クラーク領にて
『ホウ……転生者の可能性がある少女、か。ソウルマテリアの鎧以来だな』
夜、カインは一人自分のテントの中に用意した椅子に座り、前にある机の上に一つの魔道具を置いていた。
そこから先程の声が聞こえてくる。
それは、通信魔道具。
伝達魔法を応用し、昇華させた魔道具で現存するのは開発した教皇が持つこれ一組だけである。それを持ち歩いているカインがどれだけ教皇の信頼を得ているのか、想像に難しくないだろう。
他国への無断侵入、裏工作、いつもなら時間を掛けてゆっくりと疑われないように進めるはずの事を、ここまで強引に進める程にカインが『器』の情報を確認することの重要性が窺えた。
本来なら任せていた枢機卿がこの情報をもっと早くにもたらしても良いはずなのに、一切それに関する情報がなかったことに内心怒りすら感じるカインである。
とはいえ、『転生者という高位な存在』に関する情報を教皇より持たらされていない愚物共に期待したところで、今回のような何気ない会話からの情報など、あの団員同様聞き逃し、報告書にも記載されないことなど想像に難しくない。
カインとて、複製体からのメッセージがなければここまでアルディア王国や白銀の聖女を注視しようとは思わなかった。
全ては今までの経緯があって、そこから自ら赴いたおかげでこの重大事項に気がつけたのだ。それすなわち神の、いや、教皇の導きであると思えばカインの怒りも治まっていく。
「仮に複製体が器として推していた白銀の聖女がメアリィ・レガリヤだとするのなら、転生者である彼女は、神からなにかしら常人を超えた能力、スキルを授かっているかと思います。
それを目撃した複製体が器としての適正があると判断したのではないかと推測いたします」
『仮定の話だろう。結果も出さずになぜ連絡してきた』
「それは重々承知しておりますが、その結果を得るための許可を得たいと思い、ご連絡させていただきました」
『……なるほど『アレ』の連続使用か』
「最悪壊れる可能性がありますので。教皇様がお作りになった至高の一品を潰すのは忍びなく」
『構わん。壊れたらまた作れば良いだけだ。それよりも、器だ』
「畏まりました」
そうして通信が終わると、夜の静けさにテント内が包まれる。と、外からポツポツと小雨がテントに当たる音がし始めた。
「さて、どのような結果になるのか見物ですね」
□■□■□■
朝。
雨は止んでいるが雨雲は晴れることなく太陽の光を塞いでいる。
「なかなか晴れないわね。こんなことってあるのかしら?」
「住人の方に聞きましたが、やはりここまで雨が続くのは初めてのことみたいですわ」
「また大雨になって、再び被害が出るのではないかと村の皆さんも不安がっていますね」
私が雨雲を眺めながら訝しんでいると、隣で同じく空を眺めていたマギルカとサフィナが答えてくる。
二人の話を聞いて私の中にある言葉が思い浮かんだ。
それは、集中豪雨、異常気象。
前世の日本ならちょくちょく耳にしていたが、この剣と魔法の世界でもそんなことが起こるのかと驚く反面、天候がある以上起こりえる自然現象なのかもしれないと納得する。
(まぁ、この世界の人達の一部はこれを神の怒りとか神聖に結びがちだけどね)
「そこの三人っ、なにしてるのっ! 朝の食料配布と周辺調査、川対策が始まるわよっ! さぼってないで体を動かすっ!」
空を眺めていた私達の前に仁王立ちで現れたマリアが朝からテンション高めに叫んできた。
王子が到着し、救助の主導はこちらに移るのかと思いきや、お子ちゃまのごとく、いやだ、いやだと駄々っ子になる聖女様を見ることになるとは、私の聖女像がどんどん崩れ去っていったのは言うまでもなかった。
「レイフォース様が指揮してるってのに、なんで貴方が指示してるのよ」
「あっちは全体をまとめる役であり、現地で指揮するのはこのわ・た・し! 何人たりとも私の救済を止めることはできないわっ!」
「あんな醜態晒しといて……」
「フッ、救済のためなら私はいくらだって恥を晒すわっ!」
なんか志が凄いというか、盲信というか。これが聖女かと思うと怖いくらいである。
ちなみに歴代の聖女もこんなのかとルーシアさんに聞いたのだが、マリアが特殊なのだそうな。
「なんでそんなに人助けしたがるの?」
エミリア現象というか、あまりにフレンドリーに接してくる相手に私はついつい勢いに任せて考えなしに微妙な質問をし、やばっと口をつぐむ。
「なんでって? フッ、愚問ね」
そんな私を鼻で笑うとマリアが空を眺めて一呼吸置く。
「そこに助けを求める人がいるからよっ!」
その言葉、その志に私は感銘を受け、さすがは聖女だなと感心し、昨日瓦解した聖女像が修復されてい――。
「あぁぁあ、神様より授かった力を行使して、私が癒やす。ムフ、ムフフフッ、か・い・か・ん」
そして、瞳を潤ませ、桃色に染まった頬を包むように両手を添えて、恍惚な表情で空を眺めるマリア。
(私の感心を返してくれまいか?)
