[終章] どうやら私の身体は……
私が目を覚ましたのは、翌年のことだった。
長い時間、私は眠り続けていたらしい。
あれからどうなったのか、私は聞かされてもすぐには理解することができなかった。
次第に分かったのは、霊峰が大神殿を巻き込んで半分ほど空間を抉り取られたように跡形もなく消し飛んだということだった。
死者は二名。
教皇ニケ・キーリクスと枢機卿カイン・アルハザード。
国の発表では教皇が作った新しい魔道具の暴走、爆発事故ということらしく、聖教国は混乱に……いや、大きく混乱しているのは上層部くらいだとマリアは言っていたそうだ。多少混乱はあったものの、良くも悪くも国民は言われるがままに自分の役目を全うするだけで、上が誰になろうとも今の生活が保証されるならと関心はなかったそうだ。今後聖教国がどうなるか分からないが、聖女であるマリアの人気を足がかりに、アルディア王国やその同盟国などの協力の下、女教皇の誕生も視野にいれているとかいないとか。
いや、そんな政の話は置いといて、よくまぁ、そんな大規模な爆発の中、私達を連れて脱出できたものだ。市井の人達の間では爆発の前に天から巨大な竜が現れたとか騒がれていたそうだが、それも今となっては噂話程度に収まっているのだそうな。
まぁ、国民には知らされていないが、彼のおかげで爆発の規模がそこまで抑えられたんだというのがシータの意見である。
「まさか……あのオルトアギナが、ねぇ……」
終わりを迎えるニケと最後になにを語ったのか……なにも教えてくれないと不満を零していた可愛らしい司書長様は置いといて、私は窓から外を眺める。
「……皆と一緒に、卒業したかったなぁ……」
動きたくても上手く動けず、ベッドの上からひたすら外を眺める生活。
それが今の私だった。
長い間眠っていたのだから、筋力が低下して動けないのはしょうがないとフォローしてくれたのは両親とお見舞いに来てくれたマギルカ達だったが、果たしてそうなのだろうか。皆だって聞いていたはずだ。八階級魔法の代償のことを……。
「八階級魔法……か」
私は自分の手を見て、握ったり開いたりする。
目が覚めたときよりかは力が入るようになってはきたが、昔とはなんだか感覚が違うような気がしてならない。
ふと、ベッドの近くを見てみれば丸くなって眠っている雪豹の姉妹がいた。スノーはもしもの時の私の移動手段としてそばについてくれているのだろう。なぜ曖昧なのかって、それは簡単なことだった。
私の視線に気が付いたのか、スノーがムクッと頭を上げる。
「起こしちゃった? ごめんね、スノー」
私が謝ると、スノーは私をジ~と見つめた後、部屋の扉の方を見る。
(きっと、なにかしゃべったんだろうなぁ)
今の私には、彼女の声は聞こえなかった。私は聖女ではなく、転生者だ。そして、その膨大な魔力は今はもう、ない。
でも、悔いはなかった。
私はやれることを全力でやったのだから……。
コン、コン。
しんみりしていると静かに扉がノックされる。
「起きてるわよ」
私が声を掛けるとその人は静かに扉を開ける。
「おはようございます、お嬢様」
綺麗な黒髪を後ろに束ね、吸い込まれそうなくらいの魅惑的な漆黒の瞳で私を見てくる私のメイド。長い間眠っていた私が目覚めたとき、最初に見た私の大事な人。
「おはよう、テュッテ」
私は彼女を笑顔で迎え入れるのであった。
そう、私は蘇生魔法を生み出すことに成功したのだった。
テュッテが徐に窓を開けると、朝の清々しい空気が風となって部屋に流れてくる。
テュッテの後ろからひょっこりと現れたのはノアだった。
彼女は今年、正式にレガリヤ家の養女として迎えられており、目下貴族としての基礎知識を勉強中である。お母様の話では来年には学園に入学しても良いレベルだと驚いているそうな。
「おはよう、お姉ちゃ……じゃなくて、お姉様」
貴族らしく、綺麗なカーテシーを披露するノア。うんまぁ、今ここでするようなことではないと思うが、まだまだ日本人が抜けてなくて常識が庶民的ではあるけど、そこは時間を掛けてと言う所だろう。私だって子供の頃は中々抜けなかったのだから、なにも言えなかったりする。
