枷
「行こう、スノー。まだ終わってないわ」
私は離れた学園の方を見、スノーは皆の元へと駆けていく。
(こんな暴挙に出た枢機卿を止めないと……これ以上の被害なんて出させない)
私は到着次第、枢機卿に対し全力で鎮圧に掛かろうと決心した。
と、程なくして私達が学園に戻ってくると、騒ぎは収まり始めている。
これも事前に色々対策していたターリアとクラウスさんの働きによるものだろう。
リリィを抱きかかえるマリアは空から見て疲れてそうだが、それ以上にとても嬉しそうだった。
そんなマリアとリリィを心配そうに眺めるルーシアさんとノアが見える。
後は枢機卿をどうにかすれば、この事件は終わりを迎えるだろう。私は皆を上空から探した。
それもさほど離れた所にいなかったのですぐに見つかった。
エミリアが加わっているのだが、そこはさすが枢機卿と言うべきか、未だ決着がついておらず、にらみ合いが続いているみたいだ。
ならば、私がその引導を渡そうではないか。
「スノー、皆の前に降りてっ!」
『はいよっ!』
私の指示で、にらみ合いをしている皆と枢機卿の間にスノーが舞い降りる。
「枢機卿。貴方の企みもここで終わりよっ」
スノーから飛び降りて、私は皆の前に立つ。
「想定外続きで正直驚いていますよ。しかし、終わりとは心外な……まだ始まってもいませんよ」
わたしの啖呵にカインが意味深な返しをしてきた。それは只の虚勢か、はったりか。周囲は落ち着きを取り戻し、しばらくすればクラウスさん率いる騎士団も合流するだろう。さらにはその手助けをしていた先生方や生徒達もここへ集結する。
彼に勝ち目などなかった。なのに、この余裕な態度はなんだ。
(また変なことをされる前に鎮圧した方が良いわね)
私は不気味さを感じて、カインに向かって飛び出す。
彼がゼオラルで会ったニケと同じ魔道具を持っているのは理解していた。
その魔道具の優秀さも理解しているし、その所為で皆が膠着状態になっているのも理解している。
だが、それも私には通用しないことは先の戦いでニケ自身が証明している。
余裕を見せるカインとの距離を詰める私に、無数の杭が襲いかかるが、そんなモノ気にしない。
私は拳を握りしめ、只目標の男を見据えていた。
「なんと、弾い……いや、消失した?」
私の無効スキルに驚くカインは、私と距離を取ろうと後ろに下がる。さらには私と彼の間に障壁を展開した。
私はそれすら突破し、カインとの距離を詰めていく。
「なるほど、これは触れたモノを消失させているのですね」
ここに来て、まだ分析を止めないカインに不気味さを感じつつも、私は射程圏内に彼を捕らえた。
「チェックメイトよ、枢機卿っ!」
私が繰り出した拳がカインの腹部を捕らえ、彼は後方へと吹き飛んでいく。
カインの飛んでいった先にあった学園の壁に叩きつけられ、轟音を立ててその壁が崩れていく。
私は思っていた以上に力を込めすぎていた。
いや、これでも手加減していた方だ。
そうでなければ殴った瞬間、あの体は爆散していただろう。
「やったか?」
「はいそこ、何度言ったら分かるのっ! フラグ建てないでよっ!」
一部始終を見守っていたザッハの呟きに私は条件反射でツッコミを入れる。
ここまではゼオラルにいたニケと同じだった。
だが、違和感があるとしたらカインにヒットさせた拳……あれが思いのほか深く入らなかった所だろうか。
(硬かった……障壁で守られたのかしら? いや、それだったら私がぶち抜いているはず……なにかがあのニケとは違った……)
「お嬢様っ!」
騒ぎの中、安全な場所に避難していたテュッテが私の存在に気が付き、こちらに向かって駆けてくる。誰かに声を掛けているように見え、その後ろを見ると、その数メートル離れた先にはクラウスさんが周囲に指示をしながらこちらに向かおうとしている姿が見えた。
おそらく、テュッテが気を利かせてクラウスさん達を現場に誘導してくれていたのだろう。
できるメイドである。
「良かった……テュッテも無事でなにより――」
テュッテを見て気が緩んだのだろう。
その一瞬の緩みが悪手となった。
テュッテの後ろにあのカインの姿が突如現れたのだ。
「テュッテッ、後ろっ!」
「えっ?」
一瞬の出来事でテュッテは反応できず、後ろから羽交い締めにされる。
あれだけの攻撃を受けて大したダメージになっていないカインに驚きを隠せないが、それ以上にまさか、この期に及んで彼がテュッテを狙うなど誰が想像していただろう。
端から見たらなにをしているのだと思うが、こと私のことを知っている皆から緊張が走った。
そして、もちろん私からは緊張以上の圧がカインに飛ばされる。
「……なにを、してるの?」
周囲が驚き萎縮するぐらいの低い声で私はカインを睨み付ける。
「なるほど……今の今まで一度たりとも発しなかった殺気をそこまで飛ばしてくるとは驚きです」
「……その手を離しなさい」
私は相手が枢機卿だということも忘れて命令する。
「常に側に置き、気に掛けていたのでそれなりに利用できるかと咄嗟に動きましたが、これはこれで僥倖でした。まさか、貴女の『枷』を見つけることができるとは……これは報告と共に教皇様へ持ち帰らないと……」
「その薄汚い手を離せって言ってるでしょうがぁっ!」
不気味な笑みを見せたカインに私は寒気が走り、同時に怒りが爆発して声を荒らげる。
我慢が出来なくなって飛び出そうとしたとき、向こうもそれを読んだのかテュッテに向かって無数の杭を出現させる。
それを見て、私は歯噛みしながら前に出るのを踏みとどまった。
「フッ、想定以上ですね。これは良いモノを手に入れました」
テュッテを挟んで私とカインがにらみ合いをする中、周囲ではテュッテが呼んでいたクラウスさんや先生方が近づいてくる声が聞こえてくる。
カインに逃げ場はない。
なのに、未だにこの余裕はなんなのだ。
テュッテを人質にとったからと言って私以外の皆が萎縮するとは思わないだろう。テュッテがそのような偉い立場の人間ではないことくらい向こうも調べは付いているはずだ。
「いやに冷静なのが気になるな」
「殿下……もしかしてまだなにか隠し持っているのでは?」
後方で王子とマギルカの話し声が聞こえ、私はゼオラルでのことを思い出す。
(あそこにいたニケとカインは全く同じアイテムを使っていた。杭……壁……あと他になにか……)
そこで私はある一つのワードを思い出した。
それは『転移』。
「メアリィ嬢っ! 奴は転移す――」
王子もそれに気が付き、彼の言葉と私の飛び出しが重なる。
「満足のいく検証でした。後ほど招待状を送らせて頂きますよ。白銀の聖女」
「お嬢さ――」
テュッテが私を見、私に手を差し出した所までは視認できた。
だが、次の瞬間、それはフッと掻き消え、その存在を見失う。
後に残ったのは、虚空に向かって手を差し出し、なにもない空間を掴む私だけだった。
(テュッテが……攫われた……)
その現実がじわじわと私の中で重くのし掛かってくる。




