小細工はなしです
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決勝トーナメントが始まった。
一回戦第一試合のザッハは苦戦という感じもなく、何とか勝ち上がり、続いて第2試合のサフィナも危なげなく勝利を収めてしまう。
(ほんと、二人は強いわね。こんな事になるのなら早めに二人と対戦できる位置にいれば良かったわ)
私は現状を悔いつつ、第3試合が終わるのを控え室で待っていた。程なくして遠くから歓声が聞こえてくる。試合が終わった事を悟った私の緊張が高まっていく。
(ううっ…台本がないとこんなに緊張するのね。でも、これなら、変な小細工なしで負けられそうだわ)
係りの者が私を呼びに控え室に戻ってくると、私はテュッテの激励に頷きながら会場へと向かっていった。
闘技場へと到着すると、今まで以上の歓声が私を包み込んでくる。数試合経験してきたのに、その圧力に気圧されそうになって、私は一度深呼吸をした。対戦相手も私の逆から出てきて、対峙してくる。
(ザッハやマギルカもそうだけど、この世界の人って私が前世で見てきた人より成長が早いのね。とても同い年とは思えない体つきだわ)
私は自分より身長が高く、前世で知るスポーツ少年よりも少し引き締まった体つきの男の子を眺めていると、彼は持っていた刀身が幅広い両手剣を一度振って、私を威嚇してきた。
「フフッ、さて、俺にはどんな策を練ってきたのかな?どんなに策を弄しようと俺はそれを叩き潰すまでだがな」
自信たっぷりに言ってくれる何とも頼もしい相手に、私は敗北を期待しつつ、つられて剣を抜くと相手に振りかざした。
「今日は小細工なしよッ!真っ向勝負してあげるわッ!」
勢いにのまれて言い放った私の台詞に、会場がどよめき、驚いた顔の対戦者は、すぐに元の顔に戻ると深々と礼をしてきたではないか。
「感謝するぜッ!さすがは白の姫君だッ!」
(え?何?何で私、感謝されてるの?誰か教えて、プリーズ)
私は彼の言葉に?マークを頭に浮かべ、会場内にいるカーリス先輩の方へついつい意識を向けてしまうと、ちょうど先輩の迷解説が繰り広げられている所だった。
「やはり、そうきたか。どこまでも気高く、相手とは正々堂々と同じ舞台で戦うんだね、メアリィ嬢は」
「どういうことです?」
真顔でしゃべるカーリス先輩にマギルカが疑問をぶつける。
「対戦者は見たとおりザッハくんと同じパワータイプの戦士なんだよ。力業なら確実にメアリィ嬢の方が分が悪い。かわりに、心理戦や頭脳戦では彼の方がめっぽう弱いから彼女がそちらで戦えばあっという間に負けてしまうだろう。だから、警戒してあんな虚勢を張ったのに対して、メアリィ嬢はそんな不安を吹き飛ばすように真っ向勝負を宣言してきたんだ。例え、自分が不利になると分かっていてもね、さすがだよ」
カーリス先輩の言葉に会場のどよめきがウオォォと歓声に変わっていった。もちろん、私には全く聞こえていないのだが、カーリス先輩の周りでうんうんと頷き、感心するような眼差しで皆がこっちを見てくるので、また誤解が生じたことだけは察する事ができた。
「それでは、決勝トーナメント一回戦第4試合、はじめッ!」
私が深くため息をついていると、審判が声を上げ、試合が開始される。
(いけないわ、試合に集中、集中。お父様とお母様が観ているのだもの、いきなり敗退だけは避けないとね)
私は剣を構えて、相手を見ると、彼も警戒してかジリジリと距離をつめながら様子を窺っていた。
(きゃぁぁっ!どうする?どうしよう?どうしたらいいの、私?とりあえず成り行きに任せようかしら)
相手の力量も分かっていない状態から、下手な事して勝ってしまっては元も子もないので、私は考えを放り投げ、目の前で起こった事象にただただ対処する事だけを専念することにした。いわゆる、行き当たりばったりである。
「はぁぁぁ!」
痺れを切らしたのか、対戦者の方が仕掛けてきた。だが、サフィナに比べてその動作は遅く、ザッハのように動きが単調なため私は何となく対処できてしまった。
相手の大振りの横なぎを下がってかわし、続く上段からの切りかかりに横へと飛んでかわしていく。
(少しはこちらも攻撃しておかないとね。今度はこちらからいくわよ!)
何となく動きがザッハに似て大振りだったため、私はザッハと模擬戦をしている感覚で突進してしまう。
「あまいっ!」
(あ、あれ?)