「おはよう、ノア」
「新年を迎えて数ヶ月、お姉様の卒業式はいつ行われるんだろうね? 私、楽しみなんだけど」
「そうねぇ~、残念がってた私に学園長が個人的に卒業式してくれるっていうのはありがたいよね~。しかも、私があまり動けないということでわざわざこっちに来てもらえるという好待遇。申し訳なくて学園長に足を向けて眠れないわよ」
「そうだね~」
「変わった表現ですね、お二人とも。また日本の知識ですか?」
「まぁ~ね~。感謝みたいなものよ。それで言うと、テュッテの献身的な介護のおかげで、私もほらこの通り、結構動けるようにまで回復したし、感謝してるわ。ありがとうね、テュッテ」
「私は、私は?」
「もちろん、ノアにも感謝してるわよ。ありがとうね」
相変わらず着せ替え人形状態の私はテュッテになにもかも委ねて、皆との会話を楽しむ。
「お礼を言うのは私です。お嬢様のおかげでこうしてまたお世話ができるのですから」
着替え終わった私の銀髪をブラシで綺麗に整えるテュッテを私は鏡越しに眺めていた。
「そうだよ~、だから、ずっと私のお世話をしててね。絶対だよ♪」
「フフッ、分かっております」
三人で他愛もない会話をする。それだけで私は幸せだった。
「あっ、そうだ。お姉様の卒業式といえば、国王陛下や王妃様、果ては諸外国の主要な方々が参列したいって言ってるそうだよ」
「え? なにそれ、聞いてないんだけど。そもそも一令嬢の個人的な卒業式でしょ。なんでそんな大げさなことになってるのよ」
とんでもなく胃が痛くなるようなことを聞かされ、私は顔をしかめる。
「と言われましても、旦那様はやる気満々で、準備に招待とあちこち駆け回っておられますよ」
「……お父様……」
「殿下やマギルカさん達も色々手を回しているらしいよ」
「み、皆……嬉しいような胃が痛いような……このまま来年まで動けないってことにしようかしら」
「お嬢様。皆様の御厚意を無下になさってはいけませんよ」
「はぁ~い。でもさ、今すぐってのは無しにして欲しいなぁ。心の準備をしたいから」
と、三人で話をしていると遠くからバタバタと走ってくる音が聞こえてくる。
「メアリィッ! 喜べ、卒業式の日取りが決まったぞぉっ!」
大はしゃぎの父が空気も読まず、まるで一大イベントを執り行うようなテンションで日程を教えに来たのだった。
数日後。
胃が痛くなるような催しがレガリヤ邸の庭園で行われようとしている。
「いやぁぁぁ、いる、いるわ。国王陛下から王妃様まで……一般の卒業式じゃないわよ、もう」
「仕方ありませんよ。殿下が参加なさるとなると王妃様の耳にも入りますし、そうなったら誰も止められません」
「そうですね……なんとか私達だけでと努力はしてみたのですが……」
「まぁ、相手が悪いよね。皆、身分が高すぎるもの」
着替え用の部屋から庭先の会場を見てぼやいた私の言葉を一緒に様子を見ていたマギルカとサフィナが申し訳なさそうに言い、ノアがしみじみとした顔で答えてくる。
「うわぁ~、レリレックス王国なんてフルメンバーで来てるじゃない。なんで一人に絞らなかったの?」
「うんまぁ、あのままいったら王都を巻き込んだ壮絶なる魔族戦争が勃発しそうじゃったからのう。皆仲良く来ることになった」
「危うく私がお留守番をさせられる所でしたわよ。そもそもアルディア王国に関してなら私に任せておけば良かったのですわ」
これまた私のぼやきにエミリアが遠い目で、ヴィクトリカがしみじみとした顔で答えてくる。
「それは、まぁ、しょうがないか、世界平和のためよね。っていうか、なんで庭先で行うのかと疑問に思っていたけど、あれはなに、シータ?」
私は窓から庭に向かって巨大な竜を指差す。
「オルトアギナ様ですが?」
「なんで本にしなかったの? 迫力が半端ないじゃない」
「え~と、それは~」
「本体で行かせてくれないと数百年ほど引き籠もると駄々を捏ねられましたので、仕方なく」
