騒動の中で……
「なるほど……王子の取り巻きと報告を受けていましたが、まさかこれ程までの実力とは……直に見に行かないと分からないことだらけですね」
カインは瞳を閉じ、それでもなにかを見ているような素振りで独り言を口にする。
「いや……報告したくても彼らと対面した者は悉く葬られていますから、報告のしようがありませんね。今の今まで隠してきた王子を褒めるべきでしょうか、それともあの少女の入れ知恵と考えるべきでしょうか」
カインは瞳を閉じたまま、考え事をするかのように顎に手を当てる。
「報告には一切なかった奇妙な武器達と剣技、そしてあの合わせ技。片方は魔法や道具等他のモノに頼っていますが、もう片方は一切の補助もなく魔法を連続、いえ、ほぼ同時に行使しているのは大した魔力と言うべきでしょうか。まぁ、それ以上に驚くべきはあの発想の数々を一人の少女が成していることでしょうね」
カインの発言は明らかに先程のメアリィ達の戦闘を見ていたかのような感想だった。
第二の目と呼ばれる遠視魔法。それを参考に作られた魔道具。それを今カインは使っていたのだ。
そう、あの鳥のような物体こそがカインの第二の目である。
遠視魔法。遠く離れた場所のモノを見ることができる便利と言えば便利だが、伝達魔法同様、燃費の悪さや習得の困難さ。行使し続けるための集中力と空間把握能力と限界距離。それら全てが難儀というかなりのデメリットがあり、行使できる者はほとんどいない。
なのに、教皇様が作ったこの魔道具はどうだろうか。問題があるとするなら距離くらいで魔力さえあれば誰でも使え、全ては道具がやってくれるというお手軽さときたものだ。
神が我らに与えた困難な魔法より、教皇様が与えてくださった便利な道具の方が価値があるとカインは今一度教皇の素晴らしさを噛みしめるのであった。
「あぁ、教皇様……貴方が仰るようにこの世界の常識、理から外れた発想。言われればなんてこと無い考えでも、それすら『我々』には許されていないのがこの世界のシステムなのですよね。大したことないと言っていますが、貴女はとてつもなく恐ろしいことをしているのですよ、メアリィ・レガリヤ」
普段は絶対しないような満面の笑みを見せ、確信するカイン。
と、カインの心酔を覚ますように周囲が騒がしくなる。
いつもの無表情に戻り、一旦魔法を止め目を開けるカインの視界に団員の服を来た機関の男が近づいてきた。
「どうしました?」
「そ、それが……ここの存在を知らないはずの聖女達が……」
男の報告を受け、予想外の出来事にカインは内心驚いたがすぐ様心を沈静させ、それを表に出さないようにする。
「そうですか……それは驚きですね。村で私を警戒していた騎士達にさえ気付かれないように離れたはずですが、どこで情報が漏れたのでしょう?」
カインはしゃべりながら外に向かっておもむろに歩き出す。
そこはさほど深くはない小さな洞窟の中で、外に出ると辺り一面森に包まれた場所であった。カイン達が滞在していた場所とは全然違う、メアリィ達がいる山の奥地である。
そして、すぐ目に付いたのは離れた場所にいる大きな雪豹の姿だった。
「あれは例の神獣、ですか? そして、レイフォース王子……やはり私の障害となりますか」
さらに、カインの視線は雪豹の隣、マリアの横に立つ金髪の青年に注がれ、奥歯を噛む力が強くなる。
□■□■□■
「ここはなに? 貴方、団員のようだけど、私やルーシアはここでなにかをするように指示を出した覚えはないわよ?」
洞窟の入り口にいた男にマリアが不用意に詰め寄っている。
小さな洞窟の前にいるのは二人。一人は慌てて中へ入っていったが洞窟の奥がどうなっているのか分からないのがノアにとっては少々不安だった。だが、スノーが鼻を利かせ、中に今は二人いるとのことで全部で三人と思ったより少数だったことにちょっとは安心……して良いのか甚だ疑問ではあるノアだった。
