独白
私は、人が嫌いだ。
そんな自分も人なのがもっと嫌だった。
だから、生まれ変わるなら人以外が良い。
いっそのこと無機物にでもなれば、傷つかずに済むのだろうか。
そんなしょうもないことを考えながら、私は暗闇に落ちていく。
ふと、誰かの声が聞こえたような気がする。
そして、目覚めたとき見知らぬ風景、見知らぬ世界に私はいた。
ソウルマテリア。神の鎧。
それが、私の新しい生だった。
とはいえ、鎧ってどういうことだろう。
確かに、無機質でも良いって言ったけど、神様の判断は分からない。
まぁ、深く考えるのは止めよう。
私はこれでも結構満足なのだから。
あれから、どのくらい経ったのだろう。
ここは争いも傷つけあいもなく、平和な空間だった。妖精や動物達と会話ができたのは驚きだったが、おかげで寂しさはない。というか、寂しいとかそういった感情が希薄なところも救われているかもしれない。
なにも感じない、色褪せた世界。
それでも私には十分だった。
とはいえ、ここに人が来た時は、私が目覚めてから一番の驚きだったかもしれない。
いや、異世界に転生したと知った時の驚きの方が大きかったかな。まぁ、どっちでも良いか。
耳の長い人がここに来て、妖精達に怒られながらなにかしようとしていたけど、私は興味が湧かずちょっと寝ていたら、いつのまにか場所が変わっていた。
でも、そんなことはどうでも良かった。興味も無かったし、不安とかそんな気持ちも沸き起こらなかった。誰も私を傷つけることはできないし、私はその気になったら強いことを知っているから。 私には妙な力があった。
私がこうしたい、ああしたいと思うと、ビジョンが見えて導いてくれる。
一応剣と魔法という物騒な世界なので、戦闘になった場合でも私を導いてくれて、抜群の戦闘センスを披露してくれる。
その最たるのが、全ての魔法を知ろうが知るまいが発現可能なところなのだ。これは導きに結びついて勝手に導き出されて私はそのまま発動するのがほとんどである。
これは誰でもできる能力ではない。所謂チート能力だ。なので膨大な知識量で生物だと耐えられないレベルらしい。しかもこの能力にはかなりの魔力を消費するという燃費の悪さだ。
私は生物じゃないので問題ないし、神の鎧だけあって魔力も豊富だった。
誰の干渉も受けないし、誰かに興味を抱くことも無い。
そう思っていた。
彼が現れるまでは……。
番号で呼ばれる男の子。
そんな彼を見たとき、私の中で一つのビジョンが見えた。
彼と一緒に旅をしている、そんな雰囲気の映像だった。
だからか、私は彼に少しだけ興味を持った。
それからというもの、私は彼とおしゃべりする毎日だった。
彼は自分のことや、今日起こったことを楽しそうに話してくれるが、私には興味が湧かなかった。
時折、私について聞いてくるが、端的に答える毎日。
でも、どうしてだろう。
なぜ、私は彼に名前を与え、私と彼しか分からない文字を教えたのだろうか。
分からない。
ただ、なにかを彼に残したかったのかもしれない。私という存在を……。
悠久と思われた日々は突然終わった。
やれ、これこれこういった魔法はないか、やれ、神の領域とはなにか、やれ、至るための術はないのか等々、色々聞いてくる耳の長い人がいなくなったのだ。
アガードがなにか言っていたが興味が無かったから覚えていない。
これでまた、静かな生活が戻ってくるのかと思ったが、アガードが私に言ってきた。
一緒に旅をしよう、と。
あのビジョンの通りになったのか。
これから二人で旅をする。そう思ったとき、私の中になにか小さなモヤが生まれた。
それがなんなのか私には分からない。
だから、確かめたかったのかもしれない。
私は彼と旅をすることに決めた。
最初は只のんびりと旅をするだけだった。
でも、次第にアガードは困っている人を助け始めていた。
なぜそんなことをするのか分からなかった。
周りがどうなろうと私には関係が無かった。
でも、どうしてか、アガードが傷つくのは見てられなかった。
だから、私は鎧だし、ちょうど良いかと思って彼を守ることにしたのだった。
