精霊ライブ開幕!
「えっ、ノアが目を覚ましたの?」
それはライブを明日に迎えた夕暮れ時だった。
テュッテの報告で私達は急いでノアの元へ駆けていく。
「ノアッ!」
「あっ、ふはひぃほへえひゃん」
慌てて来てみれば、ノアがとんでもない量の食べ物を口にしている場面だった。
(そういえば、最初に出会ったときも開口一番お腹減ったって言ってたわね。燃費が悪いのかしら?)
唖然とする以上に元気にご飯を食べている様を見て私はホッと胸を撫で下ろす。
「ノア、食べながらしゃべらないの。はしたないわよ」
「んっぐ……ごめんなさい」
「まぁまぁ、元気そうで良かったではないですか」
「……ごめんなさい」
「もう良いのよ」
「ううん、違うの。私のせいで、皆が……」
シュンとするノアが再び謝罪したのは別の意味だったようだ。おそらくニケの襲撃に関しての謝罪だろう。だが、それはノアのせいではないのは明白である。
「謝ることはないわ。皆が危険に晒されたのはあなたのせいじゃない。むしろ、私のせいなのだから」
「そ、そんなこと」
テュッテ達からの話を聞くに、最初ニケはノアに興味がなかったみたいだった。そして、周囲に危害を加えようとしたのは全て私への当てつけである。なので、責任どうこう言うなら、私にあるということになるのではなかろうか。
「だからね、気にしないで。あなたが無事で本当に良かった」
どうして良いのか分からず、困惑顔のノアをギュッと抱きしめ、私は安堵の吐息を漏らした。
『では聞きたいのだが、小娘よ。ニケは其方を失敗作と呼んでいたな。その理由が分かるか? 後、話を聞く限り、其方は最後に魔法を消したように見えたらしいがなにをした?』
ほんわかとした良い空気をぶち壊すかのようにしゃべる本が質問を開始する。
「シータァッ! 空気の読めないそのしゃべる本を黙らせてぇっ」
「えっ、あっ、オルトアギナ様、シー、シー」
私に言われてシータは慌てて、本に向かって人差し指を口に当ててお願いする。
『時間は有限だ。それにダラダラと感傷に浸っていては小娘も気まずかろう。さっさと別の話に進んだ方が良い』
「確かにそうだけど、だったら質問の内容をもっと考慮してちょうだい」
なんか一理あるような物言いに納得しそうになったが、出された話の内容がその本人の心を抉るような内容なことに気が付いて、私は抗議する。
「あの~、でしたらとりあえず今は安静にして話は後日ということにしませんか?」
私とオルトアギナの口論にマギルカが正論を述べる。
『あれだけ食らっとるのだ、もう心配はなかろう』
オルトアギナの指摘に皆が一斉にテーブルに置かれた食べ終わりのお皿の数々を目の当たりにする。
「え、えっとぉ、そのぉ~」
皆の視線に気が付き、ノアは真っ赤になってモジモジし始めた。
『っで、どうなのだ。これからニケと相まみえるだろうから、少しでも情報が欲しい。それに、力を使ったということはなにか思い出したのではないのか?』
オルトアギナがシレッと重大なことを述べてきて、ノアの身体がビクッとしたのを抱きしめていた私は見逃さなかった。
「ノア?」
「……わから、ない。確かに私はニケや白銀の鎧に失敗作と言われていたことを思い出したけど、なにがどう失敗作なのか思い出せないの。あの時だって無我夢中でフッと頭に浮かんだモノをそのまま吐き出しただけでなにをしたのか自分でも理解してないわ」
虚空を見つめたままノアは自分を振り返る。だが、やはり決定的な答えがないまま、彼女は困惑するだけだった。
『ふむ……決定的なピースではなかったか』
「オルトアギナ?」
