私の出番です
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「私の出番が迫ってるわね」
「私…ドキドキしてきました…うまく台本通りできるでしょうか」
今、私とテュッテは控え室からそんなに離れていない、人気のない場所にこっそり隠れ、お互い顔を合わせながら相談している最中だった。なぜか二人ともしゃがんでいる。
「ところで、お嬢様?なぜ控え室で待機なさらないのですか?」
「あんな緊張感でいっぱいな場所にジッとしてたら緊張が私に浸透してダメになりそうだったからよ」
「はぁ…では、私は控え室へ行って、お嬢様の番が来ないか見ていますね」
そう言って、テュッテは立ち上がると、私から離れようとして、私は彼女のスカートの裾を掴んでしまう。
「ひ、一人にしないでよ、かえって緊張しちゃうじゃないのよ」
「でも、出番を…」
「大丈夫、サフィナに頼んで、出番が近づいたら、ここに呼びに来てもらうように頼んでおいたから」
「……サフィナ様で大丈夫でしょうか?」
テュッテの疑問に私は?マークを頭に浮かべていると、今まさに話題のサフィナがハフハフと慌ててこちらに駆けてくるではないか。
「すみません、メアリィ様ぁ!もう、出番ですゥッ!」
走り寄りながら、サフィナは息を切らしてそう告げてきた。
「なぜ、ギリギリなの」
「おそらく、今呼びに行くべきか、まだか、迷いに迷った挙げ句、ギリギリになったのではないでしょうか?」
私の素朴な疑問に、テュッテは、やはりっという顔で答えてくる。
(あんな試合をした後なのに、相変わらずの決断力不足ね…まぁ、サフィナらしくていいんだけど)
などと、ほっこりしていると、テュッテが私の手を握り、会場へと早足で歩き始めた。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと、テュッテ。何を慌てて」
「何言ってるんですか、サフィナ様のあの慌てよう、下手するともう皆会場にいるかもしれませんよ!さぁ、お嬢様、お急ぎください」
「ま、待って、心の準備がッ」
私はテュッテに連れられて、試合会場へと向かうと、案の定というか、すでに対戦相手、というか、試合をする人、全員が会場にいた。
(うわぁ…目立ってるぅ…注目されてるわ…)
私はテュッテを残し、ソロソロと自分の試合会場に立つ。周りを見ると意外と観客が多く、その原因はおそらく、観戦に来ている王子、マギルカ、ザッハ、サフィナ、そしてカーリス先輩と豪華な面子の所為だろう。
(皆、私の試合と言うより、観客に興味津々ね…特に、ザッハとサフィナは今、一番の注目株だから…)
私は深呼吸をして、対峙する相手を見ると、彼は私の何かを探るような目でこちらを見てきた。
(何かドタバタしてここに来たから意識しなかったけど…こう、改めて対峙すると、私、これから試合するんだって、実感が沸いてきたわ…うわぁ、緊張してきた)
私は、腰に携えた伝説の剣(笑)を握る手に力がこもり、剣の硬度が増しているのを確認する。
「それではっ!はじめっ!」
審判の号令と共に、歓声が上がり、私は意を決して、剣を抜き堂々とした態度で彼に剣を向けた。彼もそれにつられて、自分の持つ槍を構えて、私に向けてくる。
「フフッ!さぁ、私の晴れ舞台にしっかり踊ってもらいましょうかッ!」
私の堂々とした態度と、挑発に驚いたのか、相手はそのまま武器を構えて様子を見てくる。
(よぉし、台本通り言えたわ!まずは予定通り先制攻撃は来なかったわね…でも、何でかしら?)
私が疑問に思っていると、観客方面ではカーリス先輩のいらない解説が繰り広げられていた。
「え?あれはわざと…なんですか?」
カーリス先輩の言葉に驚いたサフィナが聞き返す。
「ああ、メアリィ嬢の相手はキミ達とはタイプが違ってね、技も力も平均レベルだが、それを補う計略に長けているのさ。彼の戦い方は言わば、相手を調べ、翻弄し、自分の盤上で踊らせ、敗北へと導くっといった感じだよ」
「つまり、試合開始早々、メアリィ様は相手の得意とする戦法で戦ってあげるから、あなたが盤上で踊りなさいッと、言ったのですね。やけに舞台演技臭くてどうしてしまったのかと本気で心配してしまいましたわ」
カーリス先輩の解説に、マギルカがおかしな解釈をしてホッとしている。
「ああ、大した自信だよ、おかげで相手は出鼻を挫かれてしまった。あれもメアリィ嬢のシナリオ通りかもしれないね」
などと、私の周りで変な会話が繰り広げられているとは露知らず、私はせっせと可憐に負けるための自分で作った台本通りに行動していた。
(まずは、調子に乗った感じで攻めに入ってから…相手のカウンターを…)
私は、彼が私の攻撃を止められるように単調な攻撃を繰り返す。と、次の瞬間、防戦だった相手が、攻撃に転じてきた。私は、それを受け止めると同時に、くぅッと顔を歪めて後ろへ下がる。それを皮切りに彼の連続突きが繰り出され、その度に私は苦しそうな顔を見せ、それを弾く。
(よし、台本通り、防戦一方になったわ…一撃一撃を受け止めるのにやっとです感を醸しだしつつ、非力さをアピール!)
