出るんです
「え?部屋がない?」
それは、王子達とともにマギルカと廊下で合流した私の台詞だった。
「そうなんです。私達生徒が借りる事ができるはずの旧校舎が以前から利用禁止になっているそうなんですわ」
「旧校舎?そんな物があったのね」
私は廊下から見える外風景を眺めて、その旧校舎とやらを探し始めたが、どうやらここからでは見えないらしかった。校門から中央通りを抜け、時計塔を中心に四方に広がった新校舎、さらにその外回りには多目的施設、闘技場、訓練所、実験所、グランドなどなど用意されて、どうやら旧校舎はその中に紛れているそうなのだ。
「旧校舎が利用禁止?老朽化か何かかな?」
「いえ、その様なことはないのですが、その…」
王子の問いに、マギルカは歯切れの悪い返事をしてくるので、私は何やら嫌な予感がし、もうこのままあきらめてしまおうかなと考え始めてしまう。
「出るのだそうです」
「何が?」
神妙な顔で言うマギルカに思わず聞き返してしまう私。
「幽霊ですわ」
マギルカの言葉にゴクリと唾を飲む王子とザッハ、ヒィッと恐怖に青ざめ私にしがみつくサフィナとテュッテ、そして私はというと、期待に目を輝かせていた。
「うそ、ほんとに!ちょっと見てみたい」
「「「えぇえッ!」」」
嬉々とした私の言葉に周りの人達が一斉に驚きの声をあげる。
「あれ?メアリィ様、こういうのは大丈夫な方なのですか?」
私は怖がる方だとふんでいたマギルカが驚いた顔でこちらを見てきたので、私はキラキラした瞳を向けて、頷いてあげる。
「だって、幽霊でしょ。私、一度も会ったことないの、ぜひ、見てみたいわ」
私は興奮気味に彼女に言ってやる。だって、幽霊ですよ、幽霊。前世の世界では特殊な人しか見えない、その存在も不確かな得体の知れない恐怖の存在だったけど、このファンタジー世界なら、アンデッドモンスターの類になって、誰でも見えるし、倒すこともできるだろう。そう、動物やなんやらと同じで、いるのが当たり前のモンスターなのだから、存在自体に怯える事はなかった。
「そ、それにしても、幽霊騒ぎで旧校舎の使用を禁止するってのも釈然としないね」
私のハイテンションに驚いていた王子も、元に戻って話を進めていく。
「確かに、そうですね。幽霊なんて先生方が退治すればよろしいのに」
この世界には神聖魔法という物もあるらしいので、ベテラン魔術師の先生達ならパパパと除霊してもおかしくないはずなのに、王子の言うとおり立ち入りを禁止して放置しているとはどう言うことなのだろうと気づかされて、私は王子の言葉に追従してしまう。
「どうする?ちょっと見に行くか?」
何となく好奇心を含ませた顔でザッハが言ってくるので、私も期待度が上がって、うんうんと頷いてしまう。もちろん、サフィナとテュッテは顔面蒼白で私にしがみついたまま、フルフルと首を横に振るばかりだった。
「う~ん、旧校舎の騒ぎをどうにかしないと、空き部屋が確保できないのだから、ちょっと見にいくのも一考かな」
私とザッハがテンションを上げてきたのを微笑ましい物でも見ているような表情をした王子は、その後真剣な顔つきに変わって、私たちに賛同してくれる。そういうわけで、反対二人に囲まれて私は旧校舎を目指す事となったのであった。
いつも利用している校舎からかなり離れ、人気が少ない、というより全くない旧校舎へと到着する私達。少し上がった坂の上にその二階建てのレンガ作りでモダンな感じの旧校舎が見えてきた。周囲は思いの外開けており、さらにその外周を木々が取り囲むように植えられてあって、そこは日当たりも良好だし、騒々しい学園から隔離されたように物静かないい感じの場所だった。
(いいわ、ぜひともここでまったりしたい)
期待の目で建物を見る私とは打って変わって、恐ろしい物を見るような顔つきのサフィナとテュッテ、少し緊張している王子とマギルカ、思った以上に広く大きかったのが驚いているのか、オ~と声を出して眺めているザッハがいる。
建物の中央に設置された大きな木製の両開きの扉の前にまで来た私達は今一度、校舎を見渡すために佇んでいた。廃墟といった感じはどこにもなく、綺麗に掃除もされている感じが何となく、ホラー感を台無しにしているようだった。まぁ、夕方に訪れている私達も私達だが。
「見ましたし、も、もう帰りましょう、メアリィ様」
私の服をキュッと掴んできたサフィナが辺りをキョロキョロ見ながら言ってくる。
「おっ?開いたぞ」
そんな彼女の提案を無情にもザッハが扉を開けて、無駄にしてしまった。
「変ですわね。立ち入り禁止の割には管理がずさんですわ。お爺さっ…コホン、学園長は何を考えているのでしょう」
ザッハに続いてマギルカも扉に近づき、何も対策がされていない状態に違和感を覚えていた。