『いや、もう良い。明日は儀式だ。皆も休んだ方良いだろう』
「へ? 明日、もう儀式なの?」
オルトアギナの言葉に驚いたのはノアだった。まぁ、今の今まで眠っていたのだから無理はない。
「そうだよ、私達の晴れ舞台、ノアにも観てもらいたいわ。だから、今日は安静にしてね」
私は驚くノアをそっと寝かせる。
「うぅぅぅ、いよいよ明日かぁ~。わ、私、もうちょっと練習してこようかしら」
武者震いなのかブルッと震えてシータが外に出て行こうとする。一番懸念されていたシータの歌声はフレデリカさん的に最高とまではいかないが合格点には達したようで、そこが彼女的には不安なのだろう。
「シータ」
「分かってる、無理せず頑張るっでしょ。一通り通すだけだから」
「あっ、じゃあ、私も」
不安なのはサフィナも同様だったようで、レイチェルさんの注意にシータが答えながら外に出ると彼女に続いて出ていった。
「えっとぉ、わ、私、お二人を見てきますね」
とかなんとか言って、マギルカも不安なのか、二人に続く。
こうなってくると私はどうすべきか。ノアのことも心配だが、私が明日の本番に対してどっしりと構えられるようなメンタルではないことは自分がよく知っている。
そう、一番ビビりで不安なのは、実は私なので
あったりする。
「やれやれ、今更なにをしても大して変わらんじゃろうに。妾達のようにどっしりと構えて」
「じゃあ、後のことはよろしくね、エミリアッ」
どっしり構えるらしいエミリアに任せて、私は皆の所へ走り出す。
「ちょっ、待て待てぇいっ! 妾だって不安なのじゃぁぁぁっ!」
後ろで泣き言を吐露するエミリアを待ち、私達は結局日が沈むまで練習に明け暮れるのであった。
翌日。
舞台周辺は今までにないくらいの賑わいを見せていた。
どっから来たのか知らないが、船で訪れてくる魔族の方々や、周辺住民の方々でごった返している。
そして、それを調整し上手く回しているのがレリレックス王国の人ではなく、やっぱりアルディア王国の王子だったりするのがまたなんとも言えない。
王子的にはかつての学園祭の経験が生かせて嬉しいよと率先して皆を導いていた。
テュッテにノアの看病を任せたが、ノアはもうすっかり元気でこの賑わいに感化されたのか、あっちへフラフラこっちへフラフラと、楽しそうである。まぁ、リリィとスノーが見てくれてるから、大丈夫だろう。
ザッハやレイチェルさんは周辺の警備にあたり、ベルトーチカ様は楽器を持って他の演奏隊となにやら最終調整をしている。これも、フレデリカさんが連れてきた海洋生物の方々で、ベルトーチカ様以外の人は楽器というより、自身から発する音で音楽を奏でるという感じだった。
こうなってくると、益々某ミュージカル映画に近づいてきて、その内私も気が付いたら歌って会話しているんじゃないのかなと戦々恐々するのであった。
衣装に着替え終え、私達は用意された控え室で待機する。
「いよいよね。よぉし、円陣組もうっ!」
私はちょうど皆が集まっていたので、これを機に気合いを入れようと画策する。
「円陣って、メアリィ様、学園祭の時のあれですか?」
サフィナとテュッテは覚えててくれたらしく、私の所に来てくれて、皆もなにが起こるのか分からないまま、続いて集合してくれた。
私はウキウキで手を差し出すと、サフィナとテュッテが続き、皆も理解したのか習うように手を差し出し、円になる。
「…………」
「おい、ここは言い出したメアリィがなにか言うのではないのか?」
私がしたいことを察したエミリアが私を促してくる。
「いや~、ここに王子や姫、王妃様がいるのに、それを差し置いて私が言うのも~」