あれから、どれくらいの数の戦いをしてきたのだろう。
私達に敗北はなく、無敵だった。
白銀の騎士。
アルディア王国の英雄。
でも、アガードは英雄の素質を持っていない。
只々、優しい人なだけ。
ちっとも強くない。それは私の力なのだから。
だから、彼は日々傷ついていく。壊れていく。
それでも立ち上がり、人に笑顔を見せ、困った人を助け続けていく。
周りの人のピンチはアガードが助ける。
じゃあ、アガードのピンチは誰が助ける? そんなの決まっている。私だ。私しかいない。アガードは私が守る。
そう思ったとき、私の中に燻っていたあの小さなモヤモヤだったモノが晴れ、なにかのタガが外れたような気がした。
それからというもの、私の中で希薄だったはずの感情が時折顔を出すようになってきた。
アガードに頼られているため、あまり感情的にならないようにしていたが、我慢できずに会話に割って入ってしまい、周りに驚かれることもあった。特に年頃の女の子が言い寄ってきたときは感情が抑えられなかった。
そんな中、私達は多くの功績を残していった。
海の向こうの魔王とやらをボコボコにしたり、聖教国だがなんだか知らない国々の侵攻を退けたり、大きな事をやってのけた。
その都度、アガードが評価され、称えられるのは嬉しかった。
このままもっともっと彼を有名にして、歴史に名を残したらどんなに良いことか。
そう浮かれる日々に終わりを迎えるのは意外と早かった。
彼の身体は人が作った代物。
神様の手が加わっていない存在であり、欠陥があったのだ。
アガードはもうボロボロだった。
薄々は気付いていた。
でも、彼が力を貸して欲しいと言うから、彼が私を必要としてくれるから、彼に嫌われたくないから、私はそれに気付かないふりをしていた。
それがいけなかった。
私は後悔し、アガードに泣いて頼んだ。
泣いた。
鎧なので涙は流せない。でも、この感情はきっと泣いただろう。
この世界に生まれてあれほどヒステリックになったのは初めてだった。
でも、止められなかった。
今まで抑えていた感情が爆発したように、私は自分の気持ちを全て吐露した。
この気持ちに気が付いたのはいつだったのだろうか。
あれは確か、旅に同行していた吟遊詩人が、自身の境遇と心情を吐露したとき、私も共感したのが始まりだったかもしれない。
その人を想うと心が締め付けられるくらい苦しくなる。
その人と自分の「違い」に苦しくなる。
その人がいなくなると思うと苦しくなる。
そんなに苦しいなら忘れてしまえば良い。関わらなければ良い。
でも、忘れたくない。想い続けたい。関わり続けたい。
そんな矛盾に悩んだとき、彼女の言葉が私の想いと繋がった。
私は、アガードを愛しているのだと。
それからの私達は俗世から離れ、自分達のため、いや、主に私の願いのため動き始めた。
私の願い。
アガードをもっと感じたい。
共に生き、共に死にたい。同じになりたい。
私は、人に戻りたかった。
あれほど「人なんて」と考えていた私がお笑いぐさだ。
それでも、私は戻りたかった。
神様がくれたこの力を全て捨て去っても良いから、私はアガードと「人生」を共にしたかった。
それにもう一つ、こんな力があるからアガードは戦い続ける。
だから、捨てたかった。
そうして、私達は色々調べた。
王国を出て、いにしえの森や様々な国へと足を運び、なにかないかと調べる毎日。
そんなとき、私達の前にあの耳の長い人、ニケが現れた。
彼はある研究をしており、どこで聞きつけたのか、それが私達にとってとても有意義なものだと提案してきたのだ。
魂の移動。
肉体から別の肉体へと己を移し替える驚くべき技術。
なぜそんなものを研究していたのか、どうしてそれを私達に持ちかけてきたのか、どうして私がそれを待ち望んでいたのを知っていたのか、いや、そんなことはどうでも良い。
アガードは半信半疑だったが、魂の移動は可能だろうと私は確信していた。
なぜなら、私自身が記憶を持った魂の状態で別の個体へ移動してきたのだから。この世界ならきっとできるだろうと。
