ライブが近づいてまいりました
精霊ライブへの練習の日々が始まった。
私達はライブ会場の真ん中で今日も今日とて歌と振り付けの合わせに勤しんでいる。
「ええい、ダメじゃダメじゃっ! サフィナよ、もっと羞恥心を捨てよっ! もっと腰つきはこうっ、手の振りはこうじゃっ!」
「は、はひぃ」
私の目の前ではエミリアがサフィナと一緒に振り付けの稽古中だ。サフィナは恥ずかしがり屋さんだから振り付けの切れも今一である。そこは羞恥心皆無のエミリアに引っ張られて、一皮剥けてもらえると嬉しいのだが、剥けすぎるのは困るので私が注視していないといけなかったりする。
「姫様っ! こちらの物資はどうしやしょうっ!」
「妾は今忙しいっ! そこら辺はレイフォースめに任せておるから、そっちに聞けぇっ!」
船員さんがエミリアに指示を仰ぎに来てみれば、王子に聞けと返されて「わっかりましたぁっ!」と元気に戻っていく船員さん。他国の王子に指示を仰ぐ……それで良いのか、レリレックス王国よ。
とはいえ、王子の人気(?)は凄まじく、あれこれ指示を受けにいく船員さんの数たるや。大丈夫なのかと心配になって聞いてみれば、姫様より的確で理不尽ではないと、感激していたくらいだ。それで良いのか、レリレックス王国よ。
指示を出すならもう一人、ベルトーチカ様がいるのだが、現在彼女は多忙である。
「はぁ~、マギルカちゃんは手直しが少なそうで助かります~」
自身の肩をポンポンと叩きながらテントからマギルカと一緒に出てくるお姉さんこと、レリレックス王国の王妃様は衣装の手直しで、すっかり夜なべするお母さん状態であった。
「シータちゃぁん、採寸するので来てください」
「はぁ~いっ!」
ママに呼ばれて駆け寄っていく娘のごとく、カイロメイアの司書長ことシータがウキウキでテントに入っていく。
(なんか肩書きだけ見てると、とんでもなくカオスな空間ね)
「どうした、メアリィ様?」
改めてとんでも空間に私が溜息を吐きつつ、ブラブラと歩いていると、向こうからザッハが話しかけてきた。
「ザッハさんとレイチェルさんはなにをしているの?」
「なにって、皆と一緒に釣りだよ」
そう言われて私は改めて彼らの周りを見てみれば、船員さん数名と一緒に海岸線に向かって釣り竿を垂らしているではないか。
「楽しそうね」
「まぁ釣れたときは楽しいけど、待っているのがなぁ」
「フフッ、ザッハさんは落ち着きがないですからね」
「でもさ~、竿持ったままジッとしているなんて苦痛だよ」
レイチェルさんに茶化され、頭を掻きながらも抗議するザッハ。
(なんだろう、この二人の爽やか空間は……。ま、眩しい、眩しいわっ)
「レイチェルさんっ、引いてますぜっ!」
「えっ、えっ! たいへ、あわっ!」
二人の空間を破壊するかのように船員さんの大きな声でレイチェルさんが自分の竿を見る。
確かに引いている感じだ。
慌てて彼女は竿を握るが慌てすぎてそのままつんのめった。
あわやそのまま海へダイブかと思いきや、そうにはならず、レイチェルさんの身体はザッハの腕に抱きかかえられていた。
「大丈夫か? 慌てすぎたぞ」
「あ、え……ありがとうございます」
片手で抱き寄せられるレイチェルさんは硬直したままそれでも竿は離さないでおり、糸が引っ張られ続けているのがなんともシュールな映像で締まらないが、見なかったことにしておこう。
「オレがしっかり守るから」
「ぁ……えっと」
「心配せずに釣りに専念してくれよ。そんなに慌てて、魚、食べたかったんだなぁ」
あま~い雰囲気になりそうだったのに、この男は全てを台無しにしてきて、レイチェルさんの表情がスンと無くなるのが苦しかったりする。
「この鈍感主人公めがぁっ!」
「おわぁぁぁっ!」
ザッハがレイチェルさんを離した直後、私は見ていた皆を代弁するかのように、彼の後ろからキックをかまし、彼を海に放り込むのであった。
