまったからだ。
「そして、メアリィ様はあの白銀の騎士様を彷彿させる立ち振る舞いで、こう気高くおっしゃいました。汝、その光に抱かれて、灰となれ!」
「「きゃぁぁぁぁっ!」」
あの時の私の動作を真似るようにサフィナが動くと、それにまた黄色い声があがる。
(ハハハッ…もう勘弁して)
「そして、消えゆくアンデッドを静かに見据えながら、言ったのです。あの白銀の騎士様の決め台詞を…」
「「きゃぁぁぁぁっ!」」
その時の情景を思い浮かべているのか、サフィナとご令嬢たちは天井を眺めてうっとりとしていた。
「素敵ですわ、さすがメアリィ様。ソルオスでは大会で文句なしの優勝を飾り、アレイオスへ編入すれば、短期間でほとんどの魔法を習得してしまう技量をお持ちなんて」
「それに、あの神聖魔法を短期間で、しかも独学で習得してしまうなんて、学園屈指の天才魔術師と噂されるのも頷けます」
「白銀の騎士様を彷彿させる行動を自然としてしまうなんて、白の姫君、いいえ、白銀の姫君と呼んだ方がよろしいのでしょうか」
ご令嬢たちが興奮気味に私への賛辞を贈ってきて、私は笑顔をひきつらせたまま、曖昧な返事をする。
(まずい…非常にまずい。先生方に目撃されてもそんなに話が広がらないかなぁと甘く見てたわ、まさか、こんな身近に話を広める存在がいたなんて)
サフィナの饒舌っぷりはこの談話室だけにとどまらず、ソルオスの生徒たちにまで広まっている。さらに、まずいことに、あのマギルカまでもがその話を興奮気味に語り回っているのだから、もうどうしようもない。
(そういえば、マギルカも隠れ白銀の騎士のファンだったわね)
はぁ~と深く溜息をつく私は、そのまま昼下がりの木漏れ日がさす木製のモダンな窓を悟ったような、もしくは何かを諦めたような、そんな顔で眺めていた。
そこで昼休みの終了を伝える鐘が響いてくると、名残惜しそうにご令嬢たちが別れの挨拶を済ませて、立ち上がっていく。私はそれを笑顔で見送ると、サフィナ以外いなくなってから、再び、深い溜息をついた。
(人の噂も75日というし、そのうち沈静化するわよね、たぶん。それまでの辛抱よ、辛抱。それまではおとなしくして、目立たないようにしないと)
今に始まったことではないので、私は気持ちを切り替えて自分を奮い立たせると、一度、自分が勝ち取ったゆったり空間を眺める。
旧校舎の事件を解決後、先生方の管理体制のずさんさを王子が指摘し、改善を求めた所、現在、この旧校舎の管理の半分を生徒に任せることが成立していた。クラスマスターたちを交え協議した結果、王子がその役を受け持つ事となり、隣の部屋では王子とマギルカ、それにザッハとクラスマスター達を含めて、旧校舎の使用者と目的の査定をしている最中であった。この部屋と皆がいる部屋はなんと、扉で繋がっているのだ。あちらが応対室で、こちらが休憩室といった感じになっている。
(もう、何もしないわよ。私は授業を終えて、ここで皆とゆったりまったりお茶をしてお菓子食べながら学園生活を満喫するの。ノーイベント、グッドライフ!事件なんてノーサンキューだわ)
私は誰に言うわけでもなく、心の中で駄々をこねた。
「問題発生ですわ」
隣の部屋からげんなりした顔でマギルカが入ってくると、そんなことを口走るものだから、早くも私の決意という壁が崩壊するようなそんな音が鳴り響いてくる気分であった。
「どうかしたの?」
あまり聞きたくなかったが、友人が困っているのだから聞かないわけにはいかない。願わくばまた変な事件ではありませんように。
「旧校舎を昔から利用していた生徒達が、今一度申請書の提出と査定を受けるのはおかしいと異を唱え、提出を拒んでいますの」
「以前から管理がずさんで、誰がどんな事で利用しているのか分からなくなったから、これを機に一から管理し直そうとしたんだけど、なかなか上手くいかないみたいだね」
がっくりと肩を落として椅子に座るマギルカの後ろから、困った顔をして王子も部屋へと入ってきた。
「学園のシステムを変えようとしているのですから、何かしら衝突はつきものだと思います。話し合いで解決できればいいのですが」
私は他人事のように言いながら、紅茶を頂く。
「そうだね、何とかしてみせるよ」
そんな私に笑顔を向け、頼りがいのある台詞をいう王子を見ると、何となく私も何かしなくちゃいけないかな~という気分になってしまう。
(いかん、いかん。ここはおとなしくするのよ。冷静に、冷静に)
王子から視線をはずし、私はテーブルに突っ伏し疲れ果ててるマギルカを見てしまうと、これまた、力になってあげなきゃと思ってしまい、視線が泳ぎまくっていた。
次の日。
事態は急変していた。
なんと、異を唱えていた生徒達が徒党を組んで、旧校舎を占拠、立て籠もるという事態が発生してしまったのだ。
(ガッデム!私の憩いの場所がぁっ!)