承諾を得たニケからは、この研究には膨大な資源が必要だと言われ、私はゼオラルの資源を提供することになった。
私は周りが見えていなかった。
人に戻れるという喜びと期待で頭がいっぱいだったから。
それが、悪魔の囁きだと知らずに。
ゼオラルへ上がり、ニケに研究を任せ、私はアガードととのこれからの人生に思いを馳せていた。
彼もまた時間がなかったのだ。
強大すぎる私と一緒に戦わなくなったおかげで崩壊はゆっくりとなったが、無くなったわけではない。
ニケに頼んだが、それはもう手遅れであり、止められないらしい。
それでも、長命種が混ざっているおかげで後百年近くは生きていけるのではと言われたのは僥倖だった。
それだけ生きていれば、いつか解決できるかもしれないと私は楽観視していた。
浮かれていたのだ。この世界に生まれて、私は神様に守られ、全てが上手くいっていたからこそ、これからも全て上手くいくと疑っていなかった。
だから、試作が完成した段階で私はテストを放り投げて自分に試すようにニケに頼んだ。
彼は止めることなく、了承してくれた。
ニケにとって、誰が最初のサンプルになろうとどうでも良かったからだ。
結果は成功だった。
私のように神の鎧に宿った魂の力(?)は膨大であり、その反動を受け止められるよう、ニケは強靱な肉体、竜やエルフ、その他様々な要素を混ぜ合わせた肉体を用意してくれていた。
そのおかげなのか、私はなんとか魂を移すことに成功したのだ。
目が覚めたときは、心配そうだったアガードと一緒に泣いて喜んだ。
アガードを感じとれる。
自分は今アガードと「一緒」なんだと想うと嬉しくて仕方なかった。
惜しむらくは目覚めたばかりで身体が上手く動かせなくて、彼と思う存分触れ合えなかったくらいだろうか。
でも、大丈夫。これからいくらでも触れられる。時間はいっぱいある。一緒に生きていこう、アガード。
私は天にも昇る気持ちで神様に感謝するのであった。
私達はゼオラルを出て、二人が出会った彼の地で静かに暮らすことにした。
それからは色々苦労もあった。
まず、肉体を上手く動かせるようにリハビリが辛かったが、アガードがいてくれたから頑張れた。
元々強靱な肉体だったおかげでそんなに時間は掛からなかったのは救いだった。
それから、生きていく以上、少なからず人付き合いもあったが私は楽しくて楽しくて仕方なかったせいで周りの忌避に疎く、トラブルもあった。
しょんぼりする私に、ゼオラルで好きだったあの花をこっそりアガードが手に入れていてくれて、プレゼントだと少しだが咲き誇った光景を見せてくれたときは感動した。
幸せだった。
鎧の時には得られなかったアガードを感じ、共に生きていくのが、こんなにも嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
アレが現れるまでは……。
白銀の鎧。
私が捨て、空っぽの只の鎧と化したはずのそれが、久しぶりに会うニケと一緒に現れたのだ。
なぜ鎧が動くのか、マテリアがなんとか言っていたが私には理解できなかった。
それよりも理解できなかったのは、鎧が私を「コピー品」と罵ったことだった。
研究は失敗していたのだ。
魂は移ったのではなく、単に記憶がそちらに転写されただけだと鎧は言う。
自分が自分ではないと言われてもピンとこなかった。
何が何だか分からなかった。
ただ分かったのは、目の前の鎧から発せられる殺気が恐ろしかったこと。
大事なものを奪われた怒りと悲しみ、憎しみが私に向けられていたことだった。
それからはもう、感情に任せての蹂躙だった。
アガードには鎧を止める力などもはやなく、怖いくらいに精神が不安定な鎧に彼の言葉は届かなかった。
私はといえば、只の丈夫な少女だった。
私には鎧のような神様がくれた導きによる戦闘センスもないし、あの魔法能力も発動しなかった。身体が馴染んでいないのか、拒絶しているような気もする。
とにかく、私は本当に記憶だけが転写された存在だったのだと思い知らされた。
そうして、悪夢が始まった。
皮肉にも私達が幸せだったあの場所が、絶望の舞台と変わったのだ。