「こらぁ、メアリィッ! 貴様の休憩は終わりじゃっ! 練習に加われ、合わせるぞっ」
私がザッハを海に落とし、彼を引き上げているとエミリアの怒号が飛んでくる。わざわざ私を探しに来てくれたみたいだ。
「そういえば、フレデリカさんはいずこへ?」
「なにか用事があるらしく、周辺を泳ぎ回っているそうですよ」
渋々エミリアの所へ戻ろうとして、ふと私達の先生ことフレデリカさんが見当たらなくてキョロキョロしていると、レイチェルさんが首を傾げて答えてくれた。
「なにしに行ってるんだろ?」
「ええと、宣伝に行ってくるぅっ! と言ってました」
「宣伝……なに、その不穏なワードは」
身内だけでこっそり行うはずの儀式という名のライブに宣伝とはこれ如何に。
だが、私の懸念は日が経つにつれて明らかになっていくのであった。
「客が増えたわね」
「そうですわね、明らかに船員ではない方達が舞台周辺に現れ始めましたわね」
舞台周辺の様子を伺う私の疑問にマギルカが同意する。
私の視界には、船員さん達魔族とは違った海洋生物に近い魔族の方々が映っていた。人魚の姿もちらほら見えて、フレデリカさんの宣伝効果はかなりのモノのようだった。しかも、只来るのではなく物資やらなにやらいろいろ持ってきてくれたのはありがたいことである。
気になったのは一部の区画が屋台のようになり始めているくらいだろうか。なんだかお祭りでも始まりそうな雰囲気である。
「いや~、ここの儀式なんて何年ぶりだろうね」
「あの鎧共の襲撃にあって崩壊してから、だいぶ経っているからな~」
「あれは酷かった。そのせいで精霊も荒ぶり、ここには近づけなかったしな」
「それなんだが、あの白銀の聖女様が鎧共を殲滅したらしいぞ。だから、儀式が再開されたって」
「へ~、風の噂に聞いてたが、実在していたのか、白銀の聖女様。はぁ~、ありがたやありがたや」
「しかも、今回の儀式は、その聖女様が舞い踊るそうだぜ」
「おおおっ、それは熱いなっ!」
耳を澄ませてみれば、そんな世間話が聞こえてくる。
「ちょっと白銀の聖女のくだりのところ、訂正してくるね」
「メアリィ様、事実なので何一つ訂正するところはありませんが」
「うぐぐぐ……」
私にとっていただけない世間話が聞こえてきて、訂正に行こうと思ったが、後ろから容赦ない言葉をかけてくるマギルカに返す言葉もなく唸る私。
「はいはい、みなさぁ~ん、衣装の手直しができましたので、確認のため着替えてみてください」
ちょっと目元に隈ができているベルトーチカ様がやり遂げたような爽やか笑顔で私達に招集をかけてきた。
どんな衣装になるのか正直心配ではあるが、やっぱりアイドル衣装のようなモノを着て歌うということへの憧れが抑えられず、私はウキウキ顔でテントに向かう。
もちろん、私は衣装になにかあったら申し訳ないので、テュッテの力を借り衣装を着ることにしていた。
(ここで私が力加減間違えてビリィってやったら、ベルトーチカ様が気絶してしまうからね)
自分の力加減への信頼など皆無な私は最初から白旗あげて堂々とテュッテを頼るのであった。
テュッテはテュッテで、私以外の人達にもテキパキとサポートしているのが垣間見れて、ほんと優秀すぎるメイドだわと再確認する今日この頃である。
「ちょっとお腹が出てて、恥ずかしいですね」
こういった衣装は初めてだったサフィナが、自分のお腹を恥ずかしそうに隠している。
「いや~、さすが戦士職。引き締まっていて羨ましいわよ」
などとおじさん臭い感想を述べつつ、自分のお腹を気にする私。
「そうか? 妾はなんとも思わぬが。さぁ、妾の美を見るが良い」
そう言って自信満々に仁王立ちするエミリア。
「そういうとこ、あなたのお父様にそっくりよね」
私は自信満々に見せつけるエミリアを見ながら、筋肉を見せびらかす某魔王の事を思い出していた。
「まぁまぁ、衣装のことはあまり深掘りするのは止めようよ」
