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どうやら私の身体は完全無敵のようですね  作者: ちゃつふさ
第2章 学園編 四年目
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八階級魔法

 真っ暗な世界。

 なにも見たくない。なにも聞きたくない。なにも考えたくない。そんな塞ぎ込んだ私の願いを誰かが聞き届けたのか、この真っ暗な世界は今の私にはとても心地良かった。

 少しでも思考を巡らせば、テュッテのいない今後の世界を思い起こされ、その絶望に私は悲鳴を上げそうになる。

 ならば、いっそテュッテを追って死んでしまえば……。だけど、一度死を経験した私にそんな度胸はなかった。

 死ぬのは怖い……でもこのまま生きていくのは辛い。そんな子供の我が儘みたいな思考に支配され、私はまた考えることを放棄する。

 体育座りで蹲る私の所にヒタヒタと誰かが近づいてくる気配を感じると、私は拒絶の意志を膨らませた。

(まただ、また誰かが私のところに来た。でも、なにも聞こえない。なにも見えない。だから、私のことは放っておいて)

「……お嬢様」

 なにも聞こえないはずなのに、私の耳に聞きたくて聞きたくてたまらなかった声が微かに聞こえてくる。

 私はバッと顔を上げ、立ち上がると辺りを見回した。

「テュッテ?」

 なにも見えないはずの暗闇の中、ポワッと小さな光が浮かび上がる。

「良かった……やっと声が届いたのですね。マリア様の願いが上手くいきました。まさか、私の願いまで叶えて頂き、私の声が彼女に届くとは思いませんでした。そうと分かっていればもっと良いお願いをしましたのに」

 小さな光が大きさを増し、やがて一人の女性の形を作っていく。

「テュッテッ!」

 私はたまらずテュッテに駆け寄り、抱きしめようとするが私の手は彼女の身体をスルリと通過した。お互いが実体ではないことに気が付き、私は空しさと共に再びペタンとへたり込む。

 おそらくこれは精神、というか、魂の世界なのだろう。だから、テュッテもいるのだろうか。いや、それはおかしい。死んだら魂は神様の所へいくはずだ。それは私が死んで転生する間に聞こえた神様の声が証明している。

「ううん、そんなのどうでも良いわっ! テュッテがここにいる、それだけで十分よ。ねっ、ここで二人一緒にいよう」

 無理に作った引きつった笑顔を向ける私に、テュッテはゆっくりと首を横に振って答えてくる。

「私がこうしていられるのはおそらく神様の計らいです。私の肉体はあの時、神様の領域で作られた物質に耐えられませんでした。ですが、その力は魂にまで及び、私をこの世界に留めてくれたのです。なぜだか分かりますか?」

「私と一緒にいるため?」

「……いいえ、お嬢様を歩ませるため……神様は私を残してくださったのでしょう。あの時、私は確かに感じたのです。あれがあの人が言う神を知覚すると言うことなのでしょうね」

「な、なにを言っているのか分かんないよ。神様がテュッテを残してくれたならそれで良いじゃない。こうしてずっとそばにいて」

 縋るように手を差し伸べる私にテュッテはなにもせず毅然とした態度でいた。心なしか全身が震えているように見え、なにかに耐えているようにも見えるのは気のせいだろうか。

「神様はお嬢様を守るためにあえてその存在を希薄にしており、その所為であの装置は混沌とした状態になっております。ですが、それも時間の問題。お嬢様自身が動かなくてはなりません」

