崩壊
なにが起きたのか分からない。
いや、認識したくない。
本能的に私は現状を理解することを拒絶した。だって、その現実を認めたら私は正気でいられないから……。
でも、現実は優しくなかった。
テュッテが床に倒れ込んだ姿が嫌でも目に入ってくる。
「テュ……テュッテ?」
恐る恐る震える唇で倒れたテュッテに声を掛ける。
だが、彼女に反応はなかった。
「チッ、邪魔が入ったか……ゴフッ」
遠くで吐血しながら呟くニケの声がとても近くにいるようにはっきりと聞こえてくる。
「器を殺す唯一の手段を、あの女に使うとは」
殺すというワードを耳にして、私の鼓動が早くなる。
「テュッテ……ねぇ、テュッテ?」
倒れたまま動かないテュッテに呼びかけながらヨロヨロと近づく私は、恐る恐る彼女の身体を起こす。
何の抵抗もないテュッテの反応。それはまるで眠っているような……いや、息をして、息をして、息をして……。
「いない……」
口に出したとき、私の中でなにかが弾けた。
この現実を、受け止めたくないという感情が爆発し、私のあらゆる行為を拒絶する。
「オーバーオール・ヒーリングッ! オーバーオール・ヒーリングッ! オーバーオール・ヒーリングッ!」
私は回復魔法を頻りにかけようとするがそもそも発動しなかった。
「死んだ者に回復魔法は無駄なことだ」
「そ、そんな」
「言っておくが、この世界に蘇生魔法などない。かつて私も求めたことがあるから確かなことだ」
「それじゃあ……」
「そうだ……死んだ者はもう救えない」
「……うそ……」
いつの間に近づいてきたのかボロボロの姿のニケが私に向かって冷ややかに現実を突きつけてくる。
「…………」
「死んだのだ」
ニケが聞きたくない言葉を何度も何度も浴びせかけてきた。その度に私の中でなにかが砕け、壊れていく。
「……ぁ……ぁ」
言葉にならない声が震える唇から漏れ出てくる。視線が上手く定まらない。
私の油断が招いた結果だ。
私は心のどこかで自分に与えられた力に自惚れていたのだ。事実、その気になればニケがなにをしても私には通用しなかった。私の一撃で惨めに飛んでいき、今ボロボロの姿で私の前にいる。
私は無敵だ。
でも、それは身体だけであって心はそうじゃない。
「……テュ……テ……」
冷たくなっていくテュッテの手を取ると、握り替えされることなく、その手はスルリと私の手から滑り落ちた。
「その女は『お前の身代わり』に死んだのだ」
そうなった張本人が私を責めるように言ってくる。
「……いや……いやぁ……テュッテ……テュッテ……」
そこまで言われた私は、怒りが、憎しみが、ニケに向いて爆発……しなかった。
代わりに溢れんばかりの涙を零し、体裁も気にせず惨めにも泣きじゃくり、テュッテを抱きしめ、嗚咽混じりに彼女の名を呼び続けるだけだった。
私の中には怒りとかそういう感情よりも、絶望だけが広がっていた。私の心は身体に反比例するほどに弱かった。
と、私の中で初めて会ってから今までのテュッテとの思い出がフラッシュバックのように浮かび上がってくる。
どれもこれも楽しい思い出。
だが、それが失われた。もう、あの声を聞くこともあの笑顔を見ることもできない。
大切に思ってくれた人達を置いて死んだ私が今、その人達と同じ気持ちを味わう。
(あぁ、前世のお父さんとお母さんはこんな気持ちだったのだろうか……)
この喪失感と孤独感を背負って明日から元気に生きていけというのか。
(無理だ……無理だ、無理だ、無理だ、絶対無理だ。この喪失感を背負いながらひとりぼっちで生きていく自信がない)
「む、り……こんなの……耐え、られ、な……ぃ……」
涙で視界が歪む中、私は神様に懇願するように天を仰ぎ、そして……。
私の心は壊れ、この現実を拒絶した。