それでも、相手が聖女団の服を着ているからといって、マリアが不審がりながらもそのまま堂々と接近していったのは軽率だったかなとノアは思い、他三人の様子を伺う。
王子やルーシアもまた、まさかマリアがそんな行動に出るとは予想できなかったのか苦笑いするしかなく周囲を警戒していたので、スノーの報告をコソッと皆に伝える。
ノアと一緒にスノーの背中に乗っているテュッテはこの状況を不安がっているのかその腕に包んでいるリリィをギュッと抱きしめていた。
ノア的にはこの状況にテュッテを連れてきたのは悪手だと思ったが、だからといってあの場に残しておく方がもっと危険だということで折り合いをつける。
数刻前、マリアとルーシアを連れた王子がノアとテュッテがゆっくりとだが下山しようとしていた所まで下がって来たのはノアも想定内であり、特に驚くことはなかった。
とはいえ、最初あのルーシアが怯えている姿を見て、ノアはなにがあったのか聞かずにはおれず、王子からメアリィ達が遭遇し、今なお戦闘中であるモンスターの存在を知る。
正直口で説明されてもノアにはピンとこない感じのモンスターだったが、それよりも話半分で反応が薄いスノーが気になると言えば気になるノアであった。
「どうしたの、スノー? ちゃんと聞いてるの?」
『いや~、なんだろう。毛が逆立つというか、ピリピリするというか……さっきからなんか変なのよね~』
雨が本格的に降り始めてからずっとこの調子で、相変わらず正確な回答が得られない。
と、一陣の風が吹き抜けたとき、背筋にゾワッとしたものを感じて、ノアは息を呑んだ。
王子達も感じたのか、皆から緊張感が伝わってくる。
『……これは、声? いや、違う。思念……のような……誰、誰なの?』
中でもこの程度、どこ吹く風かと言わんばかりにノホホンとするはずのスノーが一番取り乱していることに言葉が分かるノアだけが驚く。
「落ち着いて、スノー。声がどうしたの?」
『なんだろう、ここら一帯、なにかおかしいわ』
ノアの言うことも聞かず、スンスンと鼻を鳴らしてスノーが辺りを見回す。
『あっちの方かしら?』
なにかを見つけたのかスノーが勝手に動き出し、ノアも慌ててスノーの背中にしがみつく。
「ちょ、スノー、どこへ行くのよ。お姉ちゃんは待機してって言ってたでしょ?」
『ここに来て、ずぅっと感じていた違和感がさっきのでより強くなったわ。でも消えそうなのよね。だから消えないうちに正体を確かめるの』
「どうしたんだい?」
ノアがスノーに投げかける話の内容で、なにかしら問題が生じたことだけはわかったのだろう。王子が状況説明をノアに求めてきた。
「分からないけど、スノーが気になる所があるって」
ノアがアワアワしながら王子に伝えている最中、スノーはノシノシと歩を進めていく。
背に乗っているノアとテュッテはどうして良いのか分からずそのまま連れられていく形となり、残された王子達はどうしたものかと顔を見合わせた。
そして、先程のマリアの浅はかな行動に繋がっていく。
「……アルハザード卿? 何でこんな所に?」
至極ごもっともな疑問をマリアはポカ~ンとした顔で呟く。
「それはこちらが聞きたい所ですね。あそこから後退した貴女方がなぜここへ?」
「なぜボクらが後退したことを知って……もしかして見ていた? なんのために……」
マリアとカインの会話、特にカインの言葉に注視する王子の呟きにノアは内心「確かに」と頷く。
『そんなことより、あの洞窟の奥、あそこが匂うのよねっ!』
王子の洞察力に感服する中、相手とのやり取りなど空気も読まず、マリア同様突撃する気満々な一匹の駄豹の頭をノアは半眼でペチペチしながら抑止する。
「ダメだよ、スノー。状況をよく見て。今はお姉ちゃんと一緒じゃないんだから、いつもみたいに猪突猛進は止めてよね」
とはいえ、相手は三人。見た感じゴテゴテに武装している者はおらず、最低限の武器しか持っていなさそうだ。