「フフッ、それは今更な感があるよ」
「そうですね、ここはメアリィちゃんにお任せしましょう」
周りの熱気に当てられて、テンション上がっていたのだが、なぜかこういった一言を求められると急に緊張してきて物言えぬ小市民な私。
上手く誤魔化してパスしようとしたが、華麗に返されたので腹を括るしかなかった。
一度、円陣を組んでいる皆を見回すと、私は差し出された多くの手を見つめた。。
「皆っ、今日この時の為に私達はいっぱいいっぱい頑張ってきたっ! このライブ、じゃなくて、儀式を成功させられるか不安や緊張もあるけど、気負わず元気いっぱい、今日というこの時を、全力で楽しもおぉぉぉっ!」
「「「おぉぉぉうっ!」」」
皆私に合わせて、手を上げる。
「よぉし、行こうか。メアリィちゃん達、なにがあっても儀式を続けるんだよっ!」
テンション上げ上げで、私達は舞台中央へと向かう中、フレデリカさんがなんだか不穏なことをシレッと言ってきた。
どういうことかと振り返ろうとしたら、ファンファーレのように楽器隊が音を鳴らし、周囲から歓声が上がる。
いよいよ、精霊を鎮める儀式、いや、精霊ライブが始まった。
「ついに来たよ、精霊ライブゥッ! 皆ぁぁぁっ、弾けていこうぜぇぇぇっ!」
私の大きな声が舞台全体に響き渡る。舞台の効力で反響しているとはいえ結構な音量だった。だが、その返事と言わんがごとく、私の声を掻き消すかのような歓声が周囲から沸き起こった。
(ひえぇぇぇっ、圧が、圧が凄いぃぃぃっ!)
周囲の熱気に気圧されて及び腰になりそうなところをグッと堪える私。
その視線の先にはテュッテと一緒に瞳を輝かせて見ているノアがいた。
(お姉ちゃんとして、良いとこ見せなきゃねっ! ノアにここにいる楽しさを少しでも伝えたいっ!)
伴奏が鳴り、私達は決めていた組み合わせで順番に歌い始める。
もちろん、歌ってない人はぴったり合った踊りで盛り上げていった。
サフィナとシータの組み合わせは可愛らしく、エミリアとマギルカは情熱的に、私はそのどちらも合流する形でいろいろ披露していった。
シータの歌唱力の自信のなさ、サフィナのビビり癖、それをはねのけるかのような完璧な出だしで会場が沸く。ついでに関係者枠の所で一際吠える本が一冊。カイロメイアで咆哮上げて大丈夫なのだろうかと心配になるくらいの大音量だった。
別れていたパートから全員パートになり、エミリアとシータが空中に舞い踊る。
下で残った私とサフィナとマギルカはデルタになって踊り歌った。
良い感じだ。このまま最後まで何事もなくいけそうだと思った時、私の頬に水滴が当たる。
(ん? 雨?)
あれだけ晴天だった空模様が怪しくなり、海がザワつき始めた。
『ウオォォォォォォッ! ウオォォォォォォッ!』
今までとは比べ物にならない大音量の声が響き渡り、会場が揺れる。
精霊のお出ましのようだ。
とここで、私はフレデリカさんの言葉を思い出した。
(なにがあっても歌い続けるってこういうことぉっ?)
間奏に入って私は関係者枠のスペースを見てみれば、なにやら皆武装して、慌ただしくなっている。
「会場のA地区、C地区に武装班は展開っ! 会場内に絶対入れるなっ! ボクらの働きがこの儀式の成否に掛かっているっ! 巫女達を守れっ!」
王子の号令でザッハやレイチェルさん、フレデリカさん含めた武装班が声を上ける。
雨の勢いは強くなり、波の激しさはどんどん増していく。
このやばい空気を皆もヒシヒシ感じ始めて不安になったのか、ふと踊っている皆が私を見ていることに気が付いた。
(皆が頑張っているんだ。ここで私達も負けるわけにはいかないっ!)