「それで良いのか、智欲竜よ」
シータとレイチェルさんの話を聞いて、私は大きな溜息をつき今一度、庭園を確認する。
錚錚たるメンツに及び腰になりそうだが、他にもシェリーさんなどエルフ達もちらほら見える。 シェリーさんにがっちりホールドされている子供サイズの木のお人形は見なかったことにしておこう。
ちなみにマリアもここへ来たかったらしいが、聖教国の立場や今の情勢がアレだけに手紙だけに留まっていた。
(いつか会えると良いなぁ)
「それでは、皆様。お嬢様はお着替えの時間ですので、会場でお待ちくださいませ」
「へ? このままで良くない? わざわざ着替えなくても」
私はてっきり普段着か、制服もどきで式に挑むのかと思っていたが、どうやらそうではないらしかった。
部屋から出て行く皆と入れ違うように、メイド隊の皆々様が気合いを入れて意気揚々と入ってくる様に私は若干恐怖を感じずにはいられなかった。
卒業式と言ってもそんな格式張ったものではないし、長々と行われるものではない。
学園長様のありがたぁぁぁいお話を聞いた後、卒業生代表からの謝辞があり、一人一人に学園が用意した卒業の証としてのメダルが渡されるのだ。
私としてはそのメダルが欲しくて残念がっていた所もあり、まさかこんなことになろうとは思いもよらず、溜息交じりに今の自分を鏡越しに見る。
(私ってば今からどこかの大きな社交界にでも参加するのかしら?)
入学式の時もそうだったが、どうしてテュッテ率いるメイド隊の人達はこうも私を着飾らせたいのだろうか。再びの場違いではなかろうかと心配になるくらいのドレスアップに私はもうやけくそである。
「お嬢様、お時間です」
「よし、行くわよ。女は度胸っ!」
そうして、私はとんでもないメンツが待ち受ける会場に気合いを入れて挑むのであった。
と言っても歩くのはスノーで、私は彼女の背に乗って行くのだが。
(いや、この程度の距離ならもう歩けるのに両親が許さなくて……一連の事件で過保護さがレベルアップしているような気がするわ)
こうして、私は名だたる方々に見守られながら卒業式を行っていく。
学園長もパッと行ってパッとメダルを渡す程度の軽い作業かと思っていたら、まさかこんな大きなイベントになるなんて想像していなかっただろう。終始、カッチカチに緊張していたのは良い思い出だった。
「卒業、おめでとう」
式が終わり、やっと解放された私に王子が声を掛けてくれる。
「ありがとうございます。でも、同じ時期の卒業生なのになんだか変ですね」
「フフッ、そうですわね。私達の方が先輩みたいな気分ですわ」
「ちょっと待って、マギルカ。それだとまるで私が留年したみたいじゃないのよ」
「わ、私はメアリィ様と一緒に卒業したかったです」
「ん~、ありがとう。サフィナはいつだって可愛いわね~」
いつものメンバーでいつものような他愛もない会話。でも、学園生活は終わり、私達はこれから別々の道を歩み出すのだ。
「メアリィ様、コインは投げないのか?」
しんみりしている所でザッハが提案してくれる。
それはアルトリア学園にあるちょっとした習わしだった。
卒業した者達が神に感謝し、自分達が卒業したことを報告するため、空へメダルを放るというものだ。
私は学園長から頂いたメダルの入ったケースを見る。
大きさ的には直径三センチくらいのちょっと大きなメダルであり、金貨とかそんな高価なもので作られたモノではないのでそれほど価値はないが、卒業生からしたら良い思い出の品であり、卒業したという証である。
それを神様に見せるため空へ放る。なんて素敵な習わしなのだろう。
「もちろん、するわよ」
私がフンッと鼻息荒くするとテュッテがケースからメダルを取りだしソッと私に渡してきた。
(神様、ありがとう。私、学校へ行って卒業できたよっ)
前世で叶わなかった夢がまた成就され、私は空を見上げる。
(神様に届いて、私の想い)
私は想いを込めてメダルを天高くへ放り投げる。大して飛ばないだろうが、それでも天に、神様に届いて欲しい、そんな想いで……。
キラ~ンッ!
