調子に乗っていました
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あれから、何が起こったのか私には一切把握できなかった。ただただ茫然自失で立ち尽くす私を押しのけ、先生達が倒れてピクリとも動かなくなったサフィナに駆け寄っている。
(あぁ…私は、私は、調子に乗っていた…ザッハに攻撃しても彼は数瞬で何事もなかったように立ち上がってきた。それが、私の中で普通になってしまっていた。でも、これが、現実なのよ)
私は震えて視界が定まらない状態ながらも、運ばれようとしているサフィナの左腕が変な方向を向いていることに強いショックを受けていた。
(私は、人を、傷つけてしまった…いや、殺してしまいそうになったといってもいい)
その現実が先刻まで冗談半分に剣を振るっていた自分を打ちのめす。足が震えて、立っていられない。息が、呼吸が上手くできなくなってくる。私は自分が極度のパニック状態に陥って、過呼吸になっていることすら気付いていなかった。
「どうした、メアリィ様!しっかりしろッ!」
「…ザ………ハァ…」
私の異常に気がついて、声をかけてくれるザッハに、私は息苦しさの所為でまともに言葉が出てこない。
「わた……サフィ……をぉ…」
「落ち着け、この程度の怪我なら、医務室に運んで回復魔法をかけてもらえばすぐに治るって!ほら、先生達が医務室に運んでいくぞ!オレたちも行こう!」
そう言って彼は私の手を取ると、強引に引っ張り、私を医務室まで歩かせていった。この時、私は人に触れているだけで、気持ちが少し落ち着いてくることに気がつき、藁にもすがる思いでザッハの手を無意識にギュッと握り返してしまっていた。少し、力が入っていたかもしれないのに、ザッハはそんな事、全く気にさせず、そのまま医務室へと向かってくれていた。
医務室へ到着し、私は部屋の外で待つこと、数十分…
どこで話を聞きつけたのか、マギルカとそして、王子すら、医務室へと走ってきた。マギルカを視界に納めた瞬間、私は我慢していた感情が溢れ出て、泣き崩れるように彼女にしがみついてしまう。
「マギルカぁぁ…私…サフィナをぉ…」
「落ち着いてください、メアリィ様…聞いた話では大丈夫ですわ。その程度の怪我、ここにいる回復魔法の先生ならすぐに治してしまいますよ」
私を抱き寄せ、しがみつく私の頭を優しく撫でてくれるマギルカに、私の心もだいぶ落ち着きを取り戻しつつあった。
と、その時、医務室のドアが開いて、中からローブを纏った先生が姿を現す。
「おや?これは殿下。殿下自らとは」
「挨拶はいい。それで、彼女の容態は?」
先生は廊下で佇む私達の中に王子がいることに驚き、彼に挨拶をしようとして王子に先を促される。
「はい、問題なく回復しましたよ。後遺症もありません。ただ、精神的ショックが強すぎてか、意識が疲弊していますね。しばらく安静にさせております」
「会ってもいいかな?」
「ええ、構いませんよ」
王子と先生のやりとりを見守っていた私に、王子は「さぁ、どうぞ」と、部屋へ誘うように道を開けてくれた。
恐る恐る私はマギルカに連れられながら、部屋の中へと入っていくと、医務室は思いの外、広く、多くのベッドが綺麗に間隔をあけて並べられていた。その一つに見覚えのある栗色のゆるふわヘアーの少女が眠っているのを確認するや、私はタタタッとその場に走り出してしまう。
「サフィナ!」
「…んっ…あっ…メアリィ様?」
私の声に反応して、閉じていた目が開かれ、その翡翠色の瞳がこちらを映す。
「ごめんね、サフィナ…私…えっと、私…」
ホッとした半分、罪の意識半分で瞳を潤ませ、何かを言おうとして、私は謝ることしかできない自分に歯がゆい思いをしながらも、それでも何か言おうとしていると、サフィナは体を起こして、こちらを見る。
「そ、そんな、謝らないでください、メアリィ様。悪いのはボ~っとしていた私なのですから…」
泣きそうな私に、さらに、泣きそうな、いや、泣いているサフィナが慌てだし、残された三人の友人達は、ヤレヤレっと言った顔で、お互いを見合い、緊張の糸をほぐして、私たちの方へ寄っていった。
「大事に至らずよかったよ、サフィナ嬢」
「こ、これは…で、殿下…」
王子の存在にやっと気がついたのか、慌ててサフィナはベッドから出て挨拶しようとする。
「あっ、いや、そのままでいいよ、無理をしないで。先生からは安静にしなさいと言われているんだからね」
「は、はい…申し訳ございません」
恐縮しながら、サフィナはそのまま、ベッドに上体を起こしたままになる。
「あのさ、ホッと一息ついたところで申し訳ないけど、オレも治療してきていいかな?」
今まで何もしゃべらなかったザッハが、場が落ち着いた頃を見計らって自分の右手を皆に見せると、その指がひどく紫色に変色していたではないか。
「ど、どうしたの、ザッハさん、その手」
自分がやったことだと全く気がつかず、私は思わず聞き返してしまう。
「……いや、気がついたらこうなってた…ちょっと、先生に診せてくるよ」
皆の心配を余所に、ザッハは一人、先生の元へ行ってしまった。
唖然とした空気が、場の空気を少しだけ柔らかくしてくれ、私の精神も幾分か落ち着きを取り戻してくる。
「でも、本当にごめんね、サフィナ。怪我の方は大丈夫?」
「はい…この通り」
私が心配そうに彼女を見ると、サフィナはクルクルと左腕を軽く回してみせて、大丈夫だという事をアピールする。
(さすが、回復魔法…現代医学も真っ青ね…)
「それにしても、どうしたんだ、サフィナ?実戦中にボ~ッとしているなんてらしくないぜ」
もう治ったのか、右手をプラプラッと振りながら、ザッハが私たちの元に戻ってくるや、そんな事を言ってきた。
「え…あっ…その…ご、ごめんなさい…考え事をしてしまっていて」
シュンとして、今にも泣き出しそうなサフィナを見た後、私はコラッとザッハを見る。
「考え事ですか、何か悩み事でも?」
「えっと…その…」
さらに、ザッハの質問に乗っかってきたマギルカにサフィナがしどろもどろになり始めた。
「あ、あれよね、悩みって、そう!大会!試合するのが嫌なのよね、だったら、そんな大会、不参加でいいじゃないの?」
「それはできませんッ!!」
どうして良いのか分からず、それでも何かフォローしようと思って、私が思いつくままに軽く考えて発した言葉に、サフィナが珍しく大きな声で、異を唱えてきた。
彼女に似つかわしくないその行動に、一瞬、場が固まり、本人さえも大きな声を出してしまった事に気がつかなかったのか、数秒後、それに気がつくと、その顔がみるみる内に赤く染まっていく。
「ご、ごめんなさい…」
そう言って、サフィナはかけられていた布団を握り、俯いた自分の顔を隠してしまう。
「ふぅ~…まぁ、人それぞれ、いろいろありますわよね。変に追求してごめんなさい」
「あ~、とにかく、彼女が無事だったんだからいいじゃないか。ねっ、この後も授業はあるのだし、サフィナ嬢はこのまま安静に寝てて、僕たちはおいとましよう」
何かを察したのか、マギルカが謝り、王子がこの場をしめてくれ、後ろ髪を引かれながらも私はサフィナを残して、医務室を後にするのであった。
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