「みんなぁぁぁっ、悪天候なんて吹き飛ばすくらい、もっともっともぉぉぉっと、盛り上がっていこおぉぉぉっ!」
間奏が終わる寸前、一歩前に出て私は大きな声で皆に呼びかけると、それに応えるように会場が沸く。
再び歌い始める私達。
周囲では海上から飛び出してくる水の手やらなにやら、それを撃退し押しとどめる武装班がいた。
それはもう「お客様っ、これ以上は立ち入り禁止です」「会場に上がらないでください」状態だった。
本体である巨体はフレデリカさんが自身を盾になんとか押しとどめている感じである。
精霊、恐るべし。
『フオォォォォォォッ! メアリィたぁぁぁん、マギルカたぁぁぁん、エミリアたぁぁぁん、サフィナたぁぁぁん、シータたぁぁぁん!』
襲いかかり、撃退される度に興奮した精霊が私達に呼びかけてくる。
(ひぃぃぃっ、怖、怖すぎるぅっ!)
心の中で恐怖しながら、私達はクライマックスへと突入する。
前もって相談していた光魔法などを駆使して会場を彩り、会場全員一丸となって盛り上がっていく。
それは精霊も同じらしく、彼のボルテージもマックスへと上り詰めるかのように、周辺の海、天候が荒れに荒れた。
それでも私達は歌い踊り続ける。
なんか私が想像していたライブとはなんか違うような気がするが、それはそれ、これはこれ、今、私はとても楽しい。
このまま終わるのかと思うと駆け抜けたい気持ちと駆け抜けたくない気持ちが相反してぶつかり合う。
それでも、終わりは迎えた。
綺麗に私達も音楽も会場も、ダンッとぴったり時が止まるかのように静止する。
一時の静寂。
『ブラボォォォォォッ!』
精霊の大音量の声と供にぶわぁぁぁっと天気が一気に晴天へと変わっていく。
日差しを浴びて、終わったことを会場内の誰もが理解すると、精霊に負けないくらいの歓声が沸き起こった。
その瞬間、ドッと脱力感が舞い降りて、緊張感が溶けていく。
私達はやり遂げたのだ。
皆もそれを肌で感じたのかお互い労っている。
「やったな、メアリィよ」
「ええ、やり遂げたわ」
「やったぁ、やったぁ、やり遂げましたぁ」
「き、緊張の震えが、今さらにににに」
「大丈夫、サフィナ」
私とエミリアがくそシリアス顔でお互いサムズアップしていると、喜び抱きついてくるシータ。その後ろでヘナヘナと座り込むサフィナに私は声をかけた。
「えっとぉ、これって精霊様を鎮めるための儀式でしたよね。なんだか今までで一番興奮していたのですが、大丈夫だったのでしょうか?」
皆がお互いを労う中、マギルカがそんな現実を言ってきて、そもそもこのライブの趣旨を思い出す私。
「そ、そうだった。あの怖い精霊、どうなった?」
私は恐る恐る精霊の本体だろう巨人を眺める。
彼は両手を振り上げたまま静かに固まっていた。
「「「…………」」」
会場の皆も固唾を呑むように精霊の動向を見守る。
と、なにを思ったのか一番近くにいたフレデリカさんがスススゥ~と不用意に近づき、ツンツンと固まった巨人を小突く。
すると、精霊に変化が現れた。
ザバァァァッと巨人が崩れていったのだ。
それに合わせて歓声が巻き起こる。
どうやら、鎮めることに成功したらしい。
どっちかというと、鎮めるというより、燃え尽きた感が否めないのは私だけだろうか。
とにかく、私達の儀式は成功したらしい。
めでたし、めでたし。
「よし、帰るか」
「メアリィ様、なにをしにここへ来たのですか?」
「へっ? 精霊ライブをしに」
「違います」
「……はっ、そうだった。ゼオラルへ行って白銀の騎士を調べるんだった」
満足げに私は会場を後にしようとしたら、やっぱり冷静なマギルカにツッコまれて正気に戻るのであった。