ニケからは失敗の改善と称して、丈夫な肉体を良いことに色々な実験のモルモットにされた。
鎧からはその狂った憎悪をひたすらぶつけられた。
アガードも何度か私を救おう、鎧を説得しようと試みたが失敗した。そもそも鎧に話が通じない程の狂気が見え隠れしていたのだ。
そして、いつしか彼は籠の中の鳥のように大事そうに鎧の中へ、悍ましく蠢く筋肉の塊の中へと引きづり込まれ、自由を奪われ、私を傷つける加担者にさせられた。
信じられなかった。
自分の幸せのためなら彼を拘束し、あまつさえ、抵抗する彼を動けないように手足を切り落とそうなどと考える自分勝手な「私」が。
今まで見てきた全てが「私」だというのが信じられなかった。
止めてと泣き叫び、やるやら私にやれと懇願しても只笑い続ける狂った「私」が。
恐ろしかった。
そして、許せなかった。
「彼女」は「私」じゃない。
アガードを、私の大事な人を、返せっ……。
「彼女」がアガードを傷つけたそのとき、私の中でドス黒いなにかが弾け染まると、私は思考を放棄し感情のままに全てを解放した。
そもそも神の鎧に私が勝てるのか。
そんな考えはナンセンスだ。
只々目の前の「敵」から私の大切な人を助け出すんだ。
私はがむしゃらに攻撃する。
周りが崩れようが、施設が壊れようが知ったことではない。
自分の持てる力を全部引き出しぶつけていった。
するとどうだろう。次第に私の全身から血が噴き出し始め、身体の内部から悲鳴を上げ始めたのだ。
所詮、私も作り物。
私もアガードと一緒で、絶妙なバランスで成り立っていた危うい存在だったのだ。
それでも、私は止めなかった。
たとえこの身がどうなろうと取り返したかったから。
目の前の「敵」を排除したかったから。
そんなだから、私は大事な人の言葉すら届いていなかった。攻撃している相手が「誰」なのか理解できていなかった。
どうしようもなく馬鹿で間抜けな子供だった。
固い物を砕く感触。柔らかな肉の感触が右手に伝わり、フワッとなにかに包み込まれる感触が私の淀みに一滴の波紋として広がり清めていく。
そして、小さくだがアガードの声が聞こえてきた。
たとえ殺されても、キミを傷つけることはできない……と。
いつのまに外に出たのか覚えていない。
ここがどこかも分からない。
辺りは焼け焦げ、大きな力のぶつかり合いがあったことを物語っていた。
雨が降る中、私は目の前の存在を恐る恐る見上げる。
白銀の鎧を身に纏ったアガードが私を再びゆっくりと抱きしめる。
そして、私は自分の右腕が鎧ごと、彼の胸を貫いていたことを知った。
良かった、戻ってきたんだねと声が聞こえ、とても優しく儚げな笑顔の彼が離れていく。
私の攻撃で兜が外れ、そのせいなのかは分からないが、アガードは鎧の主導権を一瞬だけでも取り戻せたのだろう。
だが、その結末がこれだった。
緊張の糸が切れたのを皮切りに、身体から力がどんどん抜け落ちていき、全身の激痛が酷い状態へと押し上がる。頽れ、内側から崩壊していく痛みに声を上げることも、目の前のアガードに謝罪も、手を差し伸べ心配することも今の私にはできなくなっていた。
発狂し、叫ぶ鎧の声が聞こえる。
ニケを呼び、治療するだの、色々壊れたここでは無理だの、ゼオラルへだの、そんな話をしていたが、私は意識まで混濁しなにもできなかった。
そうして、いつの間にか私は一人、取り残されていた。
このまま死ぬのだろうか。
私の中で崩壊と再生が繰り返され、このまま私は苦しみ藻掻き続けるのだろうか。
あぁ、「自分」が怖い。
あぁ、「自分」が嫌い。
全部、「自分」が悪い。
結局、「私」は「私」だった。
感情に身を任せ、狂ったように暴力を振るう鎧となにも変わらない。
あぁ、このまま消えてしまいたい。
でも、そうしたらアガードに会えなくなってしまう。謝れなくなってしまう。
いや、なにを言っているのだ。
私は彼を失ったのだ。
私が彼を殺したのだ。
いやだ、そんなの絶対いやだ。
そんなこと……耐えられない……。
薄れいく意識の中、私のぼやけた視界が最後に見たのは、こちらに来る変な人型の像だった。




