あんな奴アレで結構です
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とある日の昼下がり、いつもの談話室で私はサフィナの授業が終わるのを待っていた。全ての授業が同じっというわけではないので、彼女だけ受講している物があると、こうやって暇を持て余してしまう。
「皆、武術大会が近づいてきて、ピリピリしてきたな」
「そうね…」
ウキウキした顔で周りを見ているザッハに、私は興味なさそうに空返事をする。正直、そんなことより私が気になるのは、時折何かに悩んでいる顔をするサフィナの方だった。
(でも、マギルカに自分から首を突っ込むなって釘を刺されてるのよね…うう、気になるぅ…私、とっても気になります)
今日こそは、彼女から悩みを聞き出したい一心で、私はサフィナを待っているのだが、一向に彼女が談話室に現れないでいた。
(変ね、いつもなら、授業が終わると真っ先に私達の所に来るのに…)
心配になった私は、談話室を出ることにした。ザッハは気にしすぎだろと言いながらも、ついてきてくれる。
と、談話室を出た廊下の先で私はサフィナを見つけることができた。
(私、ちょっと気にしすぎなのかしら…)
ホッとしながらも、ちょっと過保護になりかけている自分に苦笑しながら、私は彼女の元に行こうとして、足を止めてしまう。なぜなら、サフィナは一人の男に壁へ詰め寄られ、何かを言われていたからだ。
「なに、あれ?」
とてつもなく不愉快な声で私が言うと、目を細め真顔になったザッハが私の隣に並ぶ。
「何か、言われているな…内容は分からないが、彼女、怯えているぞ」
と、逃げるように去ろうとしたサフィナの腕を掴む男に、私の不愉快指数はマックスに達した。
「ザッハさんッ」
「ああッ」
私が何を求めているのか言わなくても分かったかのように、ザッハは返事をすると、サフィナ達に近寄っていき、有無も言わさず、男の腕を掴んで後ろ手に捻り上げた。
「イタタタッ!」
サフィナの手を掴んでいた腕をいきなり後ろから掴まれ、後ろ手に捻り上げられて悲鳴をあげる男に、私は冷ややかな瞳をしながら近づいていく。
「な、なにをする!あっ、おまえ、エレクシル!」
「それは、こっちの台詞よ…私の友人に何してるのかしら?」
「……チッ…レガリヤか…」
男は舌打ちをして、ザッハから逃れようともがくが、どうやらザッハも頭にキているのか、易々と絞め上げを緩めなかった。
「くぉの、離せよォッ!」
ついには本気になって、男はもがき、力ずくで絞め上げを外しにかかった。その速い動きの肘鉄にザッハは思わず手を離し、後ろへ下がってしまう。
(ん?あの構えは?)
一部始終を見ていた私の前で、男は武術の構えを取っている。身につけていたバッジで彼もソルオスの人間だということは分かっていたが、男のその構えは、とても身近で見る構えに似ていたのだ。
(サフィナと同じ…)
「お前ら、俺が誰か分かってやっているのか?」
貴族特有の身分の脅しが入ってくるが、そんなもの私には全く意味がないので、私は冷ややかな目で男を見ると、無感心な声でザッハに問う。
「知らないわ、誰?」
「さぁ?知らない。誰だよ、お前?」
私達のあまりな物言いに、男は顔を真っ赤にして睨んできた。
「おっ、お前達には関係ないことだろう!これは、その女と俺との問題だ!邪魔をするな」
身分の攻撃がきかないと悟ると男は話を強引に変えてきたが、彼の「その女」発言で私の中で何かがプッツンと切れたような気がした。
「…ザッハさん…やっておしまい」
「え?いいのか?」
「私が許す…二度とそのでかい口たたけないようにしてあげて」
この時の「私」とはいわば立場的な意味を含んでいる。貴族界でも並ぶものがいない大貴族レガリヤの公爵令嬢としての命令だった。日頃はこの力を振るうことを避けていた私だが、自分でも信じられないくらい冷めた感情でこの目の前の不快な物体を排除したい一心で命令してしまう。
「何をしているんだい、キミ達。もめ事は勘弁してくれないかな?」
一触即発の私達の後ろから、場の空気を乱すような軽い声で話しかけてきた者がいる。
「カーリス先輩」
今まで黙っていたサフィナが、声をかけてきたクラスマスターの名を叫ぶと、私の理性がすぐさま再構築されていった。
「チッ!」
分が悪いと分かったのか舌打ちした男は、サフィナを一瞥するとそのまま踵を返して、去っていく。
