フラグなんて言うから……
「マズいわね。雨が強くなってきて人の痕跡が消えかかっているわ。トムの奴、一体どこに行ったのかしら?」
雨に濡れた地面が泥濘みだし、おそらくあっただろう足跡を消していく。おまけに雨音のせいで、助けを呼んでいてもその声を掻き消しているかもしれない。
こういう救助活動は私も素人なのであまり大きく動くことが出来ず、皆と足並みをそろえ、周囲を注意深く見ることしか出来なかった。
「こういう時、スノーがいてくれたら助かるんだけど……」
私は探索や周囲の警戒などといった作業のほとんどをスノーに任せていたことを痛感する。
スノー達は現在、村から離れた場所に待機しておりこちらの動向を遠くから見守っているはずだった。
そういえば、スノー達の様子を見てくるとノアとテュッテがそちらへ行ったのはつい先程のことである。
『フッフッフッ、私のありがたみを思い知るがよいわ~』
と、私の頭の中にスノーの声が届く。
「へっ、スノー。いるの?」
「ん? どうしたのメアリィ。急に独りでしゃべり出して」
私が驚いて声を出すと、怪訝そうにマリアがこちらを見てくる。
「あっ、いや、近くにスノーがいるみたいで」
「スノーって誰?」
マリアが聖教国の人間だと言うことを一瞬失念し、私はうっかりスノーの存在を彼女に伝えたが、どうやらスノーが誰なのか知らないようだった。
(まぁ、スノーって名前をつけたの私だし、知らないのも当然か。危ない危ない)
スノーはスノーで私のポンコツ具合と私達の中に聖教国の人間が混ざっているのを理解したのか、警戒して姿を隠しているようだった。さすがスノーさん、私と違ってかしこ――。
『フハハハッ、真打ち~登場っ!』
いや、前言撤回。これといって警戒もしておらず、単に到着が遅れただけのようで、颯爽と登場するこの駄豹に私は頭を抱えるのであった。
「なんで来たのよっ! しかも、ノアやテュッテまで連れてくるなんてっ!」
スノーが来てしまったのはもう仕方がない。だが、この危険地帯にテュッテ達まで連れてくるのはいただけない。
『いや~、仲間外れはいけないかな~と』
「変な気を回すんじゃないわよ」
「ねぇ、メアリィ。さっきからなに一人でしゃべってるの? 気でも触れた?」
私とスノーのやり取りにマリアが少し引き気味で聞いてくる。
(あぁ、この不審者扱い久しぶりだわ……ん? ちょっと待って?)
「え? マリア。聞こえないの?」
「なにが?」
「この駄豹の声よ」
「だひょう、え? この豹のこと? あなた以外になにも聞こえないわよ?」
『誰が駄豹よっ! こちとら立派な神獣様なんだからね、神獣様っ!』
私に文句を言い、スノーはマリアに訂正しているのだが、やはり聞こえていないらしく反応がない。しかも、暗部にいたスノーを知らないということはマリアは栄滅機関と繋がりがないと考えて良いだろう。
(おかしいわね。確かスノーは聖女なら声が聞こえると言っていたのに)
そこで私は改めて聖女とはという疑問に至る。
そもそもマリアの『暁の聖女』はあくまでふたつ名であり、聖教国から頂戴した肩書きだ。
つまり、神が選んだわけではないので、本当の聖女ではないということなのだろうか。だとすると、神獣であるスノーがなぜ聖女の側ではなく、暗部である栄滅機関にいたのか説明が付きそうだ。
(神獣と会話ができるのが聖女だと伝承されている以上、マリアが会話できないと知られるのは危険と判断したのかしら?)
では、聖女という肩書きが聖教国由来なので機能していないと仮定して、もう一つ、私のように五階級以上の魔法を使える人間なら聞こえるはずなのだが、マリアはオーバーオール・ヒーリングを行使できると聞いているのに聞こえていない。
(えっとぉ、後なんだっけ、条件って?)