「ところで、私達はなにからお手伝いすれば宜しいのでしょうか?」
私が若干引き気味にマリアを見ていると、マギルカが行動に移ろうと質問してくる。
「ハッ、そうだったわ。とりあえず、川の状況を確認し、できれば土魔法で補強もしてもらいたいのよ」
「そんなことくらい朝飯前だけど、貴方だってできるんじゃない?」
「できないわっ! 私達は神聖と回復魔法に特化してて、他の魔法はからっきしなのよっ」
誇らしげに言うけどそれは誇らしいことなのだろうかと思ったが、そう言うツッコミは疲れるのでスルーすることにしておく。
「まぁ、決められたこと以外のことはしない、それがあの国だから……」
「ん? 国がどうしたの?」
「ううん、別に。なんでもないわ」
そう言うとマリアは私達が付いてくる事を前提になにも言わずスタスタと目的地へ歩き出した。
私達は王子の配下であり、マリアの配下ではないのだが王子から彼女の様子を見てて欲しいとのことだったので付いていくことにする。
(変なことしないか見張ると言うなら、あのカインという枢機卿を見張った方が良い気がするのに、王子は私達、ううん、私を彼に近づけさせないようにしているんだよね)
カインの動きは王子とザッハ、クラウスさんが注視しており、私達はマリアに協力する形で彼女の行動を注視していた。
先入観から聖教国の人間は油断できないと用心していたが、マリアはどうにも違うように見える。いや、それこそがマリアの策略なら大したモノだが、そんな策士のように見えないと言うのが私の考えであった。
「あれ? ルーシア、どうしたの? 皆さんおそろいで」
河川の状況を確認しに行く途中、ルーシアさんと王子、ザッハがいて、マリアがその組み合わせに驚き声を掛けている。
「マリア、と皆様も。少々問題がありまして……」
私達を引き連れたマリアという光景もまた驚きポイントのはずなのにルーシアさんはスルーして話を進めてくる。
(もしかして、こういった光景は日常茶飯事なのかもしれないわね。私達異国の人間と距離を詰めるのに手慣れている感じしてるしね)
「それで、問題って?」
マリアの距離感バグに感化されて私も距離感をバグらせ会話に参加する。
「昨夜から行方不明の団員が一名いるらしいんだ」
言いづらそうにしていたルーシアさんに代わって王子が質問に答えてくれた。
「行方不明? そういえば、今日はまだトムの姿を見ていないわね。もしかして」
「ええ、その通りよ」
「トムさん?」
「ほら、あなた達がここに来たとき、私が治療しようとしてブー垂れていた男よ」
私の何気ない呟きにもご丁寧に答えるマリア。
(ああ、マリアが子供のかすり傷にヒールしようとして止めていた男の人か。まぁ、あれは確かに過剰回復のような気もするけど)
「ふ~ん、なるほどね。彼、最近回復魔法の使用回数が減ってきて成績に響いていたからな~。私が邪魔しちゃったから焦っているのかしら?」
「成績?」
聖教国側だけで話が進んでいたけれど、深く首を突っ込むつもりはなかったので聞きに徹していたのだが、気になるワードについつい口を挟む野次馬な私。
「ええ、我が国はそれぞれ役目が割り振られ、ノルマを課せられ生活しているのよ。それができないならその価値無しってね」
私の質問にこれまたご丁寧にマリアがおちゃらけて説明してくれるが、内容は笑えないような事のように聞こえる。
「偶にあるのよね、これ。もしかして、受け持った治療数のため現地で薬草を調達しようと山に入ったんじゃないのかしら?」
「可能性は否定できないわ。村の人が山の入り口でその人らしき人を見たと。ただ、様子が変で、声が聞こえると……」
「様子がどうしたって?」
「いいえ、なんでもないわ」
最後の方は小声になっていったため、聞き取れなかったがルーシアさんは物憂げな表情で話を終わらせた。
「二次被害を危惧して山には入らないようにと言っておいたはずだけど。大丈夫だろうか」
「例の正体不明のモンスターの存在も気に掛かります」
おおよその情報を得たようで王子とマギルカも話に参加し、今後の方針を模索する。
と、私達の不安を煽るようにポツポツと雨が降り始めた。
「こ~んな所で考えてたって仕方ないわよ。待つか探すか、どっちかね」
自分の部下が行方不明だというのに随分と淡泊な反応を見せるマリアはスタスタと山の方へと歩き出した。
「どこへ行くの、マリア?」
「決まってるじゃない、探しに行くのよ。あっ、王子達はここにいて。これはこちらの問題だからね、迷惑掛けられないわ」
あっけらかんとしているが、その実仲間思いというか、責任感があるというか。とにかく、マリアは迷うことなく、一人捜索に出ることを決め行動を開始していた。
(さすが聖女。いや、だからこそ、聖女なのかもしれないわね)
私は感心すると共に彼女の後ろに付いていく。
「ん? メアリィも王子と一緒に待ってても」
「いやいや、貴方、さっき回復特化で攻撃魔法使えないって言ってたでしょ? モンスターとか、なにかあったらどうするのよ。私も付いていくわ」
私がなにを当たり前のことを聞くのかといった顔で話すと、マリアが一瞬驚きを見せた後、ニカッと笑みを見せる。
「それじゃあ、まるで行ったら襲われるみたいじゃないのよ。変な予言しないでくれる」
「そこは予言じゃなくてフラグって言うのよ」
「ふら、え?」
私とマリアは他愛もない会話をしながら山へと歩き、もちろんだが他の人達も残ることなく付いてきてくれるのであった。
雨脚はどんどん強くなり、私達が山に入ってしばらくすると雨は本格的に降ってきた。
そんな私達の頭上高く、まるで旋回するように飛ぶ鳥のようなモノがいたなんて、その時の私には気付きもしなかったのである。