そして、私の投げたメダルは星となった。
「え?」
『ブァハハハハハハッ! 飛んでった、空の彼方まで飛んでいったわよっ』
困惑する私の頭にスノーの声が聞こえてくる。
「え? え? なんで、どうしてスノーの声が聞こえてくるの?」
『いやぁ~、聞こえるもなにも、あの事件からあなたにしゃべりかけたの、今が初めてだもん』
「はあ?」
『だってさ、私がしゃべってメアリィが聞こえない素振りを見せたら、私泣いちゃうよ。だから怖くて今まで話しかけられなかったの』
「き、聞こえなかったんじゃなくて、そもそもしゃべりかけていなかったのね」
「そんなことより、お姉様。メダルは?」
「ハッ、そうだった。私のメダル」
空を見上げて落ちてこないか見守っていたが、落ちてくる気配がない。
「燃え尽きたかもね」
「そうだな」
「まぁ、メアリィ様のすることですし」
「え、えっと……」
「ドンマイだよ、お姉様」
皆の言葉が心に痛い。
「ど、どどど、どういうことぉぉぉ? 神様教えて、プリーズゥゥゥッ!」
『まぁ、あの時見てた私からしたらメアリィは力の全てを消費して発動に漕ぎ着けたけど、その後かな……空っぽになったあなたの中になにかが入っていったように見えたのよね。だからあなたは生き残れた』
「入っていったってなにが?」
『さぁ、エネルギーっていうのかしら? なんか良く分からないモノ。っで、それからかな? なぁんか時間を掛けてそれがあなたの中で大きく膨らんで、あなたを満たしていく感じがしてたのよ。でも、危険な感じは全然しなかったわ、むしろ心地良かったまであったし。まぁ、今はもうなにも感じないけど』
「曖昧な表現止めてもらえる? 怖くなってきたじゃない」
『ん~、そうね~、今の結果を踏まえて考えると~。あっ、似てるって言えば、あの感じはあなたがあの装置で神の世界と繋がっていた時に似てたかな。案外、神様があの時まだ繋がっていてあなたの中に宿った、とか? ほらあなたってば器なんだし』
スノーの冗談じみた発言に私は、冗談とは受け止めきれずサァーと血の気が引いていく。
「わ、わわわ、私の中に、か、かかか、神様が宿っているってことぉ?」
『いやいや、神様が宿っているっての冗談よ。おそらく神様は無くなったあなたの祝福を回復する処置をしてくれたんじゃない?』
「ハッ、まさか、あの時ここでやれって言ったのはまだ繋がっていたかったから、とか?」
『まぁ、そんな感じじゃないの? よく知らないけど。そうなると回復に随分と時間が掛かったわね~』
「た、確かに……ゼロからマックスまで回復するのに私ってばこんなに時間が掛かったってことは、元々どれだけ神様に与えられていたのかしら?」
『そりゃ八階級がいけたってことは神様に近いか同レベルなんじゃない?』
「あ、あの時はテュッテを生き返らせたい一心で深く考えてなかったけど、八階級魔法を使えたってことは私のレベルってつまり、そういうこと、だよね」
『そうそう、良かったじゃん、やっと自分のレベルが分かって。死を超越し、創造魔法まで覚えちゃったからもう向かうとこ敵無しよ。正にこの世界に顕界した神って感じよね』
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
(私の身体って、か、神様と同レベル? し、知りとうなかった……確かに私ってばなんか強いね、竜以上かしら、キャッキャッ♪ て浮かれてた時もあったけど、改めて自分の力のラインを知ったらとんでもない存在じゃないの。顕界した神様って……無理無理無理、私はそんなんじゃなくて慎ましく平凡な一令嬢という名のモブを希望しているのよっ!)
「お、お嬢様、どう――」
「ねぇ、神様ぁぁぁ、聞こえますかぁぁぁっ! 私は覚悟決めてたんですから、返さないで全部持ってっちゃってくださいよぉぉぉっ! ねぇぇぇぇぇぇっ!」
「お、落ち着いてください、お嬢様ぁっ!」
雲一つない青空、穏やかな陽気に包まれた庭先で、空に向かって私の魂の叫びが響き渡るのであった。
どうやら私の身体は……完全無敵、いや、よりパワーアップして帰ってきたようですね。
完結です。長い間ご愛読いただき、誠にありがとうございました。