あちらは三人、こちらは四人と二匹。人数的にはこちらの方が多いのでワンチャンいけるかっと短角的な考えが頭の片隅に過ったが、ノアはすぐに首を振ってその考えを掻き消した。
『分かったわよ。じゃあ、お話の間ちょっと休憩したいから降りてくれる? ずっと二人を乗せてて疲れたのよ』
メアリィだったらそんな嘘、すぐに見破り指摘するのだが、付き合いがまだ短いノアは言われるがままにスノーから降り、その行動に倣ってかテュッテも降りていく。
『よっしゃぁ、突撃よぉぉぉっ!』
「あっ、こらぁぁぁっ!」
テュッテが降りた瞬間、タガが外れたようにスノーが飛び出し、カインのいる洞窟の入り口へと駆け出した。
そのスピードは速く、カインの横にいた男は剣を抜くのが遅れる。
そこも織り込み済みなのだろうか、棒立ちの二人を無視してスノーはそのまま上に飛び、カイン達を飛び越え、中に入ろうとしていた。
「やれやれ、せっかちな獣ですね」
迫り来るスノーに驚いた様子もなく、また武器を抜く素振りも見せず、だが、その右手が動いた時、その指に光る物体を視認してノアに悪寒が走る。
ノアのずば抜けた視力だからこそ見抜けたカインの動き。
その指に嵌められた一つの指輪。
それはとある男が嵌めていたモノにそっくりだったのだ。
「スノーッ! 避けてっ!」
ノアの叫びとほぼ同時にスノーの前方、何もない空間にニョキッと大きく鋭利な杭が横向きに姿を現した。
『あぶっ!』
突き出した杭が刺さる寸前、スノーは空間の壁を蹴るようにして自身の軌道を横にずらし、難を逃れた。
「あの技はっ」
つい最近、あの光景を見たことがあるテュッテが驚愕な声をあげる。
「……ニケ……。どうしてあの人の道具がここにっ」
先程までの余裕は失われ、恐怖に表情が歪むノア。動悸が激しくなり、手が震えてくる。
あの恐ろしかった日々が呼び起こされそうになって、ノアはパニックを起こそうとしていた。
と、震えるその手がギュッと握られ、フワリとしたモノが足を擦る。
テュッテとリリィだ。
テュッテが手を握り、リリィが擦り寄ってくれている。自分は一人ではないとそう思えるだけで、ノアの心は幾分か落ち着きを取り戻せていった。
落ち着いたら、次の疑問にぶち当たる。
道具があれば誰しもニケのような現象を起こすことはできるだろう。それがあればの話だが、あの事件でニケもあの道具もメアリィによって消滅し、鎧しか残らなかったはずだった。
だとするなら、あんな反則技のような神話級レベルの道具が複数あるということだろうか。
仮にアレをニケが作り出し、複数製作できたとして、なぜそれがカインの手にあるのだろう。
もしかして、もう一人の男も持っているのかと警戒したが、小剣を抜くだけで指輪を使う素振りはない。
「……なぜ『あの方』のお名前を……ああ、そうでした。貴方達は『複製体』に会っていたのでしたよね」
「複製体?」
さらりと答えるカインの言葉を復唱し、ノアの血の気が引いていく。
カインの話が本当なら、ゼオラルにいたニケは本人ではなく、今もなおどこかにいるということだ。
自分のコピーなど作成可能なのだろうかと思ったが、ニケの常識外れな能力を見て、しかも体感したノアだからこそ、彼なら可能なのだと思ってしまう。
「彼がアレを持っているということは、ニケと聖教国はかなり繋がっているということだろうね」
お互い距離を取りながらも王子はカインの話から色々情報を引き出していく。
「一度ならず二度までも……様をつけなさい、この劣等種どもがっ」
どんなことがあっても無表情だったカインが、この程度で感情を露わにし、怒気の篭もった瞳で王子達を睨み付けてきた。
その気迫に気圧されノアは思わずヒッと小さな声で悲鳴を上げるくらいである。
「えっとぉ、ニケって、あのニケ様?」
と、ここで今まで事の成り行きを見守っていた、というより、話について来れずにポカ~ンとしていたマリアが会話に参加してきた。
「聖女殿も知っているのかい?」
「ええ、エインホルス聖教国、教皇『ニケ・キーリクス』様だよね? 会ったのは一度くらいだけどその時名前を教えられたわ」
