始まって早々ですか
「信じてたのにぃぃぃっ! エミリアのこと信じてたのにっ、この裏切り者ぉぉぉっ!」
「いきなり見つかった挙げ句、なぜ半泣きでしかも逆ギレされなきゃいかんのじゃぁぁぁいっ!」
スノーに跨がり、空中を駆ける私は言われたように半泣き状態で前方を飛んでるエミリアを追っかけ回していた。
「うるさぁいっ! 良いから、止まりなさいよっ! 即行で本国に送り返してあげるからぁぁぁっ!」
「いやじゃぁぁぁっ! もう公務なんてくそくらえじゃぁぁぁっ!」
『あの子……かなり病んでるわね~』
こっちが半泣きなら向こうも負けじと半泣きで返してくる。
「王族が職務放棄してどうするのよぉっ!」
「妾は公務の見直しと改善を要求するのじゃぁぁぁっ!」
「ここで言ってないで、本国の、エリザベス様の前で言いなさいよっ!」
「言えるわけなかろうっ! 其方が言ってくれっ」
「そんな恐ろしいことできるわけないでしょうがっ!」
「ならば、見逃せぇぇぇいっ! 今年はイリーシャもおらんことだし、そんなに目くじらたてんでも良かろうがぁぁぁっ!」
「大きな声じゃ言えないけど、今年もなんやかんや問題ありなのよぉっ!」
「ぶぁかもぉんっ、大きな声で言ってしまっとるぞぉっ!」
「う、うるさいわねっ! ついうっかりよっ! そもそも貴女が逃げるからいけないんでしょうがぁぁぁっ!」
なんとも不毛な言い合いをしながら、私とエミリアは学園中を飛び回る。
端から見たらなにかのパフォーマンスのように見えるのか、周囲はそれ程大騒ぎにはなっていなかった。中には去年と同じような催しだろうと喜んでいる人もいる始末。
(そういや、去年はスノーじゃなかったけどこうやって追っかけ回してたっけ?)
「そもそも、初日からがん詰めとはどういう了見じゃ。最終日まで待ってくれても良かろうっ」
「さっきも言ったけど、問題があるのよ。聖教国絡みでっ」
「なに、聖教国じゃと?」
私の発言でやっと空中で立ち止まるエミリア。
「今年はイリーシャ達も妾もいないはずじゃが」
「いや、いるじゃん、貴女」
おかしいなという顔をするエミリアに思わず私はツッコミを入れる。
「いやいや、今回は念入りに仕込んでおいたからのう。伯母上もイリーシャもまだ気付いておらんはずじゃが……」
確かに、今の今まで王妃様からエミリアのことは全く聞いていなかった。それだけ上手く誤魔化せていたのだろう。
(どこにその才能を発揮してるんだか……)
「うん、まぁ、今回は貴女が標的って言うわけじゃないからね」
「どういうことじゃ? では、誰じゃ?」
「たぶん、私」
「……詳しく話せ」
急に真剣な眼差しでこちらに寄ってくるエミリアに圧されて私は尻込みする。
「じゃ、じゃあ、地上に降りて本部で」
私が言うと、スノーが気を利かせてくれてそのままスィーと本部に向かって降下していく。
その後ろをエミリアは付いてきてくれるのだが、無言の圧があって、なんか怖い。
だが、騒ぎはこれで終わりではなかった。
本部の近く、人払いをしてくれた皆が待機している所に降り立ってみれば、殺気だった人物がエミリアの前に立ちはだかったのだ。
「レリレックス王国、エミリア姫だな」
そう言ったのはマリアだった。
今まで見たことも聞いたこともない怒気の篭もった声と表情で、エミリアを睨むマリア。
「うむ、いかにも」
「――ッ! 村の仇ぃっ!」
「えっ? マリアッ」
エミリアが肯定すると、マリアは隠し持っていたナイフを抜き、エミリアへ飛びかかった。
が、さすがエミリア。
難なくそれをいなして、組み伏せる。
まぁ、歴戦のエミリアに対してマリアは素人に毛が生えたくらいの実力なのでこうなるのは明白であった。とはいえ、私も皆も無警戒だったのは油断しすぎていた。
「なんじゃ、この小娘は?」
「あ、暁の聖女、マリア・ウィルよ」
予想だにしなかった出来事に私は反応できず、冷静なエミリアの問いに正直に答える。
「暁の聖女? 聖教国か? どういうことじゃ?」
「ぐぎぎぎっ、離せ、この魔女姫めっ!」
あんなに人当たりが良かったのに今、殺気だったマリアを初めて見て私は唖然としたままだった。
「マリアッ!」
人払いをしていたおかげでこの騒ぎに周囲は気付いておらず、駆けつけたルーシアさんが現状に驚きの声を上げていた。
「ルーシアッ、魔族よっ! 私達の村にあの怪物を放った魔族の姫がいるわっ!」
マリアの言葉で私は再度認識を改めた。
彼女はやはり聖教国の人間なのだ。
