転生者への期待
「テュッテ、どこか痛い所ない? なにかされたとかない? 回復魔法かけようか?」
「メアリィ、あんたさっきからそればっかりじゃない。いい加減落ち着きなさいよ」
「そうですよ、お嬢様。さっきからくっついてばかりで動きづらいです」
「いやよ、もう離れたくない」
カインと遭遇した所から離れて、一旦落ち着こうと互いの状況を確認しているのだが、私はさっきから同じことを繰り返しているらしい。
マリアに茶化されても私は飽き足らず、テュッテに構いっぱなしだった。
今回の件で私の中でどれだけテュッテが大切なのか再認識し、その依存度が増していると言っても過言ではない。
「まったく、子供なんだから……まぁ、後はノアを回収してさっさとこの国から離脱すれば、おそらく国境で待ってるだろう王子達と合流できるでしょう。独りでちゃんと帰れるのかしら、心配になってくるわ」
「えっ? マリアは来ないの?」
「当たり前でしょ。私はここに残って色々することがあるのよ。教皇や枢機卿達のしたことについてとか、この騒ぎの後始末とか」
マリアに言われて、私はテュッテを取り戻したことで冷静に物事を判断する能力が戻ってきたのか、事の大きさを今更ながら把握し、恐縮する。
「ごめん……とんでもない騒ぎになっちゃった」
「良いのよ、そもそもふっかけてきたのはこちら側なんだし」
そう言って、マリアは歩き出す。目的の場所はテュッテが来た最奥の儀式場だった。
そこではどういう経緯でそうなったのかよく分からないが白銀の鎧とニケが戦っているらしい。
私は再度テュッテとリリィの状態を確認する。
「二人とも、大丈夫そうね」
『ちょっと、私の心配はないわけ?』
テュッテとリリィを触って様子を確認していると、スノーがズムッと私の頭の上に前足を置いてきた。
「その様子じゃ、大丈夫そうね」
そして、私達はノアがいる最奥へと走り出す。
私と同じ転生者にして、エインホルス聖教国の教皇、ニケ・キーリクスがいる所へ。
(ノア、無茶だけはしないでよ。時間稼ぎだけで良いからね)
何の障害もなく私達は大神殿の最奥、だだっ広い火口に作られた巨大な装置へと辿り着く。
その中央、その空中に高速で交差する二つの影があった。
白銀の全身鎧と漆黒の全身鎧である。
二つの鎧はどこか似たような形をしており、その力も拮抗している。
だが、それも次第に漆黒の鎧の方が有利になってきていた。どうにも白銀の鎧の動きがぎこちなく見えるのだ。そう思っていると、一瞬白銀の鎧が電池切れしたように棒立ちになり、漆黒の鎧の攻撃をまともに受けて床に叩きつけられる。
すると、今まで動かなかったノアが苦悶の表情を浮かべてよろけた。
「ノアッ!」
「お、お姉ちゃんっ」
反応したのは倒れた白銀の鎧ではなく側に立つノアだった。テュッテの話では鎧とノアがリンクしているとのことだったが、今の感じではその接続が切れたように見える。
「残念だったな。時間をかけ修練を積んでいればお前が勝っていただろう。だが、ここに来ての付け焼き刃。時間が経てば経つほど不安定になって、もう動かすのも限界のようだな。にしても……」
倒れた後、起き上がることもしない白銀の鎧を空から見下ろしていた漆黒の鎧が合流した私達を見てくる。
「……カインでは足止めにすらならなかったか……こちらも思いのほか手こずってしまったが、まぁ、再起動に十分な時間が取れたということで良しとしよう」
「本当にあのニケなのね」
漆黒の鎧からあのニケの声が聞こえてきて私は自然と身構えると、彼は少し距離を取ってゆっくりと床に降り立った。
「お前とは初めまして、と言った方が良いのだろうな。確か、この世界ではメアリィと名乗っていたか? まぁ、どうでも良いか。それよりも、まさか転生者が三人も集うとは……これも神の導きか?」
「神様じゃなくて、あなたがそうさせたんでしょうが」