「何なの?あいつは?」
半目になって私は男が去っていった方を見続ける。
「さぁ?」
「おいおい、本当に知らないのかい、キミ達は?今度の武術大会ではザッハくん、キミのライバルになるだろう最有力候補だぞ」
「え?俺の?」
「え~~」
私達の不毛な会話に参加してくれたカーリス先輩の言葉にザッハは驚き、私は心底嫌そうな声をあげてしまう。
「何せそこにいるサフィナ嬢の…いや、カルシャナの武術を身につけている者なんだからね」
「「え!?」」
そして、カーリス先輩の言葉に私達は俯いているサフィナを凝視してしまうのであった。
――――――――――
私達は今、校舎外のオープンカフェにいる。
談話室近くで、あんな騒ぎを起こしてしまった後だし、ちょっと皆の好奇心の目が煩わしかったので移動したのだ。テーブルには私、ザッハ、サフィナの三人が座っている。
「それで、あの不愉快な男は何なの?」
思い出しただけで腹が立ってきて、語尾が少々荒っぽくなってしまい、サフィナがビクッと体を振るわせて怯えてしまった。
「俺のライバルになるかも知れないっていうなら、聞かずにはいれないな」
珍しくザッハもサフィナに詰め寄ってきた。
「えっと…その…あの…」
「ここまできて、部外者だからっとか言わないでね、サフィナ。最近、あなたが悩んでいるのはあいつの所為なの?」
あんな奴に自分の友人が悩まされているのかもしれないと思うと、放っておけなくなってしまい、私も詰め寄る。一度、私達を見たサフィナは、ハァ~っと息を吐き、覚悟を決めて話し始めた。
「えっと、まず、彼の名は」
「それはいいの!聞きたくないわ!あんなの、「アレ」で結構よ」
意を決してしゃべるサフィナに、思わず横やりを入れてしまう私。だって、名前なんて覚えたくもなかったから、それほどに私の彼に対する印象は最悪なのだ。
「っで、アレは何だ?サフィナの家族なのか?」
ザッハも同じ気持ちなのか、私の提案に乗っかってきた。
「いえ、違います…」
「でも、アレはあなたと同じ構えをしていたわ。それにカーリス先輩も言っていたけど、カルシャナの武術を習得しているのでしょ?」
「私達、カルシャナの武芸は一族だけに教えているわけではありません。広く募って、いろんな人に伝授しています」
「カルシャナ流なんちゃら道場みたいな感じかしら?」
「どっ…え???」
「ううん、気にしないで…話を続けて」
私なりの解釈にサフィナがついて来れず、話が止まってしまったので聞き流してもらう。
「つまり、アレはお前の所で武芸を習う生徒で、結構強いって事か?っで、調子に乗って、本家の人間にちょっかいだしてると」
ザッハの解釈に私の怒りが再び沸々と沸き上がってきた。
「やっぱり、あの時、私が沈めておけば良かったかしら…」
私がちょっと本気で平手打ちでもかましてやれば、回復魔法でも完全に回復できないくらいにはできるだろう。いや、再起不能にだって可能なはずだ。前回の失態で、人を傷つける怖さを知ったばかりなのに、あの男に対しては全く、そんな感情が沸いてこない私は、本気で思案し始める。
「さっきから殺伐としてるな、メアリィ様…怖いぞ…」
珍しくザッハが私の呟きにツッコミをいれて、どん引きしてきた。
「…ザッハさんの言うとおり、彼は本家の私を見下しています。でも、仕方ありません…それだけの実力もありますし、お父様も私より、一目おいていますから…」
自虐気味に笑うサフィナを見て、私は自分の怒りを落ち着けようとカフェで注文した紅茶を頂くことにした。
「でも、今まであんな奴、お前の周りにいなかったぞ?何で急に沸いて出てきたんだ?」
ザッハの疑問に私も、確かにっと頷いてしまう。
「えっと…最近…その…話が持ち上がってきまして…」
なにやら話しずらそうにサフィナが言葉を濁してきた。
「何の話かしら?」
だいぶ怒りが沈んできて、私は紅茶を嗜む余裕が出てくる。
「婚約者候補の…話です…」
「こんッ!グふッ」
サフィナの思いがけない発言に私は紅茶を一気に飲み干してしまい、ちょっと咽せてしまった。
この世界の貴族令嬢は早い段階で婚約者の話があがってくると聞いてはいたが、まさかこんな身近な人からその話をされるのはちょっとショックだった。
「なるほど…それでアレがますます調子づいて、お前をもう自分の所有物と勘違いして、ちょっかい出してきたわけか」
バキンッ!
