臨界点突破
「メアリィ嬢っ、スノー殿の様子は?」
「スノー、どう? いける?」
『もちろんよ。ここからは私にまっかせなさぁいっ!』
王子と私に声を掛けられ、離れた所で聞き耳立てていたスノーが舞い降りてくると、スンスンと鼻を鳴らす。
『感じる。あっちの方からだわ』
同胞の魔力を感じ、スノーはそちらへと駆け出していく。
「お姉ちゃんっ!」
この異常事態を察して、ノアもリリィと一緒に私達の所まで走ってきたようだ。
「ノアとリリィはここでマリア達と一緒にいて。マリア、被害が想定外に拡大した場合の――」
「分かってるわよ。怪我人は私達に任せて。後、前にも言ったけど、枢機卿に関して、最悪の場合は私の名を使っても良いわ」
「ありがとう。ノアもマリアの手伝いをお願いね」
私はマリアとノアが頷くのを見届けると皆と一緒にスノーの後を追いかける。
周りの人達は雨から避難するため各々屋根のある所へ移動している所で、これといって混乱はなかった。
(まぁ、このまま何日も降り続けていたらさすがに騒ぎ出すだろうけど、それまでには解決してみせるわ。私達の学園に手を出したことを後悔させてやるんだから)
私は拳に力を込め、一人士気を上げる。
「スノー殿が学園の外に出ないと言うことはやはり、学園の敷地内に潜伏しているのか。しかし、この先は……」
スノーの動向を見守る王子がその方向に訝しむのも無理はない。
その方角にあるのは旧校舎。私達が、いや生徒達の多くが利用している場所である。
「スノー、本当にここなの?」
旧校舎前で静止しているスノーに追いつき、私は確認する。
『ええ、ここね。しかも下の方から』
「下? 地下ってこと?」
「旧校舎の地下って……アリス先輩が騒ぎを起こした例の祭壇がある所でしょうか?」
私とスノーの会話、主に私の独り言からマギルカが察し、首を傾げながらもこれまた懐かしい事件を掘り起こしてくる。
「ここに来て、まさかのアリス先輩絡みとは……あの人ホントにトラブルメーカーよね」
私は旧校舎を眺めつつ、今年も手伝いに駆り出されているだろう先輩の顔を思い浮かべる。
「でも、学園祭が始まる前にもう一度皆で調べ回った時は異常はなかったと聞いてますが?」
「実はあの場所、さらに下に隠し部屋があったとか?」
「ハハッ、あの詰めの甘いアリス先輩がそんな用意周到なわけ」
「私がどうかしましたか?」
「うわぁおっ、アリス先輩っ!」
私が空笑いをしていたら、横からやっぱりいた当の本人が声を掛けてきて、驚きのあまり飛びずさりテュッテに抱きつく私。
「ちょうど良かったです。アリス先輩にひとつお聞きしたいことが」
「な、なんでしょう。わ、私はまだなにもしていませんけど?」
ニッコリ笑顔のマギルカになぜか尻込みするアリス先輩。
「まだ?」
「ううん、なんでもありませんわ。っで、聞きたいこととは?」
「アリス先輩が使用した例の地下祭壇。あそこにはまだ下に隠された部屋がありますか?」
「な、なぜそれをっ」
(やっぱ、あるんかぁぁぁいっ!)
話の腰を折らないよう、私はポーカーフェイスのまま、心の中でツッコミを入れる。
「で、でも、私も知らないのです。お祖父様のプライベートな部屋で、場所は本人と当時志を同じくした教会の方だけだと」
「教会……となると、後ろにいる聖教国にはその情報が行ってると考えた方が良いね。前回の崩落を考慮して、ここも避難させておいた方が良いかもしれない」
「アリス先輩、旧校舎には他に生徒の方は?」
「皆、武闘大会や学園本館に行って今は誰もいませんわ。私も運営本部に赴こうと思った所、この雨で足止めを受けていた所です。あっ、決してサボろうとしていたわけではございませんよっ」
(うん、つまりサボろうとしてたんだね。だから誰もいないのに一人ここにいたのか)
「レイフォース様、行きましょう。さぁ、アリス先輩っ、案内してください!」
「えっ、あれ? 私、またなにかに巻き込まれているのでしょうか?」
マギルカと私でアリス先輩の両脇をロックし、ズルズルと引き摺って旧校舎の奥へと進んでいく。
『待って、メアリィ!』
「どうしたの、スノー?」
切羽詰まったスノーの声に私は緊急性を感じて慌てて振り返る。
『ここ、狭くて入れない……』
「あ~、スノーはそこで待機してて」
『そ、そんなっ! せっかく意気込んできたのにっ! あぁ、このデカい身体が恨めしいっ!』
悔しがって狭い通路に無理矢理突撃しようとするスノーをテュッテが慌てて止めている。
(ああ見えて、一応ネコ科だからワンチャンいけそうな気がするけど、挟まって身動き取れなくなったら最悪旧校舎が崩壊しかねないのでスノーには我慢して貰おう)
「テュッテはスノーが馬鹿な真似しないようにここで見守ってて」
『馬鹿な真似とは失敬ね。こう見えて私ってばスリムなのよ。だから、こんな通路……あれ、なんか贅肉が』
