二度目の学園祭
「えぇ~と……お話が突拍子もなさ過ぎて、混乱してきました」
久しぶりに来たアルトリア学園。
そこは学園祭を控えていて生徒達は盛り上がっていた。
そんな中、私達は学園祭の中心であるクラスマスター達が集まる部屋に赴き、目の前にいるターリア・フィティス子爵令嬢に事情を説明した所であった。
彼女は王子の推薦でラライオスのクラスマスターになったご令嬢で、フィティス子爵家は商いにもかなり力を入れているという噂を耳にしている。
そんな彼女にだけ報告したのはその商才を期待したからではない。まぁ、そもそも今回の件は商才で解決できるような案件ではないので……。
話を戻して、彼女だけに話したのは、単純に他のクラスマスターが少々癖強だからだ。
ソルオスとアレイオス、二つのクラスマスターである子息達は、所謂脳筋と魔術バカでその剣技や魔法の才能は折り紙付きだが、それ以外が壊滅、とまでは言わないが、ターリアに話した方が手っ取り早いという感じなのだった。これはもう、私達だけではなく今年に入って一般生徒達にも周知の事実である。
(ん~、なんだろう。客観的に見るとマギルカの時と男女比は変わらないのにこの差は一体。う~ん、やっぱ、その科の能力だけを見てマスターにする風習はこれを機に改めるべきかもしれないわね。その点で言うと、王子は思い切った行動をしたモノだわ。ラライオスではさして目立っていなかったフィティス家のご令嬢を推すなんて……まぁ、当時は摩擦も生じたけど、今では正解だったと皆が彼女を大切にしてるんじゃない?)
で、紹介はこのくらいにして、話を聞いたターリアの反応が先の台詞である。
(分かる、分かるわぁ~。いきなり来て聖教国だの、枢機卿だの、災害だの言われても「はい?」ってなるよね~)
ターリアは掛けてた眼鏡を外し、目と目の間を摘まみ解しながら、う~んと唸っている。
(なんか……苦労してそうだな~)
「殿下……学園祭が開催されるのに三日もないこの状況で、学園祭を中止にしろと仰るのですか?」
「いや、さすがにもう無理なのは分かってるよ。それに今伝えたことはあくまでボクの憶測に過ぎないから杞憂になるかもしれないしね。とはいえ、最悪を想定してキミには伝えておこうと思っただけだよ」
「それを聞かされた私にどうしろと……」
摘まんでいた手を離し、眼鏡を掛け直したターリアは天を仰ぎ見る。
「そうでなくとも、あの二人を中心に次から次へと問題ががが……」
(ほんと……苦労してそうだな~)
私は去年の学園祭での皆の出し物への発想がアレだったことを思い出し、乾いた笑いが出て来そうになって堪える。
「これで『金』にならなかったら、私、泣きますよっ!」
ガバッと勢い良くこちらを見て涙目で王子に訴えてくるターリア。止めますとかの職場放棄ではなく、泣くぞという所に不謹慎だがちょっと可愛いなと思う反面、その台詞の中にマネーというワードが入っていて、私は「ん?」となる。
「せっかく殿下のおかげで学園祭が金のなる木になったのですよ。あぁぁ、考えただけで血が騒ぐぅぅぅ! お金、お金よぉぉぉっ! あぁ、あの煌めきをこの手一杯にぃ~」
苦悩し、泣いていたかと思ったら、瞳を輝かせながら両手をワキワキし興奮し始めるターリア。
(もしかして、今年のクラスマスターってまともな人、不在?)