「いや、そういう意味で言ったのではないのだが……」
私の指摘にニケが意味深な返しをしてきて私は訝しむ。
「とにかく、私は只、奪われた者を取り返しに来ただけ、あなたをどうこうしようとは思っていないわ。ただし、今後も私達に干渉してくると言うなら話は別よ」
相手はあの聖教国の教皇だというのに、私は目一杯の虚勢で対抗する。端から見たら大問題な発言だろう。
「ホウ、これからも干渉すると言ったらど――」
ニケの挑発に私は敢えて乗り、その距離を一気に詰める。今の私は全力の全力だ。ここまで自分の力を解放したのは初めてかもしれないと思えるほど、今の私に躊躇も容赦も無かった。
私が繰り出す拳がニケの振るう剣にぶつかると、その剣は木っ端微塵に吹っ飛び、私はそのまま勢い良く相手の顔面に一発お見舞いしてやる。
ニケを守る漆黒の兜がひしゃげ、そのまま彼は後方へ地面を滑るように飛んでいった。
「……な、るほど……あらゆる生物に負けないというのは本当らしいな……素晴らしい身体だ。やはりこれは神の導きっ!」
ひしゃげた兜を脱ぎ捨て、ニケの顔が見えたのだが、彼は悔しがるとか、驚愕するとか、そういった表情ではなく、笑っていた。この状況をとても嬉しそうにしていたのだ。
「ちょいとマリアさん……ニケって殴られて喜ぶタイプなのかしら?」
「し、知らないわよ、そんなことっ。それよりも今は集中しなさいっ」
予想外の反応に私は思わずマリアにヒソヒソ話を持ちかけると、彼女も小声で私に注意してくる。
「フッ、これが喜ばずにいられるか? 私の計画にようやく光りが差し込んだのだぞ。いや、今ここに叶うと言っても良いだろうな」
私とマリアのヒソヒソ話が聞こえていたらしく、ニケが答えてくる。
(そういえばカインが言っていたわね。神への感謝、神の期待。人類のレベルアップ)
スケールが大きすぎて、ニケの目指す所が今一ピンとこなかったが、共感できたのは神への感謝くらいだろう。そして……。
「期待……」
「ああ、そうだ。お前は神に感謝しているか?」
「当たり前でしょ。私をこんな素敵な世界に連れてきてくれたんだから」
「ならば、そこに込められた期待はどうだ?」
「そ、それは……」
正直、カインの話を聞くまで私は深くそれについて考えたことがなかった。
「神は自分が作ったこの世界を愛している。今もその全てが進化し、己が領域まで到達することを期待して見守っているだろう。だが、完成された世界に限界が訪れ、その先への道が足踏み状態になったとき、神は考えたのだ。自分が手がけた世界の外側の魂を混ぜ合わせようと。そう、私達は起爆剤なのだ。だからこそ、神は私達に過剰な加護を与えた。それが期待の表れなのだよ」
ニケの自信に溢れる物言いに釣られ、だんだん私もそうなのかもしれないと思えてくる。
私がこの世界にいる理由。そして、私にもたらされたこの能力の意味。
「私はエルフという特性を生かし、長きに渡ってその先を模索し続けた。この世界から見たら私はきっと常人外れした超人に見えていただろう。その実、どうしようもなく只の凡人だったのにな。だから、なにをしても私は私の知る知識をなぞるだけに留まっていた。これでは私は只自分がいた世界の焼き回しをしているに過ぎなかったのだ。神はこんなモノを期待して私をこの世界に連れてきたのではない。もっと先を……だから私は妥協せず模索し続けた。だがある日、私はある一つの仮定に行き着いたのだ。凡人の私に期待しているのは私による人類の飛躍ではなく、神はこの世界に今一度降り立ち、世界に干渉したいのではないのだろうかと。そう思ったら全てが腑に落ちた。私の存在、私の能力、その全てを駆使して神の領域を開き、神を降ろす。それこそが、この世界の進化に繋がると」
「神をここに呼ぶ?」