そこで私は根本の条件を失念していたことを思い出す。
そう、純粋な人族である……というところだ。
(え? つまり、マリアは人族じゃ、ない? そ、そんな風には見えないけど)
私は改めてマリアの容姿を確認する。エルフのような尖った耳でもないし、魔族特有の角もないし、吸血鬼のような瞳もしていない。獣族のようなケモミミとかも見当たらないし、どう見たって人だった。
「な、なによ、急に私のことジロジロ見て? なにか付いてるの?」
私がマジマジと見てくるものだからマリアは気味悪そうに自分の体を触って確認し始める。
「いえ、なんでもないわ。気にしないで」
(危ない危ない。あなた人じゃないのって、そんな失礼極まりない質問する所だったわ。こんなことで国家間問題とかに発展……しないと思うけど、とりあえず踏みとどまって良かったぁ~)
「そ、そうなの? ほんとに?」
私の言葉が疑わしいのか、まだ自分の体を調べるマリア。
「とりあえず、えっとぉ、あっ、彼女はスノー。私の友達よ」
「ふ~ん、そうなんだ。それで、そのお友達がなんでここに? なんか言ってるんだっけ?」
話を変えようと強引に私はスノーを紹介すると、マリアは自分を見るのを止め、サラリと紹介と彼女がしゃべるという事実を受け入れ質問を続けてきた。ここら辺は彼女の性格から来るモノなのか、変に勘ぐってこない所は大変助かる。
と同時に、私はいつの間にかマリアは聖教国の人間であるという警戒心がすっかり無くなり、友人として接している自分に驚いた。
これが異国の人間達の中にサラリと溶け込んでいくマリアの持ち味なのだとしたら、なんというコミュ力、見習いたいものである。
「こちらの聖女様も言ってるけど、スノーはなんで来たの? 近づきたくないんじゃなかったっけ?」
昨日までの出来事はすでに夜遅くスノーに説明しているので私は目の前の女性がその聖女だと軽く伝えて質問する。
『う~ん、そこなんだけど。やっぱこの雨、なぁ~んか変なのよね~。雨脚が強くなってからその感じがより強くなってきたというか、なんというか~』
「雨? 警戒していたのって人じゃないの?」
てっきり聖教国の人間を警戒して離れていたのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
言われて私は空を見る。雨は今もなお降り続け、見上げ続けるのは困難なためすぐに視線を戻したが、特に変な所は見当たらなかった。
「違うみたいだよ。ここに来るときはちょっとした違和感があっただけだけど、雨が強くなった今だと変な感じが強くなったって。しかも魔力まで感じだして……嫌な予感がしたからそれを伝えに皆の所へ行こうって言うから、私も付いてきたの」
私が不思議がっていると、スノーの背中に乗っていたノアが補足してくる。
「そうなんだ。魔力ね~……私には感じられないけどマリアはどう?」
「どうってなにが?」
「あっ、スノーの話だと雨が……」
ノアが普通にスノーと私の会話に参加してきたせいで、私は皆聞こえているという誤解をしたままマリアに意見を求めてし……。
「えっ、ノア! あなたスノーの声が聞こえるの?」
さっきから驚きの連続で私ははしたなく大声でしゃべりっぱなしである。
「え、うん。記憶がなかったときは聞こえなかったけど、自分を自覚してからは徐々に……」
そういえば、白銀の鎧はスノーの声が聞こえていた。神の鎧は神獣と同等の扱いで聞こえていたらしいが、まさか神の鎧を捨てた今のノアが聞こえているとは驚きである。
「前にオルトアギナに聞いたときは、記憶喪失のせいで自身の存在が不安定になり、同じ魂がもう一つあったから上手く機能していなかったのではないかって言ってたよ。今は鎧の魂も無くなって、神の鎧の魂は私だけになったからとかなんとか、よく分かんないこと言ってた」
いつの間にそんな相談していたのか知らなかったのはお姉ちゃんとしてショックではあるが、相談されても答えられる自信がなかったのでオルトアギナに聞いたノアが賢いと言うことにしておこう。
(あの頃はなにか分からないことがあったらすぐオルトエモンを頼ってたからなぁ~。今のこの状況も彼に聞いたら一発で解決してくれるかも。いや、いかんいかん、自分で考えないと何も考えないダメ人間になっちゃうわ)