「案外、幽霊騒ぎも嘘なんじゃないか?」
期待が外れたのか緊張感を失い始めるザッハは、少し開けたままでいた扉のノブを離して閉めようとする。
「ひぃい!」
すると、一番後ろに控えていたテュッテが息を呑むような悲鳴を上げるものだから私達は思わず振り返って彼女をみた。
「ど、どうしたの、テュッテ?」
「い、今、あそこに人影が…」
テュッテは震える手で私達から離れた建物の端っこの方の部屋を指さしていた。私達からではその内部がよく見えないが、後ろに下がっていたテュッテなら見える位置である。
「帰りましょう、メアリィ様」
「行くわよ、幽霊、幽霊♪」
私とサフィナの台詞が被り、私は嫌がるサフィナの腕を取って、ザッハに扉を開けさせると、そのまま中へと侵入するのであった。
中にはいると、そこはうす暗く、さらに静寂が辺りを支配し、ホラー感を醸し出してきて、雰囲気に呑まれた私もちょっぴり緊張し始めた。護身用にと持ってきた伝説の剣(笑)に手を添えてしまう。
一階と二階を含んだ吹き抜け構造の大きく広がった中央エントランスがあり、そこから十字に伸びる磨かれた石畳が夕日に照らされ、うっすらと反射していた。天井は外観でも分かっていたがかなり高く、中央エントランスの部分には大きな天窓があって光が内部に差し込み、明かりがついてなくてもここだけは暗いイメージを払拭させてくれる。
「結構広くて、部屋もそこそこありそうね」
私は辺りを見渡しながら中央へと歩いていくと、その後ろをピッタリとくっつき離れることなくサフィナとテュッテがついてくる。
「テュッテが見たっていう部屋はどこかしら?」
「え?行くんですか、お嬢様」
「せっかくここまで来たんだし、ぜひとも幽霊という名のアンデッドモンスターを見てみたいわ。それに、何かあってもこれだけの人数がいれば倒せるでしょ?」
怯えるテュッテを元気づけるように私は皆の前に歩み出て、何気ない素振りで振り返りながら言ってのけると、その言葉に皆が絶句する。
「メアリィ嬢。幽霊とアンデッドモンスターは別ものだよ。キミの言うアンデッドとはスケルトンやゾンビといった実体を持つモノを言い、幽霊のような実体のないモノはモンスターとして存在していないんだ。そして、今の僕らではたぶん倒すことも触れることもできないと思うよ」
大変恐縮な顔つきの王子にそう言われ、私はRPGのノリで幽霊をそのアンデッドモンスターだと思い、そこいらのモンスターと同じで見えたり、触れたり、倒したりできるものだと勘違いしていた事にやっと気づかされることとなった。つまり、幽霊はやっぱりこの世界でも得体のしれない存在なのだった。しかも、誰でも見える、被害にあうというある種前世の世界よりたちが悪い存在になっていたのだ。
(そりゃあ、皆怖がるよねっ!やばい、私も怖くなってきたわ)
私が今更ながらに震えだすと、それは時すでに遅く、皆の絶句した顔がそのまま蒼白となっていき、何となくその視線が私よりさらに後ろの廊下へと向けられていることに私は気がつき、恐る恐る振り返ってみると、廊下の先、日が射しこまずうす暗くなっている曲がり角付近に白くぼんやりとした輪郭のモノが、それでもはっきりとこちらを見ていることに気がついた。その周辺がなんだか薄ら寒く、凍り付いているような感じがする。
(夕方でも出るんかい、この世界の幽霊はぁぁぁっ!いやぁぁぁっ、モンスターじゃないならアレは何なのよぉぉ!怖い、怖すぎるゥッ)
そして、ソレは消えたり現れたりを繰り返しながら着実に私達へと近づいてきて、私はパニック状態に加えて、やけくそになり、腰の伝説の剣(笑)を抜いて身構えてしまう。
「掛かってきなさい、このモンスターがぁぁぁっ!」
「ですから、お嬢様、アレはモンスターではないですって!逃げましょう」
私が立ち止まっているのを見て、テュッテが私を後ろから引っ張るが、正直、足が竦んで動けません、ごめんなさい。
「皆さん、目を閉じて!」
すると、私達の後ろから誰かが走りこんできて、幽霊の前に立ち塞がり、持っていた杖をかざす。
「ライトォッ!」
声から女性と分かった彼女の力ある言葉に呼応するように、杖の先から魔法で生み出した光が輝きだすと、幽霊はそれを嫌って踵を返して逃げていくではないか。しばらく呆然自失でいる私達の前にその女性はクルッとふり返って目深に被っていたフードを上げて笑顔を見せた。
「皆さん、大丈夫でしたか?」
「クッ、クラスマスター」
彼女の微笑みを見るなり、マギルカがそう言って、私はああ、この人がアレイオスのクラスマスターなんだなっと理解するのであった。
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