かつて、二度、魔族の国に対して聖戦を仕掛けた国の人間なのだ。
「落ち着いて、マリア。その話はクラーク領にアレが現れたことで疑問があるって話したばかりでしょっ」
「そんな憶測を語っている場合じゃないわっ! こんなチャンスないのよっ!」
「そうやって、無知な私達は教皇様や猊下に良いように利用されてきたって分からないのっ!」
マリアに負けず劣らずルーシアさんが珍しく大きな声を出し、マリアの行動を否定する。
その言葉にマリアは食いしばっていた口から息が漏れていき、脱力していく。ルーシアさんの言葉に思い当たる節があったのだろう。
「ん? なんかよう分からんが、もう離しても良いのか?」
「……すまないが、離してやって欲しい」
今一状況が分からないエミリアがマリアの動向を警戒しつつこちらに意見を求めてくる。
と言われても、私の一存で判断して良い案件ではないと、私は王子の方を見ると、彼はルーシアさんとアイコンタクトをした後、解放を望んできた。
「ごめんなさい……頭に血が上って……私、とんでもないことを……でも、でも、国の発表ではあの時襲撃したのは魔族だって……それも嘘なの? 魔族を見たという人もいたのよっ。ねぇ、ルーシアッ」
エミリアから解放されたマリアはそのまま地に手足をつけてルーシアさんを訴えるような瞳で見上げてくる。
(枢機卿に色々言われて、それでも普通にしていたから気が付かなかったけど、マリアも結構精神的にまいっていたのかな……)
「魔族の襲撃……まさか、カムル村の事を言っておるのか?」
二人の会話から推測し、エミリアが会話に加わってくる。
「そうよ、八年前に起こったあの惨劇。私達の村は大きな災害に見舞――」
言葉の途中でマリアは違和感に気が付き、歯噛みする。
「災害に遭った私達の村に駆けつけたのは当時、聖女が未だ不在の聖女団でした。これで私達も助かると思っていた矢先、あの怪物が村を襲ったのです」
しゃべらなくなったマリアに代わってルーシアさんが話を進めていく。その内容は最近クラーク領で起こった事件にそっくりだった。
「村の人達、聖女団の半数以上が殺される中、あの怪物はなんとか討伐され、私達は両親もなにもかも失いました。生き残った私とマリアは聖女団の人達に拾われ、その恩に報いるため今、こうしているのです」
ざっと短く語られたが、サラリと流すような軽い話ではなかった。だが、そのおかげであの怪物を見て二人が酷く恐慌した理由がやっと分かった。が、一つ疑問が残る。
「でも、その事件をどうしてエミリアが知ってるの?」
「実際、カムル村に魔族が襲撃しようとした事実はあったからじゃ。まぁ、伯母上の迅速な行動でギリギリ未遂に終わらせたがのう。当時、港町の長を務めておった奴が誰に唆されたのか、急に魔族は全ての種の高位であり、勘違いしている劣等種の人族に粛正をとか抜かしおって、無断で人族の村を襲おうとしよった。無論、そんな愚か者は伯母上が早々に粛正し、後釜には当時、長の補佐だった『ダブザル』が就いたのじゃが……今思えば、伯母上はあの時から彼奴に不審を抱いていたのかもしれぬな。それに、あの村にそんなことが起こっておったとは……随分とタイミングが良すぎるな……」
「では、魔族は私達の村を襲っておらず、あの怪物を召喚していないと……」
「ない。まぁ、確かに誤解されるような動きはあった。じゃが、未遂じゃ。とはいえ、魔族の言うことなど信用しないのじゃろう、其方ら聖教国の人間は。なにせ、妾達は絶対悪であり、体の良い実験材料じゃと教わってきたのじゃからのう」
今度はエミリアが皮肉というか、好戦的になってくる。
思えば、エインホルス聖教国とレリレックス王国は水と油。その溝を埋めるには相当な時間が必要かもしれない。そもそも手を取り合うという事態が訪れるのかも疑問ではあるが……。
「ごめんっ! また考え無しに行動して、もういろんな面でやらかしたっ! 本当にごめんなさいっ!」
地面に座り込んでいたマリアが、地に額をつける勢いで頭を下げてくる。
(土下座だぁっ。あの子ったら意図せずジャパニーズ土下座してるっ)
マリアの格好に驚くと共に、自分に非があったと認めたらすぐに謝れるマリアに私は感心する。
最初に会ったときからどこか私の知る聖教国の人間とイメージが違っていたマリアだが、この実直な行動ができる人物だからこそだったのかもしれない。
「な、なんじゃ、妾の言うことを信じるのか?」
「うん。クラーク領で見たあの出来事がなかったら、私は絶対信じなかっただろうけど……今はね……」