ということで、私は改めてノアとマリアを見る。
片や神の鎧を捨て、別の肉体に魂を移したのにその存在は神の鎧と定義されている者。片や聖女と呼ばれているのにその実、聖女として認められていない者。
(神が定めたモノとそうでないモノってどこで決めているんだろう。それって転生者とこの世界の人との違いと似ているのかな~。アニメとかにあるステータスウィンドウに記載されているとかだと簡単なんだけど、う~ん……)
頑張って小難しいことを考えてはみたものの、慣れないことをして私の思考がフリーズ寸前になってくる。絵にしたらきっと私の頭から湯気が上がってオーバーヒートしていたに違いない。
と、近くで落雷があり、その轟音で私の思考が現実世界に戻ってくる。
「な、なに、びっくりした~」
私は慌てて辺りを見回して、そこで初めて自分とマリアが他の人達から離れていることに気が付いた。
おそらく皆は、雨のこともありトムさんを早く見つけたいという思いと、スノーとの会話は私しか成立しないから後で聞こうという判断からなのだろう。
律儀に私の側で待っててくれたマリアには感謝感激雨あられである。
そんなマリアも落雷のせいか、周囲を警戒しそこでなにかを見つけたらしく、そちらへ移動していた。
「どうしたの、マリア? なにか見つけた?」
「これって、トムが持っていた鞄かしら?」
地面に落ちていたびしょ濡れの革で作られた手提げ鞄を持ち上げ、マリアが私に見せてくる。
聖女団の鞄なんて私には分からないのだが、肩に掛ける部分が千切れている所を見ると、持ち主に何かあったと見て間違いないだろう。
「中にそれらしい物とか入ってないの?」
「確かに。見てみよう」
私の提案にマリアは躊躇なく人様の鞄を漁り出した。
「……これはトムっぽいわね。ここら辺で何かあったのかしら?」
マリアに言われて私は周囲を見回す。
雨のせいで暗く、視界が悪くてよく分からないと言うのが正直な感想だった。
『メアリィッ、なんかいるっ!』
スノーの警告と共に、向こうの方からルーシアさんの悲鳴が雨音に混じって聞こえてきた。
「ルーシアッ!」
常に飄々としていたマリアが真剣な顔つきになって反射的に悲鳴の方へと走り出す。
そこから見てもマリアにとってルーシアさんがどれだけ大切な人なのか分かるような気がした。
「スノーは離れてノアとテュッテ、リリィを守っててっ!」
そう言い残して私もマリアに続く。
皆とは大して離れていなかったとはいえ、雨のせいで正確な位置が分からず、方向音痴の私なら軽く迷子になっていただろうが、そこは聖女様様。マリアに付いていくことで迷うことなく皆と合流することができ、私は皆の無事を確認してホッと胸を撫で下ろした。
だが、皆が警戒し凝視している先を見て、私は言葉を失う。
なんて言って良いのだろうか。
視線の先には巨大な蛇? 蜥蜴? 龍? とにかくよく分からないモンスターが空中を浮遊していたからだ。
なぜ表現が曖昧かというと、形がこうグチャグチャになっているからだ。
蛇のように長く伸びた体だが、そこに綺麗な流線型は見られず、ゴツゴツとしており、歪にクネっていた。その体も腫瘍のようなブヨブヨした赤みが露出しているかと思えば、爬虫類特有の鱗のような皮膚も見え、よく見ると人というか、哺乳類の皮膚のような物も見える。
蛇などに見られる大きな口は細長く伸びた体の半分まで裂けており、その上に大小様々な瞳らしきモノがギョロギョロと忙しなく動いていた。
さらには大きな口のその下、体部分には人や獣、爬虫類に似た手足が数本無作為に生え伸びており蠢いている。おおよそ私が抱いている爬虫類像とはかけ離れている姿であり、こうだと決めかねる姿であった。
「もしかして、これも合成獣なのか?」
不気味すぎるその姿に私が言葉を失っていると、皆より前に出て対峙していたザッハが漏らした言葉に私はハッと我に返る。
確かに、今までの私達の経験から振り返ると、ああいった異形のモノは合成獣と判断してもおかしくなかった。
だが、どう言って良いのか上手く言葉に出来ないが、今までの禍々しい存在と違って、どこかで感じた親しみというか、なんというか、とにかく今までの合成獣とは何か違った雰囲気を感じるのは気のせいなのだろうか。