「レイフォース様……」
「ん、ま、まぁ、他の人よりかは幾分かマシだったんだよ……」
語尾がだんだん小さくなっていき、王子は当時の心境を吐露する。結構思い切ったことをするなぁと思っていたが、実はあのままだとラライオスも癖強で今年のマスター勢が機能しないと危惧した結果のようだった。
「オホン、それでなんだけど、クラスマスター。去年同様、騎士団が警備に参加するからよろしく頼むよ」
「騎士団がですか? それは願ったり叶ったりです。今年は来訪される王家の方々がおりませんので警備はこちらだけかと思ってました。なので、それは非常に助かります。まぁ、その代わり、物騒な事が起きかねない状況ではありますが」
「ま、まぁ、それはボクの杞憂で終わることを願うよ。後、回復魔法に特化した人達も四名程加わるから、そちらも上手く配置してもらえるとありがたいかな」
「か、回復魔法ですか。怪我人の多い武術大会がありますから、それも願ったり叶ったりです。しかも、四名なんて……殿下、どこからそんな貴重な人員を?」
「うんまぁ、色々とあって、ね。とにかく、ボクらはボクらで独自に動くから、何かあった場合助力を願うかもしれないのでよろしく頼むよ」
「はい」
話を終え、私達はクラスマスターの部屋を後にした。
「あら、終わったの?」
部屋を出ると、そこには私達と同じブレザーの制服を着ているマリアがあっちこっちを興味津々に眺めながら聞いてくる。
(う~ん、まさかこの制服もどきが学園の生徒として溶け込むのに使われるときが来るとは……)
だが、制服を着ていてもマリアから醸し出される違和感か、周囲の皆様の注目を浴びているように思える。
「う~ん、やっぱ制服程度では生徒ではない感は隠せないのかな~」
「いえ、こう言ってはなんですけど、マリア様の整った顔立ちや姿に惹かれ、目立っているだけではないでしょうか?」
私の疑問にマギルカがサラリと答えてくる。
「え、そうなの? 照れるな~」
「あの……目立つお嬢様方にまた新たな人が加わっているので皆興味津々なだけではないでしょうか?」
私達の意見にマリアが照れていると、私の後ろでテュッテが正解を言い当ててきた。
(いや、そんなのが正解など断じて認めないが)
「さて、ボクはこれから学園内と周辺で潜伏できそうな所はないか調べてみるよ。ここに来て、長年野放しになっていた生徒達の問題行動の調査資料が生きてこようとは思わなかったなぁ」
部屋を出るとき、王子はターリアからなにかの書類を頼み、受け取っていたけどどうやら過去にやらかし潜伏していた生徒の記録を王子達が纏めたモノを貰ったようだった。
(この学園……予期せぬ場所に潜伏施設をこっそり作ってたからね~)
私もその一つをスノーと一緒に見つけ出し、王子を巻き込んでとんでもない事件を起こしたことをしみじみと思い出す。
「あまり頼りたくはないけど、早期解決のためあの装置を使われたらスノー殿の共鳴現象に頼ると思う。メアリィ嬢、その時は……」
「はい、お任せください、レイフォース様。スノーも仲間を救うのは自分だと鼻息荒く了承してくれました」
「……そうか、感謝するよ」
そんなスノーだが、今頃時計塔の客室でノアやリリィと一緒にテュッテがここへ来る前にあらかじめ用意しておいてくれたお菓子を食べながら駄弁っているだろう。
私も忙しく、ずっと話し相手になってあげられなくて困っていた所に、ノアがスノーの愚痴に付き合ってくれたのは正直助かっている。
(人に話して、内から外に出すだけでも気持ち的には楽になるからね)
「では、殿下。手分けして一通り当たってみましょう」
資料の半分を王子から受け取り、マギルカが仕分けていく。それを黙って受け取るザッハとサフィナ。
(う~ん、これが今年のクラスマスター達にできていないのがもの凄く心配だわ。て言うか、やっぱ私の周りって優秀すぎる人達ばかりだったのね~)
などと、私は先程のターリアの苦悩っぷりと王子達の連携を見てしみじみと思うのだった。
そして、私達はなにも異常を見つけることができず、学園祭の日を迎える。
学園祭、初日。
去年同様、いや、去年以上の賑わいで始まった学園祭。
今年は去年よりも商人、貴族が手を貸しており、かなり注目されているようだった。
これも、去年の学園祭の影響が大きいのは目に見えている。
「ほえぇ~、凄い賑わいね」
「全てはレイフォース様の手腕あってのこと。学園史に残る偉業なのだよ、フッフッフッ」
「なぜ他人事のように言っているのです、メアリィ様。貴女がほっ――」
「だぁぁぁ、それはもう良いから」
私とマリアの会話に珍しくツッコミを入れてくるマギルカを私は慌てて手でお口チャックする。
ちなみにその王子だが、現在、去年と同様に設立された警備部の中心、連絡本部でクラウスさんと一緒に動向を見守っていた。私達はそれを離れた所で野次馬のように眺めているのが現状である。