 駄々を捏ねる子供に向かって言い聞かせるようにテュッテは淡々と私に告げてくる。

 そんなことを聞きたいわけじゃないと私は耳を塞ぎ力無く首を横に振り続けていた。

「お嬢様……お嬢様がかつて仰っておりましたよね。いざという時に必要なものとは……」

「……歩み出す……勇気……」

 私が思い出し、テュッテを見上げれば、彼女は優しく微笑み頷いてくる。

「そうです。今回もその勇気を持って歩み出しましょ、お嬢様ならできます」

「……できないぃ……できないよぉ……歩み出したらもうあなたはいない。いないのぉ……」

 天を見上げポロポロと涙を零す私にテュッテはソッと優しく、身体がすり抜けないように抱きしめてきた。

「できます。私の大好きなメアリィならできますよ」

 初めてテュッテから名前を呼ばれたような気がする。その特別性に込めたテュッテの温かい想いが私の中に流れ込んでくるような気がした。

「……さぁ、立って……」

 数分、テュッテは抱きしめてくれていたかと思うと、スッと立ち上がり、私を促すように手を差し伸べてくる。

「いやだぁ……お願いだから一人にしないでぇ」

「お嬢様は一人じゃありません。ほら、聞こえませんか、貴女を心配する皆様の声が……」

 テュッテに言われてふと、私は耳を澄ませてみる。すると、どこか遠くから微かに誰かの声が聞こえてくるような気がした。それは聞き覚えのある声だった。

「……マギルカ……」

 私の呟きを皮切りにこの暗い世界に一つ、また一つと光が出現し、明るく照らし始める。

「メアリィ様、メアリィ様、お願いです。諦めないでくださいっ!」

 私が見る先、その光がテュッテ同様、私の親友にその形を変えていった。

 マギルカだけじゃない。サフィナも、ザッハも、王子も、スノーも、リリィも、ノアも、皆、皆が私に語りかけてくる。

「み、みんな……」

「やれやれ、塞ぎ込んだお姫様がやっとお目覚めのようね」

 驚く私に悪態をつくようにマリアが語りかけてきた。

 その後ろにはルーシアさんがいて、その周りにはエミリヤ、ヴィクトリカ、フィフィさんやスフィアさん、エリザベス様や魔王様、ベルトーチカ様など、他にもレリレックス王国で出会った皆がいた。視線を変えればシェリーさん、ロイさん、シュバイツさん達、いにしえの森のエルフの皆もいた。

