これが・・・ですッ!
数日後……
本日の授業を終え、本来なら家へ帰るはずの私たちは、今、王子が用意してくれた個室訓練所を借りている。
(さすが、王子…先生にどこか個人的に訓練できるスペースはないかい?と聞いただけで、この待遇)
校舎から少し離れた場所に建設されているその施設は、道場くらいの広さを持ち、石の壁、床で作られ、屋根もしっかりある結構頑丈な場所だった。
「さて、サフィナ…これから大会まで、ここでみっちり特訓をするわよ!」
「は、はい!よろしくお願いします!」
私の言葉にサフィナは礼儀正しく礼をする。
「それで?サフィナ嬢にどう、特訓をするんだい?」
場所を提供してくれた王子が興味本位で聞いてくる。サフィナの事情はすでに話し済みだった。
「カルシャナの剣術はすでに完成されている、今更何を向上させるのかな?それで彼に…」
「違います、レイフォース様。『アレ』です」
「ん、あぁ、そうだったね…『アレ』……ねぇ…」
私の指摘にさすがの王子も言い淀んでしまう。
「俺が思うに…サフィナの場合、剣術というよりもっと根本的から変えてかないといけないんじゃないかな?」
王子の隣にいたザッハが思案顔で言ってきた。
「そうですわね…カルシャナの剣術の根本は力押しではなく、多彩な技とスピードを組み合わせ、休みなく繰り出す攻めの剣術…サフィナさんはそのスピードこそ優れていますが、攻めという部分では壊滅的ですわね」
「返す言葉もありません…」
さらにマギルカが畳みかけてきて、サフィナはシュンとしてしまった。
「そこで!私はサフィナに合った剣術を教えてあげようと思っているわ」
意気消沈しているサフィナを励ますように、私はドヤァッという顔で皆に言ってやった。
「え?メアリィ様が剣術を?何の冗談だ?」
「え?大丈夫ですの?無理してませんか?」
「二人とは時間をとって、私という人物について大いに語り合う必要がありそうね」
ザッハとマギルカが心底不信な顔で私に問いただしてきたので、半目になって言ってやると、二人は私から視線をそらして口を閉じた。
「う~ん、まぁ…確かに、メアリィ様は訓練時に時折、おかしな…っじゃなくて、見たことのない動きをする時があったからな…オリジナルの技を作る才能はあると思うけど」
ザッハが途中、失礼な事を言おうとしたところで私が睨みつけると、言葉を変えて話しだす。
(まぁ、オリジナルじゃなくて、前世のアニメやマンガの知識なんだけどね)
私は、今までの会話についていけず、ポカ~ンと口を開けているサフィナの方に向き直って、話を続けることにした。
「まぁ、教えると言っても、理論だけだけどね。それを吸収し昇華させるのはサフィナ、あなた次第よ」
「は、はい!」
「それで、彼女に合った剣術とは?」
私の言葉に、しどろもどろになりながらも返事を返すサフィナと私を見ながら王子が聞いてくる。
「フッフッフッ!ずばり、『抜刀じゅちゅ』よッ!」
「あっ、噛んだ…」
「噛みましたわね…」
「ハハッ…まぁまぁ、可愛らしいじゃないか」
私が口を手で隠し、耳まで真っ赤になってプルプル震えている所で三人の言葉が容赦なく私の羞恥心を抉ってきた。
「コホンッ…ずばり、『抜刀術』よぉ!」
「うわ、なかった事にして言い直したよ」
「偉いッ偉いッ、今度はちゃんと言えましたわ」
「いい加減茶化すのはやめてくれないかしら、キィ~~~ッ!」
私は伝説の剣(笑)を抜いて、逃げ回るザッハとマギルカを追いかけ回す。
「ハハハッ…それで、『ばっとうじゅつ』とはどんな技なんだい?聞いた事がないよ」
私達を爽やかな表情で見守っていた王子が、話を進めようと私に聞いてくるので、さすがの私も剣を下ろして、二人を追いかけるのをやめた。
「論より証拠、今お見せします、レイフォース様。ザッハさん、相手を!」
「え~~~ッ」
私の呼びかけに嫌々ながらもザッハが私と距離をとって対峙する。