「ああ、そうだ。誰もが知覚できる存在として、神をこの世界に存在させるのだ。そして、神が事実上この世界を統治するっ! あぁ、なんとも簡単で難しいことだろう。だが、私はやり遂げようと誓った。たとえその方法が人道に外れようとも……いや、そんなモノに捕らわれているからこそたどり着けないのだと……」
彼がどれ程苦悩し進んできたのか私には想像できないが、だからといって他人に対してやって良いことと悪いことはある。自身の理想を他人に押しつけやりたい放題は違うような気がしてならなかった。
「まず、神の領域に近い存在。それは魂だ。だから、私は魂の存在を実体化するため様々な実験をしてきた」
「それが、神獣達……」
「ああ、その通り。だが、概念というフィルターを取り除き、魂を剥き出しにしてもこの世界の人間には知覚できなかった。唯一できたのは私達転生者だけだ。なぜなら、転生者こそが魂を体現する存在なのだからな。だからこそ、私は確信した。私の存在意味を。私が目指す道の正当性を。だが、次の段階で完全に行き詰まっていた。それを打破できたのは他でもない、そこにいる白銀の鎧のおかげだった。神がなぜ、あんな状態の転生者を連れてきたのか、些か疑問に思っていたが、お前が身体を移したいと願っていたことを知ったときは震えたよ。私が行き詰まっていた魂の操作を実現できる最適な実験体になったのだからな」
「え? 私が……」
「そうだ、お前は私の計画を成就するために神が与えたと思えるほど都合が良かった。いや、そのために生み出されたと言っても過言ではなかった」
「……そ、んな……私が……」
ニケに言われてノアがワナワナと震え出す。利用された怒り、いや、図らずもニケの計画に加担してしまった自責の念からの震えだろうか。それとも、神がそんな理由で自分を転生させてくれたということを真に受けて……。
そんなことはないと、私はノアを落ち着かせるようにそっと優しく包み込む。
「違うよ、ノアはそんなことで神様に連れてこられたんじゃないわ」
「そして、極めつけがお前だ、メアリィ・レガリヤ。移動を実現できたが、次に問題になったのは器だ。有機物しかり、無機物しかり、どれもこれも高次元の存在を内包するに足る器が存在しなかった。私に出来たのはほんの小さな存在を作り出す、それだけだった。それも今、解消された。神はその器を私に授けてくれたのだからなっ!」
熱く語るニケだが、もう私の考えは彼に感化することはなかった。
「……違う。神様はそんなことを考えて転生させてくれたんじゃないわっ」
「なに?」
「幼少の頃、私は神託の儀で神様に出会えたもの」
「神託の儀? ああ、神の存在を子供の頃から認識させようとして、その道具を大量に作ったあの計画か……教会を通してアルディアまで普及していたのか。だが、あれに本物の神とコンタクトできる機能はない。あらかじめ用意された映像を見せるだけだ。作った私が断言してやる」
「でも、あなたはゼロから生み出すことはできないってテュッテから聞いてるわ。だとしたら原型があるはず」
「原型……確かにあったが、はて、どこへ行ったのかなど覚えていないな」
「あなたが作った道具は壊れても自己修復するの?」
「いや、それは模倣できない。それはもう神の領域だ」
「なら、私の所にあったのは本物ね。だって、壊れても元に戻るのが普通だったんだから」
「なに……」
「神様は私に言ってくれた……より良き生涯を送りなさい……と。神様は決して私達になにかを背負わせる気はなかった。只純粋に、私が前世で悔いの残る生涯を送ったから、次はこの世界で生きる喜びをと、チャンスを与えてくれただけっ」
「ふざけるなっ! そんなことでこれ程の力を与えられるかっ!」
私の言葉に珍しく感情を露わにニケが激昂する。自身が抱く特別性を、費やした生涯を否定されたみたいで無理はないが、こんな小娘の言うことを真に受ける所を見ると思う節はあったのだろうか。
