意外なお約束
フレデリカさんのライブが終了すると、誰ともなく拍手が鳴り響いた。
「みんなぁ~、あ~りがと~う♪ 本格的な儀式は一週間後だから、楽しみにしていてねぇっ!」
精霊のようなウオォォォという声が上がった。その迫力に尻込みしそうになるが、私は皆がいるから大丈夫と精神を落ち着かせる。
「と、いうわけで、一週間でこんな感じの歌と舞いを二十曲くらい覚えてっ」
「無理ですっ!」
当たり前のような雰囲気でさらりととんでもないスケジュールを立てようとするフレデリカさんに私はNOを突きつける。
「そうですね、教えるのがフレデリカ一人では効率が悪く、この短期間で教えられるとは思えません」
私のNOにベルトーチカ様が賛同してくれるが微妙に考えていることが違うような気がする。
「大丈夫、一週間飲まず食わず、不眠不休でいけば」
「精霊にお披露目する前に私達が全滅しますが、良いですか?」
とんでもないブラック思想に私は更なるNOを突きつける。
「それは困るわね。じゃあ、一人一曲覚えて五つくらいに」
一人一曲ということは、ソロで歌うということで、それを理解したサフィナが青ざめる。
私も豆腐メンタルなのでそのプレッシャーは経験してなくてもやばいことは分かっていた。
「あの、フレデリカさん。それなんですけど、皆で一曲とかになりませんか?」
「それだと、個々人の見せ場が無くなるのよね」
そんな見せ場無くて良いのだが、フレデリカさん的には致命的みたいで、少し渋りを見せる。とはいえ、サフィナの、いや、主に私のメンタルのためにもここは皆で力を合わせたい所存なので、食い下がることにする。
「そこはパート分けで、短いながらも個々人の見せ場を作れば良いと思います」
「パート分けですか。なるほど、一曲の中で、一人、二人、または皆で歌う所を作れば、一曲だけで様々な変化をもたらせそうですね。フフッ、やはりお義姉様が目をつけるだけのことはありますね。面白い……」
私の提案にフレデリカさんはピンと来ていなかったが、ベルトーチカ様が理解してくれたみたいで興味を示す。
前世の知識を使うことでベルトーチカ様の私に対する評価に変動があるかもしれないが、ソロで歌うなどというとんでもイベント回避のためにも、ここは背に腹は替えられない。
「となると、そのためのフォーメーションを考え直さないといけませんね、フレデリカ」
「へ? あ、うん、そうね、任せるわ」
真剣に考えるベルトーチカ様と対照的に、やっぱり今一分かっていないフレデリカさんは、なんだか丸投げみたいになってくる。
「となると、皆で歌えて且つ、パート分けできそうな曲のチョイスをしなくてはいけませんね」
「どんな感じが良いのかしら?」
ついには二人の世界に入り出し、私達は蚊帳の外になる。できれば、小難しいのは遠慮したいところだが、ここはもうプロにお任せすることにした。
「なぁ、メアリィよ。水の中を泳ぎ回ることはできないが、妾は空中を飛び回ることはできるぞ。それで代用できないだろうか?」
羽を出し、先程フレデリカさんが歌いながら水球内を泳いでいたような軌道を取るエミリア。
「おお、エミリアのくせにナイス閃き」
「ん? くせに?」
「ううん、言ってない言ってない」
不意なことで余りの驚きについ口が滑って、笑って誤魔化す私に、怪訝な顔で見つめるエミリア。
「それだと、エミリアほど俊敏な動きはできないけど、浮遊魔法で移動程度なら私らもできそうね」
エミリアの思いつきに賛同し後追いすると、サフィナがオロオロし始める。そう、この中で浮遊魔法ができないのはサフィナだけなのだ。戦士職のサフィナになんで覚えていないのだというのは酷な話なので口が裂けても言わないし、彼女は高所が苦手みたいだから無理強いはできない。
高所と言えばマギルカもそうだった。それに気が付き見てみれば、彼女もちょっぴり青ざめている。
「え、えっと、私は」
「大丈夫よ、サフィナ。そういうのは私達がするし、どうしてもっていうなら一緒に浮けば良いんだしね。そういうフォーメーションにしてもらえば問題ないんじゃない?」
そう言って、私は大丈夫そうなエミリアとシータを見てみれば、彼女達は肯定するように頷いてくれた。
「ベルトーチカ、この曲で良いんじゃない。皆で歌うというのはあまりしたことはないんだけど、試しにね」
「う~ん、そうですね。試しに歌ってもらいましょうか」
向こうの相談も一段落ついたらしく、選曲が決まったみたいだ。