「形だけだけど、しっかり見ててね、サフィナ」
「はい、メアリィ様」
私の後ろに回り、距離を取るサフィナに声をかけると、対面のザッハを見る。
「フッフッフッ!よくも皆の前で恥をかかせてくれたわね、覚悟なさい」
「あっ、やっぱり、それも込みかよ」
「さぁ、ザッハさん、切りかかってきなさい」
私は右肩を少し前にして中腰になり、左手で鞘を握り、納めたままの伝説の剣(笑)の柄に右手を添える。
一瞬の静寂…
「それじゃあ、行くぜッ!」
模造剣を構え直したザッハが、上段切りの構えのまま、私に向かって突っ込んできた。
そして…
見事、横の壁に吹っ飛ばされるザッハと、剣を振り切った構えの私がそこにいた。
「これが、抜刀じゅちゅよ!」
「「「・・・・・・」」」
ザッハ以外の三人の沈黙があたりに何とも言えない微妙な空気を漂よわせ、私の顔が見る見る内に赤くなっていったことは言うまでもない。
――――――――――
そして、翌日の授業が終わった後。
私はサフィナを連れて、デオドラの工房へ向かっていた。抜刀術を行うのなら、やはり、持つ武器もアレにしないと様にならないからだ。
「おや、今日はお揃いの二人なんだね、珍しい」
工房に着いた私達を迎えてくれたデオドラは、私とサフィナが同じ制服を着ていることに驚いていた。個性を重視する令嬢界のファッション事情の中、同じ服を着るというのは大変珍しいことなのだと、私は後で知って、サフィナに無理に着る必要はないよっと言ったのだが、彼女は私とお揃いな事に大変ご満悦だった。
「っで、今日は何の用だい?」
「デオドラ様は『刀』というものを知っていますか?」
私は回りくどい言い回しを避け、単刀直入に聞いてみると、デオドラは少々思案顔になって唸り始めてしまう。
(やはり、この世界には刀はないのかしら?)
「いまいちピンとこないんだけど、どんな形をしているんだい?」
デオドラが紙とペンを渡してくるので、私はマンガの模写で描いたことのある日本刀を細かいところを省略して描いてみる。
「ふむ…これが、かたなっていうのかい?剣とちょっと形が違うねぇ…でも、これは…東の大陸にあると言われている武器にちょっと似ているかも…あれは破壊力より、鋭さと切れ味を重視した業物だって、旅をしているドワーフ仲間から聞いたことがあるよ」
(でた!ファンタジー特有の和の国、東の大陸設定。この世界にもあったのね)
「それ、作れませんか?彼女に持たせたいのです」
「お、お願いします…」
私がサフィナを呼ぶと、後ろに下がっていた彼女が、チョコチョコと可愛らしく走ってきて、デオドラに頭を下げた。
(かなり緊張しているわね…一人でここにお買い物させなくて良かったわ)
「う~ん…できないことはないけど…何分知識が少なくてね、希望に添えるものができるかどうか分からないよ?」
「それでも、構いません、よろしくお願いいたします!彼女に合わせた完全特注でお願いしますね!お金に糸目はつけませんから!」
「メ、メアリィ様!」
「ハハハッ、相変わらず豪気だね~♪分かった、作ろうじゃないか!」
「で、でも、私、そんなお金なんて」
慌てだしたサフィナの両手を自分の手で包んで胸元まで引き上げると、彼女は幾分か落ち着きを取り戻してこちらを見てきた。
「大丈夫、私にプレゼントさせて!そのかわり、サフィナにはアレをボッコボコのギッタギタにしてもらうからね」
「は、はい!」
悪戯っぽくウインクをして私が言うと、サフィナはパァッと明るい顔になって返事をしてくれた。
(よし、これで武器もオッケイ!後は、ひたすら習得の為の鍛錬あるのみね!)
こうして、私達の特訓の火蓋が切られた。
ちなみに大会まで後3週間足らずだということに、この時の私は全く気がついていなかった。
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