「まぁ、それはさておき、これはもう祭りだわっ! ねぇねぇ、今日はなんの日なのよ。豊穣祭とかかしら? しかも、王都じゃなくて学園でだなんてっ! ねぇ、なんでなんで?」
「だから、これが学園祭って言ってるでしょ。生徒主体で行われる行事って、あっこら、騒がない、キョロキョロしない、どっか行こうとしないっ」
ここ数日ですっかり制服姿が馴染んできたマリアが、瞳を蘭々と輝かせてテンションマックスで目を離した隙に飛び出し駆け回りそうな勢いである。こんな美少女がキャッキャ騒げば注目されるのは必至であり、それを恥ずかしながら私はなんとか落ち着かせることに精一杯だった。
「良いじゃん、ちょっとくらい~」
「貴女、あんなシリアス全開でお願いしといて、なにしにここへ来たの? 忘れたわけじゃないわよね?」
「……えっとぉ~」
「忘れたんかぁぁぁいっ!」
「冗談よ、冗談。私はこの学園祭の救護班としての任務を全うするために、ここへきっ、あいたっ!」
私とマリアが漫才を繰り広げていると、ルーシアさんに後ろから小突かれマリアは頭を押さえている。
ルーシアさんも聖女団の制服を脱ぎ、私コーディネートの大人っぽくて動きやすさをイメージした服装をしていた。
(まぁ、スーツみたいなモノですけど)
凜とした顔立ち、色々旅をして来ただけあって引き締まったボディに出る所は出ている素晴らしさ。おまけに綺麗な黒髪を後ろにお団子状に結って眼鏡も掛けているってそれはもう、私が漫画とかで見たセクシーな教師、なわけで……。
ここ数日、男性界隈ではかなり噂になっているとザッハに聞いたがそれは内緒にしておこう。
現在、王子の条件に基づいてマリアとルーシアさんを含めた四名の回復術士がターリアの計らいで救護班としてこの学園に待機できるようにしてもらっている。
(こうなってくると白衣を用意するべきだったのだろうか)
先も言ったが、ルーシアさんは人気のため、現在行われている武術大会予選でなぜか多くの負傷者(?)が出ており、なぜか彼女ご指名(?)のため治療に引っ張りダコなのであった。その所為でマリアの側にいられないという弊害が生じているがそれ以外は今のところ概ね平和である。
「ここに来た理由を本気で忘れたというなら思い出させてあげましょうか?」
「ちょ、ちょっとした聖女ジョークだって……いきなり現れてそんな怖い顔しないでよ」
「ハァ~……ご迷惑をおかけして申し訳ございません、皆様。本来ならこの子の手綱を私が握らなくてはいけないのですが、想定以上に忙しくて……」
「いえいえ、迷惑だなんて。学園祭、その中でも武術大会で回復術士が多く控えているのは助かりますので」
「ルーシア、忙しい割にはなんでここに来たのよ」
「交代の時間だからです。というか、マリア、貴女、カムラン爺とちゃんと交代してるの? あの人今日はずっと忙しそうにどこかへ走り回ってるわよ。まさか貴女、彼に仕事を任せて遊び呆けているんじゃ」
「失敬なっ。この私が事、救済に関して誰かに任せるなんて事するわけないでしょっ! あの瞬間こそが一番神に捧げているって実感できる一時なのよ。その甘い一時を誰かに任せるなんて……ウフ、ウフフフッ」
マリアは何かを思い出して、頬を赤らめ恍惚な表情になる。
(えっとぉ~、回復魔法の話だよね……)
ちなみにカムランというのはマリア達と一緒に来た団員の一人で、団員内では年長者であり、昔からマリア達を見守ってきてくれた恩人的存在らしかった。
「まぁまぁ、ルーシア様。マリア様なんて去年の姫殿下に比べたら、まだ大人しいものですよ」
フォローを入れるマギルカの台詞に私は一抹の不安が過ってくる。
「……そういえば、今年ってエミリア、来るのかしら?」
「どうなのでしょうか。王妃様のお話ですと、どうやらベルトーチカ様の事件以降、エリザベス様の公務全てを姫殿下が受け持つことになったそうで、他国の学園祭に行けるなど夢物語なのだそうですよ」
「なんでそんなことに?」
「まんまと先を越されたエリザベス様の腹いせ……ではなく、エリザベス様が毎日ベルトーチカ様のお側で彼女の復帰に向かってのお手伝いをしているからだとか、なんとか……」
「……ま、まぁ、余所様の家庭の事情に部外者が口を挟むのも無粋だし、聞かなかったことにし――」
「エリアCの二に不審な者を一名発見っ!」
マギルカの説明に哀れみを感じながら私がこの話はここまでだと打ち切ろうとした時、なにやら不穏な報告が聞こえてきたような気がする。
「まさか、ね。そんな、去年みたいに無断でなんて……あっ、これはもしかしたら枢機卿達かもしれないじゃない。そんな同じ過ちを繰り返すような子じゃないわよ、エミリアは」
「……だと宜しいのですが……」
なんで私が遠い王国にいるはずのエミリアのためにフォローをしなくてはいけないのだろうか。
まぁ、話題のタイミングがよろしくなかっただけだから。去年と同じ過ちを繰り返すなんて事しない……はずだよね、エミリア。