(できれば、難しいリズムとか音階とかでなければ良いんだけど)
私は一人、顔には出さず……出てないよね、緊張しながらその時を待った。
「じゃあ、皆、集合~。試しに皆に歌ってもらうので、しっかり聞いてね」
フレデリカさんが水球内から顔を出し、私達を集めて軽く歌い出す。
それはスローテンポながらアカペラではちょっと難しそうな音程の取り方だった。
「じゃあ、そうね。メアリィちゃんから行ってみようか」
「ふぁ、ふぁい」
フレデリカさんから指名され、緊張で声が上ずるダメな私。先程までのポーカーフェイス(?)が台無しだった。
とはいえ、歌えないわけではない。
これは日頃、ダンスなどを嗜んでいたおかげでもあった。
(ありがとう、学園。ありがとう、先生)
私は緊張を紛らわせようと、あの日々を思い起こす。
マギルカはもちろん問題なく歌い上げるが、驚いたのはエミリアだった。
「なんであなた、そんなに上手いの?」
「なんで妾が上手いと不服なのじゃ?」
私の素直な驚きに、半眼になってツッコミを入れるエミリア。さすがは一国の姫ということなのか、吟遊詩人の娘としての資質なのか、とにかく意外だった。
「いや、意外だなと思って」
「メアリィよ。最近其方、妾の評価、低すぎやしないか?」
「そんなことないわよ。エミリアの意外な一面が知れて、私は嬉しいわ」
などと、素直に言ってみれば、なぜか俯き視線を外して、なんかゴニョゴニョ言ってるお姫様がいる。なんだ、この可愛い生き物は……。
で、次はサフィナなのだが、彼女は想像通り緊張しすぎて音程がズレるところがあったが、それは修正可能な範囲、というか、技術というよりメンタル的なところだと思われた。
『ふむ、次はシータの番か』
今まで沈黙していたオルトアギナが、シータの番になって急にしゃべりだした。
『大丈夫か、シータよ。緊張しておらぬな。深呼吸だ、深呼吸』
「は、はい」
この親バカドラゴンは、娘の番になって一番緊張しているかのような反応をしてくる。そんなオルトアギナに伝染してか、シータも緊張して深呼吸していた。
カイロメイアのエルフ達は不本意ではあるだろうが、オルトアギナの実験によって周辺のエルフより身体的能力が上になっていると聞いている。
なので、音楽面においても問題ないだろうと私は思っていたが、彼女の反応は意外だった。
そして、その答えがすぐに判明する。
シータが……。
ものすごい音痴だったのだ。
(そういえば、シータが歌っているところなんて見たことなかったわ。これは予想外ね)
『ま、まぁ、司書長だし、そもそも歌とかそういったモノと無縁だったから、致し方あるまい』
「そ、そうだね。シータは司書長としての責務に追われてそれどころじゃなかったからね」
『そうそう、そうだぞ』
両手両膝を地に着けて、絶望を噛みしめているシータにオルトアギナと私は必死にフォローを入れる。
実際問題、私達と違ってシータの生活に歌や踊りが関係なかったのは事実だし、例の鍵問題でそれどころではなかっただろう。
下手をすれば、今日初めて本気で歌ってみたくらいな勢いじゃなかろうか。
『鼻歌レベルは歌えるのだから、壊滅的というわけではなかろう。落ち着いて練習を繰り返せば、しっかりと歌えるようになる。待っておれ、今専門家を呼ぶ』
「……はい、オルトアギナ様」
『よしよし、ならば特訓のため一月ほど山籠もりするとしよう』
「はいっ! よろしくお願いします」
「張り切ってるとこ申し訳ないけど、籠もるような山はないし、期間は一週間しかないわよ」
『なぜそんな短期間にしよったのだっ! そこの魚ぁぁぁっ!』
(大事な娘のピンチに冷静さを失っているのは分かるけど、アウト発言は止めてもらいたいわね。これはフレデリカさんに平謝りするターンではなかろうか)
私は心配になってフレデリカさんを見てみれば、皆の歌を聴き終わり、ベルトーチカ様となにやら相談しているところで、全く聞いていなかったみたいだった。
「ん? なんだって?」
『このっ』
「いいえ、なんでもありませんよ。それより、期間って伸ばせませんかね」
私の視線に気が付いてフレデリカさんがこちらに話しかけると、あのしゃべる本がまた余計なことを口走るのではないかと私は要件だけ簡潔に述べた。
「う~ん、ごめんね~、この期間が限界かな~。精霊様も爆発寸前だったし、一週間でもギリギリってところなのよね」