さも当たり前のようにマリアが答えると、ノア達に衝撃が走る。
聖教国と繋がっているとしたら、そこを資金源にし、一魔工技師として研究・開発をさせてもらっているのだと予想していたが、まさか聖教国のトップとして君臨しているなどと誰が想像できただろうか。
「あっ……これ、トップシークレットな情報だったっけ?」
驚愕しているノア達を尻目に、マリアが思い出したかのように頭を掻く。
後ろにいたルーシアは天を仰ぎ、カインですら深く溜息を吐いている始末。
『隙ありっ!』
と、空気が一瞬緩んだのを見逃さず、スノーが動き出す。
「チッ」
普通なら見逃すレベルのタイミングだったのにカインは舌打ちしながら反応し、スノーの動きを止めるため道具を使おうとする。もちろん、もう一人いた男は全く反応できていない。
「ソニック・ブレードッ」
王子もまたスノーの動きに反応し、斬撃魔法でカインを牽制してきた。こちらも思わぬ伏兵なはずなのにカインは冷静にこれを避けながら、スノーに攻撃を仕掛けるのは敵ながらさすがと言わざるを得ない。
だが、残念ながらそんな状況ですばしっこいスノーを止めることは出来ず、洞窟の奥へと入ることに成功する。
こうなると、カイン達は洞窟の奥へとスノーを追うことになり、ノア達はそれに便乗する形で、同じく中へと侵入することが可能となった。
洞窟の奥。
暗いはずのそこはほんのりと光り輝き、周囲は思った以上に明るかった。
その光源はと言うと、一人洞窟に残っていた団員風の男が背負って運び出そうとしている大きな装置らしきモノからであった。
大きさにして大人の男の上半身より一回り大きめな円筒型の装置らしきモノ。
その中心にある大きな透明容器の中になにか発光する物体が納められている不思議な装置だった。
スノーはというと、どうしたのかその場に立ち尽くしてピクリとも動いていない様子である。
「なぜ装置を止めずに運び出そうとしているのですっ」
「そ、それがっ、装置を止めたのに力が止まらず……まるでなにかと共鳴しているようで」
「いつも以上に使用した障害ですか……それにしても、共鳴?」
報告を受けたカインが何かに気が付き、スノーを見たのをノアは見逃さず、釣られて彼女を見る。
すると、金縛りのようになっていたスノーがノア達の視線に気が付き、ピクッと動き出した。
『ねぇ、なによ、それ……なんなのよ、それはぁぁぁっ! なんで、私達に似た匂いがするのよぉぉぉっ!』
驚愕とも怒気ともとれる大きな感情を乗せたスノーの言葉が咆哮とともに脳内に響き渡り、その所為で頭痛がしてノアは頭を抑える。
「ノア様、大丈夫ですか?」
苦しそうなノアを心配してテュッテが声をかけてくる。
「大丈夫……それよりも、それはなにってスノーが大きな声で怒ってるよ」
皆にスノーの状態を伝えながら、ノアはソレである例の装置を指差した。
ノアの言葉とスノーの咆哮に応えるように、弱まりつつあった装置の光が一際強く光る。
「クッ!」
すると、どうだろう。
全く関係の無いはずのルーシアが胸の辺りを抑えて苦しみだしたではないか。
「えっ、大丈夫、ルーシア?」
予想外の反応にマリアも戸惑い、ルーシアの側に行き、様子を伺う。
「だ、大丈夫。一瞬だけで今はなんともないわ」
「……長く使った弊害ですね。暴走しかけていますから、教皇様より授かった言葉で無理矢理止めるしかありません」
王子達もなんだか分からないがてんやわんやになっている中、カインもまた王子達がいるこの現状よりも目の前の装置の非常事態の方が大事らしく、周囲を無視して装置を止めるべく行動を開始ていた。
カインの口からキーワードのような言葉が発せられるが、皆には全く意味が分からない言葉だった。
いや、ノアだけがそれを聞き取れた。
しんじゅうしすてむきょうせいしゅうりょう。
それは日本語だったのだ。
そして、その単語の一つにノアの心が追いつけないでいた。