「見てください。あのモンスターの口の部分」
私は妙な考えを止め、マギルカが言った場所を見てみれば、大きく裂けた口の端、剥き出しになったいくつかの鋭い牙の部分に人の服らしき布の一部が引っかかっていた。
「マリア、あれってトムさんの――」
近くに鞄があり、化け物の口に衣服の切れ端。状況を考えるとトムさんはあの化け物に襲われた可能性がある。
それを確認しようとマリアに聞いてみたが、彼女の様子がおかしいことに今更ながら気が付いた。
「はぁ……はぁ……な、んで……あの化け物がここに……」
目を見開き、信じられないモノを見ているような形相。呼吸も荒くなりよく見ると体も小刻みに震えていた。明らかに恐怖に震えている感じである。非戦闘員の言わば一般人であるマリアからしたらモンスターと対峙することなんて珍しく、恐怖しているのだろうか。いや、どうもそんな感じがしないのは私の思い違いだろうか。
「マリアッ! どうしたの、しっかりしてっ!」
私は凝視して動かなくなったマリアの肩を掴み、その瞳を見つめ、彼女を落ち着かせようとした。
「メ、メアリィ……」
元々肝が太いマリアなので、すぐに正気を取り戻し、私をしっかり見つめ返してくれる。
(よし、これなら予想外な行動を取ることはないわね)
「レイフォース様っ! トムさんの鞄をこの近くで見つけました! おそらく彼は……」
マリアから視線を外し、今なお対峙している王子達に私は鞄の件を報告する。
「なるほど、襲われた可能性がありそうだね。後、聞きたいのだけどあのモンスターを聖女殿は知ってるかな? あれを見たルーシアさんが酷く取り乱しているんだけど」
私の報告に王子が返してきて、先程悲鳴をあげたルーシアさんを見てみると、彼女は王子に支えられた状態でフラフラと今にも倒れそうな状態だった。
「……アレを私達は一度だけ見たことがあるわ……子供の頃に村を襲った奴にそっくり……」
苦虫を噛み潰したような表情で話すマリアの言葉はいつもの覇気が無く、雨音に掻き消され、近くにいる王子と私くらいにしか聞こえていない。
(私達……ということはルーシアさんも含まれているのかしら。しかも、彼女の故郷に出てきたということは、あのモンスターはこの地に生息しているわけではないということね)
マリアの雰囲気から深く掘り下げる内容ではないことくらいは私にも分かり、今はこれ以上聞き出すのは止めて、私は前に出ている皆と合流し、目前の問題を解決することにした。
「どうします、レイフォース様。一旦引きますか?」
「いや、できればここで倒したい、かな。戻ってあのモンスターを村に誘導してしまったという事態は避けたい。メアリィ嬢、サフィナ嬢、悪いけど任せて良いかな?」
王子は怖がるルーシアさんを駆けつけたマリアに託しながら、私とサフィナに声を掛けてくる。
それはつまり私とサフィナの合わせ技で速攻葬り去ろうという考えなのだろう。私がサフィナを見ると、彼女も王子の意図を汲み取り私に頷いてくる。
「では、不測の事態を想定し、殿下は聖女様方を連れてここから離れてください」
「得体の知れない相手だもん、それが良いかもね。レイフォース様は後方で待機しているスノーの所まで下がってください。マリア、パニックになっているルーシアさんをお願いねっ」
「えっ、ちょ、ちょっと待って。あの化け物と戦う気なの?」
前に出ているザッハとその少し後ろ横で同じく警戒についたサフィナに近づくように私とマギルカも前に出ると、王子からルーシアさんを託され、彼と共に私達から離れ始めたマリアが驚いて声を掛けてきた。
「あ~、なんて言うのかしら……私達ってば、よくああいった化け物と戦ってきたから大丈夫なのよ」
「あ、あなた達って学生よね。どういった学生生活送ってるのよ」
マリアの指摘になんとも言えず苦笑いする私。見ていないがおそらくマギルカ達も同じ表情をしていただろう。
(ほんと、当初私が思い描いていたキャッキャウフフとはかけ離れた学園生活だったわね)
「――――――ッ!」
しんみりと過去を振り返る暇もなく、目の前のモンスターが金切り声を上げ、その声が高周波となって空間が揺れる。
さらに、その叫びに呼応するかのように雨で作られた大きな水たまりから数本の水の柱が渦を巻いて屹立した。
(あのモンスター、水を操るの?)
