その力を……
「なにっ、今の音は?」
雨が急に止み、一気に空が晴れると驚くべき事にあのモンスターが勝手に崩れていって以後再生しなくなった。
気になるのは私だけ見えていた例の光も雨が止むと同時に消えたという所だろうか。
なにが起きたのか今一分からないと言った感じで私達が困惑している所に地響きが鳴り、森がざわつき出す。
「もしや崩落の音? どこかで土砂崩れでも起きたのでしょうか?」
「………」
「メアリィ様?」
ザッハとサフィナがモンスターの生死を確認している中、私の心がザワザワしているのを感じ取ってマギルカが首を傾げて話しかけてきた。
(なんだろう、この感じ。強いて言うならマギルカが合成獣に襲われていた時のような……)
「スノー達の所へ戻るわっ」
居ても立ってもいられなくなった私は、あの正体不明のモンスターの調査よりも、後方にいるはずの王子達の下へ向かうことを優先する。
そして、数分後。彼らがそこに居ないことに気が付くのであった。
「いない……」
「殿下達はどちらへ?」
「雨の所為で足跡が消えてしまい、どこへ行ったのか分かりません」
「殿下のことだ。オレ達に分かるような目印を……」
「待って、誰かいるっ!」
焦る私達とは違って珍しく冷静なザッハの指摘に私は周囲を注意深く見回していると、ガサガサッと草むらが揺れたことに気がつけた。
近づいてみれば、そこには少しよろめきながらもこちらへ寄ろうとしているリリィの姿が確認できた。
「リリィッ!」
私が彼女に駆け寄ると、向こうはすぐ様方向転換し、来た道を戻り出す。
「皆がいる所へ案内してくれるのでは?」
「行こうっ! あっちの方角から音が聞こえたよねっ」
リリィがなにかに体をぶつけたような痕が見え、嫌な予感が現実味を増し、私の心のザワザワがより強くなっていく。
途中、王子がつけてくれた目印らしきモノも発見できたが、リリィが誘導してくれたおかげで、より早く私達は目的の場所まで迷うことなく到着できた。
だが、それは喜ばしい事ではなかった。嫌な予感を彷彿させるように私達の前には大きく崩落した洞窟が見えている。おそらく、これがさっきの轟音の正体だろう。
「これは……土砂崩れではありませんわ。岩がなにかで砕けています」
「誰かが崩落させた?」
マギルカの推測に合わせ、私は周囲に誰かいないか確認する。
「誰かいたら返事してぇっ!」
私の中の冷静さはどんどん掻き消され、不安が膨れ上がっていく。
『メアリィ、なの? リリィが上手く連れて来てくれたみたいね。混乱してた私と違ってあの崩落を掻い潜りよく外に出られたわ』
と、私の頭の中に声が届く。
「スノーッ! 今、どこにいるの?」
『どこって? たぶんメアリィの目の前だと思うけど』
いつものおちゃらけたスノーの口振りだが、どこか苦しそうだった。
しかも目の前ということはこの崩れた洞窟の中ということになるのだが……。
「もしかして、この中にっ!」
「「「!」」」
私の言葉を聞いて皆が押し黙り、緊張感が高まる。
『あのカインとかいう奴に、皆揃ってしてやられたわ』
「皆は無事なの?」
『無事……なのかしらねぇ~。とりあえず皆私の下にいるし、怪我した人は聖女達に治してもらっているから大丈夫よ』
スノーの説明でどうやら皆無事であることが確認でき、一先ずホッと胸を撫で下ろす。
「皆無事なのね……ちょっと待って、私の下ってもしかしてスノー……貴女は無事だよね?」
『ん~、どうだろう。立っているのもギリかな~。このままじゃ押し潰されるかもね~』
極力明るく振る舞っているスノーだが、現状はかなり切羽詰まっているようだった。
おそらく、崩れた岩をスノーの体で押しとどめ皆を守っているに違いない。
さすが神獣。
そんなことして大丈夫……なわけがない。