旧校舎の入り口にバリケードを作った集団を見据えた私は心の中で絶叫する。
「我々は、多くの先輩達が築き上げてきた会の者だッ!その我々が今またなぜ、申請書を提出しなくてはならない!なぜ、査定を受けなくてはならないッ!これは我々と先輩達への侮辱であ~るッ!」
「そうだそうだッ!我々は断固として反対する!」
(などと、容疑者達は意味不明な事を供述しており…って感じね。もう一回手続きするだけの事なのに、何でこんな騒ぎを起こすかな。その行動力を申請書提出に向ければ済むことなのに)
はぁ~と額を押さえながら私は溜息をつく。なんか、最近溜息ばかりついているような気がしてならない。現場では、マギルカや他のクラスマスターの方々も説得にあたっているようだが、会話が完全にかみ合っておらず、相手側は一方的に反対、反対とのたまうだけだ。
「やはり、僕も話に加わった方が」
「あのような者達にレイフォース様が関わるような事はありません。あれはテロです、テロ。テロに屈してはならないのです」
彼らの不毛な会話を聞いているうちに何だか理不尽さがこみ上げてきて、私のイライラが沸々と煮えたぎっていくのが分かる。
「これは、我々だけではなく、全学園の生徒達の総意であるはずだッ!我々は決して屈しない、断固として戦うまでだ」
「そうだ!そうだァッ!」
ブチッ!
私の友人であるマギルカが一生懸命話し合おうとしているのに、彼女の気苦労も知らずにそれを無視した彼らの根拠のないその主張に私のイライラがマックスを振りきり、ス~と嘘のように頭の中が冷ややかになっていく。はい、堪忍袋の緒が切れました。
「メアリィ嬢?」
私の変化に気がついたのか、王子が心配そうにこちらをみてくる。
「レイフォース様はこちらでお待ちください。あのテロリストどもを早急に排除してきます」
静かな声で私は告げると、近くにいたザッハとサフィナを見る。
「行きますよ、二人とも。テュッテはレイフォース様のおそばに」
「はい。お嬢様、お気をつけて」
「お、おう…って何するんだ?」
「メアリィ様、怖いです」
私の後ろに控えていたテュッテは深々と礼をし、それとは反対に気迫に気圧されたのか、ちょっと引き気味についてくる二人に、私はとびっきりの笑顔を見せて言ってやった。
「武力行使よ♪」
かくして、立て籠もり集団と私たち管理者側との武力衝突が勃発するのであった。
…のはずなのだが…
「ですから、まずは話し合いをッ」
こめかみに青筋を浮かべながらもひきつった笑顔で何とかこの場を治めようと努力している大人な対応をするマギルカを横切り、今から子供な対応をする私が一番前へと立ち塞がると、あんなに騒がしかった集団が一瞬にして静まりかえった。
「あなた達、一度だけ言うわよ。ただちにこのふざけた行為を中止して、旧校舎から出てきなさい」
私が冷ややかにそう告げると、周囲から「あれは白の姫君だ」「彼女って、あの白銀の騎士の末裔かもしれないんだろ?」「アンデッドモンスターを一撃で葬る天才魔術師を敵に回して大丈夫なのか?」などと、ヒソヒソ話し込んでいるのが聞こえてくる。
(なんか噂にあらぬ尾ひれがついてますけどッ!末裔って何ッ!レガリヤ家は白銀の騎士とまったく関係ないわよ)
ついつい心の中でツッコミを入れてしまう、しょうもない私。
「し、従わなかったらどうなる…のですか?」
先ほどまでの勢いはどこへやら、なぜか敬語になる立て籠もり集団のリーダー格に、私は再びとびっきりの笑顔を向けて、言ってやる。
「武力行使よ♪」
「「すみませんでしたぁぁぁっ!」」
私が言うやいなや、集団達は大きな声をあげて、あたふたと行動し始めた。
(おい、なんだその怯えようは。乙女を前にそれはあんまりだろ)
あたふたとバリケードを撤去する皆を前に、とびっきりの笑顔をひきつらせて、私はその場でピクピク震えていると、周囲から「さすが白の姫君」「王子の懐刀だけのことはある」「彼女を敵に回して良い事なんてないからな」などと聞こえてくるのだが、私は乙女心にショックを受けている最中もあって、まったく耳に入らなかった。
こうして、一連のバカ騒ぎも、私の介入であっさりと解決にいたり、私の噂は沈静化するどころか、さらに畏怖を込めて評価があがっていくのであった。
(私、何もしてないのに、なんでこうなるの?教えて、神様)
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