 さらに視線を変えれば、シータやレイチェルさんとカイロメイア組や人魚のフレデリカさん達もいる。

 とにかく、私が今まで生きてきて、そして出会った人達が種族問わず、こんなに大勢で私とテュッテを囲んでいたのだ。

「……どうして」

「どうしてもなにも娘のピンチに駆けつけぬ親がどこにおる?」

「お、お父様、お母様……って、国王陛下に王妃様までっ!」

 驚きを通り越してビビり散らかすあまり、私はピョンと跳び上がって立ち上がる。

「私は貴女のピンチに貴女と魂で繋がって話しかける勇気のある人を募集しただけなのに、まさか、これ程の人達が集まるなんてね」

 やれやれといった感じでマリアは肩をすくめてきた。

「聖女とやらの説明が雑でな、よく分からなかったが其方の危機だと言うので駆けつけた」

「オルトアギナ……に、もしかしてその巨大なモノは精霊達?」

 巨大な竜が首をもたげてこちらを見、その側には巨大な木と水の巨人が佇んでいる。

「そうだよ~。神様って凄いよね~。私達まで繋げちゃうから規模が広がる広がる。まぁ、そのおかげで仲間外れにされずに駆けつけることが出来たのだから良かったわ」

「うおぉぉぉぉっ! メアリィたぁぁぁん!」

 気を利かせて皆の後ろにいてくれたのはありがたいがその迫力に後ずさりしそうだった。

 気が付けば皆の光に照らされて、私の世界は、心は白く明るくなっていった。

「お嬢様……貴女が勇気を持って歩んだ先に、これだけの人が付いてきてくれたのです。自信を持ってください。貴女は決して一人じゃありません」

 テュッテの言葉に皆が頷いていく。それを見た私のポッカリ空いた心に温かいモノが流れ込んでくるような気がしてならなかった。

「……そうだね。私は一人じゃないんだ。私一人じゃダメダメだけど、皆の力を借りればなんとかなるよね?」

「は、ぃ……ん? お嬢様?」

 私の反応が想像と違ったのかテュッテの表情が若干強ばる。

「これだけ集まれば文殊の知恵ってやつよっ! お願い、皆、テュッテを救うアイディアを頂戴っ!」

「お、お嬢様あぁ?」

 拳を握りしめ、力強く踏み出す私の言葉にテュッテがなんとも言えないトーンで返してくる。

「でしたら、肉体をアンデッドとして復活させられますけど」

 挙手したのはヴィクトリカだった。

「其方はバカか。それじゃあテュッテの魂はどうするのじゃ。ここは魂をゴーストにするのが打倒じゃろう」

 そんなヴィクトリカに呆れた顔でエミリアが別案を出してくる。

「却下です! どうして貴女方はテュッテをモンスター化させようとするのですかっ!」

 マギルカが私の代弁をすると、それを皮切りに皆がわいわいと色々考え始めてくれた。

「あの、お、お嬢様」

「待ってて、テュッテ。なんとしてもあなたを復活させてみせるわ。そうでしょ、オルトエモン」

 困惑するテュッテを見た後、私は期待を込めて後方にいる巨大な黒竜に視線を向けた。

「誰がオルトエモンだ。訳の分からぬ呼び方をするなと言っておるだろう」

 智欲竜の言葉に皆が静まり注目する。

「ふむ……まず、ニケが言ってるようにこの世界に死者を蘇生させる魔法はない。なぜなら、我々は死というものをイメージできないからだ。だが、例外がおることを最近知った」

「あっ、そっか、転生者」

 オルトアギナが一旦言葉を切るとノアが気付いたようにポンと手を叩く。

「そうだ。だが、先も言った通り、そもそも蘇生魔法は存在しない」

 話が戻ってしまい、私はなんでこんな話をするのかと首を傾げる。

「じゃあ、方法はないの?」

「いや、可能性があるとするなら八階級魔法だ」

「「「八階級魔法」」」

 オルトアギナの言葉を私も含めて皆が復唱した。

「八階級魔法って、魔法の最高位に位置づき、カイロメイアが、ううん、オルトアギナ様が提唱した存在はするけど誰も知り得ない未知の魔法、だっけ?」

 確かめるようにシータが捕捉してくれる。

「うむ……八階級魔法を未知の領域と定義する理由は一つ、それが根源だからだ」

「根源?」

「八階級魔法とは、神がこの世界を作った際に全ての魔法を生み出すための根源を指すのだ。言わば魔法を生み出すための魔法、創造魔法とでも言おうか」

「それってつまり、創造魔法で蘇生魔法を生み出すってこと!」

 オルトアギナが言わんとしていることをいち早く理解した私は、瞳を輝かせながら彼の話に割り込んでいく。

 美味しい所を持っていかれたオルトアギナは一瞬んぐっと喉を鳴らした後、臍を曲げることなく溜息交じりに話を進めてくれた。

「まぁ、結論としてはそうだな。だが、言うほど簡単なものではない。それこそ、これは神の所業に等しい行為だ。その消費魔力と肉体にかかる負荷は想像を絶し、並大抵の者では完成することなく死ぬだろう。無論、我もその一人になるところだった」

 オルトアギナですら到達できない魔法と知り、場の雰囲気が沈む。そんな中で、ハッとなにかに気が付き私を見る友人達がいた。

「いや、メアリィ嬢なら……」

「そうですわ、メアリィ様なら」

 もちろん、彼らが思っていることは私も分かっていてズイッとオルトアギナにアピールするように前に出る。

「はいっ! 神様のおかげで魔力と身体には自信ありますっ!」

「だろうな。だから、この話をしたのだ。転生者、メアリィ・レガリヤよ」

 その言葉に周囲が響めく。転生者という単語を知らない人がほとんどなので無理はなかった。

「だが、心してかかれよ。無から有を作り出すエネルギーは想像を絶する程の消費になる。神ではない我らが生み出す代償はかなり大きい。それこそ、お前が神に与えられた祝福なんぞ根こそぎ奪ってくるかもしれない」