サフィナ同様、シータもお腹を見せることに抵抗感があるのか、そもそも皆と一緒に着替えることに抵抗感があるのかなんとな~く前屈みになってソソッと皆から距離を置いている。
「なぁ~にを臆しておるのだっ、もっとシャキッとせい、シャキッとぉっ!」
そんなシータに檄を飛ばすとエミリアはなにを思ったのか、彼女の両腕を掴んで万歳させた。
「ひっ!」
「ホォ~、本の虫になっておるから不健康かと思とったが、なかなか引き締まっておるのう」
そう言って、衣装に着替えようと上半身裸のシータをマジマジと観察するエミリア。一瞬思考が停止したのか、そのまま固まるシータであった。
『そうだろう、シータが不健康にならないよう、我とレイチェルがしっかり管理しておるからな~』
「へ~、そうなん、だ」
乙女達の戯れに紛れるしゃべる本が一冊。そして、その向こうにいるのはシータのお父さんことオルトアギナだということに私が行き着くのに数秒かかる。
「エッチィィィッ! ここは男子禁制よぉっ!」
シータが着替えるために机に置いていた本を鷲掴むと私はテントの外に向かって放り投げた。
『竜の我が貴様らの肉体を見て、なにを思うというのだぁ~ぁぁあっ!』
オルトアギナの言うことは一理あるが、それはそれ、これはこれ、乙女心は複雑なのだ。
「メ、メアリィ嬢?」
そして、私は王子の声で自分がなにをしたのか気が付く。
そう、ご丁寧に本を外へ放り投げるため、私は出入り口に身を乗り出していたのだ。
そんな私とびっくりする王子の目が合う。彼は誰も入ってこないように自身の仕事をこなしながら、誰かがうっかり入ってこないよう番をしてくれていたのだが、まさか私がとんでもない格好で中から飛び出してきたのは予想外だったろう。
「きぃやぁぁぁぁぁぁっ!」
私の悲鳴が木霊して、私は脱兎のごとくテントに戻るのであった。
「え、え~とぉ~、皆、サイズの方はどうかしら、苦しいところはありませんか?」
私は一人、隅っこで顔真っ赤にして打ちひしがれていると、ベルトーチカ様は気を遣って私をそっとしたまま話を進めていく。
改めて皆の衣装を見れば見るほど、私の記憶に近いアイドル衣装であった。というか、どちらかというと、以前魔鏡のせいで現れた私の偽者が着ていたあの衣装に構造が似ていたりする。まさか、この私があんな奇天烈な衣装を着ることになるなんて……。そう思うと、なんだかモヤッとするので、初めてのアイドル衣装ということにしておこう。
「着替えが終わったようね~♪ よぉ~し、皆ぁ~♪ 外に出てさっそく儀式に向けて宣伝よぉ~♪」
テントの外からフレデリカさんの声が聞こえ、外を見てみれば大きな桶に入って、船員さん達に神輿のごとく運ばれていく彼女の姿が見えた。
あまりのシュールな映像に私の先程までの羞恥心が萎んでいく。
そして、私達は会場になる舞台中央に整列すると、周りの皆が距離を置いてワラワラと集まりだした。
「みんなぁ~、今日は来たる儀式で歌い舞う巫女達を紹介するね~♪」
なにが起こるのか全く分からない私達はフレデリカさんのペースに付いて来れず、終始アワアワしていた。
「ほら、皆、大きな声で自己紹介してっ、思いっきり可愛くお願いよっ」
そして、いきなり無理難題を押しつけてくるフレデリカさん。
「か、可愛くと言われましても、どうしましょう、メアリィ様?」
「いや、マギルカ。そこで私を頼られても困るんだけど」
「ど、どどど、どうしま、ままま」
「落ち着いて、サフィナ。深呼吸、深呼吸」
「可愛くか~。そういえばカイロメイアの皆が可愛くおねだりの件でいろいろ議論していたっけ」
「おっ、良いではないか。して、結論はどうなったのだ?」
「どうなんだろう。本持ってこなかったからオルトアギナ様に聞けない」
「なぁんで、持ってこないのだっ」
「だって、私だけ本をぶら下げてたらおかしいと思ったからっ」