マリア達が回復魔法をかけ続けているからなんとか踏ん張っている状態なのだろう。
(このままじゃ皆が……テュッテが……押し潰される……)
そう思うと同時に私は崩れた洞窟へと走り出していた。
「メアリィ様っ!」
近くにあった私の倍以上も大きな岩に私は手をかける。
「どうなってるんだ?」
隣にはザッハが駆けつけ、私同様岩に手をかけていた。
「生き埋めになってるっ! このままじゃ皆が危ないのっ! 早く岩をどかして助けないとっ!」
「そんな事言ってもかなりでかいぜ、この岩達。オレ達じゃ動かせないぞっ」
「メアリィ様、戻ってクラウス様達を呼びましょう」
ザッハやサフィナも私がやろうとしているのは無謀だと思っただろう。
「メアリィ様、時間がありません! 手前勝手ではありますが殿下をっ、皆様をお救いくださいっ!」
私の力を知っているマギルカが、現実的な判断をし、申し訳なさ一杯の表情で私の背中を押すかのような懇願をしてきた。
それが、私にあった少しの逡巡をも完全に消し去る。
早急に目の前の障害を取り除く。私の頭の中はそれで一杯になった。
しかし、見るからにそれは不可能に近い惨状だったが、それは常識的な人間の範疇だ。
私は、異質であり、規格外なのだ。
テュッテ達を救わなきゃっ。
その思いだけで、私は目の前の岩を軽々と持ち上げていく。
その異常さに見ていた二人は言葉を失っていただろう。
だが、必死な私はそんなことすら考慮する余裕などなかった。
大きな岩を持ち上げ、遠くに投げ捨てると、その重みがどれ程あるのかを物語るように鈍い音が鳴り響く。それなのに、まるで軽い綿の塊をどかしていくような素振りで進んでいく私は、もう周りなど意識していなかった。
別に皆に見られても良い。その油断が私の頭上を旋回する奇妙な鳥の存在を見落すことになるとも知らずに。
どれくらい経ったのだろう。無我夢中な私はスノー達がいる場所まで岩の撤去が出来ていた。
「スノーッ! 皆ッ!」
巨大な岩を持ち上げながら、私は目の前の皆の安否を確認する。
マリアとルーシアさんがいたおかげで誰一人として大怪我をしている人はいなかった。
唯一苦しそうなのは、皆の壁になっていたスノーだけだったが、マリアに回復魔法をかけ続けられたおかげで重傷には至っていない。
王子の無事も確認でき、テュッテとノアが抱きしめあっているのを見て、ホッとする反面、ちょっとモヤッとしたのは私の心に余裕が出来た証拠であった。
「皆、無事みたいね」
「そ、そうだけど……メアリィ、それ、重くないの?」
昔、マギルカに言われたようなことをマリアに言われ、その驚愕な表情と視線に私はハッと我に返る。
(やってしまった……)
常識から逸脱した力を皆に披露したことへの不安と恐怖が今更ながらに私を支配する。
漫画やアニメのような化け物を見るような目を皆がしているのではないかと思うと胸の辺りがキュッと苦しくなる。
「……え、えっと……」
いつまでも抱えているのも不自然かと持っていた大きな岩を私は恐る恐る下ろし、そのまま皆の視線から逃げるように地面を見続けた。
(どうしよう……こんな所で皆にバレるなんて心の準備が……)
「ありがとう、助かったよ、メアリィ嬢」
声をかけてきたのは王子だった。
いつものようになんでもない普通の対応。
「いやぁ~、あっという間だったな。さすがメアリィ様だぜ」
続いて驚き感心するザッハと、それにうんうんと瞳を輝かせながら頷き続けるサフィナだった。
「あれ? えっとぉ……」
いつもと変わらない反応に困惑したのは私の方だった。
「どうかしましたか?」
オロオロする私にどこか納得顔のマギルカが寄ってくる。
「いや、反応が……私、岩を持ち上げていたんだよ?」
「いや、まぁ、最初は驚いたけど、まあ――」
