白銀の騎士が……
白銀の鎧が大切そうに包み込む人骨。
それが誰のモノか、言われなくても気が付くというモノだ。
アガード。
白銀の鎧に愛された騎士。
おそらくアガードはあの事件で亡くなったのだろう。
百歩譲って、あれから奇跡的に助かったとしても先は長くなかったはずだ。
そんな遺体を埋葬することなく、白銀の鎧は大事そうに自分の中にしまい込んでいる。
その狂気さに私は絶句していた。
ずっとあの状態であの子は私達と会話し、戦いをふっかけていた。
周りが見えていないにも程があるだろう。
「あなた……それは」
『ん? なに? あぁ、アガード、五月蠅くしてごめんね。静かにさせるから、ちょっと待っててっ』
そう言うと、白銀の鎧は器用に肉塊を操り兜を被る。
白銀の鎧はアガードが亡くなっているのが理解できていないのか。いや、理解したくないのか。とにかく、現実が見えていなかった。
「白銀の鎧、アガードはもう」
「お姉、ちゃんっ」
私が現実を伝えようとしたら私に抱きかかえられているノアが止めに来る。
ノアを見てみれば不安そうに瞳が揺れていた。おそらく、記憶を取り戻したノアだって認めたくない事実なのだろう。
他人から言葉にされたら自分を保てなくなるような不安が見え隠れしていた。
「お願い、もうあの人を傷つけないで。全部、全部、私が悪いの。私があの人の大事な記憶、大事な人を奪ったから……」
懇願するノア。だからといってこのままにしておくわけにはいかないような。もう、どうして良いのか私には分からなくなってきた。
ただ目の前の敵を粉砕すれば解決するのかと言われたら、そうじゃないような気がしてならない。
でも、なんて言えば良いのか分からなかった。
転生してからの私は恵まれていた。前世は不幸に見舞われたかもしれないが、大好きな両親に最後まで見守られていた。私自身は色々奪われたかもしれないが、周りの大事なモノを奪われたことはなかった。
「でも……でも……それじゃぁ、ノアはどうするのよっ! 私は嫌だよっ、ノアが傷つけられるのを見ているだけなんて。あなただって救いたいっ!」
分からないなりにも私は言わずにはいられなかった。
『アハハハハッ、お涙頂戴、マジ受けるんだけどぉっ! エアー・ブレットッ!」
私達に向かって奇声を上げると鎧は魔法を放つ。
「風刃裂破っ!」
空気の弾丸をサフィナの風刃がぶつかり相殺する。マギルカも私の隣に来てノアを気遣った。
「ノアがアガードを殺したのかもしれないっ。でも、こんな不毛なこと繰り返さなくても良いじゃないっ!」
部外者がなにを言っているのだと言われてもしょうがないが、私は言葉を呑み込むことができなかった。
『は? なに言ってるの? アガードならここにいるじゃない? あっ、今はぐっすり眠っているんだったわ。ごめんね、アガード』
可愛らしい口調で優しく自分の中にいる人物に配慮する白銀の鎧。
だが、その違和感に薄ら寒さを感じずにはいられなかった。
アガードが死んだことを一番理解しているのは彼女のはずだ。だからこそ、彼女はノアを恨み、その怒りをぶつけているのではなかったのか。
なのに、彼女はまるでアガードが死んでいることを理解していないように見える。
「じゃあ、なんであなたはノアにこんな酷いことをするのっ」
『え、だって、この紛い物が私になりすましてアガードを奪い、さらには殺し……えっ? 殺し……』
私の質問に鎧は流れるように順序良く答えていくと、その矛盾に言葉が詰まる。
『殺し、いや、眠って、じゃあ、なんでこの紛い物を……アガードは、アガードは……違う、違う、ニケ、ニケェッ、どこよ、ニケェェェッ! 違うよね、誰か、誰か、違うと言ってぇぇぇっ!』
狂ったようにブツブツと自問自答したかと思ったら、急にニケを探し怒鳴りだす鎧。だが、当のニケは私が倒したので答えてはくれなかった。
『アガードは、アガードは、死、死んだ? あの時、私の中で息絶え、いや、死んでな、いや、死んだ、死んだ。ここにはいない、いない、いない、いない、いないっ』
怖いくらいに同じ言葉を繰り返す鎧が、ピタッと止まる。
これからなにが起ころうとしているのか理解できずに私は見守ることしかできなかった。
『――――――――――――ッ!』
絶叫というか、金切り声が神殿いっぱいに広がって、その音波に壁や柱、床に亀裂が入る。
「な、なに?」
「あ~あ、壊してしまいましたか。ゴホッゴホッ」
白銀の鎧の隣にフッとよろけながらもニケが現れた。
(転移魔法。くっ、まだ魔道具を持っていたのね)
あの状態から完全とは言えないが、動ける程度にまでこんなに早く回復するのは予想外だったし、一瞬で移動したため、見張っていたシータも反応が遅れ、対処できなかったみたいだ。