「毎日食っちゃ寝してるからよっ! これを機に改めなさいっ」
(神獣って枢機卿の話では私達となんちゃら構造が違うはずなのになぜ贅肉が……まぁ、基本は一緒ってことかしら? それともスノーが神獣としては……いや、この話題は止めよう)
なんか挟まった感じのスノーを置いて、私達は昔懐かしの地下室へと進んで行くのであった。
「まさか、またここで事件とはなぁ……なんか懐かしさを感じるぜ」
先行するザッハがしみじみしながら地下室の入り口に続く階段を降りていく。
と、扉の前で足を止め警戒を強めていた。
「開いてる……施錠したはずだが」
「えぇい、うだうだしとる場合かっ! 前進あるのみじゃぁっ!」
警戒するザッハを押し退け、エミリアが扉を蹴破り中へと侵入していく。
そもそもここは祭壇の都合上、身を隠せるような複雑な構造をしておらず、だだっ広い空間だ。
唯一身を潜ませられるとしたら暗闇くらいだろう。
「ライトォッ!」
中に入ると私は透かさず魔法で地下を照らし、その可能性を除去した。
「いたっ!」
ザッハが指差す方向に皆が注目する。
柱の物陰、そこには一人、栄滅機関の装束に身を包んだ男が光に少し怯んでいる所だった。
「一人とは笑止ッ!」
そう言って飛び出すエミリアに続くザッハとサフィナ。
三対一で、エミリアまでいるのだからどちらが勝つかなんて火を見るより明らかだった。
有無も言わさずあっという間に男は気絶させられ拘束される。
「これで終いか? 一人だなんてないじゃろう」
なんだか公務へのストレス発散なのか、やたら好戦的で前に出るエミリアは周囲を見回し、次の獲物を探している。
「そうだね。例の装置も見当たらないし、アリス嬢が言うように隠し部屋がどこかにあるはずだ」
「アリス先輩、もう白状した方が良いんじゃないですか?」
「いやいやいや。そんなの分かってたならすでに私がこっそり使って……じゃなくて、本当に知らないんです」
この期に及んでシラを切ってくるとなると、本当に知らないのかもしれない。
「なら、ここはお祖父さんの気持ちになって考えましょう。お祖父さんになった自分ならどうしますか?」
「私がお祖父様だったら……そうですわね……やっぱり、こういった地下なら意味深な石棺の下に隠し階段を作りますわ。もちろん、その石棺の中にはアンデットを添・え・て」
なぜそこで恥ずかしがるのか分からないが、アリス先輩の発言で私達はとある箇所を一斉に見ていた。
そう、隅の方にこっそり置かれた石棺を……。
てっきり祭壇の演出用に作ったそこらにある装飾品の一つとばかりに思っていたが違うらしい。
アリス先輩だからこその盲点だった。
「そこの石棺が怪しいのじゃなっ!」
「あぁ、待ってっ! そこにアンデッドがいるかもしれませんわぁ」
我先とエミリアが魔法で石棺を破壊しようとして、アリス先輩が止めようと声を掛ける。
だが、それは果たしてエミリアの身を案じてのことだろうか、もしくは、潜んでいるかもしれないアンデッドの身を案じてのことだろうか……。
(まぁ、後者でしょうね)
なので、誰もエミリアを止めることはなく、彼女の爆裂魔法が石棺を吹き飛ばすのであった。
そして、そこには……。
「すげぇ、本当にあった……」
ザッハの言う通り、崩れた石棺の下にはさらに下へと続く階段があったのだ。
「もう、姫殿下。レリレックス王国の時もそうでしたが、無闇矢鱈と破壊しないでくださいっ! 崩れて通れなくなったらどうするのですか」
「そこら辺はちゃんと計算して破壊しておるから、心配するでないっ」
マギルカの注意にエミリアが胸を張って返してくる。
「いや、一部崩れてますやん」
「……ちょっとくらい欠けても許容範囲内じゃっ。ザッハよ、ほれ、撤去じゃ撤去っ」
エミリアに言われて理不尽ながらも渋々ザッハは崩れた残骸を処理していく。
「さて、アリス嬢、案内ありがとう。戻り、旧校舎から離れて、以後誰も近づかないようにしてくれないかな」
「えっ? ここまで来て私だけ戻るのですか?」
せっかく身内が作った隠し部屋を見つけたのだから、どうなっているのか見てみたいらしく、アリス先輩が付いて行こうとする。
「アリス嬢」
「……わ、分かりました。殿下のご命令のままに」
が、真剣な眼差しで見てくる王子の並々ならぬ雰囲気に気圧されて、すぐに降参した。
ここから先は枢機卿と栄滅機関の人間が控えている。おまけにあの装置だ。王子的にはなにが起こるか分からない以上、色々予防線を張りたいのだろう。
「撤去完了っ! いっちばん乗りぃっ!」
「あっ、ずるいぞっ! 妾もぉっ」
こっちがシリアスモードで事を進めている中、あっちはあっちでなんとまぁ、お可愛いこと……。
ザッハとエミリアを先頭に、私達はさらに下へと降りていく。
(というか、他国の姫を先頭に進ませるって、問題のような……いや、本人の希望だから良いのか、にゃ?)