「神様に貰ったチート能力を?」

「そうなったら、その祝福された身体はその負荷に耐えられず崩壊、とまでいかなくとも確実に衰弱し、以後お前は普通の生活すらままならない状態になるかもしれない」

 オルトアギナの言葉に私は前世の私、その生涯を病室で過ごした自分を思い出す。

 あの頃に戻りたくない。その一心で前世願ったこの想い。

 それでも私の決心は揺らぐことはなかった。

「私のなにもかもを犠牲にしてでも、私は私の大事な人をこの手に取り戻すわっ!」

 私は決意を新たに叫んだ。そこに迷いも恐れもない。

「フッ、ならば、こんな所でいつまでぐずついているつもりだ? 行け、メアリィ。吉報を待っておるぞっ!」

 オルトアギナの激励を受け、私は姿勢を正した。

 今一度集まってくれた皆を見回すと、皆納得した顔で頷いてくれる。その一人一人が私に勇気を与え、活力となっていった。

(神様、私をこの世界に連れてきてくれて本当にありがとうっ!)

「行って来ますっ!」

 そう言って、私は歩み出した。

「はい……王国の国境付近で皆、お待ちしております」

「うん、待っててね。必ず『皆』で戻るから」

 マギルカの言葉を合図に、私を見送ってくれる皆が次々とその姿を光に変えて、それが一つになっていく。

「……お嬢様。私のためにそんな――」

「無茶だってするわっ! これだけは私の我が儘を聞いてもらうわよっ、テュッテッ!」

 ニカッと笑い、私は近づいたテュッテの横をすり抜けていく。

「……いつものお嬢様に戻ったのは良いのですが……素直に喜んで良いものか……」

 そんな声が背中から聞こえてくるが、私の歩みは止まらない。一歩一歩力強く歩む先、そこは皆が作ってくれた光の扉。私はそんな扉を躊躇することなく開け、中へ入っていくのであった。

 

 

 

「なんだ? なにが起こっている?」

 ホワイトアウトした意識がニケの困惑する声で覚醒する。

 思わず一発ぶん殴ってやろうかと思ったが、貴重な力をそんな些末なことに使うのはもったいないと私は私の使命を全うすることにした。

「うおぉぉぉぉぉぉっ!」

 気合いを入れるため雄叫びを上げ、私は動きにくいこの拘束を解くべく手足に力を込める。

 周囲に稲光が走り、どこかで大きな爆発音と軋み音が鳴り響いた。

「なにをしているのだぁぁぁっ! そんなことをしたら装置がぁぁぁっ!」

 絶叫するニケの声が聞こえてくるがそんなこと私の知ったこっちゃない。こっちは早くテュッテの元に行かなくてはならないのだから。

 しばらく騒音と一緒に藻掻いていれば、やっとの事で身体が解放される。スタッと床に降り、私は一度身体の調子を確認した。

(え? 身体が痛い? 私の身体に加護を越えるとんでもない負荷が掛かっていたってことかしら……でも、これくらいなら大したことないわね)

「なんてことを、私の夢がっ! 私の使命がぁぁぁっ!」

 発狂に近いニケの声が聞こえるが無視である。私がどうこうしなくても、そもそも彼は傷つき、もう動けないのだから。

「お姉ちゃんっ!」

 ノアの叫びで私は自分の身体の確認を止め、声のする方を見てみれば、彼女は白銀の鎧を動かしマリアと一緒にスノーの背に動かないテュッテの身体を慎重に乗せながらこちらを見ていた。どんどん器用になっていくなぁと感心しつつも、私は周辺で爆発が起こっていることにやっと気が付く。

(あまり時間を掛けられないわ)

 状況が状況なだけに、もしかしたらここから退避しなくてはならないかもしれないが、それよりも優先して私にはやらなければならないことがあった。

 私は光の扉を越え意識を取り戻す瞬間に微かに聞こえた謎の声のことを思い出す。いや、謎ではない。かつて二度、私は聞いたことがあった。それは転生する際と神託の儀の時だ。

 ――今すぐ行いなさい――。

 その真意は分からないが、この状況下で行わないと成功しないという神様のお告げなのかもしれない。テュッテの魂は本来ならとうの昔に神の元に送られていたはずなのに、ニケの道具でこの世界に一時的に縫い止められている状態だった。その効力が無くなろうとしているのかもしれない。

(魂が消え去ってから蘇生しても、それは果たしてテュッテなのかしら?)