なるほどなぁっとザッハがしたり顔で言った台詞に、私の感情を現すように持っていたカップが柄から音を立てて砕け散る。私は慌てて、それを咄嗟に手放し、ショックで床にカップを落とした風を装った。
「ご、ごめんね…驚いてカップを落としてしまったわ」
私の失態を聞きつけたのか、カフェに勤める従業員が私の周りを掃除しに来てくれた。
数分後、掃除が終わった従業員の人が去っていく。その間がいい感じにクールタイムとなり、私は完全に冷静さを取り戻せた。
「…俺達には関係ない…か。確かに、家と家の話だし、一理あるな」
「はぁ?何言ってるの、ザッハさん。話がでているだけよ、正式決定じゃないのよね、サフィナ?」
仕切り直して、ザッハが結論を述べようとすると、私は即座に異を唱える。
「は、はい…でも…私は…別に、誰かの婚約者になることに悩みなんてありません…幼いときから覚悟も一応してきたつもりですし」
貴族界のちょっとした闇を見て、気分が悪くなるが、こればかりは私にもどうしようもなかった。私だって明日は我が身なのだから…
「それじゃあ、何が悩みなの?」
「……彼が婚約者「候補」というのにジレて、案を出してきたのです。今度の武術大会で自分がトップになったら、婚約者として正式決定してもらうこと、そして、私は翌年からこの学園を辞め、花嫁修行に専念するようにっという案でした」
「何なのそれはッ!」
私は思わず立ち上がり、声を荒げてしまう。周りがギョッとしてこちらを見、従業員が困った顔でこちらへ歩み寄ろうとしたので、私は慌てて席に着いた。
「そんな条件、承諾したんじゃないわよね」
私の鬼気迫る勢いの問いにサフィナは苦笑を見せる。
「元々、この学園には一年だけ通うと言うことで話が決まっていたので、お父様からしてみれば、何も困る条件ではありませんでした」
「どういうこと?」
「えっと…話がそれますが、カルシャナ家は代々、武芸に秀でた者を輩出してきました。もちろん、その対象は男女関係ありません。私も例外なく、物心ついた頃には武術の基本を叩き込まれてきました」
サフィナは自分の身の上を語り出し、私はとりあえず、怒りをおさめてそれを静かに聞くことにする。
「でも、見ての通り、私はドジで臆病で逃げてばかり…剣術も自然と受け身になり逃げ回ることばかりしていて、お父様も私に愛想が尽きて家の者以外の人間に熱心な指導をするようになり…」
「結果、アレが生まれたと」
ザッハの言葉に、サフィナは苦笑しながらも頷く。
「お父様は彼に目をかけ、彼が学園へ通えるだけの資金を出すとまで言いだし、私とともに、学園へ入学することになったのですが、さすがに二人分もお金を支払うだけの財はないので、各々一年だけ学園に通い、どちらか一方、成績が悪い方は、翌年から通うのをやめるっという話になっていたんです」
「「・・・・・・」」
「私は…それで良かったんです…こんな怖い所に行かされて、一年だけ辛抱すればいいというのだから…」
「そ、そんなっ…サフィナ…」
サフィナの言葉にショックを受け、力が抜けていく思いがする。
「でも…それは、入学する前の私の気持ちで、今は違います…メアリィ様に会って、皆と授業をしてて…そりゃあ、怖い思いもしました…泣きそうにもなりました…でも、それでも、今は皆とこの学園にいたい…ご迷惑かもしれませんが…そう、思っています」
「サフィナ…迷惑だなんてこれっぽっちも思ってないわよ」
彼女の独白に私の先ほどまでのショックはどこかに飛んでいって、私はテーブルに置かれたサフィナの手を握ってしまう。
「となると、問題はアレか…」
ザッハの言葉にサフィナの決意した顔が見る見ると曇っていく。
(そうか…来年以降この学園に通いたいなら、アレをどうにかしないといけないわけね)
「アレって、そんなに強いのかしら?」
「どうだろう?だが、カルシャナ卿やカーリス先輩が一目置くんだから、それなりなんじゃねぇの?」
私の問いにザッハが疑問形で答えてくる。
「ん~、あ~、もぉ~!ここでうだうだと考えてても仕方ないわね!こうなったら定番に賭けましょう!」
私は握り拳を作って、席から立ち上がった。
「定番って…何ですか?」
「特訓よッ!!」
恐る恐る聞いてくるサフィナに、私は大きな声で叫ぶと、困った顔の店長らしき人に声をかけられ、店を追い出さ…もとい、店を後にするのであった。
メアリィ様が若干殺伐としてますが…ここまで読んでいただきありがとうございます。