「「「メアリィ様(嬢)だし」」」
すごく爽やかな笑顔で三人は答えてくる。
「あっ、それよりも、あいつ、アルハザード卿はどこっ!」
「え、私のしたことがそれよりも扱い……」
長年の付き合いである皆ならいざ知らず、今日昨日知り合ったマリアにすら私だからと言う理由で納得されて、私は少々目眩に似たものを感じずにはいられなかった。
そんなよろめく私を支えたのは他でもないテュッテと側にいたノアである。
「いえ、私達がこちらに来たときには誰もいませんでした。枢機卿がこちらにいらしていたのですか?」
ぐぎぎと歯がみするマリアを余所に、マギルカが王子に状況説明を求める。
「ソニック・ブレードッ!」
すると、王子はなにを思ったのか空に向かって斬撃魔法を放っている所だった。
何事かと驚き、空を見上げれば、なにか魔力の残滓のようなモノがキラキラと散って消えていく所が見える。
「あれで見ていたのか……」
「レイフォース様?」
「ああ、なんでもないよ。その点については村に戻りながら説明しよう」
そう言うと王子は先頭に立って村へと歩き始める。その足取りが若干焦っているように見えるのは私だけではないだろう。
『あんのぉ~、私への労いの言葉はないわけ?』
不思議に思っている私の頭にスノーが顎を乗っけてきて抗議してきた。
「そうだった。ありがとうね、スノー。案内してくれたリリィも」
私の労いの言葉に皆もスノーがなにを要求したのか察して次々とお礼を言ってくると、喜ぶリリィとは違って、スノーはどことなく落ち着きがないというか、気落ちしているというか、とにかくいつもの彼女ではないことが分かった。
「どうしたの、スノー? 元気ないみたいだけど」
『へっ? そ、そんなことないわよ』
「でも――」
(どこがとか言われたら答えにくいけど、付き合いも長くなってきるんだから、ちょっとした変化くらい分かるってもんよ)
そこら辺を言おうとしたら、ノアがなぜかギュッと私の服を掴んでこれ以上の指摘を止めに来る。
「それについても後で説明するよ……」
スノーに投げかけた独り言で察したのか、王子の言葉がどこか辛く、重い感じだった。
(まぁ、時間を頂けるのは気持ちの整理が出来て私も助かるか……あんなことしちゃったから、皆に打ち明けないと……)
私達はそれぞれの思いや考えを胸に抱えて、村へと帰還するのであった。
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「……さすがに気付かれましたか。やれやれ、あの状態から生還するとは運の良い輩達ですね。となると、少ししゃべりすぎたのは問題なのですが……まぁ、良いでしょう」
用意された質素な馬車に揺られ、カインはスッと瞳を開ける。
「更なる可能性も得られましたし……」
「……では、本国へお戻りになりますか?」
沈黙していたカインがしゃべり出したことで、団員を装っていた男がしゃべりかけてくる。
「いえ、まだです。あの程度なら、教皇様の手によってどうとでもなるレベル。複製体がわざわざ伝えるような者ではありません。もっと検証をしなくては……ここは予定通り王都へ向かいます」
「王都ですか……いくら聖女団を装っても侵入は難しいかと。特に今は……」
「正確には王都ではなく、アルトリア学園ですね」
「学園、ですか?」
「ええ、近々王子が発案した学園祭なるモノが催されるそうですよ。それにあたって、一時的に学園への外来が大幅に許されるとか……フフッ、楽しみですね」
まるで観光しに行くような口調で話すカインだが、そんなことは決して無いと分かっている男はその用意周到さに怖気を感じながら頭を垂れると、次の行き先をアルトリア学園だと御者を務めている仲間に告げるのであった。