「そんなの、あなたが言ったじゃない。神様はこの世界を愛しているって……それは私達も同じだと思うわ。だってそうでしょ? 神様はその愛を持って、私達の最後の願いを最大限に叶えようとしてくれただけなのだから」
「そんな……そんなわけ、あるか……これが全て只の神の愛だというのか……そんな……そんな……」
私の言葉に独りブツブツと呟きながら頭を抱えるニケ。だが、それも束の間、すぐに元の落ち着きのある彼に戻っていった。
「いや……仮にこれが神の愛だとしても、その愛に私は応えるだけだ。なにも変わらない」
冷静になったニケが私を見る。彼は神への感謝を込めて、どうしてもそれを形にして世界へ還元したかったのだろう。その気持ちは分かる。だが、それで私や、私の周りに危害が及ぶのであれば話は別だ。結局の所、私と彼の考えは平行線のようだった。
「全ては神のため……」
スッとニケがなにやら手の平サイズの道具を取り出し、そっと口に持っていく。
「動くなっ」
ニケの言葉と同時に周囲に変化が訪れた。皆が金縛りにあったかのように動きがぎこちなくなっていったのだ。
「な、なに……」
『か、身体から力が抜けていくわ』
皆が震えながら自分の状態を口にする。
「我が奥の手。過酷な森で生き残るために私が死に抗いながら、皆を守るためと最初に作り上げた魔道具。あらゆる生物、神獣すらも容易に捕らえることのできた精神感応魔法を利用した拘束魔道具だ。お前達などに抗うことなど出来はしない」
どうして神獣全てがニケ一人に集められ、あれほどまでに惨たらしい状態になったのか些か疑問に思っていたが、これが原因だったのだ。
(あれの所為で、あれの所為で、皆はあんな思いを抱き続けなくてはならなかったのっ!)
「よし、これで無抵抗の器を――」
神獣達が見せてくれたあの思いを思い出し、私はカッとなって飛び出していた。
そう、私にその道具の効果は発揮されなかった。そして、私が動けるなんて思いもしなかったのだろう。私の渾身の拳がニケの腹部にめり込み、彼はきりもみするように後方へ飛んでいって、そのまま床に何度かバウンドしながら巨大な装置を離れ、火口へと落ちていった。
マリアの話ではこの山は火山ではないので下にマグマはない。だが、この高さから落ちたのだから無事では済まされないだろう。
ニケの余裕はあの隠し球があったからだったのだろうが、私がまさか『あらゆる生物』の枠から外れた存在だとは考えもしなかったようだ。とはいえ、それはそれでどうなんだ? 誇って良いことなのだろうか些か疑問ではある。
皆も道具の効力が解けたのか、ドッと疲れたように膝を突く。
終わった。
ここまで来るのにかなりの覚悟で挑んだのだが、蓋を開けたら、なんとまぁ、あっけないことだろうか。それほどまでに私の能力がデタラメなのだろう。私は神様に感謝するばかりである。
「神様……私は今度こそ、悔いの無い生涯を送ります」
私は天を仰ぎ、今一度誓うように思いを口にした。
「お嬢様っ!」
テュッテの言葉に私は視線を空から彼女へと移動する。彼女の姿を見て、私は改めてホッと胸を撫で下ろすのであった。
「帰ろう、皆が待ってるわっ」
駆け寄るテュッテに私は笑顔で迎える。
だが、テュッテはそのまま私を追い越した。
「えっ?」
意味が分からず、私はテュッテを追うように首を動かす。
その後ろ姿はまるで私を守るように手を広げられ、立っていた。
「えっ?」
とても長く感じた。だが、実際は一瞬の出来事だったのだろう。
それでも、私はほんとになにが起こっているのか理解できず、呆然とテュッテの背中を見るだけだった。
そして、彼女が頽れていく。
その遥か先に鎧を失いボロボロになったニケが私の視界に入ってきたとき、私の心臓がドクンと高鳴り、頭の中が真っ白になっていった。