申し訳なさそうにフレデリカさんが頭を下げる。張り詰めていた均衡を、今回のニケ襲撃で限界に達したのだろうか。
とにかく、時間はないということだけは伝わってくる。
「よしっ! 一週間でなんとかしてみせるよっ! 大丈夫、五徹なんて余裕なんだからっ! 飲まず食わず、不眠不休で練習すれば」
「ダメに決まってるでしょうがっ! それ、本番でぶっ倒れるパターンだからっ」
皆の負担にならないようにとシータが強がってみせるが、本当に五徹しそうで私は却下する。
『案ずるな、メアリィよ。五徹など我らにとっては日常茶飯事だ』
「誇らしく言うんじゃありませんっ! とにかく、徹夜はダメだからねっ!」
ブラック許すまじ。
『う~む、ならば致し方あるまい。このカイロメイアの全叡智を持って、シータを完璧に仕上げてみせようぞっ!』
一人盛り上がるしゃべる本。その後ろで巨大なドラゴンが拳を握りしめているような光景と、塔全体でオォォォッと学者様達が声を上げている光景が目に浮かぶのはなぜだろうか。
『よぉし、そうと決まればシータよっ! まずは基礎体力の向上だ。走り込みをするぞっ!』
「はいっ!」
『それ、お前達も続かんかっ』
「えぇぇぇ~」
元気よく舞台の上を走り始めるシータ。それに続いてサフィナが走り始め、釣られて私達も続いていく。
果たしてこれで正解なのだろうかと不安になりながらも、私達は来たるライブに向かって、皆で特訓開始となった。
その晩、歌と踊りのパート分けと、走り込み(?)で疲れ果てた皆が舞台周辺に設置した野営地で寝静まる中、私はノアが心配で様子を見に来ていた。この舞台、水球を発生させる装置にしては無駄に大きく、私達が野営キャンプする場所が余裕であった。
フレデリカさん曰く、祭事の時は周辺の人達が観に来てかなり賑わっていたそうだ。そう思うと、確かに、某ドームのような観客スペースを考慮した規模なのかなと思える。
となると、観客席にキャンプなんて張って大丈夫だろうかと要らぬ心配が出てくる私がいる。
「お嬢様」
「テュッテ、ノアはどう?」
「まだお目覚めには……」
「シータ、疲れてるところ申し訳ないけどお願い」
最初、シータからオルトアギナの書を借りて、私だけでノアの様子を見に来ようと思っていたが、シータは自分も行くと言い、ここまで着いてきてくれていた。ノアはニケが生み出した合成獣なのだが、その技術はオルトアギナも有しているもので、とりあえずここにいる専門家は彼しかいないので頼るしかない。
シータもノアの出自を考えると他人とは思えないのだろう、同行したいとのことだった。私も断る理由がなかったし、専門家というか少しでも知識のある人に看てもらう方が良いと思ったので着いてきてもらった。そういった理論ならと、キャンプ地ができたので私よりかは不可思議なことに詳しいスノーにも着いてきてもらっている。
『ふむ、話を聞く限りでは自身の力を発現させたようだな。やはりその影響か、魔力枯渇に似た症状を起こしているように見える。それ程大きな力を発揮したのだろうか』
ニケの話の詳細は落ち着いた時にテュッテから聞いていたが、どうやら彼はテュッテを標的にしたらしく、その話を聞いた私は心の中でゾワリと形容しがたいなにかが渦巻いたものだった。
そして、土壇場でノアが発現した能力。私には結構なじみのある能力で、テュッテから聞いた話で私がピンと来たのは、相手の魔法を無効にしたということだろうか。私とは発動条件が違うようだが、私が持っているのだからその能力は存在しているし、他の誰かが使えてもおかしくはないだろう。
だが、可能性の一つとしてそのことをオルトアギナにあくまで可能性として聞いてみれば、不可能ではないが、相手の魔法に干渉したり、無効化したりするのはとても難しいことで、中々できることではないと言われて滝汗かいた私であった。
「枯渇……ノアを見たニケが彼女を失敗作だと言ったのとなにか関係があるのかしら?」
『失敗作か……なにを持って失敗だったのか、だな。シータが考えるほどノアは非力な存在ではないと思うが。まぁ、前に見た通り、安静にしておけば直に目覚めるだろう』
オルトアギナの診察は前回と同じ結果に終わって私はとりあえずホッとする。
『う~ん……』
「どうしたの、スノー?」
とここで、スノーが訝かるように唸る。
『いやね、なんだろう。力を使ったせいなのか分からないけど近くで見たらなんていうか、う~ん』