エミリアの背中を眺めながら、私は今更感のある疑問に行き着いていた。
暗がりの階段の先に、煌々と輝く出入り口が見えてきた。照明にしては明るすぎるのでおそらく話に聞いていた装置の光だろう。
「変だな……あれだけ派手に破壊したのに、迎え討ちに来ないなんて……」
ここまで誰一人として栄滅機関の人間が立ちはだかってこないことに王子は疑問を感じているみたいだ。
「人員不足じゃないのか? まぁ、見てみれば分かるさっ!」
そう言って、エミリアが階段を駆け下り、部屋の中を覗く。
「ホウ……やはりエミリア姫だったか。これはこれでなんたる好機。これも神、いや、教皇様のお導きか」
エミリアを迎えた声は、私達も知らない男の声だった。
慌てて私達もエミリアに続いて部屋に入る。
部屋の中は眩しく、さほど広さはなかった。
隅の方に崩れた木製の家具らしき物が埃を被っているくらいでなにもない殺風景な部屋である。
その中心に光り輝く物体とその前に佇む栄滅機関の装束を着た男が立っていた。
「枢機卿が……いない?」
てっきり枢機卿が私達を待ち構えているのかと思っていたが、本当にいないみたいだ。
そう判断したとき、私に言い知れぬ不安が襲ってくる。
「もう少しここに来るのに時間が掛かると猊下は考えていらしたが、さすがと言うべきか。この部屋の存在にいち早く気が付くとは……これも王子の采配か……はたまた白銀の聖女の仕業か」
(いや、所がどっこい、それもこれも全て、アリス先輩がサボってここにいてくれたおかげなんですよ、実は)
「枢機卿は?」
「今頃安全な場所に移動してこちらを鑑賞している頃だろう」
王子の質問に男は嘲笑しながら答える。
「鑑賞?」
この言葉で私は王子から聞かされた鳥もどきを探すが、眩しくてどこにいるのかよく分からなかった。
「この学園を普通に移動している? まさか、誰かが手引きを……」
「その通り。猊下は恐ろしいお方だ。あれからお前が学園祭に我らが来ると予想することも、そこに聖女達が付いてくることも、お前が人数を搾ってくることも、聖女が誰を指名するのかも、全部お見通しだったのだ。まぁ、唯一予想外はそこのエミリア姫がいたことかな」
男の口振りからすると、マリアが選んだ人選にすでに枢機卿の息がかかった者がいると言うことだろうか。もしくはここ数日で掛けたか。
(そう言えば、マリアと合流せず走り回っている人がいるとかそんな話をしていたような……)
私は今一度男を見て反応を見……というか、先程よりも眩しすぎてよく見えない。
「レイフォース様、あの装置ってあんなに眩しかったんですか?」
「いや、そんなはずはない。しかも、どんどん光が増しているような……」
そこで私は装置の中心部。大きな試験管のような部分にピシッと一筋の亀裂が入ったのを見逃さなかった。
「なんじゃあれは。中心部の魔力がどんどん膨れ上がって暴走し始めておるぞっ」
スノー同様、魔力に敏感な魔族だからこそ気が付いたのだろうエミリアの指摘で、私は『爆発』の二文字が頭に浮かぶ。
「まさか、装置を爆発させる気っ」
私の呟きに皆が驚愕し、男の口角が上がる。
「今までに無い程の使用回数。おまけに残りカスとは言え神獣との接触がこの装置を制御不能に追いやった。だが、猊下は仰った。丁度良いから実験のために有意義に使おうと」
男の雰囲気が追い込まれたというか、切羽詰まっているような感じがして、なんだか怖い。
「だから、私がここに残っているのだぁっ!」
男が叫び、後ろにあった装置に向かって剣の柄を思いっきり叩きつける。
そこから亀裂が走り、それを皮切りに至る所でひび割れが始まった。
「ちぃっ! 妾達はまんまと誘われたのかっ! 皆、妾から離れるなっ! 最高位防御魔法で凌ぐっ! なぁに、死なない程度には耐えてみせるさっ!」
エミリアの言葉に従って皆、集まろうとする中、私だけ装置に向かって駆け出していた。
「メアリィッ!」
「私に構わず、エミリアは魔法をっ!」
「「「メアリィ様(嬢)っ!」」」
皆の私を呼ぶ声が背中から聞こえる。
どうして良いのか正直分からない。
でも、気が付いたら私は走り出していた。
皆を守るため、自分の身体を盾にするために。
「全ては教皇様のためっ! エインホルス聖教国、万歳っ!」
男の声が間近に聞こえる中、私の視界が真っ白になっていき、それでも前に進むと指先に何かが触れた瞬間、私の中に悍ましい感情がなだれ込んできた。
それは「怒」「怨」「殺」「悲」「憎」。
あらゆる負の感情が渦巻き一つになって私に押し寄せてくる。私はその中心にあるモノを自分の身体で包み込んだ。
と次の瞬間、それは弾けた。