「壊す?」
「ええ、そこの失敗作は生物の性質を上手く利用して精神崩壊を免れましたが、この鎧はそうはいきませんでした。その時その時の光景を鮮明に記憶し、一言一句忘れることもできない。薬や魔法などに頼って誤魔化すこともできない。神の鎧と大層な名前でしたが、その魂のなんと脆弱なことか。次第に精神は壊れていき、それを回避するため、愚かにも自分に嘘をつき始めたのですよ」
同情というより、蔑んだ目でニケは白銀の鎧を見つめる。それに気が付いたのか白銀の鎧が弱々しく震える手をニケの方に伸ばしてきた。
『あ、がぁど……あ、がぁど……あ、がぁど……』
壊れた機械のように、鎧が呟き続ける。
あの白銀の鎧の不安定さはそこにあったのだと納得した。彼女もまたギリギリのところで自分を保とうと必死だったのだ。
私達がここまで抵抗し、関わってきたせいで自己矛盾に拍車が掛かったのかもしれない。
「フフッ、滑稽でしたよ。自己矛盾を必死に隠そうと壊れていく様は。面白くて、つい何度も真実を伝えそうになっていました。でも、コレにはまだ利用価値がありましたから、我慢してましたけどね」
なぜこの男は口を開けば腹立たしいことしか言わないのだろうか。今すぐその口を塞ぎたくなる。
「でも、感謝しますよ。おかげでコレを最後まで利用できそうですから」
なにをどう感謝されたのか分からないが、彼にそんなことを言われても私には不快感しかなかった。
「ここまで壊れたら誤魔化せそうだ」
そう言ってニケの姿が揺らぐと、幻影魔法を使ったのか、彼の姿が変化した。
そこに立つのはノアの記憶で見た男の人。
ノアが、白銀の鎧が、愛したその人。
白銀の騎士、アガードが立っていた。
「オレはここにいるよ。さぁ、一緒に悪を滅ぼそうっ」
『あぁぁあ、あがぁどぉ、あがぁどぉっ!』
「ニケェェェッ! あなたという人はぁっ!」
姿は違えど、声はニケそのものだった。
それでも、今の鎧には分からないのだろう。
そんな死者を冒涜し、怖気が走る行為に私はカッとなって駆け出していた。隣にいたマギルカが慌ててノアを引き継ぐ。
それを横目で見ながらも私は、今すぐにあの二人を引き離したいと、その思いでニケに掴みかかろうとしたとき、私の手は鎧の手に阻まれる。
ニケの腕には白銀の手が装着されていた。苦虫を噛むような気分で私は目の前の男を睨み付けた。
「ここまで私がする必要性はなかったのですが、少々あなたに興味が湧いてきましたので、これで試させて貰いますよ」
そう言うと、肉塊の触手が彼に絡みつき、なんとあれほど大事そうに抱えていたアガードの遺体を捨てて、白銀の鎧が縋るようにアガードの姿をしたニケへと装着されていくのであった。
「もう少しここでの研究も続けたかったのですが、まぁ、ここの利用価値も無くなってきましたし、頃合いでしょう」
ニケは自分の後ろに聳え立つ巨大な装置に触れる。
すると、なにやら文字や魔法陣の類いが浮かび上がり、ゴォォォッと装置が唸りだした。
次の瞬間、地震が起こる。
いや、ここは天空の島だ。あの亀のような姿で地震というのは違うような気がする。当てはめるのなら身悶えると言った方がしっくり来るだろう。
そんなどうでも良いことを考えていると、装置の中央部分、そこに光の塊が発生し、どんどん大きくなっていった。
『いかんっ! 彼奴はこの地の魔力を根こそぎ吸い上げ始めたぞっ! このままでは島が死に墜落、さらにはあの魔力の塊が装置ごと爆発して、下の者達、周辺の海域に甚大な被害が出るっ』
いち早くオルトアギナが事態を把握し、私達に伝えてきた。
「さぁ、この状況、どうします、白銀の聖女よ。どれ程の被害が出るのか見物ですね。あっでも、安心してください、あなたは殺しませんよ。ある程度試し終えたら、動けなくしてこの結末を見届けさせてあげますからねっ!」
どこまでも陰湿で、私を不快にさせれば気が済むのだろうか。敢えて切羽詰まった状態を作り上げて私を本気にさせにきたようだ。それで、私のなにを試したいのか分からないが、今は乗るしかない。
台座の横にでも置いてあったのか、ニケは白銀の剣を抜き、私に斬りかかってきた。
「お嬢様っ!」
『受けとんなさいっ!』
それと同じくして後方から駆けつけたリリィを抱くテュッテの声と共に、彼女達を背に乗せたスノーがなにかをこちらに放り投げてくる。
私は初段の攻撃を下がって躱し、スノーが投げ寄こしたモノを片手で受け取り、そのまま引き抜く。
ガキィンと金属のような硬く甲高い音が辺りに木霊した。
各々の白銀の剣が光に煌めく。
巨大な装置が轟音を立て、最終決戦の火蓋が切って落とされるのであった。