こんなはずでは・・・
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大会は二日目に入った。
ザッハは危なげなく、力で圧し勝ち、サフィナは先の戦いで吹っ切れたのか、速さで打ち勝っていた。
そして、私はというと…
「あぁぁ…眠い…」
試合会場に億劫そうに立つ私の目の下には、くままでできている。昨日の反省を活かして台本を修正していたら、徹夜明けである。
寝不足の私に観客の大きな声がガンガン響いてきて、不機嫌オーラが増していく。会場脇に控えているテュッテですら、私の徹夜につきあってうつらうつらと舟をこぎ始めている始末だった。
「それでは、第二回戦を開始します、両者、前へ」
審判の声にフラフラと脱力した私が中央へと進んでいく。
(眠い…いやいや、しっかりしなきゃ!今度こそ、見事に負けなくちゃ!昨日、カーリス先輩が試合中に変な事を皆に吹き込んだ所為で、目立ち始めてるんだからね)
心ではそう考えていても、実際、私は腰に携えた剣を握ってるだけの、ダラ~ンとした状態で立っていた。
(下手なことをすると昨日の二の舞になるから、今回は、開始速攻で切りかかって…それからぁ…)
「はじめっ!」
私がブツブツと段取りを確認していると、なんだか審判の声がそう聞こえたような気がしたので、俯いていた頭を起こして前を見ると、対戦相手が今まさに、こちらに速攻をかけてきている最中だった。
大きすぎる歓声と寝不足、おまけに思い通りにいかない憤りに、私の不機嫌オーラはレベルアップし、こめかみがピクッと震えてしまう。
「ハウスッ!」
私は訳の分からないことを叫んで、一歩前に踏み込むと相手に向かって握っていた剣を抜き、振り切った。相手を牽制し、後ろに下がらせるために振ったその一撃は、サフィナの抜刀術に酷似し、硬度の増した伝説の剣(笑)は見事に相手のボディをクリーンヒットしてしまう。
「ゴフッ!」
「あっ…」
あまりの出来事に驚いた私の眠気は一瞬で消え去り、代わりに、やってしまったという焦りが頭の中を支配していった。完全にカウンターを受けた相手は地面に転がると伏せたままプルプル震えている。
「ちょ、今のはなしッ!立って、立ちなさい!こんな不甲斐ない終わりかたでいいのッ!それでもあなたはソルオスの戦士ッ!根性みせなさいッ!」
焦った私は無茶苦茶な要求を相手に投げかけ、それを聞いていた対戦相手はフグググッと唸りながらも立ち上がろうとしてくれている。
「忘れていたよ。元々サフィナ嬢のあの剣術はメアリィ嬢から教えてもらったものだったね。だったら、彼女が使えて当たり前だという事を相手は完全に失念していたようだ。メアリィ嬢は開幕速攻を誘うために、終始あんな無防備な体勢でいたんだね。無防備にしていても、剣だけはしっかり握っていたことに警戒すべきだったな、相手は」
「あんな細剣で抜刀とは、見た目豪華なだけの只のなまくら剣かと思ってたけど、そうじゃなさそうだな」
「確かな話じゃないですけど。以前、デオドラ様に刀を作って貰っていたときに、メアリィ様に何か作ったことがあるとかないとか言っていましたが、もしかして、あれはデオドラ様が…」
「もしそれが本当なら侮れないよ。王都最高の鍛冶師、デオドラさんに作って貰ったのならね」
などと、会場外からカーリス先輩、ザッハ、サフィナと順に余計な解説が入ってきて、うんっうんっと頷く観客達。
(やめてぇぇぇっ!また変に私の株が上がってるぅぅぅっ!そんなつもり、全然ないからぁぁぁっ!)
私はかすかに聞こえてくる先輩達の迷解説に心の中でツッコミをいれつつ、対戦相手が立ち上がるのをひたすら願っていた。
「ぐっ!」
歯ぎしりし、お腹を押さえて根性をみせた対戦相手は、震える足で立ち上がると、私は安堵し、これからの段取りを考え、テュッテを見る。
ドサッ!