「なによ、歯切れが悪いわね。思ったことそのまま言ってみてよ」
『ズレ、のようなモノを感じるのよね』
「ズレ?」
『上手く説明できないんだけど、私達って基本魔力というか魂というか、そういう類いの方を見るようになっているのよね~』
「前に魔力の残滓が見えるとか言っていたわね」
『うん、知ってか知らずか今はリリィがいるおかげで安定しているように見えるけど、なんか身体と魔力が時折ブレて見えるのよね』
とんでもないことをサラリと言ってくるスノーに私の理解が追いつかなくなってきた。なので、私はバトンタッチとばかりにスノーの言葉をシータ達に伝える。
『……ズレか。くっ、その場にいない我にはそういった感覚的なモノは感じとれなんだ。まぁ、魂やらそういった類いは神の領域だから、神獣達の方が敏感なのは致し方あるまい。決して我はいい加減な診断をしたわけではないぞ』
「分かってるわよ、別にこれに関して貴方にどうこう言うつもりはないわ。それより、見解を教えて」
『正直、その様な事例を耳にしたのは初めてだ。詳しく考察するとなると、魔力とはという根源から話すことになるが良いか?』
「か、簡潔に分かり易くお願いできる?」
『それは無理だ、しっかり着いてこい』
「カイロメイア内でも議論になっているテーマの一つで、魔力とは肉体からなのか魂からなのかってのがあるのよ」
小難しく説明しようとするオルトアギナに代わってシータが割って入ってくる。
「え? 肉体じゃないの」
「そうなると、身体のどこを鍛えれば魔力が上がるのかという疑問が出てくるのよ」
シータの問いに私は言葉が詰まる。生まれたときから備わっていたのでなんとも思わなかったが、はて、魔力はどこを鍛えれば上がるのか。
(そもそも魔力って上がるんだ。最初からとんでも魔力だったから考えもしなかったわ)
「精神、とか?」
私は漫画などの知識を利用して月並みな結論に至る。
『ホォ、すぐそこに至るとは、さすが聖女といったところか』
よくあるパターンかと思って言ってみれば、そうじゃなかったパターンなみたいで、シータやオルトアギナが感服している。
(やっばぁい、やらかした?)
ここで慌ててしゃべったら墓穴を掘りそうなので、私のことは置いておいて、話を進めてくださいと私はジェスチャーで促す。
『では、精神とはなにか。我はそれを魂と仮定したのだ』
「つまり、魔力と魂は繋がりがあると仮説されてるのよ。実証できなくて仮説の域から出られないけどね」
『悔しいが先も述べたように魂は神の領域だ。我らが容易に踏み入れられる所ではない』
「ほへ~、さすがカイロメイア。ちゃんと学問しているのね」
『なんだ、その感想は? なんだか無礼に聞こえるのは気のせいか?』
「き、気のせいよっ、気のせいっ。凄いなぁ~って感激しているのよ」
ポロッと出た素直な感想にオルトアギナが訝しがり、私は慌てて誤魔化す。
(さっきから私、誤魔化してばかりのような気が)
「お嬢様、お静かに」
慌てたせいで声のボリュームが大きくなり、テュッテに窘められて私は自分の口を手で隠した。
『ま、まぁ、とにかく、そこら辺の問題は、そこの神獣に任せてるとしても、結局は安静が一番だろう』
私が注意されたせいか、オルトアギナも小声になって話を締めくくりにきた。私もこれといって反論もないし、これ以上変な知識を披露して、オルトアギナ達の評価が変わるのはいただけないと、口を隠したままコクコクと頷く。
「よし、じゃあ、私は寝る前にちょっと練習してくるね」
そう言って、シータは本を片付け、出ていこうとする。
「こらこら、戻って寝るのよ。どうせそのまま、気が付いたら朝でした~みたいな言い訳して徹夜する気でしょ」
出ていこうとするシータの手を私はサッと掴み、彼女の思惑を言い当てる。これまでの付き合いでシータがどういった子か私なりに理解しているつもりだ。
「で、でもぉ」
どうやら正解だったようで、シータは誤魔化すこともなくシュンとした顔になった。不安になるのは分かるが、無理は禁物だ。
「大丈夫よ。今日だってちょっと練習したら結構音程取れていたじゃない。シータはやればできる子なのよ。一人で焦らないで。一緒に頑張ろう」
『そうだろう、そうだろう。シータはやればできる子なのだ。司書長になってからも――――』
私の言葉に触発されて、オルトアギナが我が子自慢を始めると、あやうく徹夜になりそうになって、強制的に黙らせたことは良い思い出でということにしておこう。