「みんなぁ、可愛く自・己・紹・介、よろしくねっ」
「「「はい……」」」
私達がコソコソと好き勝手にしゃべっていたら、フレデリカさんの圧が飛んできて、押し黙る始末。
「ど、どうする? 誰から行く」
「よぉし、ここはあれだ。前にやったじゃんけんとやらで順番を決めようぞ」
「えっ、それだと」
「良いわね、エミリア。それで行こうっ」
エミリアの提案に思うところがあったのか、マギルカが指摘しようとして私は慌てて彼女の口を塞ぐ。
そう、私の記憶が正しいのなら、エミリアはじゃんけんがクソ弱いのだ。
それをすっかり忘れているのか、認めていないのか、とにかく私達は彼女が言うようにじゃんけんで順番を決める。
結果――――。
「な、なぜじゃ、なぜ負けた」
やっぱりエミリアがストレート負けするのであった。
「いや、むしろ、なぜいけると思ったの?」
「スフィアや周りの者達と日夜勝負して鍛えておったからいけると思ったのだが」
(それたぶん、あまりの負けっぷりに皆忖度したんじゃないかしら)
私は困り果てているスフィアさんを想像しながら、心の中で答えてあげる。
「と~にかく、一番はエミリアよ。お願いねっ」
「うぐぐ、致し方あるまい。その目でしかと見ておくがよい、レリレックス王国の魔女姫、エミリア・レリレックスの生き様をっ!」
なんか大げさな口上をたれて、エミリアが私達より前に躍り出る。
「やっほぉ~いぃ♪ 皆の姫様、エミリアでぇ~す。初めてでぇ、ドキドキしてるけど~、みんなぁ~、応援、よ・ろ・し・く・ねぇ~♪」
エミリア、渾身の可愛いポーズとともに披露するの巻。
(あいつ、無茶しやがって……)
凍り付く私達とは裏腹に、周囲はうおぉぉぉっと盛り上がる始末。
そして、これが地獄の幕開けであった。
「はいっ、次っ♪」
真っ白になったエミリアをエッホエッホと運んでいく船員さん達に代わって、満足そうなフレデリカさんの鬼のような催促に私は今日一の恐怖を味わう。
「二番、シータ。いっきまぁ~すっ!」
もうやけくそ気味にシータが突貫していき、エミリア同様のキャワキャワオーラ全開で事故紹介、いや、自己紹介をしていった。
終わると脱兎のごとくテントに駆けていくシータ。周囲の歓声よりぶっちぎって大きかったのが例の本からだったような気がするのは気のせいだろうか。
こうなってくると、大トリである私のプレッシャーが半端なくなってくる。じゃんけんに強かった自分が恨めしい。
「サフィナさん、あまり時間をかけないため、私達は二人でいきましょう」
「は、はいっ、よろしくお願いします」
「あっ、ずるいっ」
次のマギルカはなにを思ったか時短の為とか言ってサフィナと一緒に前に出ていった。
これはどうなんだとフレデリカさんを見てみれば、これはこれで流れが変わってオッケーよと、サムズアップしてくる。
そうして、最後の私と相成ったのである。
「おい、あれ、もしかして」
「ああ、白銀の聖女様?」
「間違いない、あの髪色、そして後ろにいる神獣様。あれは噂の白銀の聖女様だぁっ!」
意を決して前に出ようとしたら、なんだか周りがザワザワし始め、どういうことだと思って後ろを見てみれば、にんまり顔のスノーが一匹。
(こ、この駄女豹がぁぁぁっ!)
私はそんなつもりはないのに、スノーのせいで目立つ目立つ。盛り上げ上手だねと、フレデリカさんには太鼓判を押される始末。
しかも、見ている皆が気が付き、聖女コールが沸き起こる。
そんな中で、あの自己紹介するのか。
なんたる、地獄。
(ええい、女は度胸っ! メアリィ・レガリヤ、いっきまぁすっ)
私は覚悟を決めて、指をチョキにし目に近づける。
「みんなぁ~、メアリィだよぉ~! 最高のライブにするから、もうちょっとだけ待っててねぇっ! 応援、よろしくぅぅぅっ!」
私の渾身の挨拶は歓声に掻き消され、このまま砂になりたい今日この頃であった。