自分でも驚くくらい台本通りに進んでいるのがちょっと嬉しくて、時折ニヤケてしまいそうになるのを堪えながら、私は防御に徹していた。
そんな私を見ながら、また、カーリス先輩の斜め上の解説が炸裂する。
「焦ってるね…相手。終始、メアリィ嬢にいいように踊らされているよ」
「私には、メアリィ様が圧されているようにしか見えませんが」
カーリス先輩の解説に、ハラハラしながら見ていたマギルカが言ってくる。
「いや、あれはあきらかに演技だろ、オーバーすぎる。それに、素人には分からないだろうが、メアリィ様の防御は、相手の攻撃よりちょっと先に動いて、待っているんだ。あれじゃあ、相手は、自分がここへ攻撃させられていると錯覚に陥るぞ」
興奮したザッハが、さらに話を盛ってくる。
「それに、メアリィ様…時折、笑いそうになっているのを堪えています。あれは、攻撃しているはずの彼にとって精神的に追いつめられますよ」
さらに、私の行動をよく見ているサフィナが話を盛り盛りにしてきた。それを聞いていた観客の人々からオ~っという声が上がる。
「あぁぁっ!」
そうとも知らず、私は可愛らしい声を上げて、めいいっぱい後ろに弾き飛ばされた感じで距離を取り、膝をつく。
「お嬢様ッ!もう、おやめくださいッ!勝負はもう見えていますわ!」
台本通りに私に向かって手を差しのべ、テュッテが私の追いつめられた感を倍増させる演出をしてくれると、会場からザワザワとどよめきが起こった。
(う~ん、テュッテったら、ちょっと演劇っぽくないかしら?)
自分のことは気が付かないくせに、他人の事になると、その演技っぽい物言いにちょっと心配になってくる。
「驚いた…第三者まで用意しているとは…しかも、あのメイドも演技だね。っということは、事前に打ち合わせしていたという事か。自分が相手に負けを宣告するよりも、他人に、しかも予定された台詞を言わせるなんて、知略で戦う相手にとって、これほど力の差を見せつけられる事はないよ」
感心を通り越して、もはや驚愕と言った顔でカーリス先輩の斜め上の解説が止まらない。
「いいえ、まだ、終われないわ!まだ、私は戦えるッ!」
私はそう言いながら、ヨロヨロと立ち上がると、彼も後ろに下がって構えなおした。
(ここで、私、がんばる感を醸し出して…)
「…全てを投げ出した渾身の一撃をカウンター…」
「!!!」
(おっと…思わず、口に出してしまったわ…カウンターを受けた私に、それでも立ち上がろうとしたので、テュッテが泣く泣くタオルを投げ入れ、TKOで負けるッ!完璧な筋書き!)
私は自分の敗北を確信しながら、剣を構えると…
「降参です…」
「へ?」
相手の言葉に唖然としてしまった。
「勝者、メアリィ・レガリヤ!」
審判の高らかな宣言にどよめきが歓声に変わり、試合が終了する。
「まいったよ…僕の完全な負けだ…全く、付け入る隙がなかった、さすがと言わせてもらうよ」
清々しい顔で私に握手を求めてきた相手に、私はポカ~ンとした顔で応じ、彼が会場を後にするので、私も後ろに控えていたテュッテの方へと歩み寄っていく。
彼女も事態が把握できず、TKO用に用意したタオルを持ったままどうしていいか分からず、とりあえず、そのタオルを私に渡してきたので受けとった。
「う~ん…メイドの敗北宣言からの、私は満足していない、まだ戦えるだろ?という挑発に、彼は計略とか何もかも放り捨てて、決死の一撃に賭けようとしたんだろうね。それも、彼女の呟きで、よまれていることを悟り…極めつけは、メイドのあのタオルだね。まだ行動していない、さらにメアリィ嬢から指示されていないにも関わらず、主人の汗を拭くための準備をする演出に、終始、彼女の筋書き通りだとまざまざと見せつけられて完全に戦意を失ってしまったようだ…」
「メアリィ様…おっかねぇ…あえて、相手の得意とする戦法で完膚なきまで叩きのめすなんて…」
「さ、さすがです、メアリィ様!」
未だ驚きを隠せないカーリス先輩の迷解説に、恐ろしいモノでも見るような顔のザッハと、うっとりとした表情で吐息を漏らすサフィナであった。そして、私はそんな皆に迎え入れられて、自分の状況をやっと把握できた。
メアリィ・レガリヤ、一回戦、勝利です。
ちなみに、後で知ったのだが、この世界に、試合中、タオルを投げ込むと、負けになるという概念はなかったようだ。テュッテは、なぜタオルを投げたら負けなのか意味が分かっていなかったが、あえて聞かずに従っていたのだそうな…
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