 その疑問の回答が先の神様の声なのか。私は少し軋む身体を動かしノア達の元へ駆け出す。

『メアリィ、ここはマズいわ。一旦離れよう』

「ダメよ、スノー。神様は今すぐ行えって言ったの。だから、ここで八階級魔法を行使するわっ!」

『えぇ~、じゃあ、私は残るとして~、二人は避難させようか』

「……ごめんね、スノー。一蓮托生で」

『いつものことよっ』

 私とスノーが相談していると、ノアやマリアが気を利かせてくれたのか黙々とテュッテを床にソッと寝かせてくれる。

「あ、ありがとう……て、なにしてるの? 二人は退避して良いのよ」

 手伝ってくれたマリア達はそのまま私を見守って動こうとしなかった。

「時間がないんでしょ、パパッとやっちゃって」

「私は、お姉ちゃんとテュッテを置いていく気はないわ」

「……ありがとう、皆。後のことはお願いね」

 私の言葉は暗に、八階級魔法を使った私がその後何もかも失って動けなくなるかもしれないからフォローよろしくということだったが、上手く伝わったらしく、皆頷いてくれた。

 私は一人じゃない。皆が手を貸してくれる。それだけで私は心落ち着かせて挑むことが出来た。

「主よ、その根源たる力を持って我が道に新たなる導きと祝福を、与えたまえっ!」

 今までとは違う神に祈るような魔法。その発動と共に、私の身体の中でなにかが弾けたような感覚に捕らわれた。そして、私の身体に今まで感じたことのない異変が訪れた。

(そ、そんな……頭が、身体が……もの凄く痛い、痛い……なんで……どうして……)

 八階級魔法の代償は私の想像を越えてくるモノだった。

 神様がくれた無効化スキルなどモノともしない負荷が私を襲ってくる。

 とにかく、生まれて初めての激痛だ。

 神様に守られてヌクヌク育った私には耐えがたい痛みである。

 泣き叫び、のたうち回りたい衝動を堪えて、私は八階級魔法を発動し続ける。

 すると、今度は身体から力がどんどん抜けていく感覚に捕らわれていった。

 それは事実抜けていっているのだろう。力が抜け、魔力が抜け、意識が飛びそうになり祈る体勢が崩れそうになるが、私はなんとかその姿勢を維持し続ける。

(辛い……苦しい……でもなんだろう、挫けそうな心を誰かが守ってくれているような気がする)

 今まで感じたことのない負荷が私に容赦なく襲ってくる。それでも、発動のため私がなんとか耐えることができたのは最初の衝撃で意識が飛びそうだったのをなぜか踏みとどまれたことだった。

(誰かに、見守られている?)

 だが次第に、そんなことを考えている余裕すらなくなってきた。

 なにも見えない、なにも聞こえない、口から零れる血の味すら分からない。五感が麻痺し、自分という存在が分からなくなってくる頃には心が恐怖に染め上げられていく。

(怖い、怖い……私、どうなっちゃうの)

 いっそのこと意識を失って全てを委ねてしまおうか。

 いや、ダメだ。この感覚は覚えている。

 これは紛れもなく死だ。

 一度味わったことがあるからこそ、私には分かった。

 だからこそ、それがギリギリのところで私を踏みとどまらせ、抗わせてくれた。

 止めるわけにはいかない。たとえ自分がどうなろうとも、私はテュッテを取り戻したい、生き返って欲しいのだから。

 と、次の瞬間、私の頭の中でなにかが弾け、フッと言葉が浮かび上がる。

「リザレクション」

 わずかその一単語を口にして、いや、本当に発したのか分からないが、私の全てが真っ白に染まっていった。

 

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