後ろを見た私とタイミングを合わせるように、何かが地面に倒れる音がして、私はまさかっと恐る恐る横目で対戦相手を見てみると、最悪の予想通り、立ち上がって、そして、力つきた対戦相手が床に沈んでいるではないか。
「とどめをささず、不甲斐ない相手をあえて叱咤激励し、彼の健闘を見守りつつ、立ち上がったのをよくやったと笑顔で迎えると、控えていたメイドの方へ踵を返すとは…彼があそこで力尽きることも計算の内だったんだね。でも、おかげで彼は瞬殺という不名誉な終わり方だけは避けられた。さすが、『白の姫君』とまで噂される人だ、こんな気高い一面も持ち合わせていたとは」
感心したように言うカーリス先輩の勘違い極まりない解説に歓声が沸き起こった。
「勝者ッ!メアリィ・レガリヤ!」
(こ、こんなはずじゃなかったのにぃぃぃっ!私の徹夜は何だったのよぉぉぉっ!)
審判の勝利宣言とシンクロするように私の心の中の絶叫が木霊する。その大きな歓声にやっと目が覚めたのか、テュッテが一瞬ビクッと震えると、キョロキョロと辺りを見渡していた。
(あなた…立って寝てたの?)
テュッテには申し訳ないことをしてしまったと反省しつつ、彼女に近づいていくと、テュッテは青い顔をして、私に耳打ちしてきた。
「か、勝ってしまったのですか、お嬢様…どうするのです?」
「不可抗力よ。大丈夫、次こそは…」
「でも、お嬢様。次からは…その…闘技場に場所が変わりますよ」
「へ?」
テュッテが言わんとしていることに私は気が付くと、崩れ落ちるように膝をついてしまう。
「そ…そんな、もしかして、ベスト8…入り?なんで?次の試合は?」
「…それが、先の試合で負傷した勝者が、回復魔法で回復しても一日安静といわれてしまい、次の試合を断念して、次の試合は不戦勝という事になっておりました。なので、次の対戦相手であるお嬢様はそのまま繰り上がり…っということです」
そんな話を試合開始前に聞いたような気がしたが、眠すぎて頭に入っていなかった。勝利した者としてはテンションだだ下がりの私を尻目に、歓声はこの日、最高潮に達し、ベスト8入り、一番乗りが決定してしまった。ちなみに、私が膝をついたのは、一番乗りに感極まった為だとか、本当は怖かったのに毅然と振舞い続けた緊張が途切れたとか、実は病弱だが無理をしているとか、いろいろ美化されているもようです。
――――――――――
「どうしよう!ねぇっ!どうしたらいいッ!私、どうしたらいいの!」
「お、お嬢様っ!おち、おちついて!頭を揺らさないで、くだ、さいぃ!」
私は会場を後にすると、そのまま例の誰もいないスポットにテュッテと二人っきりになり、彼女の肩を掴んで、グワングワンと揺すりまくっていた。もう、泣きそうである。
テュッテに言われて、私は揺するのを止めると、彼女はまだ揺れているのか、少しの間、目が泳いでいた。
「こ、こうなったら…ザッハ様かサフィナ様とぶつかって、開始早々に負けましょう。あの二人に一撃で負けても、何の違和感もないはずです」
「そ、そうよね。こうなったら、二人のどちらかに協力してもらいましょうッ!」
苦し紛れのテュッテの案に、私は飛びつく。
「でも、ザッハさんは要領悪そうだし…ここはサフィナに頼もうかしら。あの子なら協力してくれるはず」
私が悪い事を考えていると、トーナメント表をメモしていた紙を見ているテュッテがプルプルと震え出した。
「お、お嬢様。ザッハ様とサフィナ様…このままいくと、準決勝でぶつかります。そして、お嬢様はお二人とは決勝でしか会えません」
「・・・・・・」
しばしの沈黙。
「どうしよう!ねぇっ!どうしたらいいッ!私、どうしたらいいの!」
「お、お嬢様っ!おち、おちついて!また、頭を揺らさないで、くだ、さいぃ!」
そして、ループに入るのであった。
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