今まで遭遇した合成獣には見られなかった素振りに一瞬私は驚いたが、冷静さを失うほどの事ではないと言い聞かせ、皆を見る。
「ザッハさん、マギルカ、防御をお願い。サフィナ、行くわよっ!」
「おうっ!」
「任されましたっ!」
「加速を使用します」
私の指示で皆が一斉に動き出し、それに釣られて向こうも動き出した。
渦巻く水柱が湾曲し、こちらに向かって伸びてくる。
「アース・ウォール」
襲いかかる水柱をマギルカの土魔法がせき止める。が、威力は向こうの方が上だったか、壁は砕け、数本こちらに押し寄せる。
「アース・ウォール」
続けざまにマギルカは二重の土壁を作り上げ、水柱を相殺していった。
「任せろっ!」
それでも防ぎきれなかったモノは前に出たザッハの盾が受け流し、私達から軌道が逸れていく。
さらに前に出るザッハはそのままモンスターの横、あさっての方向に盾をブーメランのように投げ放った。
さすがのモンスターもこの意味不明と思われる行動に飛んだ盾を注視することなく、私達の方を見る。
(まぁ、ザッハの盾の特性を知らなかったら私達も何してるんだと呆れてるだろうけどね)
「盾よ、来いっ!」
ザッハは飛んでいった盾とは反対方向に走り、ちょうど盾と自分の間に標的が入った辺りで盾を呼ぶ。
すると、カクンッと物理法則を無視するかのように盾がもの凄い勢いで回転し、ザッハの方へと飛び戻っていった。
無警戒だったモンスターがくの字に折れ曲がり、グチャッ、ボキボキッと痛そうな音と悲鳴のような金切り声を上げ、ザッハが走っていった方向へと吹き飛んでいく。
(ほんと……シェリーさんってばとんでもない投擲武器を作ってくれたわね)
完全に隙だらけになったモンスターを哀れみながら、私は二人が作ったチャンスを有効利用する。
「行くわよ、サフィナッ!」
「はい、アクセル・ブーストッ!」
私の斬撃魔法の掛け声とサフィナの加速魔法の声が重なり、彼女はモンスターへと突進していく。
「「ナインブレード・クロス」」
モンスターに負けず劣らずの金切り音と一帯の雨粒が一瞬吹き飛ぶような衝撃波が広がり、先程まで蠢いていた奇怪なモンスターは一瞬にしてバラバラに吹き飛ぶのであった。
「よし、やったな」
「はい、そこ。変なフラグ……立ててないわね」
肉塊と化したモンスターを遠目に確認しながらザッハが例の台詞を口にしたと思い、反射的にツッコミを入れようとして、途中で違うことに私は気付き、ツッコミが不発する。
改めてモンスターだったモノを確認すれば、雨の所為でよく分からない。というか、あまり凝視したくないグロさである。
「いやぁ~、メアリィ様考案のあの技、相変わらずエグいよな~」
「貴方の盾だってもはや盾としての威力じゃないわよ」
「ほんと、メアリィ様が投擲武器に使ったらって言わなかったら普通に盾として使ってたよ」
「さすがメアリィ様です」
「いやいや、使いこなしている貴方達が凄いのよ」
「……他に敵はいなさそうですわね。って、皆様警戒を解くのが早すぎませんか?」
私達が迂闊にもよいしょしあい始める中、防衛に徹していたマギルカが周囲の様子を伺い続けており、どうやら追加のモンスターが現れる様子は無いと判断して、不服そうに私達同様警戒を解いてきた。
「そうは言っても、あんなにバラバラにされたんだ。生きてるわけ無いだろ?」
「まぁ、それはそうですけど……」