私の放った突きを彼の両手剣が横に思いっきり弾いてくると、成り行きに任せていた私はその勢いを殺すことなくそのままグルンと体が回転してしまい、さらに一歩前へと踏み込んでいく。
「なにっ!」
私の攻撃をさばいたと安心したのもつかの間、私が更なる攻撃に転じてきたのに驚いた彼に向かって、私は回転して勢いがついた横なぎを振るってしまうのであった。
(ちょッ、まっ!とめてぇぇぇっ!)
「くそぉ!」
彼は剣を握っていた左腕を咄嗟に離すと、私の剣に向かって力を込めたその腕を腹のガードに出し、防…
「ぐあぁぁぁ!」
…げなかった。
勢いがついた私の攻撃は、いつもザッハをぶっ飛ばす勢いで振るってしまい、ガードした腕ごと彼を吹っ飛ばしてしまったのだ。
(しまったぁぁぁ!彼はザッハじゃなかったわ!つい、いつもの癖で)
やってしまったと顔面蒼白の私を尻目に、観客席から大きな歓声が上がる。
「すごいな…ああいった大振りの攻撃をする人間の最大の隙は攻撃直後だと分かっていたような動き。さらに、遠心力を加えた全身を使っての一撃。さすがにあんな崩れた体勢でとった防御なんて、あれだけ力の乗った一振りに意味がないだろうね。体格差の力のぶつかり合いに、あんな方法でメアリィ嬢が勝つとは、いやはや驚きだ」
などと、カーリス先輩の言葉に歓声の声がさらにボリュームをあげていく。
「くっ…こ…こんな戦い方もあるのか」
私の攻撃を受けた左腕が痺れたのか、折れたのか、ダラ~ンと力無く下げられた状態で対戦者は苦悶の表情と共に私を見てくる。
(まずい、まずい、まずい!この流れは非常にまずい!次、そう、次の攻撃を受けて、私は負ける!うん、負けるわよ!)
今までの流れからして、この展開は私を勝利へと導く嫌な展開だと咄嗟に判断した私は、強引に終わらせるため次の攻撃をまともに受けて負けようと考えてしまう。
「だが!まだ、終わってない!」
そういうと彼は私の期待に応えるように、右手一本で剣を持ち、私に上段から力一杯振り下ろしてきた。あまりの気迫に私は思わず剣を横にしてそれを受け止めようとしてしまう。
(ちょっと、バカ!受け止めてどうするのよ、くらうのよ、彼の攻撃を!そして、倒れてこの試合を終わらせるの!彼の気迫勝ちにすれば何とか誤魔化せるわ!今ならまだ間に合う)
彼の剣が近づいてくる最中、私はそう考え、剣が当たった瞬間、防御を止めようと咄嗟に剣を下に傾けると、彼の剣が綺麗に私の剣を滑っていって、地面へと落ちていった。
(あ、あれ?)
そうして、気がつけば私は彼の渾身の一撃を見事に受け流してしまい、勝利へのベストポジションで彼と対峙して、彼の剣を私の剣の外側へと追いやったまま思考停止してしまっていた。
一時的な静寂。
受け流した体勢で私はどうしようかと戸惑っていると、彼は受け流され、地についた自分の剣を数瞬見つめた後、一度目を閉じてから私を見た。そこにはさっきのような気迫はない。
「降参だ」
はっきりそう言うと、彼は持っていた剣を手放してしまう。
「勝者!メアリィ・レガリヤ!」
受け流したままの体勢で固まっている私を放って、審判の勝利宣言と共に事が進んでいき、歓声が一際大きくなった。
「お見事。最後まであきらめなかった彼の心意気をくみ取って、メアリィ嬢は彼の一撃を逃げずに真っ向から受けてたつとは。しかし、あの受け流しは凄かったな、彼は完全に無防備になってしまったのにメアリィ嬢は攻撃、いや、とどめに転じず、彼の判断に委ねる所なんて粋だよね」
「こえぇぇぇ…メアリィ様、マジこえぇぇぇ…」
「容赦のないメアリィ様も素敵です」
驚きを隠せない迷解説者のカーリス先輩の言葉に、更なる恐怖の色を見せるザッハと、うっとりするサフィナ。そんな強者3人の会話を聞いた観客達から惜しみない拍手と歓声が上がり、私は見事、準決勝に進出してしまうのであった。
(どうしてこうなるのよぉぉぉッ!神様の意地悪ぅぅぅッ!)
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