「おい、なにがあったのじゃ? いい加減、話せ」
「ちょっと待って、エミリア。そこでなぜ今までの流れで私じゃなく王子とマギルカに詰め寄るの?」
「いやぁ~、話が難しくなりそうじゃったから、其方じゃ伝えきれぬと思って」
「エミリア姫、お覚悟ぉっ!」
エミリアに馬鹿にされ、私はマリアのように彼女に飛びかかる。
当然、今度は私がエミリアを組み伏せることになったのだが、周囲からの困った空気が伝わってきて、早々に離れるのであった。
「なるほど、そのようなことが……」
結局王子達の説明を受けて、エミリアは先の事件を理解したようだった。
「となると、その怪物とやらは一体なんじゃったのかのう?」
「今までと同じ合成獣という線も考えたんだけど、二人の話から過去にも出現している以上、今のモノとは別モノと判断している、かな」
「マリア様達の話と私達の事件を照らし合わせると、共通するのはその村に災害があったことと……聖女団がいた……という所でしょうか」
「あぁ~、聖女団の中に不届き者が紛れ込んでいたんだよね。なら、そいつらが召喚したということ?」
恐縮そうにマギルカが聖女団を含めた話をすると、気にしていないと言うようにマリアが会話に参加してくる。
「仮に紛れ込んでいた不届き者が犯人として、災害をもたらすためなら分かるけど、災害が起こった後に出てくるのはなんでなんだろう? マリア達を巻き込んで被害を拡大してなにがしたかったのかしら?」
「聖女団もついでに潰そうとしてる?」
「我々は代々政治利権から外れておりますから、権力者から邪魔な扱いを受けにくいはずですが。調べでは聖教国内、周辺諸国からも評判は良い方ですけど。そもそも我々を潰して得するようなことが思い浮かびませんが」
「それこそ、今回の査察のような国から出る資金絡みとか?」
「そっちから中抜きされているので、それはないわ」
マリアの意見にルーシアさんがシレッと恐ろしいことを言っているがここはスルーしておこう。
他になにか共通することはないかと私は記憶を探る。
「倒した後に見えたあの小さな光。何度も再生してくるあの回復力。そうかと思ったら、雨が止んだ瞬間崩れ落ち動かなくなって、あの光も消えていた……」
「光? そう言えばノア様もあの装置を見て光が見えると仰られていました。私には見えませんでしたけど……」
私の分析に後ろで控えていたテュッテが付け足してくる。
「二人にしか見えていなかった光も気になるけど、装置が止まった後に崩れた怪物というのが気になるね。どういう仕組みかは分からないけど、あの怪物と装置にはなにか繋がりがあると考えられるから」
「つまり、あの装置が作動したら、ついでにあの怪物が召喚されるってこと?」
「どうだろう……召喚の儀式めいた痕跡はなかったし、あの怪物がいた場所は装置からかなり離れた所だった。ボクらと遭遇した枢機卿もあの怪物を使役する素振りが全くなかったしね」
王子の指摘に私含めて皆がう~んの首を傾げる。
「う~ん、分からないことだらけだけど、一つ解決できそうなことは……」
私の話しに皆が次はどんな重大な発言があるのかと固唾を呑んでいる。
「レイフォース様……」
「なんだい?」
「エミリア、どうします?」
「うぉいっ! 話の流れ的にそこは今、重要じゃなかろうがぁっ!」
「だってもう、難しいことばっかりで、とりあえず答えが出そうな話題が欲しかったのよっ!」
「そんな自分勝手な理由で人を巻き込むんじゃないわぁっ!」
「それを言ったら、貴女だって自分本位でここへ来たでしょうがぁっ!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」
シリアスな空気が一変して、騒ぎ出す私とエミリアに王子が困った顔で止めに来る。
と、次の瞬間、私の鼻の頭にポツリと水滴が一滴降ってきた。
「レイフォース様っ」
「分かってる。もしかしてエミリア姫の存在に気が付いて釣られたか? だとすると、姫は良い囮になってくれたって事かな」
「うぉい、人を撒き餌みたいに言うでないわ」
エミリアのツッコミも何の其の、王子は空を見上げて真剣な表情をしていた。
それもそのはず、あんなに晴れていた空が見る見るうちに雲に覆われていくのだから。
もはや、隠そうともしないその急激な変化になにが起こったのか、装置の事を知っている皆はなにも言わず空を見上げていた。
そして、学園に大粒の雨が降り始める。