「それでは、後退した殿下達に合流しましょうか?」
「そうね、そ――」
サフィナに促され皆が踵を返し、遅れて私も体を動かした時、視線の端に光が見える。
それはあのモンスターだった塊の中に埋め込まれていた直径三センチくらいの小さな球体状の今にも消え去りそうなとても弱々しい光だった。
マギルカが警戒云々を口にしていた手前、意識の端にモンスターが気になっていたからこそ気付けた僅かな変化である。
「メアリィ様?」
私の様子に気が付いたサフィナが私の視線に釣られて同じ方向を見る。
「どうしたのですか?」
「え? サフィナにはあの光が見えてないの?」
「光……ですか? どこでしょうか?」
私の質問にサフィナは小首を傾げて聞き返してくる。冗談を言っているようには見えないし、そんなことを言う子ではないのは知っているので、本当に見えていないのだろう。
と、一陣の風が私達を吹き抜けた時、背筋に悪寒が走った。
これは私以外もそうだったみたいで皆も警戒している。
「なんだ、今の感じは?」
「分かりません。殺気に似た感じでしたが、そうではないみたいな……」
ザッハとマギルカのやり取りを聞き、私は周囲を見回し警戒を強める。
雨の所為で視界が悪く、しかも森ということで周囲が見え辛い。
変化があったと言えば、あの小さな光が風が吹き抜けたと同時に輝きを強くしていた。
それと同時に肉塊がボコボコとコブ状に隆起を繰り返し、光は肉塊の奥深くへと埋まっていく。
「おいおい、倒したんじゃなかったのかよ」
「ザッハさんが変なフラグ立てるから」
「いやいや、メアリィ様。立ててない立ててない」
私とザッハがしょうもない会話を繰り広げている間も、肉塊は膨れ上がってなにかを形成しようとしている。
先程もかなり異質だったが、今はそれ以上に原形をとどめていない感じで、肉塊のなんだかよく分からない物体に成り果てていた。
「――――ッ!」
私達には金切り音にしか聞こえない超音波のようなモノが肉塊から発せられ、空気が振動する。
「復活……いや、再生したのか?」
「再生って……あの状態から回復魔法をかけて、はい元通りって感じなのかしら?」
「元通りとは到底思えませんけど」
「メアリィ様、どうしましょう?」
「二人でもう一度ナイン・ブレードを仕掛けるか? 援護するが」
「いえ、あれには回数制限があるから、もう一度行使して同じ結果になったら目も当てられないわ。マギルカ、あいつが倒れて再び動く前に体の中から光のようなモノを見なかった?」
「光? いえ、見ておりませんわ」
サフィナが見えなかったのは魔力的なモノだったからかと思ったが、マギルカでさえ見えていないということは別の要素なのだろうか。
(あの光がなんだったのか、今は考えないでおこう。漫画とかのパターンならあの光が化け物の核という可能性も無きにしも非ずだけどね)
私は今一度、相手を見る。
何かになろうとして崩れる物体。崩れた部分が回復魔法のように光り再生していくが、それでもよく分からない肉塊の枠から抜け出せない哀れな生き物。
いや、これを生き物と言って良いのだろうか。
なにかいつもと違った雰囲気に私は恐怖を感じずにはいられなかった。
先程に比べ雨の勢いが弱まっていき、その内止みそうな空模様の中、山に入った時から付いてきていた一羽の鳥が私達の遥か頭上をまるで監視しているかのように旋回し続けている。